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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 後編
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十九話 動きし舞台へ、朱の布石を

「外……? どうかしたの?」


 窓の前に突っ立つフウを見て、眠そうな顔のスイは首を傾げる。


「別に……早朝なのに、すごい賑やかだなぁって思ってさ」


 フウは咄嗟(とっさ)誤魔化(ごまか)した。何故だか分からないが、彼女(フィア)のことはスイに伏せておくべきだと思ったためだった。


「ふ~ん、どれどれ。本当だ、さすが商業都市だね」


 そのまま二人はしばしぼーっと窓の外を眺めていたが、スイがふと口を開いた。


「あのさ、フウ。これからの事なんだけど……」

「っとあっほぉぉぉいっっ!!」

「おごおぉぉっ!?」


 突然に放たれたフウの拳がスイの鳩尾(みぞおち)にめり込んだ。もはや常人離れしたその腕力のせいで、スイは部屋の隅のベッドまで吹っ飛ばされる。


「おぶっ……フウ馬鹿力(ばかぢから)増してない? どうしよう妹のゴリラ化が止まらない……!!」

「うるさあああいっ!! だから私はゴリラじゃないわ!! これで内臓破裂しないお兄ちゃんのほうが十分ゴリラだし! ゴリラの兄はどう足掻(あが)いてもゴリラなんだよ、このゴリラああああ!!」

『おい! 朝からゴリラゴリラうるせえ!』

「…………」


 どこからか飛んできた至極(しごく)全うな苦情によって、二人はピタリと黙り込んだ。

 やがて何事もなかったかのようにフウが無言で窓を閉め直すと、にっこり笑ってスイに向き合った。


「お兄ちゃん、さっきの話は陽が暮れてからにしよ。殺しの話をするにはまだ早過ぎる」

「っ……」 


 先程までゴリラを連呼していた表情の無邪気さは微塵(みじん)もなく、薄暗い部屋で光を放つ蒼玉(そうぎょく)がスイを圧倒していた。


「ぷ、ふふふっ! これくらいでそんなに畏縮(いしゅく)しないでよ、お兄ちゃんそんなんで本当に王国兵()れたの?」


 思わず言葉を失っていたスイを見て、フウは目を細めながらくすくすと笑った。

 見てくれ自体は可愛らしいが、実際にはとてつもない程の狂気と殺気をその身に(まと)わせている。スイは今更ながらフウに殺された王国兵に同情した。


「勿論。それが出来たから僕たちはここに居るんだよ。……フウも考えてる事は同じみたいだから急ぐ必要はないね。この話はまた夜にしよう」


 挑発的な視線を正面から受け止めると、スイはゆったりと口角を持ち上げそう言った。


「うむ! よろしい!! ではでは早速、買い物に行くぜぇっ!」


 満足げに頷いてからベッドを飛び越えたフウは、部屋から出ようとスイの手を引く。


「ちょ、ちょいちょい待って!」

「へ? 何、お兄ちゃん?」


 スイは慌ててドアの前に回り込み、フウを止める。


「いや、出掛けるにしても僕たち……寝間着のままだよ?」

「……あ」



***



「さぁお兄ちゃん! しっかり歩けぇぇ~!」

「い、いえっさぁあー」

「あぁぁん!? 私のどこが『サー』なんや! お兄やんしっかりしろぉおおおお!!」


 ハイテンションなフウの()ぐ後ろには大きな荷物を持たされるスイの姿があった。

 朝から街の店を寄り歩いた二人は衣類や靴等、これから必要になるであろうものを改めて買い揃えていた。

 移動の妨げにならないように買うものは最低限にしたのだが、何と言ってもフウが断れない笑顔で荷物を渡してくるため結果的にスイだけが大荷物になったのだ。


「……ん?」

「うわっ、フウ急に止まらないで……ってどうしたの?」


 広場に出来た人集(ひとだか)りに違和感を覚え、立ち止まったフウはスイの腕を引っ張り近づいて行く。人々は広場の泉を中心に集まっているようで、目立ち過ぎないようその中に入ると中央の様子を覗き見る。


「……やっぱり」


 遅れてやってきたスイに、フウは泉の前で掲げた羊皮紙を読み上げる人物を指すように目配せをした。


「国王の使者……? 『王都での戦勝記念凱旋(がいせん)及び戦勝祭』、これって……!」

 驚きの表情をするスイへ自慢気な笑顔を向けるフウ。


 スイの脳内で、様々な考えが繋がっていく。


「見せしめには、最高の舞台でしょ?」

「それで今朝、僕の話を後回しに……?」

「さぁ、どーでしょう」


 その悪巧(わるだく)みをする子供のような瞳の奥には、確かに殺人的な狂気が(うごめ)いている。


「くひひっ、さぁ~帰りましょ帰りましょっ♪ 『お祭り』は一週間後! とっとこ作戦会議と行きましょおお!!」

「了解っ!」


 陽は未だ高く、辺りは賑やかさを増している。

 使者が来たという事は、それだけアグスティも安全ではなくなるという事。捜索の手が伸びる前に街を出るべきだろう。

 楽しそうに会話を弾ませる二人は、暗黙の了解でそれが分かっていた。

 そして同時に自分たちがこれから何をするのか、それが何を意味するのかも、分かっていた。

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