十七話 お泊り会では騒ぎましょう
「そうだフウ、昼の話の続きをしたいのだけど」
本と心の友の盟約を交わしていたフウが顔を上げた。
「昼……? ああ、あの話か。そうだね、ここなら外よりはゆっくり話せるからね」
ここ数日で凄まじい飛躍を見せている二人の能力についての話だ。
フウは本を離し、憑き物が落ちたように平生通りの様子で口を開いた。
両親曰く、フウとスイは他の術者よりも回復能力や身体能力が高いらしい。帝国連合が定める術者の能力別区分に当てはめると最も高く、また数も少ないAのランクに属する。
この事は幼い頃から度々言われてきたので特に気にしてはいなかったのだが、それにしても今ほど桁違いのものではなかった。
と言うのも回復・身体能力の程度は個人によって様々なものの、術者が体内に保有している術力の量に比例するため大方の限度がある。そして二人は元からその限界位にいたため、これ以上それらが向上することは本来ならあり得ないことなのだ。
しかし実際のところ、この数日間のうちに二人の能力は急激に上昇していた。
正確にはそれぞれが人を殺めた時から異常とも言えるまでの能力の向上が始まった。その変化はまるで、もう後戻りは出来ないと誰かから示唆されているようにも思える程に異様なものだった。
「じゃあ、やっぱりこれは……」
「『銀の民』特有のものなんだと思うよ」
そう、恐らくはそういうことなのだろう。
昼に二人が読み漁ったどの本にも『銀の民』や炎術と思われる記述はなかった。両親が今まで自分たちの血族のことを全く話さなかったのも、何か他の理由――例えば『銀の民』特有の知らない方が良い事項――があったからではないかと二人は考えていたのだ。
「だとしたら全く、酷い話だよ」
スイが妙に冷めた声音で呟いた。
両親が殺されたこと、つまりは『銀の民』であることへの怒りが『銀の民』としての本来の能力を得るきっかけになったのだとしたら、それこそ皮肉な話でしかない。
「殺してこそ、『銀の民』ってことか……」
「……それはまだわからない。でも、生物として見れば至極全うな話なのかもしれない」
確かにスイが言ったように、殺すことが『銀の民』であることの証明であり、またスイッチのようなものなのかもしれないと、実のところはフウもそう思えて仕方がなかった。
だがそれはあくまで直感的な話でしかなく、生物、ましてや人間に自身の証明のためのスイッチなどという代物は備わっていない筈。それこそ、極度の感情の高ぶりや生命の危機に直面した際に潜在的な生命本能が活性、発現することの方が全うな論だと思える。
――いや、どちらにせよ同じだろう。
自分はまだそう思っていたいのだと、脳裏を過ったある可能性から目を逸らしたしたフウは話題を少し変えることにした。
「そういえばなんだけどさ、参考までにあれはどれくらいで治ったの?」
「ん? あれって……?」
スイが首を傾げる、何のことだか分からないといった様子だ。
「いや忘れんといてよ~、昼の骨折! 炎術使ってないときだったから、治るの遅かったかもって……」
つい軽いノリで右足を折ってしまったが、よく考えればあの異常なまでの回復能力が効果を示したのは今のところ戦闘中のみで、普段の生活では発揮されない可能性もあるかもしれない。身体能力の方はちょっとした蹴りでスイの骨が折れたことから、底上げされているようだったが回復の方についてはまだ分かっていなかった。
つまり、スイの骨折は直ぐに治った訳ではないかもしれないのだ。
「あぁ~……あれね」
先程とは一転、困ったような顔をするスイ。
「もしかして、まだ治ってない……?」
当時はフウも気づいてなかったものの、スイは炎術の電流微調整に長けているため骨折周辺部の痛覚を麻痺させ、加えて回復を促しながら歩くことなんて造作ない筈だ。
もし仮にそうだったとしたら非常に申し訳ない。悪戯が過ぎたと、そんな事を考えるフウの顔はみるみるうちに青ざめていく。
「参ったなぁ、僕も悪かったからあんまり言いたくはなかったんだけど。実は治ってな……」
「ぬあぁぁぁああああ!! お兄ちゃんごめぇぇぇぇえええんんんん!!」
「わわわわわっ!? なになにヒステリック恐いよ!?」
フウはベッドの上で思いっきりスイに土下座し、謝罪の言葉を口にする。その拍子に手にしていた本がすぱーんと後方に飛んでいった。
「いやでも、さっきちゃんと治したからもう大丈夫だよ!?」
「……へ?」
きょとんとするフウに、スイは頭を搔きながら続けた。
「いやぁ……そのまま入ってシャワーで感電するのが嫌だったから、入る前に水の温めがてら炎術を使ってみたんだ。そしたら直ぐに綺麗さっぱり治ったよ」
「あぁ……」
シャワー室で感電したくないとか、水の温めに炎術を使おうとかいう節がスイらしいと何だか納得したフウ。自分とて日頃から変な節がありまくるのは棚に上げているようだ。
「だから、どちらにしても炎術を使ってる間にこの能力は発揮されるんじゃないかな?」
「なるほどなぁ。てか、お兄ちゃん昼からずっと足に雷系炎術かけてたの……」
「う、うん。そーだけど」
さらりと言ってくれたが、スイの電流調整能力の相変わらずの高さにフウは眉を引きつらせた。彼は先程、部屋を漂う青い焰達に驚いてたようだったが、フウにとっては正直スイの方が何倍もすごいと思えた。
「相変わらずすんばらすぃ~コントロール能力やのぉぅ~。嫉妬するわぁ~。でも何か、回復の方も地味に底上げされてるっぽいからまだ分からないよね。よし、お兄ちゃん! 今度実験しよ! 決闘しようぜえ!!」
「え、デュ……!? 何だか前よりすごいことになりそうだから、色々落ち着いたらね……」
「ちぇ~。……あ、そうだ。そろそろこの本読み終わるから私は寝るけど、お兄ちゃんはどうする?」
あと少しで読み終える本をスイに見せるように振ったフウは辺りの焰を少しだけ小さくする。
「う~ん、フウが読み終わるまで起きてるよ。何かろくでもない悪戯されそうで恐いからね」
「なっ!? 私を何だと思っとるんじゃい! まぁ、あながち間違ってないけどさ」
本越しにスイを見ながら、フウはニタリと口元を歪めた。
「ぬぬっ、良かった! 寝なくて良かった!!」
「はっはっはっはっは! 兄者よ、余計な知恵がついてしまったようだな……そのまま一晩中戦いていれば良いのだーわっはっはっはっはぁー」
「うわっ、フウその手の動き何!? 恐い恐い恐いてかそれ以上に気持ち悪いっ!!」
「はっはっはっは恐れろ! 打ち震えるがよい! はっはっはっはっはぁー!」
そんなやりとりをするうちに夜は更けていき、なんだかんだで二人は大人しく眠りについたのだった。




