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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 後編
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二十八話 懼れに震える、弱者を晒え

 王宮域内、東区


 王軍住居訓練区の中央棟。普段は第一王軍がこの場に駐留し王宮を警衛しているが、現在は国外演習中のため第四王軍が使用している。

 第四王軍長、ファルド。ルベルタ王軍において大佐と言う階級を与えられている彼は、明日の式典とその後の凱旋の最終確認会議を終え、己を除き無人となった会議室にいた。


「……さて、どうしたものか」


 ファルドは顎に手を当て、椅子から立ち上がる。

 ライゼール公国の擊破は無事に成功した。だが勅命である『銀の民(シロガネ)』の件はどうも雲行きが怪しい。今になっても第三部隊の連絡兵が来ないとなると、何か起こったと考えるべきかもしれないが――


「ッ!?」


 突然、内臓が破裂せんばかりの猛烈な衝撃がファルドの全身を駆け巡った。

 次いで頸部(けいぶ)に重い一撃。ふらついた際に手首を捻られ、彼は瞬く間に床に押し付けられた。


「動くな」


 頭上から冷たい声。


「貴様、何者だッ」


 ファルドが苦しげに問えば、くすくすと楽しげな笑い声が降ってくる。


「さぁ誰でしょう?」


 背筋に塞気が走る。(うなじ)に当てられている手は小さく、言葉を紡ぐ声は高く冷ややか。

 ――まさか、


「『銀の民(シロガネ)』か」

「だいせいかーい」

「がぁッ!?」


 ファルドは驚きの余り身体を起こそうとしたが、凄まじい力によって再び取り押さえられる。


「あー動かない騒がない。明日の式典、ちゃんと五体満足で出席したいでしょー?」


 ふざけた物言いとは裏腹にその声音には酷薄さと確かな殺意が滲み出ている。常並みの者ならば本能的に恐怖する濃い殺気に、ファルドは畏怖と共に戦士としての昂奮(こうふん)を覚えた。

 そして、その正体に気づく。


「貴様……メドウの娘か。まさか住処(すみか)ではなく王都に来ていたとは、道理で報告が遅い訳だ」


 ピクリとファルドを押さえる手が動いた。しかしそれも束の間、フウはフードの下で裂けるように口元を歪めた。


「ははーん。報告が遅れてるだけなんて、まさか本気で思ってる訳じゃあないよね?」

「…………どういうことだ」


 しばしの沈黙。

 その後小さな笑い声を喉から漏らすフウは、ファルドの耳元で(ささや)いた。


「全員、私が殺した」

「ッ!?」


 ファルドは凍りついた。

 あり得ない。術者を含めた第二部隊の大隊千人余りがたった一人の、しかも子供に全滅させられるなど、あり得る筈がないが――この者ならば、あり得るのではないか。

 室内に立ち込める殺気と視界の隅にちらつく蒼い炎が、フウの言った言葉の現実味を強めていく。先程まで感じていた昂奮までもが恐怖となり、ファルドの身体を(むしば)み始めていた。

 今自分の背にいるのは、千五百人の兵からなる軍隊をたった一人で潰したバケモノかもしれないのだと。


「さぁて、少し無駄話をしちゃったね。本題にいこうか、『十五年前』のことだ」


 ファルドは目を見開いた。


「…………知らん」

「ほぉ。十五年前の何を知らないと?」

「ッ!!」


 しまったと思った時には遅過ぎた。


「話せ、詳しく」


 フウの目つきが鋭くなり、掴まれたファルドの手首が悲鳴をあげる。もう少し力を入れれば折れてしまうだろうが、フウは焦る心を鎮め(すんで)の所で加減する。


「ぐっ…………わ、分かった……話そう」


 苦悶の表情を浮かべながら、ファルドは口を開いた。



***



「フウっ……」


 王都の中心街は賑わっていた。

 前夜祭で中央道には屋台が溢れんばかりにひしめき、そこかしこに揭げられた灯りで辺りは夜とは思えない程に明るい。そんな中、スイは人混みに()まれながらフウを探していた。

 何故だか分からないが胸騒ぎがするのだ。


 フウはああ見えても気になることがあるとそれが自分の中で()に落ちるまで調べ尽くす性分の持ち主で、俗に言う『細かいことが気になってしまうのが、僕の悪い癖』というやつなのだろうが問題はそこではない。

 明るくマイペース、天真爛漫(てんしんらんまん)に振る舞うフウだがその根は敏感で臆病、重要なことほど隠そうとし、一人で何とかしようと抱え込む面があるのだ。

 どうして気づけなかったのか。帝道で賊を剿滅(そうめつ)したとき、フウが何かを言おうとしていたあの時、いやもっと早く。竜車でフウの変化に気づいた時にどうして声をかけられなかったのかと、スイは己の唇を噛んだ。


「……ッ」


 その理由を、知っている。

 スイ自身でさえ自覚してはいるものの、まだそれに向き合う勇気がないだけだった。

 そもそも、偵察も満足に出来ない中での単独行勤なんてリスクが大きすぎるのではないだろうか。そんな大袈裟(おおげさ)なとフウは笑うだろうが、フウに危険が及ぶ可能性が高まるのなら、それを過保護的なまでに危惧してしまう自分がいる。


 だが現状はどうか。ここ数日の記憶を(さかのぼ)ると、そんな心情とは矛盾した己の行動の数々にスイは後悔の大波に襲われる。

 こんなにも大切だと思ってるのに、何故自分はいつも何もできないのか。何もかもが矛盾し、中途半端なままに流される。そんな弱く、()(まま)な自分にスイは心の中で呪詛を吐いた。


「やっぱり、一人で王宮に……?」


 中心街を三往復ほどした所で、最も考えたくなかった可能性に行き着いてしまう。しかし、もしそうだとしたら何故王宮へ行ったのかという避けられない疑問が残る。

 遅かれ早かれあと数時間もすれば日付が変わり夜が明ける。わざわざ実行前日の今にフウが一人で王宮へ行く理由が分からなかった。

 そんな思考を巡らせている間にも、スイの足は自然と王宮の方へ向かっていく――と、


 ばふっ


「……へ?」


 正面から何かがぶつかってきた。

 スイより頭ひとつ分小さな衝突者は、前夜祭ではしゃぐ子供の一人のようだ。スイはぶつかった子供の肩に手を置くと、辺りを見渡しながら声をかけた。


「ご、ごめん! 大丈夫? あんまりはしゃぐと危ないから、気をつけるん……」

「ばぁ」

「…………」


 頭を上げた衝突者の顔を見てスイは固まった。

 フードから覗く碧眼と銀髪、そしてこの人を小バカにしたような笑顔は間違いなく……


「ぉおうぇぇぇええええっ」


 数秒遅れて、スイは安堵と恥ずかしさが混ざり合った強烈な吐き気を催すのだった。

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