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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 後編
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三十四話 堕ちし己に断罪を

「久しいな。随分と大きくなったではないか」


 大隊規模の兵団を引き連れて現れた男は、まるで以前にも会った事があるかのような口ぶりでスイの元へ近づいてくる。かなりの距離があるというのにも関わらず、男の声ははっきりと響いた。


「何の事でしょう。僕は貴方に会った覚えなんてないのですが」


 スイがそう言えば、男は少し驚いたような顔をしつつ眉間に皺を寄せた。


「知らぬ振りをしても無駄だ。その髪と瞳はよく覚えている。『銀の(シロガネ)』の中でも、珍しい色なのだろう?」

「……見間違いではないでしょうか? 生憎(あいにく)、僕は貴方の事など微塵(みじん)も記憶にないのですよ」


 ため息混じりに首を傾げて見せるスイ。


「これはまた、大層生意気な口を聞くようになったな。もう一度、礼儀を叩き込んでやらねばならないか?」

「ははっ、面白いことをおっしゃいますね。しかし残念ながら、僕は他人如(たにんごと)きに(しつ)けられるほど素直ではないので。貴方こそ、礼儀どうこうと喚く前に自分の頭の中を見直す必要があるのではないでしょうか?」


「……小僧(ガキ)が」


 指で頭を小突く仕草をして藍白の瞳を細めたスイを見て、男の額に僅かに青筋が立った。


「ははっ、こんな子供の言葉に苛立ちを覚えるなんて、大人げないですよ。軍人さん」


 細めた瞳に確かな殺意を宿らせ、スイはゆるりと笑みを浮かべる。


「……どうやら本当に覚えていないようだな」

「強情なお方ですね。覚えてるも何も、僕は『知らない』と言っているのに」


 いつの間にか、男は()ぐ近くまで来ていた。


「強情なのはお前だろう、少しは勘づいているだろうに」


 青綠の瞳が射抜くように鋭くなる。スイはそれを正面から受け止め、茶化すように声を紡いだ。


「さぁ、どうでしょうか。でもそんなに僕と『むかし話』がしたいのでしたら、力ずくでも思い出させてみたらどうです?」

「ふっ、分かった上で(しら)を切るか。相変わらず(たち)が悪い」


 パキ、パキと男の周辺の空気が凍り始める。


「あなた方ほどではないですよ」


 冷ややかな声音で呟くスイの周囲で、白い電流が音を立て(ほとばし)った。


「――面白い、六年ぶりの手合わせといこうじゃないか。失望させてくれるなよ? ハイマティッ!!」


 男が叫んだ次の瞬間、氷と雷が衝突し、衝撃波が辺り一面に伝播(でんぱ)した。


「うああああああああっ!!」


 男に助太刀せんとした兵、数十人がその爆風に巻かれ吹き飛ばされる。


「お前達は手を出すな! 邪魔なだけだ!! 守りに徹しろ!」


 スイの放った雷撃を氷盾で受け止めつつ、男は後方に叫ぶ。


余所見(よそみ)とは、随分余裕なようですね」

「っ!」


 半身を(ひね)ったスイは外套を踊らせ、男の背後から白群(びゃくぐん)の炎を叩きつける。

 辺りに立ち込める冷気により炎は一瞬で鎮火されたものの、次いで放たれた白雷で氷盾は粉砕。その衝撃でのた打つように湾曲(わんきょく)した電撃は守備陣形を取る兵団の一角を直撃し、彼らを大地諸共(もろとも)(えぐ)り取った。


「なるほど、」


 その際に氷の強度を把握したスイは一度跳躍。出来上がったばかりの死体から剣を拝借ると、勢いをつけ再び男に向け跳びかかった。しかし、その太刀はあっさりと受け止められる。


「他の術者ではどうか分かりませんが。剣は雷炎をよく通すって、知ってます?」

「なっ――」


 剣の柄から破裂音がしたかと思えば、白い稲妻が刃を伝い男目がけて牙を剥く。剣を弾いた男が咄嗟に身を屈め地面に手をつくと、溶けて溜まっていた水が瞬時に凍りつき壁となり稲妻を防いだ。

 そして男が後退するより先にスイは氷の盾に拳を叩きつける。


「ハッ!」


 拳に薄く(まと)った電流の熱によって、その腕が氷壁を貫いた。


「ぐぁっ!?」


 意表を突かれた男の腹部に高電圧の拳がめり込み、そのまま膨張した術力と熱に吹き飛ばされる。腹を抑え表情を歪めながらも着地した男に、スイは楽しげに笑みを深めて見せた。


