弟③
少しずつできる事を増やしていく。
挨拶、作業、そう、少しずつ。
育った世界をちゃんと見ていなかった事を悔いたから、今いるここを見て行こう。
世界には二種類の人がいる。
能力を扱う者と扱えない者だ。
俺は能力を扱えない者として生まれた。
だからと言ってそれは『劣る』と言うわけではないと祖母は言っていた。
力を扱うのは結局人だから、人を信じる事が出来れば恐ろしい事なんかないと。
能力を恐れるより信じる事が難しいのだと笑っていた。
兄さんを怖いと思った事はなかった。
兄さんの信頼に応えられていない自分がいやだった。
自分が信じられなかった。
信じることはこれほどに難しい。
それでも、できる事があると少しずつ信じる事が出来始めた気がする。
小さな友人の信頼の眼差しに応えたい。
監督官の無愛想に差し出してきた推薦状に応えたい。
懸命に足掻く生き方が幸せだと花のような笑みを守りたいと思った。
いつか、兄さんにちゃんと立っていけるんだよって笑って言える日が来るだろうか?
彼女は自分は扱える者だと笑う。
「怖いと思いますか」
俺は彼女を恐れる事はなかった。
力は道具に過ぎなくて道具を使うのはあくまで人なのだ。
きっと、傷つければ、それ以上に君は傷つくんだ。
彼女は感情を感じて共感を強める能力を持っていると自嘲気味に笑う。
それはとても効果の低い力なのだと。
「私は、良い道具になれなかったの」
微笑む彼女は疲れて、老いて見えた。
「君は、道具じゃない!」
人は道具なんかじゃないんだ。
困ったように笑う君をただ、抱きしめたかった。
カツカツの生きることに苦しいこの充足の世界が彼女は愛しいと言う。
理解できなくはない。
能力を持ってしても彼女の力は取るに足らないと扱われてる。
ただ、仕事ができるかが見られて求められる。人らしく扱われない。それでも平等な人として扱われてる。
能力の有無が人に寄れない理由じゃないんだ。
白い軍服がはためく。
眩しくて綺麗。
俺は古びた汚れた服で兄が小さな子供に笑うのを見ていた。
子供は無邪気に友人に手を振り、戯れるように兄を「先生」と呼ぶ。
叱る声も呼ぶ声も音は全部消えてしまった。
お願いだから、気がつかないで。
こっちを見ないで。
まだ、まだ、まだ!
兄さんは綺麗すぎて眩しいんだ。




