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遙星の少女は紅く舞う  作者: 秘空 命永
第一章 前編
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十二話 赦しなんて乞いはしない(流血、残酷描写注意)

 目映(まばゆ)い碧が闇に(きら)めく。

 少女の目の前にいた兵の胴体が分断され、鎧がひしゃげる異様な音と共に地面へと崩れ落ちる。


「っらああぁ……がッ!?」


 槍を突き出した兵士の懐に潜り込み、肺を炎で貫く。

 暴れる兵を蹴り飛ばす勢いで槍を抜き取ると背後に迫っていた二人を横から串刺しに。そのまま槍を地面に突き刺し、少女は空へ跳躍する。

 ガギンッ──と投擲(とうてき)された槍がぶつかり合い、少女を狙った筈のそれは串刺しにされた二つの(むくろ)頭蓋(ずがい)を果実のように()し潰した。


 空中で身を翻した少女は両腕に蒼炎を(たずさ)え、兵団へと舞い戻る。

 軽やかなステップを踏みながら腕を振るといくつもの電流が夜闇を(ほとばし)り、濁った赤を噴き上がらせながら兵達が(くずお)れていく。その光景はまるで純白の死神を前に咎人が自ら(こうべ)を垂れるかのようにも見えた。

 みるみる内に増えていく(しかばね)、その一体一体から溢れる血が焦土と化した地面を埋め尽くしていく。少女は淡々と、いとも簡単に兵団を蹂躙(じゅうりん)していた。


「兵が……退いていく?」


 スイが呟いた。(すみ)やかな撤退行動、戦況の異常さからか下がるよう指示があったようだ。

 フウは手を止め、武器を向けながら後退していく兵達をつまらなそうに眺めていたが、再び敵陣に肉薄(にくはく)すべく身を屈めようとして──止まる。


「流石は『銀の民(シロガネ)』!! 見事な腕前ではないか!」


 そう高らかに言いながら現れたのは、他とは異なる装飾が施された鎧を(まと)った男。


「俺はダリウス、ルベルタ第四王軍第二部隊隊長だ。いやはや、こんな子供相手にここまで我が隊がやられるとは驚いた。だが俺としてもこれ以上部下や子供を傷つけるのは避けたくてな。どうだ、ここは俺とお前の一騎打ちで決着をつけるといのは」

「……なにそれ。お前ら軍人でしょ、死ぬ気で私達を追ってきてたんじゃないの?」

「ハハハッ、死ぬのが俺らの仕事だとでも思ってるのか。親の教育がなってないようだな」


 ダリウスの発言にフウの表情が険しさを増す。

 円形だった陣はいつの間にか正面に移動し、隊列が組み直されていた。

 ダリウスの背後に整列する兵達の表情は先程とは打って変わり、威圧的な雰囲気をも(かも)し出している。フウは殺気を込めた瞳で兵団を一瞥(いちべつ)し、上辺(うわべ)だけのそれを()み消すとダリウスへ目を向けた。

 それを肯定と受け取ったダリウスが腰の大剣を引き抜くと同時に、双方が肉薄(にくはく)

 蒼炎を(まと)った素手を刃が火花を散らしてぶつかり合った。


「っ!?」


 ダリウスの背後に突如(とつじょ)現れたソレにフウの意識が()れたのを、彼は見逃さなかった。

 炎を払いのけると宙に浮くソレを操り、前方へ浴びせかける。まるで意思を持った生き物のように、大量の砂がフウに襲いかかった。


「砂術っ!?」


 スイの声と入れ替わるように次の瞬間には、爆風が砂の波を吹き飛ばした。

 弾けたように砂塵(さじん)が飛び散り、視界が黄土から碧に塗り変えられる。


「まだまだだッ!!」


 間合いを潰すべく走り始めたフウを迎え撃つかのように、いくつもの砂の塊がダリウスから撃たれ、飛び散った砂が地面からフウの足を絡め取ろうと襲い来る。

 だが(すんで)のところで回避行動を取り、曲芸のような身の(こな)しでそれらを弾き抜いて見せた少女はダリウスの目前に躍り出る。

 フウが(ほのお)(まと)った右腕を突き上げようとすると、左腕に激痛が走った。

 焰の勢いが弱まった(すき)にダリウスの蹴りが腹部に命中し、小さな身体が宙に投げられる。


「ぐぅっ……!?」


 痛みに顔を歪めながらも辛うじて着地に成功したフウの左手首には、対術手錠が()められていた。拘束部の内側にある無数の針が術力に反応して肥大、みるみる皮膚に食い込んでいく。

