三十五話 蒼焰の底にソレはいた
――閃く碧の衝突が空間を切り、次いで弾かれたような破裂音が響く。
死体と赤黒い血溜まりに塗れた玉座の間に、鮮やかな赤が噴き上がった。
「――っ!?」
その余りに一瞬の出来事に、ファルドとサイラスは理解が追い付かず言葉を失う。
宙へと跳ね上がったそれはまだ白かった大理石に血の道を作りながら地面を転がっていく。
「高慢だよね。長いこと玉座に座り続けたからなのかは知らないけど、自分の力を過信した。その結果が、それ」
全身から殺気を滲ませたフウが、床に転がるものを指差した。
――驚愕に顔を歪ませた、国王の頭を。
「ま、惜しいところまではきてたけどね」
そう言うと薄ら笑いを浮かべ、自らの首元に手を当てた。
白く細い頸部からは脈動するように大量の血が流れ出ており、しかしその傷もみるみるうちに塞がっていく。
唖然とする二人に、フウは底冷えするような視線を向けた。
「シラをきれば私が大人しく引き下がるとでも本気で思ってたの? そんな訳ないじゃん。話が通じないなら、さっさと相手を変えるだけだよ」
「ハァアッ!」
転瞬、我に返ったファルドがフウに肉薄する。だがフウは特に驚く様子もなく、それを半身で躱すとファルドの手首を掴んだ。
「良い速度だねぇ、でもまだまだ遅い。ねぇ、今なら間に合うからさ、全部話してくれない? 十五年前の『総狩り』についても、メドウのことも」
そう言ってファルドの手首に力を込める。昨晩と全く同じ状況に顔を顰めつつ、ファルドは屈するものかとフウを睨めつけた。
「その話は終わった。我らは何も知らないと言ってい――」
「いい加減にしろよ。そんな下らない戯れ言につき合ってやれる程、私は優しくないんだから」
ファルドの言葉を遮ったフウの手から蒼炎が巻き上がる。
力ずくで腕を振り払おうとしたファルドだったが剣を床に叩き落とされ、気づいた時には上腕を捻られ身体ごと投げ飛ばされていた。
「なっ……」
「ッ――!?」
玉座へと続く階段に勢い良く叩きつけられたファルド。
それを目にしたサイラスの背筋に、恐怖と驚愕を滲ませた悪寒が走る。
「ファルド……お前っ……」
「……!!」
ファルドの右腕は引き千切られ、肩から下が無くなっていた。
目を見開く両者。だが息もつかせず迫り来る殺気を感じサイラスは剣に手をかけた――が遅かった。喉が潰されんばかりの圧力に襲われたかと思えば、凄まじい力で玉座に押し付けられる。
――首から上を失った国王の骸が座する玉座に。
「かはっ!」
衝撃で国王の死体が肩にもたれ掛かり、未だ断面から溢れる生温かい血液が襟元から皮膚へ染み渡る。しかしそれよりもサイラスの恐怖を掻き立てたのは自分の首を鷲掴みにしている、口元を愉悦に歪めた少女の姿だった。
「ほら、早く話してくれない? また引き延ばしにしてると、」
手に握る剣を水平に構え、ゆっくりとファルドに視線を向ける。
「やめっ――」
ベキィッ
「ぐあああああっっ!!」
刃が煌めく。遠心力を使い凄まじい膂力で投げられた剣はファルドの膝を叩き割り、肉を深く抉ったまま床に突き刺さった。
「コイツの手足、根元から全部なくなるよ?」
「ひっ……」
激痛に悶えるファルドを横目に、その少女は信じられないような笑顔と狂気に塗れた双眸をサイラスへ向ける。
「あぁ、でももしかしたら他人事だから自分は大丈夫とか思ってたりして。あははっ、そんな訳ないでしょ。コイツの手足が無くなったら次はお前だよ? そーだなぁ、失神されたら面倒だし指からがいいよね。手の指と足の指、どっちからが良いか今のうちに聞いといてあげてもいいんだよ? ほらほらぁっ! そうやって黙り込んでると、ファルドの脚がまた一つ飛んでいくだけだよ~っ!」
サイラスを足で押さえつけ、嬉々とした表情で焰を纏った時、
「や、やめろッッ!!」
「…………んん?」
聞こえないなぁ? と言わんばかりに笑ったまま、フウはサイラスの首元に踵をめり込ませその顔を覗き込む。
「は、話すッ! メドウの……今回のことも、『十五年前』のことも! 我々が知っていることは全て話すっっ!! だ、だからっ、やめて……くれ!」
その言葉を聞いたフウは糸が切れたかのように真顔に戻り炎を握り潰すと、サイラスから顔を離し二人を睥睨した。
「…………話せ」




