第77話 陸地を目指して
我はゴーレムなり。
ただいま絶賛船旅中である。陸地につけるように風の精霊達に頼んで帆に風を送ってもらっているので、かなりの速度が出ている。
我は最初、適当な大陸を目指そうと思っていた。だが、オークション会場にいた元奴隷の中に船に乗っていた者が運良く1人いたのだ。その者の話では、少し遠いが貿易が盛んな海洋国家があるらしい。その国ならば、色々な種族の者が集まるので、元奴隷達を下ろしてもなんとかなるのではということだった。じゃあ、そこでいいかということで、海洋国家への舵取りは船乗りの元奴隷に任せている。
船首で座っていると風の精霊達だけじゃなく、水の精霊達も我らの船旅に協力してくれ始める。我はありがとうの気持ちを込めて、水の精霊達に手を振る。このまま進めれば予想よりもかなり早く海洋国家へとたどり着けそうだ、と船乗りが教えてくれた。
時折、船の近くまでイルカみたいなのが泳いでくるので、我はラインライトを4本使って光の四角を作る。さぁ、飛ぶのだ、くぐるのだ、イルカたちよ! と期待して見ていてもイルカは全然くぐってくれない。水の精霊と風の精霊が「とぁあ!」とくぐるだけだ。ハクと他の何人かは精霊が見えるようなので、おぉと感嘆の声をあげている。他の者達には何をしているんだといぶかしがられるだけだった。
釣り竿を何本も見つけて、釣りの準備を始める者がいた。我はその者達にそっと近づく。我もやりたいな、やらしてくれないかなとそわそわしつつ、準備を眺めていると、「人形様もやりますか?」と声をかけてくれた。
一本貸してくれそうだ!
ちょ、もう、そんなに勧められてはしかたないなぁと、遠慮しつつ釣り竿を受け取る。我はうきうきと疑似餌が先端についた釣り糸を海に垂らす。かかるかな、どうかなと釣り竿をクイクイしながら、獲物がかかるのを待つ。
あっ、あやつ、もう釣りおった。なかなかやるな。
あ、あやつも釣れたみたいだ。なかなかやるではないか。
あ、あやつも釣れている。ぐぬぬぅ。我以外はみんなフィーッシュしちゃってる。我もフィーッシュってやりたい!
我はなおも釣り竿をクイクイしながらあたりを待つ! ん、ちょっとぴくっとなった。おおお、ぐぐっと来た!! これはフィッシュしちゃってるよ! フィーッシュと我は勢いよく釣り竿をたてる! ぷちんと糸が切れた!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、衝撃状態が解消しました}
すこし落ち込む我の背中をポンポンと叩いて慰めてくれるハク。それに引き替え、ジスポだ。あやつは他の者が釣った魚をさばいているので、そのおこぼれをもらいに行っている。くっ、今に見ておれ! 我はもっと大物を釣ってやるのだ!
そんなことを考えつつ、我が釣り糸を垂らしていると、元船乗りと他の者が何かを話している。こっそり聞いていると、このあたりはクラーケンが本当にまれにだが出ることがあるから早く通り抜けたいらしい。
!! それはフラグだ! そんな話をされたら、クラーケンが出てくるしかないじゃないか! やったぜ、きっとそのクラーケンが我の釣り糸にかかってくれるのだ! ありがとう、元船乗り! 君のおかげで我はボウズを免れるよ!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我はうきうきとクラーケンが釣れるのを待っている。なかなかかかってこない。
我の後ろの方で、元船乗りが無事に通り抜けられてよかったなと話しているのが聞こえてきた。我は結局何も釣ることができずに終わってしまった。
◆
そんなこんなで海洋国家の近くまで辿り着く。さすがにこの船で海洋国家の港までいくのはまずいと判断して、港から離れた岩陰に船をとめる。精霊達にお礼を言うと、「またね」とみんなどこかに去って行った。
船内には、そこそこのお金と金目の物があったので、それを皆で分けてもらう。他にも使える物を皆で分けていった。幼い元奴隷は同じ種族の者が面倒を見るらしい。故郷に帰れる者は故郷をめざし、帰れない者はなんとかして食べていくと笑っている。
