十八話 黄金と蒼穹
朝は直ぐにやって来た。
と言うよりも、違和感を感じてフウは目を覚ました。
「すー、すー、すー」
「……? すー?」
何かがすーすー言っているのだ。
始めはスイの寝息かと思ったのだが、スイは寝言は酷いものの寝息はほとんどたてないので、それはあり得ない。ちなみにフウも根っからの寝言体質であるため、自分の寝息で目が覚めたという事も考えられなかった。
不審に思いながらフウが起き上がってみると……
「っがぁぁぁああああああああっ!?」
人が寝ていた。
それも見知らぬ少女が、床で。
フウは毛布に絡まりながら高速で後ずさり、スイのベッドへと飛びついた。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん起きて起きてぇええっ!! なんか知らん人がいるぅぅっ!? 不当侵入されてるううう!!」
脳震盪が起こりそうな勢いでがっくがっくと頭を揺らされたスイは、瞼を閉じたまま不快そうに眉を顰める。
「……うぅぅ、俺を誰だと思ってんだぁ? むにゃむにゃ……サイトウさ……」
「だめだぁぁああっ! お兄ちゃんそれはアカァァン!! 次元が、時空のゆがみぃぃぃっ!!」
余りの衝撃発言に驚いたフウは床に落とされていた枕を掴み、スイの顔面めがけてぶん投げる。
「ごぺぃっ! ぬ、ぬぅ…………」
「はは、ははは……」
直撃した枕によって時空の境界は無事塞がれたものの、フウが毎日のように寝起きドッキリをしているせいで全く起きる気配はない。
完全爆睡状態のスイに自業自得のフウが頭を抱えていると、床で眠っていた少女が目を覚ました。外までは聞こえなくとも、かなりの声量で騒いでいたのだから当たり前だろう。
「んん……ふわぁぁ~」
「あっ、起きた……」
伸びをした少女がフウを見る。
少しだけ驚いたように見開かれたその目と、フウの視線がばっちりと合った。
目映いばかりに輝くまっすぐでなめらかな金色の髪。大きめの黄金の瞳は宝石のように美しく、神秘的でいて愛らしいその少女の顔立ちを際立たせていた。
「えっと……おはようゴザイマス、見知らぬ誰かさん。ここ、私たちの部屋なんですけど……」
身に覚えのない来客に戸惑いながらも、フウは少女にやんわりと出て行くよう促してみる。
「うん。知ってるよ」
「うっ……」
だが瞬殺。考える素振りもなく即答されてしまい、フウは己の顔が引きつっていくのを感じつつ、どうするべきかを考える。
この少女を部屋に入れた覚えはないし、会ったことすらない。毛布もかけずに床で寝ていたことから、スイが連れてきた訳でもないだろう。
そして何よりこの少女には、銀髪を見られてしまっていた。
となれば、自然と選択肢は一つに絞られる。
「……死んでもらうよ」
彼女個人に恨みはないが仕方がない。
フウは小さく呟くと、少女へ向け手を突き出した。
音をたてず、叫ばせず、理解させず、一瞬で燃やす。
躊躇させる感情の一切を沈め、殺意に身を委ねようとして――失敗してしまう。
少女がフウの手に触れてきたためだった。そのまま手の平を合わせるようにして、優しく握る。
「……不思議。どうしてかあなたとは、前から会っていたような気がするんだ」
「っ……」
幻想的な光を放つ金色の瞳がまっすぐとフウを見つめていた。
二人の周囲に充満していた殺気はいつの間にか掻き消されていて、ゆったりとした情感の波がフウの殺意を解いていく。
「なんで……」
フウの口から疑問の声が漏れる。
普通であれば身が竦んで動けない筈だった。少なくともこれまでに殺してきた者達は動くことができなかった。そんな膨大な術圧に晒されていたというのに、この少女は表情一つ変えずに動いてみせた。そして、フウの殺気を打ち消した。
ただ者ではない、今直ぐにでも排除すべきだと本能が警鐘を鳴らすが、身体が何かの暗示にかけられたかのように言うことを聞かず、フウは握られた手を払うことが出来なかった。
「……っ」
偽りや悪意といったものとは程遠い、切実な視線を向けられフウは思わず顔を背ける。
少女の言動が演技なのか、それとも本心によるものなのかは分からない。でも何故かこの少女を殺したくないと、そう思ってしまっていた。
逸らした視界の端で一瞬、金髪の少女が瞳に悲しみを浮かべたのが分かった。
握っていたフウの手を離し、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「ごめんなさい、あなたを困らせてしまった。でもねっ――」
少女は何かを言いかけて、窓の外を見た。
朝陽が昇り、街に人が出始めている。
「…………そろそろ捜しに来る」
「……え?」
窓に近づいて街を見下ろした彼女は、おもむろに窓を開け放つ。
「私の名前はフィア。あなたに会えて嬉しかった、また……会いたいな」
そして淋しげにフウへ笑いかけると、窓から飛び降り去っていった。
「また……?」
残された半ば放心状態のフウは窓から入り込んでくる風に当たりながら、フィアと名乗った少女の表情を思い出す。それはまるで生き別れた家族と再会した時にするような、心の底からの喜びと懐かしさの滲んだ笑顔だったように思えた。
内側から針で刺されたように頭が鈍く痛む。
「あーもう、……だから嫌だったんだ」
少女の『目』――素直で汚れのない光を宿した金色の瞳――を見たときに、フウは確信していた。目障りとでも言うのだろうか、本能的な何かで察したそれを打ち消そうと抹殺を試みたというのに。
「……嫌いだ」
――彼女の光は何か、とても嫌なものを燻ろうとする。
街の隅から顔を覗かせる陽の光を睨めつけながら、フウは短く息を吐いた。
「んん……ふぁぁぁ。おはよう、フウ」
「ぬ? あ、お兄ちゃん。おはよー」
タイミングが良いのか悪いのか、スイが大欠伸と共に目を覚ました。




