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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 前編
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一話 少年、ワイルド少女に襲われる

 アランダスと呼ばれるこの大陸には大小様々な国が存在している。


 それらの国々は数千年もの間、領土と力を巡り数えきれぬ程の争いを繰り返してきた。

 そして現在、大陸の国は大きく三つの派閥(はばつ)に分かれている。

 絶え間なく続く戦乱の中で、君主達は各々の身や国の安定のため、三大列強と呼ばれる大国のいずれかと協力関係を結んだのだ。


 大陸内陸部、北部に位置するルベルタ王国。

 この国は三大列強の一つ『グランベル大帝国』を中心にした派閥、通称『帝国連合(ていこくれんごう)』に所属しており、ここ数十年の間に目覚ましい発展を遂げていた。


 そんなルベルタ王国の西部国境付近には巨大な山脈、レグヌム山脈がある。麓には砂漠と草原が入り混じった土地が広がっており、その先の森林は更に全くといって良い程人は寄り付かないのだが……そんな辺鄙(へんぴ)な地所でフウ達は暮らしていた。

 そしてその日、ルベルタ王国国王からの勅命(ちょくめい)がフウの父親、メドウに下された。


「お父さん……これって……」


 日暮れ前、静まり返った部屋の中。

 フウの母は不安に満ちた表情で、メドウが懐から出して見せた手紙を見つめる。


「すまない……出先の街で、見つかってしまった。かなり前から目をつけられていたようだ」


 メドウはそう言って腕に巻いてあった布を外した。そこに見覚えのある真新しい焼印の痕を認めた母親は息を呑み、口元を両手で押さえ込んだ。


「そんな……。それじゃあ、あの子達のことも……」

「いや、それは大丈夫だ。ここまでの護衛と追っ手も始末した、気づかれてはいない。……これは俺だけで行くから例の用意を進めてほしい。スイとフウを、渡さないためにも」


「……分かったわ。こちらは任せて。必ず、私達の手で守り抜きましょう」

「あぁ。あの子達に、背負わせる訳にはいかない」

「……えぇ、絶対に」



***



 どこまでも続く草原に、点在する花畑と砂漠。

 その一角で仰向けになり、少年は草花に埋もれるように寝転んでいた。

 雲一つない蒼穹(そうきゅう)を映す瞳は藍白(あいじろ)で、銀の髪は太陽の光を受けて淡い空色に輝いている。


 どどどどどどどどどどどど……


「……うぅ~……ぃい~」


 少年が気持ち良く微睡(まどろ)んでいると、遠くの方から声と足音が聞こえてきた。

 というか、迫ってきた。


(う、来たよ……)


「だああぁあああああっっ!! 見つけたぜぇえぇぇぇっ!!」

「ごぶふぅううっっ!?」


 奇声を上げながら突進してきた少女は仰向けの少年の上にダイブし、少年の体は瞬間的にくの字に折れ曲がった。


「はっはっは~見つけたぜぇ~スイ! ワイルドだろぉ~?」

「がはっ……内臓が死ぬ……それと、……古い」


 ぁあ!? 聞こえねぇなぁ~? とでも言い返してきそうなテンションの自称ワイルド少女は、その言葉遣いとは裏腹の、無邪気で屈託(くったく)のない笑顔を少年に向けた。

 太陽を背に笑う少女の瞳は背景の大空と同じ透き通るような青で、風に(なび)く銀髪が時折(ときおり)桜色の光を帯びる。


「へいへい分かりやした。降りますよ起こしますヨぉ。てか、今日の『決着』がまだついてないんですけどぉ~?」

「うっ……」


 不満げに頬を膨らませる少女、フウに起こされた少年──スイはばつが悪そうに背を丸める。

 この二人、スイとフウは兄妹(きょうだい)だ。

 しかし本当の兄妹ということではなく実際は親戚同士であり、今から六年前に衰弱しきっていたスイが一人、フウの家へ転がり込んできたときから二人は兄妹として共に暮らしている。


 スイは何らかのショックでフウの家へ来るまでの記憶を失っており、それは現在も思い出せていないそうだ。フウの両親はその理由を知っている、または勘づいているようだったがフウがいくら追及しても、(かたく)なに話そうとはしなかった。


