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第72話 洗練されし動き

空には雲が立ちこめる薄暗い日だった。


ヒミコとアンタク和尚は聖地から黄泉の国の住人達が攻めてきている草原の方を心配そうに眺める。ここからは、草原の様子を直接見ることはできない。しかし、どうか戦いに臨んでいる者達に神の加護がありますようにと祈り続けるのだった。


ヒミコはアンタク和尚に目をやり尋ねる。


「私たちは強大な敵を前に聖地を守りきることができるでしょうか?」

「銀の地蔵様が黄泉の門を閉めてくださいました。地蔵様が間に合えば聖地は救われましょう」

「銀の地蔵様ですか。民達の噂は本当だったのですね」

「ええ、ワシも危ないところを救っていただきました」


アンタク和尚の言葉に耳を傾けつつ、戦場となっているであろう草原の方を眺めていると、突然、草原の上の空から光が差し込み始めた。はじめは1本の光の柱だった。しかし、今は巨大な光の柱となり、草原を駆け抜けるように動いている。


「あっ、あれは!? 何が起こっているのでしょう?」


ヒミコは遠くに見える光に驚きの声をあげる。アンタク和尚はさきほどまでの厳しい表情がうそのように消え去り、安堵した顔でヒミコの質問に答える。


「どうにか、銀の地蔵様が間に合ってくれたようですな。これで聖地は救われますぞ」

「銀の地蔵様……。本当に、聖地は助かったのでしょうか」


不安と期待に胸を膨らませながら、ヒミコは知らせを待ち続ける。日が暮れる前に、急ぎの伝令が聖地へと駆け込んできた。ヒミコは息を切らした伝令に、水を与えるように指示し、報告を待つ。水をこぼしつつ勢いよく飲み込んだ伝令は大声で報告する。


「突如、あらわれたおかしな一団により、黄泉の国の住人達は皆消え去りました! じ、地獄の将軍も一緒に一瞬で消え去っております! ここを目指してくる敵はもはやおりません!!」


この報告を聞いて、ヒミコの周りにいた者達は、ワッと大きな歓声をあげる。もはや、なすすべなしと祈ることしかできなかった者達は、互いに抱き合って涙を流しつつ喜びをかみしめる。


ヒミコは伝令兵に、報告ありがとうと伝え、休むようにと下がらせた。昼間のあの光が黄泉の住人達との死闘の時だったのだろうと思いを馳せる。


「ヒミコ様、これで救われましたな」

「ええ。おかしな一団とは、やはり銀の地蔵様でしょうか?」

「間違いなく銀の地蔵様でしょう」

「銀の地蔵様にはいくら感謝してもしきれませんね」

「まことに、神や仏の御慈悲ですな」


ヒミコとアンタク和尚は、銀の地蔵様と戦場に臨んだ兵士達を出迎える準備をするようにと指示を出し始める。



我はゴーレムなり。


もう銀の地蔵とでも名乗ってしまうかと迷うこともあるが、我はどこまでいこうとメタルゴーレムなのである。断じて地蔵ではないのである。断固たる意思で、ゴーレムであり続けたい。


さて、だんだんと日が暮れ始めた。


早く聖地へ行かないと、夜の戦いをしいられることになりそうだ。その時はラインライトで照らせばいいかと、我はこれからの戦いのシミュレーションを怠らない。どんな戦いも事前の準備さえしっかりしておけば勝機を見いだせるはずなのだ。


聖地がどんな窮地に陥っていようと、我は必ず救い出して見せようではないか!


ただ我の周りは、お祭りのような騒ぎなんだよね。相変わらず笛を吹いているし、太鼓もドンドンと叩いている。子供達による花びらまき隊も、どこから持ってきているのだというほど、花びらをまき続けている。恐るべき鬼達だ。


そんな一団を照らすように我はラインライトを常に発生させている。


そして精霊達はついにフォーメーションを組み始めた。我の上に発生させていた大きめのラインライトに、少し大きい精霊が現れてから、このフォーメーションがいきなり始まった。「奇数は移動」「偶数は待機」「100番以下は中央に集まれ」と、少し大きい精霊の指示に従い、きびきびと動き続ける精霊達。


もはや、何が彼らをそんなにもラインライトへ駆り立てるのか我にはわからない。


じーっと、指示を出している精霊を見つめていると、精霊が我に気づいたようだ。精霊はぐっと親指を立てて、「私に任せておきな」と実に楽しそうに笑う。お、おうと頷き、あとは任せることにした。


常に祈っているから、彷徨う死体や幽霊達の奇襲は防げると思うけど、敵にはこちらの位置が筒抜けだなと気を引き締める。周りの信者たちがどれだけ浮かれていようと、我だけは気を抜かないのだ。我が行動にぬかりはない。どこからでもかかってくるがいいわ!


そんなことを考えていると、聖地に着きましたと御輿を担いでいた鬼が教えてくれる。あれ、敵はどこにいるんだろう。まだ聖地は危機に陥っていなかったみたいだ。きっと昼間の草原にいたのが、偵察部隊だったのだ。


我が偵察部隊を蹴散らしたから少し慎重に攻めてくる気なのだろう。ふっふっふ、すでに聖地に我は辿り着いてしまったからな。もはや、この聖地を落とせるとは思わぬ事だ。我が鉄壁の守備ってやつをみせてやるぜ!


