第80話 訓練
我は滞在する間、家の掃除を手伝うことにした。
家の掃除は老人がすべてやっているらしい。アスーア曰く、老人の趣味だそうだ。なかなかお掃除レベルが高いようだな、この老人は。この屋敷の中を見てみれば我にはわかるよ。我もいろいろなところで掃除をしてきたからな。相手の大体のお掃除レベルってヤツがわかるようになったのさ。
我も負けていられないぜ。
我はジスポにフィンガーサインで指示を出す。
ないわーポーチから顔を出して、我のフィンガーサインを見つめていたジスポは首をひねっている。我はフィンガーサインでタイプ4だ、タイプ4とジスポの前に指を出してアピールする。
ジスポはようやく、フィンガーサインに気づいたらしい。はっとしたような顔をして呪文を唱え始めた。たしかに最近はあまりフィンガーサインで指示を出してはいなかったけど、忘れないで欲しい。あれだけ特訓をしていたのに。
タイプ4、それははたきである。
我が棒を取り出し、その先端にジスポがつかまる。我は準備の出来たはたきで、ぱたぱたと家の中の埃を落としていく。いや、正しくないな。埃がジスポの魔法で出来た毛に吸い付いていくのだ。
掃除が行き届いているので、もとから埃はあまりないのが少し残念だ。悔しいがジスポのおかげで我の掃除レベルは達人の域にまで達したと言える。老人も、「おお、ソフティスマウスにそのような使い方があったとは」と感嘆しているぜ。
我は得意になって、ぱたぱたとはたきで埃を取っていくのだった。
我が掃除をしている中、ハクはアスーアに料理の仕方を教えてもらっていた。ちょろっと横目で見たけど、包丁の使い方はなかなかのものだった。
火を使った料理とかがちゃんと出来るのだろうかと、心配で見ていたけど、火を怖がる様子はない。火傷のトラウマがあるかもしれないと思っていたけど、大丈夫そうだ。
ちなみに、ハクは家の中では淡い水色の長袖のワンピースを着ている。革の上下はあくまでも冒険用だからね。家のなかでは、気楽な恰好が一番なのだ。
◆
我とハクは老人と共にギルドの訓練場に来ている。
老人が自ずからハクにナイフでの戦い方をレクチャーしてくれるらしい。我は基本、ラインライトと普通のパンチとキックだけで戦っているので、戦い方など教えられない。
わら人形に対して、ナイフはこう繰り出すのだと老人が手本を見せれば、ハクもマネをしてナイフを繰り出す。ギルドマスターが訓練場にいるのが珍しいのか、遠目でハクと老人を見ている者も多かった。
そして我は勉強をしながら、その様子を見ている。出かける時にアスーアが我にだけ、課題を出してきたのだ。なぜ、我にだけ。
解せぬ。
我は訓練場の壁際に座ってカリカリカリと文字の練習をする。少し飽きたので、カリカリカリと落書きもする。その横ではジスポがかりかりかりと、アスーアにもらったビスケットをかじっている。
この港町では藁半紙のような、ちょっと質の悪い紙が安く大量に売られているらしい。おかげで、勉強には気兼ねなく紙を使うことができる。今、我が文字の練習をしている紙もヒモでとじられていてノートみたいな作りになっているのだ。おかげで、ノートの隅っこにパラパラマンガだって描けるのだ。
ジスポにパラパラマンガを見せたら、動いてる、と驚きの声を上げていた。ふっふっふ。棒人間くらいなら我にも描けるんだぜ。
ノートに影が落ちたので、顔を上げてみると老人が我の落書きを見て、すこしあきれた表情をしている。「アスーアにしかられるぞ」と言われ、はっとした我はまた真面目に課題に取り組むのだった。
◆
我は勉強に少し疲れたのでノートとお手本をないわーポーチにしまい、ハクが訓練をしている方に近づく。ハクは左手だけで素早く器用にナイフを操っている。なかなかのものだ。
こうシュシュってやるんだね。シュシュって。我もハクの横でエアナイフを繰り広げる。我が横でエアナイフを始めたので、ハクもうれしそうにシッポを振りながらナイフを繰り出している。
シュシュ、シュシュと架空の敵を相手に、華麗なエアナイフを繰り出す我。我は常に実戦を意識して取り組むのだ。
