第76話 崩壊
我はゴーレムなり。
何でも何とかできちゃうゴーレムである! 自分が怖くなるぜ! 死にかけていた獣人の少女をちゃんと助けることが出来てしまったのだ! わふー!! マジですごいな!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
さて、とりあえずどうしよう。少女の右の顔から右の上半身、右腕にもだが、火傷の痕が残ってしまった。こればかりはどうしようもない。前言を撤回することになるが、何でもはやはり無理だ。少女は粗末なぼろ布をまとっているだけだから、見ていて痛々しい。
我は少女を連れて、そのあたりの部屋に入る。ベッドにシーツがかかっていたので、それをはぎ取り、とりあえずマントのように少女に羽織らせることにした。顔の火傷の痕は、髪の毛が長いのでなんとか隠れている。うん、顔はそのままでいいだろう。火傷のない左の顔が整っているだけに、右側の火傷がより痛々しい。
少女の名前は、何というのだとジェスチャーで聞いても、首を横に振るばかりだ。もしかすると名前がないのかもしれない。とりあえず、白い髪の毛だからハクと呼ぶことにしよう。でも、我はこの名前を少女に伝えることはできない。しゃべれないからね。
ううーむ、このあとどうしよう。ここは海の上なのだ。どっちに行けば陸なのかもわからない。ハクを背負って泳ぐというのも、少し無理がある。
……。
奪うか。船なら一杯ある。
奪ってしまってもいいのではないだろうか。
仮面をして素顔を隠すような者達だ。後ろめたいことがきっとあるはず。だから、公に訴えることはできないだろう。我が船を奪っても、泣き寝入りをしてくれるのではなかろうか。きっとそうに違いない。
だけど、我は船を動かせない。どちらに行けば良いのかもわからない。乗組員が必要だ。船員を脅して、船を動かさせるのも良いが、ここは他の奴隷を自由にして恩を売ることで、船を動かしてもらえば良いだろう。
うむ、名案だ。
大人の我が動くためには何かと理由が必要なのだ。
我は【姿隠し】を発動させる。ハクと手をつなぐことで、ハクにも【姿隠し】の効果が適用される。でも、少女だけどハクの身長は我より高い。ハクの身長は140cmくらいだろうか。我がハクの手を引いているというより、ハクが我の手を引いているみたいだ。あくまでも我が手を引いていると言うことで、我が一歩前を歩く。
まだ昼間だけど、夜まで待つ必要も無い。
檻のある部屋まで行く。姿隠しを解いた我とハクの姿を見て、檻の中の者達は驚いている。我は檻の扉を壊す。そして中に入り、「我がお前達を自由にしてやる代わりに船を動かしてほしいのだ」とジェスチャーで伝えるも、檻の中にいる奴隷達は首をひねるばかりだ。まったく悠長にしている暇はないというのに。どうしたものか。
するとハクがしゃべった。
「かみさま、みんな、助ける」
んん? ハクはたどたどしくしかしゃべれないのか? まぁ、いいや。我のジェスチャーを理解したのかと思い様子を見てみるが、我のジェスチャーを理解しているわけではない。どうやら自分が助けてもらったから、他の者達も助けようとしていると思ったみたいだ。結果は同じだからいいか。
我は近くにいたエルフを捕まえる。別に逃げなくても良いのに。
エルフの隷属の首輪を引きちぎって外す。それを見て、ようやく他の者も我が助けてくれるのかもと理解をしたようだ。我はてきぱきとした動きで全ての奴隷達から隷属の首輪を外す。首輪を外した奴隷達は、いったんこの部屋で待っておいてもらうことにした。他の部屋にも奴隷が一杯いたからね。
他の部屋でも同じように、奴隷達の首輪を外していく。一度、奴隷達の首輪を外している最中に、いかにも悪人という顔の見回りの者に見つかってしまった。こんな時はマンガとかでもよく見る首トンだ。しばらく眠っておいてくれ。
我は素早く見回りの者の背後に回り、首の後ろを軽くトンとする。
{ログ:クリティカルヒット! ゴーレムは人間に100のダメージを与えた}
{ログ:人間は息絶えた}
……。
慣れないことをするものではないな。
すまない、人間よ。安らかに眠ってくれ。我はそっと死体に向かって手を合わせる。
◆
途中で悲劇が起こったが、なんとかほとんどの奴隷達の首輪を外すことが出来た。オークション会場に連れて行かれている者や、そこで買われてしまった者達までは手が回らないが許して欲しい。我は神ではないから、できることにも限界があるのだ。
解放した元奴隷達を連れて移動を開始する。近くにちょうど良い大きさの船が止まっているから、あれをもらっていこうと思う。我だけが素早く狙った船に乗り込み、敵を制圧する。まぁ、海にたたき落としただけだ。
そのあと、でっかい網を元奴隷達がいる巨大な奴隷船群ともらっていく船の間に張る。海賊が船を襲うときに使う網がちょうどあったのだ。この船は海賊船なのかもしれない。
もうすぐ皆が移り終わるというところで、奴隷船の者達に見つかった。ピー、ピーと笛を吹き鳴らし、大変うるさい。あっという間に人が集まってきた。その様子を見て焦る元奴隷達。
『落ち着け、まだ焦るような時間じゃない』と我がジェスチャーで伝えようとしても、我を誰も見てくれていない。これはジェスチャーが伝わらない以前の問題である。振り返るとハクだけが、我を後ろから見てくれていた。ありがとう。ありがとう、ハクちゃん。