 どうやら砂術抑制に距離を詰めようとすることも読まれていたようだ。


「矢を放て!!」


 ダリウスの声に顔を上げると、何百もの矢が迫ってきていた。


「……子供も部下も傷つけたくない、か」


 一騎打ちの申し出はこの隙を作るための作戦、フウは(うつむ)き両腕を力なく垂らす。


「ま、こちらも命張ってるんでね。悪く思うなよ、シロガネ」


 ダリウスが口角を吊り上げたその時にはもう、

 ──全ての矢が空中で両断され、灰と化していた。


「……は?」


 唖然(あぜん)とするダリウスの目に映ったのは、


 ──悪魔(バケモノ)


 (えぐ)られた手首から吹き出す血液を意にも(かい)さず、碧の炎を(まと)うソレは残虐(ざんぎゃく)な笑みでこちらを見つめていた。その殺気と狂気に呑まれたダリウスの最後は実に呆気(あっけ)なかった。

 首が跳んだ。ただ、それだけ。

 しかし殺戮(さつりく)が止まることはない。隊長が倒れたことで兵達は統率を失い再び恐怖に支配される。

 烏合(うごう)の衆となった兵団に切り込んだ白銀は凄まじい速さで舞い、()められた対術手錠の鎖と碧を(たずさ)え躍り狂う。


「たっ、退却だっっ!!」


 そう誰かかが叫んだのを皮切りに兵達は一斉に逃げ始めた。

 名誉、功績、誇り。かつては誰もが欲しがり持っていたであろうそれらを投げ捨て、生に(すが)りつこうと各々(おのおの)が全力で駆け出していた。


「……逃がさない」


 冷たく言い放ったフウは辺りの木々に火を放ち、千以上もの兵からなる集団全てを瞬く間に炎の檻で囲い込む。

 燃え(さか)業炎(ごうえん)の壁に包囲された兵士達は絶望に顔を引きつらせた。もはや悲鳴さえ出ない。ただ、否応無(いやおうな)しに突きつけられたその存在と己の末路(まつろ)に恐怖し、怯えるだけとなっていた。

 彼らは恐る恐る背後を振り返る。

 そこには灼熱の蒼焰(そうえん)を背に立つ、銀髪の少女がいた。

 大量の血が流れ落ちる左腕をだらりと()げ、血に(まみ)れた顔には恍惚(こうこつ)めいた狂気的な笑みが貼りつけられている。

 細められた蒼穹(そうきゅう)の瞳が背後の炎の色と重なったのが、彼らが最期に見た光景だった。



***



 植物一つ見当たらない赤く染まった焦土の中心に、少女はポツリと立ち尽くしていた。

 血と肉が焦げる異臭の中で、明るくなり始めた空の端を虚ろな目で見つめている。


「フウ──」


 その後ろ姿を見つけ無事が分かった時、頬が緩みかけたスイだったがそれは()沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちに変わる。

 フウは今にも消えてしまいそうな雰囲気を(まと)っていたからだ。

 家で流していた涙は(ほのお)の熱で消えてしまい、血で汚れた頬にはその跡だけが残っていた。


「…………」


 腕に刺さった矢の痛みなど今はどうでもいい。スイは力任せに引き抜き、フウの元へ行くとそのまま後ろから抱き寄せた。


「フウ……ごめん。僕のせいで……」


 小さくて薄い肩は少しでも力を入れれば、砕けてなくなってしまいそうだった。


「…………」


 フウは何も言わずスイに背中を預けたまま朝陽(あさひ)を眺めている。

 やがてその手が動き、首元に回されたスイの手に重ねられると、


「スイの……お兄ちゃんのせいじゃないよ。全部、私のせい」


 青の瞳は何も映さないまま、まるで独り言のようにフウは呟いた。

 自分が止められなかったから両親は死に、スイは一線を越えてしまった。

 それは取り返しのつかないこと。もう戻ることの出来ない道へ踏み出すよう、自分の意志で彼の背を押してしまった。その喪失感と、気味の悪い達成感がフウの心を侵食していた。


 ──一方、自分に背を押されたスイを見て、フウは心底安堵してしまっていた。


 ──これで、


 ──これでもうスイ(かれ)は何処(どこ)にも行かないのだ。と。


 それは偶然というよりむしろ必然のように、歓びさえ覚える心地。


「……ぅうっ、ぁぁあっ──はは、……あはははははははっ!!」


 フウは空を仰ぎながら、血濡れた地面に膝から崩れ落ちた。

 (いびつ)な笑みを貼り付け、狂ったように笑い続けるフウの頬から、朝陽に反射する雫が一滴だけゆったりと滑り落ちてゆく。こんなにも愉悦に満ちた気持ちだというのに、どうしてこんな物が出るのかが分からなかった。

 ただ、忘れてはいけない筈の分からなくなってしまった何かが、己の中から消えていくことだけは嫌でも分かってしまった。


「ごめんっ、フウ……」


 己の腕から逃れるように倒れ込んだ少女へ、スイは立ち竦んだまま絞り出すように声を震わせた。


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