「ほら、やはり人違いでは? 一度手合わせしたことがあるのなら、相手の癖も知っている筈でしょうに」


 起き上がった男は口の端に流れる血を拭うと口角を吊り上げる。


「六年も経っているんだ。変わっていないと言う方が、おかしな話だろうがッ!」


 男は一瞬で距離を潰し腰に差していた剣を抜くと、スイの頭上へ降り下ろす。


「っ!」


 剣先は辛うじて避けたものの刃が(かす)った地面は冷気で大きく陥没し、出現した氷霜(ひょうそう)がスイの足首ごと音を立て凍りついていく。


「この程度で止まるとでも?」


 スイは即座に右足で蹴りを繰り出す。だが、男はそれを片手で受け止める。想定内だ。

 そのまま炎を足元へ放ち、氷を昇華させるとスイは身体を捻り左足の踵を顎に打ち込んだ。勿論、白雷を纏ったまま。


「がっ!」


 男が顎を押さえ、スイの右足を掴む力が僅かに弱まる。この隙に足を抜こうとしていたのだが次の瞬間、笑いながら目を見開いた男は信じられないほどの握力でスイの足首を握り潰した。


「――っぁあッ!?」


 めぎょ。めりめりめりめりめり。

 凍らされた骨が折れる不快な音と、細胞と筋組織が凍傷に蝕まれていく感覚。スイは力任せに足を引き抜くと、手と片足を使い距離を取って着地した。


「…………」


 無理に引き抜いたせいで骨が更に捻れてしまったようだ。

 左足にもたれ掛かるようにして立ち上がったスイは、凍えるような殺気を(はら)んだ瞳を男へ向けた。男は一瞬、その殺気に身を震わせたが、おもむろに額に手を当てると笑声をあげ始める。


「……ハハハハハッ、やはりそうだったか! 覚えている……覚えているぞ、その目だ!!」


 狂ったように笑う男をスイはただ無表情で見つめていた。

 やがて男は先程とは比べられぬ程の冷気を全身から醸し出し、スイの元へ歩み始める。


「さぁ、思い出して貰おうか! あの日のことをッ!!」


 刹那――大量の氷の(いばら)がスイを襲った。


「なッ!?」


 回避出来ない程の速度ではない。しかし、その場から動くことが出来なかった。

 世界が――視界が歪んだからだ。

 どこか既視感を感じる光景。感覚。冷気。痛み。

 その全てが重なり、呼吸が浅く、速くなる。

 

 ――知っている。


 この光景をスイは知っていた。


 一瞬にして充満した皮膚を突き刺すような冷気。八方を塞ぐ氷の蕀。四肢を貫かんと迫り来るその(とげ)と、闇に揺らめく青綠が網膜に焼き付いていた。

 蓋をし続けた記憶が、再生する。


「僕はっ……」


 無数の氷蕀が唸りをあげ牙を剝く。

 スイはそれをただ遠い目で見つめ、自身を貫く直前に、小さく呟いた。


「――を殺した」


 そして豪雷が、爆ぜる。

 青綠の世界が閃光に呑み込まれ、巨大な氷塊が瞬く間に砕け散る。


「……っ」


 俯き、静かに拳を握り締める少年の周囲で(いびつ)な殺気が広がっていた。

 破裂音と閃光が大気を駆け、炎を散らし荒れ狂う。その哀しみと絶望に満ちた狂気(さけび)に呼応するように、凄まじい雷撃がスイの周囲から放たれては地を削っていく。


「はっ、前よりも力が増しているではないか」


 男が愉悦(ゆえつ)混じりに呟けば、スイは顔を伏せたまま不気味な笑みを口元に塗り固めた。


「ははっ……思い出させてくれてありがとう、ルシア。早速だけど――」


 身体中から雷電を迸らせ、右手を上げる。

 膨大な術力が空間を圧迫し大気が耐えきれずに破裂する。

 白雷の煉獄(れんごく)に佇む少年はゆっくりと顔を上げると、静かに言葉を紡いだ。


「死んでもらうよ」


 怒りを淡々と声に滲ませて。しかしその藍白に澄んだ瞳には怒りなどなく、それを塗り潰すような深い虚無だけが見てとれた。


「ようやく本性を見せ始めたか。……ここからが、本番だ」


 男、――ルシアの表情に驚きはない。青綠の瞳を見開き、心底楽しそうに口端を吊り上げると強烈な冷気を空間に乱舞させた。

 空を支配する白雷と、地を呑み込む翠氷が六年の時を経て対峙する。


 冷酷に、非情に、悲愴に。

 

 実に六年間の(ねむ)りを経て『ソレ』は、



 ――『ハイマティローレン』は再び目を()ました。

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