第75話 マーケット
「ちゅちゅちゅ、ちゅ」
(えらい目に遭いましたね、親分)
汗をぬぐうような仕草をしつつ、ジスポが我に話しかけてくる。ほぼお前のせいだけどねと、ほっぺたをむぎゅっとする。
どこかに飛ばされたのは間違いない。ここはどこだろうとあたりを見回す。どうやら檻の中のようだ。突然現れたので、元から檻の中にいた人たちがすごい驚いている。
いやー、すいませんね、と頭を下げつつ、檻の中にいる者達をよく見てみる。人間に、獣人に、エルフに、ドワーフに、様々な種族の者達がいる。みんな首輪をつけているみたいだ。あれって、隷属の首輪だったよね。この人たちは奴隷っていうことか。色々なことがあって、今の境遇になってしまったんだろうな。
多分、ここは奴隷屋の牢屋の中なんだろうけど、なんでこんなにいろんな種族がいるのだろう。王都では獣人だけを扱っている奴隷屋だったが、この店は何でもござれだ。よくわからないな。獣人だけを扱っているなら、また人間がぶいぶい言わせている大陸かと思ったんだけどね。
どうもお邪魔しましたと頭を下げ、我は檻の中の扉へと向かう。扉を開けようとするも、鍵がかかっているので開かない。しかたないなと思って、少し強く引っ張る。ガキン!! という大きな音を立てて扉が外れた。
我は壊れてしまった扉を見る。うむ、しかたないな。我は檻から出て、そっと扉を檻に立てかけ、その場を後にした。
念の為に【姿隠し】を発動させておくことも忘れない。今の我にぬかりなしだ。
◆
檻のあった部屋の外に出てみると、木で造られた廊下があった。しかたない、少し動き回って様子を見てみることにしよう。
◆
動き回って調べた結果、ここは海の上だと言うことがわかった。すごいでっかい船がいくつも鎖でつなげられていて、一つの町のようになっている。そして、船の中央では奴隷のオークションが行われていた。けっこうな盛り上がりを見せている。
この世界には必要なのかもしれないけど、元日本人の我にはちょっと抵抗があるんだよね。はー、いやなところに飛ばされてきたものだ。買う側の者はみんな目元を仮面で隠しているから、ここは表では売買出来ないオークション会場なのかもしれないね。
気分も悪くなるので、我はオークション会場を後にする。
◆
船の中には結構な数の奴隷達がいた。でも、買い手の方が数が多い。
ここはレアな奴隷を売買するところなのかもしれない。色々な檻を見て歩く。その中で一際我の目を引く者がいた。何かの理由で売れ残ったのだろうか、白い髪の毛をした獣人の少女が倒れていた。
近づいてよく見てみると、少女は虫の息だ。死にかけている。さらに顔の右側にひどい火傷の痕があり、それが、顔だけでなく身体の方にまで続いている。他の奴隷達の中には、このような状態の奴隷は一人もいなかった。きっとこの火傷と死にかけているのが理由で売れ残ってしまったのだろう。
この獣人の少女は犬耳だ。ちょっとイチロウとジロウを思い出してしまった。
「ちゅちゅちゅ。ちゅちゅー、ちゅ」
(ひどいケガです。ほっとくと死んじゃいそうですよ、親分)
ジスポが顔を出し、心配そうに少女を見つめている。我もそう思う。売れ残りみたいだし、このままだと処分されてしまうんだろうな。きっと。
んー、だったら、この少女は我が連れて行くか? ジスポもいるから、一人くらい連れて行くのは大してかわらないと思うし。なにより、このまま死なせてしまうと寝覚めが悪くなりそうだ。我は寝ることないけど。
我は檻に近づく。今度は先ほどとは違い、音がしないようにラインライトで鍵の所だけを消しさる。
我が虫の息の少女に近づき、最初に隷属の首輪を外した。少女はうっすらと左目を開く。右目はもう見えないようだ。我は【姿隠し】を発動させているままだが、少女には我の姿が見えているらしい。火傷をしていない左手を弱々しく我の方へ差し出してくる。我はその手をそっと握る。肉球はないがぷにぷにしている。
少女の生々しかった火傷が少しだけよくなった。薄皮みたいなのができた。我の復元の効果だと思うけど、生きている相手に対しては復元はそんなに効果がないのだ。どうにも復元する対象が生きていると大きくなればなるほど効果が薄い。物であれば、効果がガンガンあるんだけどな。やっぱり、我がゴーレムだからかもしれない。
少女の呼吸が少しだけ落ち着く。でも、それだけだ。弱ったままだ。このままじゃ、体力もなさそうだし、近いうちに死んでしまいそうだ。あぁ、どうにかこの少女を助けられないものだろうか。
少女は左目から涙を流し、「あぅ」と我に声をかけてくる。言葉が短すぎて【通訳】も発動しない。ジスポも黙って少女を見つめるばかりだ。
その後も我は黙って少女の手を握り続ける。
少しずつ火傷の痕がよくなっていくが、少女の体力が持ちそうにない。ある程度火傷の痕は治ったが、それ以上は治らない。我の復元ではこのあたりが限界みたいだ。
すると少女は今まで閉じていた左目をうっすらと開け、「あぃがと。かみ、さま」と言って目を閉じた。我が握っていた手からも力が抜けていく。ああ、我はこんな少女一人救えないのだ。少し他の者より強いからといって調子に乗っていた。何でも何とかなると最近思っていたけど、どうにも出来ないことはどうやっても出来ないのだ。我はぬくもりを失っていきつつある少女の手を握り続けるしかできない。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、悲痛状態が解消しました}
「ちゅー」
(あぁぁ)
とジスポもないわーポーチから顔を出し、その目には涙をためている。我はなおも黙って少女の手を握り続ける。我はこの少女を救いたいのだ。
{ログ:条件が満たされました。称号【信仰されしモノ】の効果が発動}
{スキル【救済】により苦しむ者に救いが与えられます}
すると我の身体と少女の身体が光り輝き始める。ぬくもりが失われつつあった少女の手が、ふたたびぬくもりを持ち始める。顔色も心なしか先ほどよりよくなった。しかし、火傷の痕はこれ以上治ってはいかない。
少女は左目をゆっくりと開け、身体を起こす。そして、我の方をみて、「あぃがと、かみさま」とはっきりと感謝の言葉を伝えてくる。そして我に抱きついてくる。
我はなんとかこの少女を救うことができたようだ。