すると、目の前に和尚が現れた。横には巫女のような装束を来た肌が白い4つ角の鬼族の女性が立っている。それを見た周りの鬼達が、「あ、あれはヒミコ様では!?」とつぶやき、一斉に膝をつく。我が乗っていた御輿も地面に下ろされた。


おお、ようやく下ろしてくれたと我はすこし安堵する。大きい精霊は場の空気を読んで、「離れて待機!」と指示をだす。精霊達はラインライトから離れてビシっと待機する。これでカラフルなラインライトも落ち着いた。


白い鬼の女性が我の前まで来て頭を下げる。


「こたびはありがとうございました。銀の地蔵様。私はこの国の女王、ヒミコと申します。あなた様のおかげでこの聖地を守ることができました」


我は女性を見て頷く。うむうむ、我が来たからにはもう安心するがよい。どのような敵が来ようと我があの世へ送り返してやるのだ。


「ささやかではありますが、宴の用意をしております。また周りの者達も一緒に参加してかまいませんからね。食事はたくさん用意しておりますから」


なるほど、腹が減っては戦はできぬからな。我は食べられないけど。信者達は恐縮しつつも宴に参加することにしたようだ。「さぁ、再開するよ!」と大きめの精霊が指示を出す。「イエッサー!」と小さい精霊達はラインライトの色を変えるためのフォーメーションを再開し始めた。それにあわせるかのように、笛が吹かれ、太鼓が叩かれ、踊りを踊る者まで出始める。


我はゴザの上に畳を何枚か置いた場所に座らされている。座布団もちょっと高そうだ。周りには誰もいない。目の前にはごちそうが供え物のようにたくさんある。そして、ジスポはおむすびに夢中になっている。


「ちゅちゅちゅー! ちゅっちゅ!!」

(この白いつぶつぶ美味しいです! 噛めば噛むほど甘くなりますよ!)


こやつ、ほとんど飲み込んでいるじゃないか。何を言っておるのだとジスポをじーっと見るも、気にした様子はなく食べ続ける。


しばらくすると草原にいた鬼族の者や冒険者達も聖地に合流してきた。


うむ、これでこのあたりの戦力は集結されたのだろう。なかなかの軍勢だ。戦いの前に同じ釜の飯を食べ、戦意を高める。地味だが大切なことだね。人数が増えたことで、より一層、宴が盛り上がっていく。


宴で楽しむのはわかるのだが、皆、少し浮かれすぎではなかろうか。まるで戦いが終わったようだ。これから最後の戦いが始まるのに、大丈夫なのだろうか。我一人でごり押しはできると思うが、気持ちが緩みすぎている気がするな。


我がこれからの戦いの心配をしていると和尚がやってきた。


「銀の地蔵様、此度はまことにありがとうございました」


我はたいしたことはないと首を左右に振る。


「地蔵様が現れなければ、クカノの国は滅びていたでしょう。最後に迫っていた地獄の将軍も地蔵様が倒してくださり、聖地も守りきることができました。まことにありがとうございました」


頭を下げる和尚に、我はなおも気にするなと肩にそっと手を置く。そうか、最後に迫っていた地獄の将軍も地蔵が倒して、聖地を守り切れたのか。よかったではないか。これでこの国は守られたのだ。


……。


んん? 最後に迫っていた地獄の将軍を地蔵が倒した? いつの話だ? ひょっとして昼間の草原でのことか?


!! ま、まさか、蟲忌ン愚将軍が地獄の将軍だったのか!?


たしかに将軍とはついていたが、モブキャラだと思っていた。まさか、ヤツが一番の難敵だったのか!!


そ、そんな、バカなことがあってたまるものか!! それでは我ってばボスの口上を聞かずに倒しちゃっていることになるじゃないか! 口上の最中や、変身シーンでは攻撃をしないという戦いにおける暗黙のルールを我は破っちゃったことになるぞ!?


我は、我は、そんなにも空気が読めないゴーレムだったのか!!? そんな、そんなバカなことがあろうはずがない!!!


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}


あれは仕方なかった。事故だった。


信者達が突き進んじゃったからさ。我も本当は、蟲忌ン愚将軍がボスじゃないかと思ってたんだ。嘘じゃないんだぜ。だから、口上を聞いてあげようとしたんだけどね。本当に人が集まったときの力って怖いよ。個人の力じゃ止められないから。押しつぶされないように、流れに身を任せるしかなかったよ。


でもな、蟲忌ン愚将軍、お前との死闘は忘れないからな! 我は蟲忌ン愚将軍との激闘を振り返る。そして、決してこの激闘を忘れてはならないと、心に深く刻み込んだ。


{ログ:ゴーレムは心のシャッターを押した。激闘! 蟲忌ン愚将軍を記録した}


「あ、あの地蔵様? どうかされましたか?」


と、和尚が我に心配そうに問いかけてくる。『いいや、何でもないさ。少し激闘を振り返っていただけだ』と我は首を振る。


その後は拝みにくる信者達の相手をした。戦場で我と蟲忌ン愚将軍の激闘を見た鬼族の兵士や冒険者達も御利益にあやかろうと何名もやってくる。そして精霊達はそのフォーメーションをさらに洗練したものに変えていく。こうして、この日の宴は夜遅くまで続いた。

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