「まぁ、これはこれで、いいのかの」
と老人が我らを見守りつつ呟いていた。
◆
昼ごはんをハクと老人が食べ終え、午後の訓練に臨む。午後は訓練場にでている者の数が増えた。
特に訓練場の反対側では、魔法の訓練をしはじめた者が大勢いる。我は老人の服をクイクイとつかみ、魔法の訓練をしている者を指さす。老人は首をかしげている。
『ハクは魔法を覚えられるだろうか?』
「私、魔法、覚え、れる?」
「おお、魔法を覚えられるかときいとったのか。残念ながら、獣人はあまり魔法を使うのが得意ではないからのぅ」
『どうにもならないのか?』
「どうに、も?」
「もしも精霊の協力が得られるなら精霊魔法を使えるかもしれんが、難しいだろうねぇ」
精霊の協力が得られたら、精霊魔法は使えるのか。そのあたりにもふわふわと精霊が飛んでいるから、頼んでみよう。ハクは精霊が見えるようだから、精霊魔法を使えると思うんだよね。
風の精霊を手招きして呼びよせ、『ちょっとこの子に力を貸してやって』とハクを指さして頼んでみる。最初は首をひねっていた風の精霊も、ハクに魔法を撃つようなポーズをさせ、我がそこから魔法のように飛び出してみることで、ようやく伝わった。
「OK、OK」と風の精霊は、ハクの手から何かを受け取った後、びゅおーっと風を勢いよく吹き出した。
おお、ちゃんと使えたようだ。ハクに向かって頷くと、ハクはうれしそうにシッポをぶんぶん振っている。ジスポはちょっとぐぬぬって表情で、ないわーポーチの隙間からハクを見つめている。
「なっ、精霊魔法!? お嬢ちゃんは精霊魔法が使えたのか」
「初めて、使った」
「ふーむ、お嬢ちゃんは良い冒険者になりそうだの」
その後は夕方まで、ハクはナイフの訓練を続け、最後に少しだけ精霊魔法の練習もした。
我も精霊魔法を使ってみようとして試したのだが失敗した。精霊達が「十分強いから」「必要ないでしょ」と言って、我には協力してくれなかったのだ。我は精霊魔法をつかった攻撃は出来ないのか。
我が使える魔法は、本当にラインライトしかないみたいだ。
◆
老人の家に着くと、アスーアがおかえりなさいと出迎えてくれる。ハクに訓練がどうだったかを聞いた後、我にも声をかけてくる。
「ゴーレムちゃん、課題はどう? ちゃんとできた?」
我は、も、もちろんだと頷く。老人は少しあきれた様子で我の事を見てくる。アスーアも何か思うところがあったのだろう。
「じゃあ、今日練習したノートを見せてちょうだい。私が確認してあげるわ」
アスーアがしゃがみ込んで我の目を見てくる。気まずい。
ええい、しかたない、と我は意を決して、ないわーポーチからノートを取り出す。そして真面目にやってたページを開いて、アスーアに見せた。
「まぁ、ちゃんとやってるじゃないゴーレムちゃん! えらいわね!!」
うむ、もちろんだと我は頷き、ないわーポーチにノートをしまおうとするが、アスーアが我の手をつかみ、ノートをしまわせてくれない。
な、何をするのだと我は抗議の視線を、アスーアに送る。でも、アスーアは笑顔のままだ。
「ゴーレムちゃん、こっちの手を離してね。他のページも見てあげるから」
我はぶんぶんと首を振る。我にも人に見せられないことはあるのだ。もう大丈夫だから、と首を振ってノートをしまおうとするも、アスーアはひかない。アスーアはなんて強情な老 !!? 女性なのだろう!
その後、アスーアにノートを奪われてしまい、我の作品を見られてしまった。
「まぁまぁ、楽しんでいたようね。ゴーレムちゃんには課題が易しすぎたみたいだから、増やさないといけないわね」
次の日から、我に出される課題が2倍になった。そして、残念な事に我がパーティーメンバーから初めての裏切り者が出てしまったのである!!
それはジスポだ。
ヤツはレーズンクッキー10枚の報酬と引き替えに、アスーアから我の監視役を請け負ったのだ。なんという悲劇! 課題は増やされ、仲間には裏切られる。なんという恐ろしい町なのだろう、ここは。
「ゴーレムちゃん。また手が止まっているわよ」
我は、アスーアにうむと頷き、かりかりと勉強を続けるのだった。