魔法や矢を撃ってくる奴隷船の者達。元奴隷達の混乱がいっそう激しくなる。我は、飛んでくる魔法や矢を全てラインライトで撃ち落とす。でも、パニックに近い状態の奴隷達は慌てふためくばかりだ。まったく、まったく、世話のかかる者達だ。
我は船の縁にのぼり、奴隷船と我らの船の間に巨大なラインライトで光の壁を発生させた。驚いて呆然とする奴隷達。皆がようやく我に注目してくれている。
ハッ!!? これはリベンジするチャンスだ。
『落ち着け、まだ焦るような時間じゃない』と我がジェスチャーで伝えようとしたら、大きな波が来て船が大きく揺れた。ドボンと我は海に落ちる。
上半身のジェスチャーに気を取られすぎていたから仕方ない。ジスポはないわーポーチから顔を出し、いーっていう表情をしている。
「ちゅちゅちゅちゅ」
(しょっぱい水が流れ込んできました)
そうさ、これが海だ。我はジスポの言葉に頷く。船の縁から心配そうにハクが、下をのぞき込んできている。心配をかけるのはよくない。さっそうと我は船によじ登ることにした。
なんとか混乱が静まった元奴隷達に船を出すように伝えるが、結構もたもたしている。船乗りをしていた者はいないのだろうか? 我の完璧な計画をこんなことで、つまずかせるわけにはいかない。
しかたない。我はマストにのぼり、帆を降ろす。風がないから進まない。でも、奴隷船に当たらないから都合がいい。錨を巻き上げたところで、そのあたりを飛んでいた風の精霊達に、びゅーって風を送ってと合図する。すると精霊達は「オッケー」と軽い返事で風を吹かせてくれる。ありがとう、精霊達。
船が動き出したので、ラインライトで作っていた光の壁を消した。すると、奴隷船にはものすごい数の人間がいるではないか。まだ魔法や矢を撃ってきている。
やっちゃうか? 別にやっちゃってもいいんじゃないかな。
我は船をそのまま進めておくように精霊達に伝える。戻れなくなったら困るので、一体の精霊に我についてきてもらうことにし、我は大きくジャンプして奴隷船へと飛び乗る。
奴隷船の者達はいろいろな攻撃をしてくるが、その程度の攻撃では我は倒せない。我は奴隷船の者達の足や手をラインライトで撃ち抜きつつオークション会場まで走る。客が来なくなれば、この奴隷船も運営できなくなるだろう。
先ほどまでと同じように進行されていたオークション会場の舞台に我は躍り出る。突如現れた我に、会場の者や客達は驚いている。安心するがいい、我は命までは奪わない。我は会場にいる奴隷以外の全ての者に向けてラインライトを射出する。それぞれの足や肩、手を打ち抜く。撃ち抜かれた者達は痛みでのたうち回っている。
我はオークション会場にいた奴隷の者達の隷属の首輪もブチッと外す。ここまで来たついでなのだ。一緒に連れて行こう。しかし、これまた結構な人数がいたものだ。
しかし奴隷船の者達も我らをあっさりと逃がしてはくれない。他のヤツらとはひと味違う用心棒みたいなヤツらが我らの前に立ち塞がる。後ろの元奴隷達はびびりまくりだ。しかたない、あの一番前にいる身体のでかい用心棒には犠牲になってもらおう。我は用心棒の懐に潜り込み、パンチを繰り出す。
パン!!
{ログ:ゴーレムは人間に300のダメージを与えた}
{ログ:人間は息絶えた}
用心棒の身体の上が消し飛び、赤い血と肉をあたりにまき散らかす。その後は、我の前に立ち塞がる者は現れなかった。
手頃な船を見つけ、元奴隷達を乗りうつらせる。その後は、先ほどと同じように船を出航させた。風の精霊達に、前の船に追いつけるようにがんばってもらう。ありがとう、風の精霊達。我は君たちのがんばりを忘れない。
{ログ:ゴーレムは心のシャッターを押した。がんばる風の精霊達を記録した}
奴隷船がまだ見える位置で我はちょっと心配になる。中途半端な力しか見せなかったら、あやつらは今後反撃してくるかもしれない。ここはでかいのを打ち込んでおくべきではなかろうか。相手の心をへし折っておくほうがよい。
叩くときには徹底的に叩く。これが大事なのだ! 我はそう思い、すぐさま行動に移す。
我は船の後ろに立つ。何をするのだと周りにいる元奴隷達が我を見つめてくる。
我は、今までいた鎖でつながれた巨大な奴隷船群の上にラインライトを発生させる。そして、つなぎ目の鎖をめがけてラインライトを撃ち下ろす。
チュドン! チュドン! チュドン!!
と大きな音と水しぶきを上げて、奴隷船群をつなぐ鎖を消し去った。奴隷船の内の何隻かが沈みかけつつある。奥の方の船が見えなかったから、狙った鎖から外れて、船に直撃したのかもしれない。息絶えたというログが聞こえてこないから、死んだ者はいないみたいだ。
「ちゅちゅちゅ! ちゅちゅちゅ!!」
(さすが、親分! とどめをさすとは容赦ありませんね!!)
ジスポが顔を出し感想を伝えてくる。我は引っ込んでおきなさいとないわーポーチにジスポを押し込む。目の前の光景に唖然とする元奴隷達のことは放っておき、前の船を追いかけ続ける。
しばらく走ると前の船に合流することができ、すべての元奴隷達をそちらに移動させることができた。我が戻ってきたことにハクも安堵したのか、我の側にかけよってきて笑顔を見せる。
後は陸を目指すだけだ。