「逃がさんぞぉ~昨日までは毎日引き分け! 一向に勝者が決まらぬこの対決に、今日こそ終止符を打つのだぁぁあ!!」

「うぇぇ……フウ、こないだも言ったけどさぁ、毎日毎日兄と殴り合って何が面白いの……?」


 今日も今日とてハイテンションを炸裂(さくれつ)させる妹フウに対し、スイは違和感の残る腹部を押さえながらドン引きする。まぁ何と言うか、いつも通りの光景だ。

 ここ三年の間、やっと術を使い(こな)せるようになったフウは何故か毎日スイへ対決と称した模擬戦を強制しており、スイが途中で逃走するとどこまでも追い回してくるのだ。

 ……丁度、今のように。

 逃げる程嫌ならわざと負ければいいのかもしれないが、そう上手くもいかない。


「ぇぇえーい! うるさいうるさぁーいっ!! だってお兄ちゃん、そんなへにゃついた顔してる癖に強いんだもん! なんかやだ、ムカツク、じぇらしー。絶対に負かしてやるんだから!!」

「へ、へにゃついた……」


 言葉の暴力と書かれた何かがグサリとスイへ突き刺さったが、フウの言い分も間違ってはないし、何より自覚もあるので言い返せない。


「だあぁ~っ! もう分かったよ! はい、やるよフウ」

「へへんっ! そうこなくっちゃ」


 ヤケクソ気味に立ち上がったスイにフウはニヤリと不敵な笑みを向けた。

 そして二人は五メートル程の距離を取り、一呼吸。

 瞬間、


「ほっ!」


 フウが一瞬でスイに肉薄し、蒼の炎を(まと)った拳を振り上げる。

 もう一度言おう、嫌ならばわざと負ければいいと思うかもしれない。だが──


「……っぅ!」


 直撃する(すんで)の所で、スイは白群(びゃくぐん)の炎を纏った両腕で拳を受け止めた。

 ごうぅっという炎の音と肩が軋むような重み。

 紙一重でフウの攻撃を防いだスイは即座に力の方向を逸らし後方へ距離を取る。そして数メートル先、草原に立つ少女を見て顔を引きつらせた。


「また、強くなってる……」


 ──本気で迎え撃たなければ、こちらが殺されかける。

 それほどの実力をフウは持っているのだ。

 つまりわざと負ける手加減をすればその瞬間に殺される──そこまではいかなくとも殺されかけるのは間違いない──のはスイであり、全力で戦わざるを得ないということ。

 これが、スイがフウにわざと負けられない、対決を終わらせられない理由。


 兄だからという手加減は一切ない。本気故の迫力と闘気が、フウから放たれている。

 スイはどういう訳かやる気がなかった筈なのに、フウのその気に当てられるといつも自然と全力で、本気でこの対決を楽しんでしまうのだ。

 それでも勝敗がつかないのだから、フウには熟々(つくづく)驚かされていた。

 そもそも、こんな小さな身体のどこにこんな力があるのだろうか。


「どぅぉぉんっ!」


 奇声と共に(ほのお)は背後から襲いかかってきた。スイは振り返らず、反射的に屈み込む。焰を(まと)う蹴りは電流を(ほとばし)らせながら空を切ったが、代わりに足を払われた。


「うわぁっ!?」

「逃がさんぞぉえぇっ!!」


 スイを睨む碧の瞳は爛々(らんらん)と輝いていて、息もつかせずその手から烈火(れっか)が放射される。


「あっつ、いわぁっっ!!」


 フウの猛火を白雷(びゃくらい)で打ち払うと、スイはフウの周囲八方に(いなずま)を展開させる。


「おぉぅうぅっ!? これはヤバし! でもやられたらやり返すっ!!」


 雷電(らいでん)に包囲され、避けられないと判断したフウは瞬時にスイを囲むように炎を展開させた。


「ええッ!? 待ってフウ刺し違えるつも……」


 どっごおぉぉぉおおおぉぉぉんんっ!!

 地鳴りのような派手な音をたてて、火柱と雷柱が晴天を貫いた。


「…………」

「…………」


 辺りの煙が晴れると、フウとスイは焼け焦げた草むらだった場所で大の字になっていた。

 二人共全身が傷だらけで、所々からは血が(にじ)み出ている。


「……今日も、引き分けだったね」

「うっさぁぁい」

「……ったいぃ!?」


 フウはよろよろの匍匐前進(ほふくぜんしん)でスイに近づくと、思いっきり頭突きをしてやった。


「うごぉぉぉ……作用反作用の法則ぅぅ~強化してなかったから痛いぃ……」


 二人揃って(ひたい)を押さえながら呻き声を上げる様子は中々に笑える()になっている。

 結局、体力術力共に使い果たした二人は再び動けるようになるまで後二時間程、草原に突っ伏しながら過ごすこととなった。


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