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弟②

 収監されての新しい生活。

 あてがわれた部屋はワンルーム。

 最低限の生活環境というには上等な部類。

 施設内通貨は目減りする。

 それでも通貨を増やす仕事は世話役が斡旋してくれる。

 働いてその対価は部屋の利用料、医療費の積み立て、未納税金の分納分を経て使用可能通貨が残る。その金額はその日の食事代に足りるか足りないかくらい。

 それでも、出来る仕事が増えていけば変な達成感はあった。

 この施設内で生まれた十歳にも満たない子供の作業時間の三倍以上かかるけど、はじめは半日かけたことを思えば進歩した。

 俺でも出来ることがある?

 やっている作業は単純作業。

 用意された服は汚れていく。

 衣類だって売っている。ただ、資金が足りないだけで。

 はぁっと息を吐き出す。

 数日に一度炊き出しで食事を賄っても明日の食費がある状況がギリギリでそのクセ思わぬ出費があったりもする。

 少しでも収入のいい仕事は競争率も高いし、要領の良さも求められる。協調性とかも。

 収入の良い紹介を受けるには能力検定を受けたり、監督官の推薦がいると。

 朝、分別の仕事に就いて初日に半日かけた作業の倍をその三分の一以下で終わらせる。体に残る疲弊感も減った。

「慣れてきたか」

 そう、無愛想な監督官が呟く。

 手を切ってしまった時には清潔なハンカチで止血してくれた。救急キットもそっと使ってくれた。

「ヘマをするなよ」

 俺は、大人しく頭を下げる。

 本当なら救急キットは有料なんだ。ハンカチは私物だった。

 見てくれているのが嬉しかった。

 ここでは俺はいつの日か見失った俺を見つけられる?

 比較的清掃の行き届いた施設内。ゴミをリサイクル処理すれば清掃活動が認められて月にいくらか使用可能通貨が配布されるらしいから。大概の場所は綺麗だ。

 施設は塀に囲まれているらしいけど、空は見上げられた。丘や森も視界内に存在する。

 ただ、便利だとは言えなかった。

 だけど、充実してるとも言えた。

 呼んだら届くのだろうか?

 見捨てられた自分を俺は認められるんだろうか?

 どこかで、甘えていたんだと思う。

 ふらふらしていても必要な住民税を両親が払ってくれていると。

 明確な犯罪行為にさえ手を出さなければいいって軽く考えていた。

 甘えていたんだ。

 見つけて、兄さんが叱ってくれるって。

 父さんが「兄さんを困らすような真似をするな」って叱ってくれることを望んでいたんだ。

 叱ってくれて認めてくれたのはおばあちゃんだけだった。

 どうしても、俺は兄さんに届かない。

 呼ぶことなんか、できはしない。

 彼女は奉仕活動に積極的。

 彼女に会うのは炊き出しの日で。

 同じ車に乗せられた日の無気力さはなりを潜めて生き生きとスープを器によそう。

 炊き出しの片付けの後に軽く言葉を交わす。

 生活は楽ではなく、彼女の場合は個室すらない。そう、笑ってる。

「笑えるの。生きてるって思うわ。急かず、ほころぶ芽生えに喜べるの」

 無表情に老けた気配の消えた彼女は意外と歳が近いのかと思わされた。

 外で生きてきた日のことは聞かない。

 外から来たものは外のことを望んで話しはしない。

 外に出て、生きていけると思えない。

 この抑圧された世界で解放を感じて、解放されているはずの世界で抑圧されて息苦しかったと気がついた。

 そんな風に気がついているのはごく一部だとわかっている。

 不満に思って脱出を望む者も、誰かの稼ぎをかすめ取ろうとするものだっている。

 与えられた部屋を換金して誰かの部屋に居座る人もいる。

 ここで生まれて、外を夢見る子供もいる。

 教育は受けれても外に出るには適切な金額を払わなければならない。

 それは理不尽だと思う。

 出会ったその子は笑って、「稼げなきゃ外でも生きていけないもの」と言い放つ。一人で両親の食費すら稼いでる。

 嬉しそうに俺や周りに外の話をねだる子供。

 俺は自分の周りなんか見てこなかった。

 外の世界は優しくなんかないけれど、夢を壊したくはない。どうして、俺は自分のことしか見ていなかったんだろう?

 彼女が微笑んで「変わっていけばいいの」と囁く。微かに荒れた健康的とは言えない唇がぐっと誘惑的に思えた。


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