元奴隷達は、別れの際には我の所まで来て「ありがとう」と言って握手を求めてきたり、「何かこまったことがあったら力になるから」とか、「この御恩は一生忘れません」と言って去って行く。我は、気を付けてと握手をしたり、手を振ったりして、ほとんどの元奴隷達を見送る。
ハクは同じ獣人の女性から一緒に行くかと聞かれていたが「いかない」と短く答えていた。ハクが獣人の女性と一緒に行くならそれもいいだろうと思っていたが、我についてくるつもりらしい。
こうして我はジスポ以外のパーティーメンバーを迎え入れた。
◆
船の上でもハクの様子を見ていたのだけど、右腕は火傷のためにあんまり動かないようだ。
特に右手は火傷のせいで指を曲げることもできないみたい。左腕が大丈夫なのがせめてもの救いだ。我はハクの右手をさすりながら、どうしようかと考えていると、世界の声が響いた。
{ログ:白い獣人ハクからの信仰が限界値を超えました}
{ログ:白い獣人ハクからの敬愛が限界値を超えました}
{ログ:白い獣人ハクからの心酔が限界値を超えました}
{ログ:3つが限界値を超えたため、称号【信仰されしモノ】の効果が発動。ゴーレムの預言者として登録されました}
{ログ:称号【信仰されしモノ】の効果が発動。白い獣人ハクへのお告げが可能になりました}
なんと!
ハクが我の預言者として登録された!
念話ではなく、お告げが可能になったと聞こえたぞ。我からハクに声をかけられるのだろうか。試してみよう。
『我はゴーレムなり。我の声が聞こえるか?』
ハクは左目を見開き、我の方を見つめてくる。
「今の声、かみさま?」
と首をかしげて聞いてくる。おお、我の言葉が届いている!
いきなりしゃべり出したハクにジスポが何事だ、とないわーポーチから顔を出してくる。ジスポには我の言葉が聞こえないからな、未だに。我はジスポを放っておいてハクに声をかける。
『うむ、そうだ。ちなみに、我は神ではない。ゴーレムである』
「ゴーレム? かみさまの名前?」
やっぱり、お告げだから、我の言葉が一方的に届くだけみたいだ。ハクの考えが聞こえてくるわけじゃない。
『うむ、ゴーレムが我の名前だ。我は神様ではない。お前の名前はなんという?』
ハクというのは我が仮につけただけだから、本名があるなら本名を知りたい。ハクはふるふると首を横に振る。
「わたし、名前、ない」
『じゃあ、我がお前に名前をつけてやってもよいか?』
と我が聞くと、うれしそうな笑顔になって首を縦にブンブンと振る。髪の毛が長いから、その有様は実にロックしてる。
『それではお前の名前はハクだ』
「わかった!」
と、ハクはうれしそうに頷いた。ジスポはようやく我がハクに何らかの方法で意思を伝えていることに気づいたらしい。
「ちゅ!? ちゅちゅちゅちゅー!?」
(まさか!? 親分と少女の意思が通じ合っているのですか!?)
我はジスポの方に見て頷く。そういえば、ハクはジスポの名前を知らないなと思い、「ジスポという名前だ」とハクに伝える。ハクはジスポに向かって「わたし、ハク。よろしく」と自己紹介をする。
「ちゅちゅー!! ちゅちゅー!!」
(なんてこったー!! 新入りなのにー!!)
ジスポは頭をかかえて、大きな声で叫ぶ。ちょっとうるさい。ジスポはそのまま放っておいて、ハクへの質問を続ける。
『ハクは帰るところはあるのか? あるならば送っていってやろう』
「わたし、帰る場所、ない」
やっぱり、帰る場所はないのか。名前がないって言ってたからな。
『では、我と共に来るか?』
「かみさまと行く」
ハクは力強い瞳で我の方を見て、しっかりと言い切った。我はうなずき、「わかった」とだけ告げる。ハクの服などを手に入れるために町に行ってみるか。他の元奴隷達が船から使える物を持って行ったので、もうたいした物は船に残っていないからね。
『町を目指すか』と我はハクに告げ、町を目指して進んでいくことにした。




