第82話 準備
我はゴーレムなり。
そろそろハクに実戦の経験を積ませても良い頃だと思う。
老人に近場で魔物を狩りに行くからと伝えてみたところ、アスーアも連れて行ってくれないかと言われた。どうもアスーアが、我らのお目付役らしい。もうそんなに若くないだろうに、大丈夫なのかなと我がちらりとアスーアの方を見るとすごい良い笑顔で我の方を見ている。
うむ、大丈夫そうだな。
我は、了解したと頷いた。
実際に狩りに行くのは明日からにして、今日は準備をする。日帰りのつもりなので、そんなに荷物を用意する必要は無いのだが、念には念を入れるのだ。
小さい山だからといって、準備をせずに登ってしまうような初心者登山者とは我は違う。決してなめない。それが重要なのだ。迷宮都市でダンジョンに潜っていた経験は伊達ではない。我はスキンヘッドからちゃんと学んでいるのである。
ハクと一緒に魔道具屋に行く。まずは薬を買うのだ。ゴブリン相手にだってケガをするかもしれないからね。我とハクが店に入ると、「いらっしゃい」と店主が声をかけてくれる。店主は前に老人と一緒に来た時の事を覚えてくれていたようだ。結構、繁盛していて、客の数も多いのにさすがである。
『薬が欲しいのだが』
「クスリ、ほしい」
我の言葉をハクが店主に伝えてくれる。
「どんな薬が欲しいんだい? 傷薬? 毒消し薬? 麻痺治し薬? うちにはなんでもそろってる。あとは、体力を回復してくれる回復薬もある。それに毒消し薬と麻痺治し薬を兼ねたよくなーるっていうのもあるよ」
『とりあえず、全部ほしい』
「全部」
「全部って? いま話した薬を全部かい? まいど。ああ、あとどのくらいの効果がある薬を買うんだい?」
『効果とはどういう意味だ?』
「効果?」
「うん、全部の薬に言えることなんだがね。そうだ、傷薬を例にとって説明しよう」
店主は、店の奥に入り、3本の瓶を手に持って戻ってきた。そして、カウンターに3本の瓶を置いて説明をしてくれる。
「左から順に、傷薬、いい傷薬、すごい傷薬だ。値段も左から、銀貨1枚、銀貨5枚、銀貨20枚だ。効果もお金に比例してよく効くようになるからね。当たり前だけど、すごい傷薬でも切れた腕とかは治らないから、注意してくれよ」
なるほどね。すごい傷薬でも切れた腕は元にもどらないのか。当然と言えば当然だな。
あっ、そうだ。
『やけどの痕を治すことはできるのだろうか?』
「やけど、痕、治せる?」
「うーん、言いにくいんだけど、無理だと思う。もしかすると皮をそいで、すごい傷薬をかければきれいに治るかもしれないけど、試したことがない。だから、正直わからない」
『わかった。ありがとう。我もそんな方法は試そうとは思わない』
「わかった」
「念の為言っておくけど、間違っても今言った方法を試さないでくれよ。そんなことをされたら、ギルドマスターに何て言われるかわからないからな」
我はうむと頷き、ハクもこくりと頷いた。
薬は古くなりすぎるとあまり効果がなくなるらしいので、無印の傷薬を5本、いい傷薬を3本、すごい傷薬を1本買う。あとはいい毒消し薬といい麻痺治し薬をそれぞれ2本、すごい毒消し薬とすごい麻痺治し薬を1本ずつ買って、ハクのウエストポーチに入れさせる。
我も念の為に持っておくほうがいいと考え、追加ですごい傷薬を1本、すごいよくなーるを1本買ってないわーポーチに入れておいた。
薬は全部で金貨9枚と大銅貨6枚だった。命がかかっている分、薬はけっこう高いのだ。体力を回復させるという回復薬は今回は買わなかった。成長期の子供に飲ませて良いのかとちょっと気になったからだ。
「また来てくれよ」という店主の声に手を振って応え、我とハクは店を出る。
◆
次に行く店が本日のメインのお店だ。アスーアがついて来るということなので、これだけは買っておかねばならないだろう。
我らが来たのは、車屋である。
車屋と言っても、ガソリンで走る車ではない。馬に引かせる車や、リヤカーを取り扱っているお店だ。お年寄りは労らねばならんからな。アスーアを乗せていけるリヤカーを買っておくのだ。ふっふっふ。アスーアも我の優しさと気遣いに涙を流すかもしれない。
アスーアのため以外にもちゃんと理由はある。
今後、旅をする上で必要になると思ったからだ。我だけなら歩き続けられるけど、ハクには睡眠が必要だからね。リヤカーがあれば、ハクを荷台で眠らせつつ、我がリヤカーを引いて先に進んでいけるという訳だ。ふっふっふ。ぬかりない。
この車屋に良いリヤカーがあればいいんだけど、どうだろう。
車屋の店の中に入ると喧嘩をしているような声が聞こえてくる。我とハクは、言い争いをしている2人の男の後ろまで進む。黒い金属のリヤカーを間に挟んで言い争いをしているようだ。
「バカやろう。なんで、こんな誰も買わないような荷車を作ったんだよ」
「兄貴にはわからないかもしれないが、これは俺が考えに考えて作った一品なんだよ!」
「ああ、オレにはお前の考えなんてわからない。こんなバカみたいに高い荷車誰が買うんだよ」
「このすごさがわかってくれる人なら、きっと買ってくれる!」
「いや、いないよ! 星金貨2枚の荷車なんて誰も買わないっつーの。もしもいたら、裸で町の中を一周してやるよ!」
「くっ、仕方ないだろ、材料費だけで大金貨5枚、3年以上の歳月をかけて作った一品なんだ。星金貨2枚なんて破格だぜ!」
「本当にお前のバカさ加減には愛想が尽きるよ。この荷車を作っていなければ、お前はもっとたくさんの普通の荷車を作れただろうに」
「普通の荷車なんて作ってどうするんだよ。俺は歴史に残るような荷車を作りたいんだ!」
「歴史に残るって言っても、この荷車だって単なる頑丈なだけの荷車だろ。魔法もかかっていない荷車に星金貨2枚はありえない」
「でもよ、この車輪のところを見てくれ。どんなに荒れた道でも荷台に乗っていても振動をほとんど感じさせないように工夫しているんだぜ」
「それは、まぁ、すごいが荷車にそんな機能を求める客はいないだろ」
「ぐっ、でもこの荷車は、メンテナンスもほとんど必要とせず、壊れにくい作りになっているんだ! この荷車の価値を理解してくれる人はきっといる!」
「やっぱり、お前はバカだ。安い荷車なら、金貨3枚も出せばお釣りが来るんだぞ。星金貨2枚は高すぎる」
「で、でも!」
なるほどね。この2人は兄弟なのか。
そして、このリヤカーは星金貨2枚。たしかに普通は買わないと思うんだけど、我はちょっとほしい。大きさも良い感じだしな。ハクにもう一つ大きめの魔法のカバンを買えば、このリヤカー自体を収納させておくこともできるだろう。そうすれば険しい崖道を行くときも邪魔にならない。うん、いいと思う。
我はハクのジャケットの袖をつかみ、弟と思われる男に質問をする。
『この荷車には幌はないのか?』
「荷車、幌、ない?」
突然、話しかけられた兄弟は、我らにようやく気づいたらしく、少しばつが悪そうだ。
「幌ってこの荷車のかい?」
弟が確認してきたので、我とハクは頷く。すると弟が素早く、荷台の側面に折りたたまれていた4本の棒を延ばし、さっと幌をはってくれた。我とハクはぱちぱちと手を叩く。弟は得意げだ。兄は苦虫をかみつぶしたような表情でそんな弟を見ている。
「すごいだろ、あっという間にこの荷車は幌だってはれるんだ」
我は試しにリヤカーを引かせてもらう。ハクに荷台に乗ってみてもらったが、乗り心地も良さそうだ。ジスポもちゃっかり、ハクの横に行ってリヤカーの乗り心地を確かめている。荷台を見ていたが、確かに振動は少なそうだ。なめらかに車輪も動くし、この弟が自信満々な理由も少しわかるね。
『良いリヤカーではないか。我らが買っていきたいけどいいか』
「良い。買える?」
「帰る? 出口ならあっちだよ、お嬢ちゃん達」
兄が、買えると帰るを間違え、我らを出口に案内しようとするが、我は首を振る。それを見てハクも一緒に首を振る。リヤカーを指さし再度購入の意思を伝える。
『このリヤカー、荷車を買うと言っているのだ』
「荷車、買う」
兄弟は、はぁ? っという顔でハクの顔を見てくる。
「お嬢ちゃん、この荷車はね、すごい高いんだ。お嬢ちゃんが見たこともないようなお金が必要なんだよ。だから、売ってあげることはできないんだ」
「この荷車の価値をわかってくれるのはうれしいが、俺も安売りはできない。星金貨2枚は譲れないから、ごめんな嬢ちゃん達」
ハクがどうするのと首をかしげながら我を見てくる。我はないわーポーチからごそごそと星金貨を探す。あんまり使わないから、奥の方に入ってしまっているみたいだ。
「ちゅちゅちゅ!」
(親分、どうぞ!)
おお、ジスポが星金貨を2枚カバンの奥底から見つけ出してきてくれた。ありがとうとジスポに頷き、我は星金貨を2枚、弟に差し出す。
「「えっ」」
と、いう驚きの声を上げ、兄弟が固まってしまった。
『星金貨2枚でいいのだろう?』
「星金貨2枚、いい?」
弟はおそるおそる我から星金貨を受け取り、兄の方に見せる。「これって本物か?」「し、信じられんが本物だ」と確認をしあっている。
『持って帰っていいか?』
「持って、帰る、いい?」
「あ、ああ! 持って帰ってもらって大丈夫だ! ありがとう!! もしも何かあったら俺を訪ねてきてくれよ!!」
我はリヤカーを引いて店を出て行く。弟が良い笑顔で送り出してくれる。兄はその横で、信じられんと何度も呟いている。
うむ、良い買い物が出来た。このリヤカーがしまえる魔法のカバンを買ってから、帰ることにしよう。
後日、裸で町の中を一周した男が現れたそうよ、とアスーアから教えてもらった。
 




