第70話 決戦前
我は御輿の上から小坊主を見下ろす。
なんでも、和尚から手紙を預かっているらしいのだ。我は手紙を受け取り、封を開ける。折りたたまれていた手紙を、ざっと勢いよくひろげると端っこがびりっと破れた。あっ、と我はちょっと焦ってあたふたする。しかし、小坊主は早く読んでくださいとジト目で我に訴える。
うむうむと手紙を眺める。実に達筆だ。のぼりやはっぴに書かれている字とはひと味違う。さすが和尚だ、実にうまい! 我はうむうむと何度も手紙を眺めてしまう。
眺めるのに満足したので、我は小坊主に手紙を渡す。「何が書かれておりましたか?」と小坊主が聞いてくるが、我に読めているはずがない。我は小坊主に読んでと身振り手振りで伝え、ようやく読んでもらった。「さっき頷いていたじゃ…いえ、いいです」と何か言いかけたが、何か思うところがあったのだろう、さわやかな顔つきになり手紙を読みはじめてくれた。
まるで悟りを開いた高僧のような顔つきになりおったぞ、この小坊主は。
小坊主に読んでもらった手紙の内容は「聖地に危機が迫っているので、聖地へ足を運んでいただけないでしょうか」というものだった。聖地って何って首をひねっていると、小坊主は我の考えを察して説明してくれる。
「聖地とは、クカノを統べる女王ヒミコ様が住まう土地です。その地にはこの国の地脈の中心があるのです」
なるほど、なるほどと我は頷く。
「その聖地に向かって1体の地獄の将軍が非常にゆっくりではあるが迫っているため、銀の地蔵様に対応していただきたいということですね」
ふむふむ。地獄の将軍とはまたすごそうなヤツが出てきたな。どんな危険な相手なのだろう。我ならどうにかできると思うが、油断は禁物だな。我がこれから戦うであろう強者に思いをはせていると、小坊主は察したように話しかけてくる。
「地獄の将軍といえど、銀の地蔵様の敵ではございませんよ」
小坊主はさも当然ですと断言した。やはり、この小坊主、今までとは少し違うのではなかろうか。何があったのだ? 小坊主はなぜ、こうも急成長したのだ? ちょっと覚醒しちゃったみたいな対応だ。我にだって覚醒があるから負けてないけどね!
小坊主にお前に何があったとジェスチャーで問いかけると
「あるがままに受け入れるのが大事なのです」
と一言答えてくれた。男子三日会わざれば刮目して見よというが、この小坊主はまさにそれだな。子供の成長はいつも急だぜ。
おし、了解したと我は御輿から降りて聖地を目指そうとするが周りの鬼達から止められた。
「銀の地蔵様はそのまま座っていてくだせぇ!」
「おいどんたちがこのまま聖地まで運びますさかい!」
「んだ! ぜひとも運ばせてくだせぇ!」
「ありがたや、ありがたや」
「まだまだはなびらいっぱいあるよ!」
「あたいたちも地蔵様が行くっていうなら、聖地までついていくよ!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
「地蔵様だけに苦労をかけるわけにゃいかんがな」
「ワシらも地蔵様の手伝いをさせてもらいたいかのぅ」
なんという熱い信仰心。もう、この鬼達は我のファンではない。ファンからレベルアップした信者だ。狂信者がでないことだけを、我も祈っておこう。もう好きにしてと我は御輿に乗ったまま聖地を目指すことになった。
進む速度は、我が思ったよりは速い。でも、我が単独で行った方がすごく速いんだよね。ふと、振り返りお寺の前で見送っている小坊主の顔を見ると、澄み切った瞳で我を見ているではないか。さきほどの小坊主の言葉が我の脳裏に浮かんでくる。
「あるがままに受け入れるのが大事なのです」
そうか、わかったぜ、小坊主。我も信者達の思いに応えるぞ!
我は前を向き、後光のラインライトを2割増しで発生させる。そして、すべての信者たちの上に、ラインライトを発生させた。そのすべてに精霊達がくっついてカラーチェンジもしてくれる。
精霊達は「たいへんだ!」「たいへんだ!」「でも」「楽しくなってきた!」と言って、どんどん、どんどん集まってくる。おかげで、1本のラインライトに2体の精霊がくっつき、上と下で色が違うというさらにカラフルなラインライトになってしまった。
あらたなラインライトが開発されてしまった。ドンドン夢が広がるな。まったく、我は自分が恐ろしくなる時があるぜ。
いざ、聖地へ。我は信者達に担がれたまま、進んでいく。
◆
聖地を守るために、多くの鬼族や冒険者が集まっている。目の前に迫ってくる黄泉の国の住人を止めることができず、とうとう聖地まであとわずかの所まで攻め込まれてしまったためだ。自分たちの力のなさを嘆きつつも、なお、闘志を失うことはない。
1本角の大柄の鬼タタマルが、小柄な2本角の少年シシマルに話しかける。
「若だけでも、ご領地に戻られませんか? 御館様も此度の防衛に出られておいでです。御館様と若のお二人にもしものことがあると、お家がなくなりますぞ」
「そんなことができるものか。俺だけ逃げてどうするのだ。聖地が落とされれば、この国で生者は生きていけなくなるのだ。逃げ場などない」
「それに最強の冒険者をきちんとご案内できませんでしたものね。ここで手柄のひとつでも上げないと、廃嫡されてしまいますわ」
小さい2本角をもった女のヤサカが横から口を挟む。
「ふん。ヤサカ、お前とて何も言わなかったではないか」
「ご案内を仰せつかったのは若でございますから。私はどのような結果になろうとただ見守るだけですよ。たとえ、この国が滅びようとも、ね」
「ふん」
シシマルは忌々しそうに呟いた。シシマルは、父親からの叱責がどうしても納得できなかった。あのような小さい人形が最強の冒険者だなどとギルドの連中は、鬼族をバカにしているとしか思えなかったのだ。
たしかに共に戦う冒険者達は強かった。彼らがいなければとてもここまで戦線を維持できなかっただろう。最初は自分たちだけでも、黄泉の国の住人など追い返せると思っていたが、ここまで手も足もでないのであれば、ヒミコ様の判断は正しかったのだと今なら理解できる。
しかし、あの人形のことだけは何度考えても納得できない。
ギルド職員の言葉にうなずくだけで、あとはただ我らの後ろをついてくるだけだった。おかしな模様の袋を肩からさげて、時折ネズミに餌をやっている。その姿を見て、最強の冒険者だとはとても信じられない。殺気を放ってみれば、後ろの冒険者は身構えたが、人形はまったく気にもしていなかった。突然の殺気を浴びせられれば、どんな者でも身構えるはずだ。
俺の殺気など問題にもせぬ強者なのかとも思ったが、たまに道端に落ちているドングリを拾い集める姿を目にして、その考えは捨て去った。
シシマルは草原の向こう側から、じわじわと姿を現しはじめた黄泉の国の住人に視線を移す。今はあの時のことを振り返っている時ではない。目の前の敵に集中して向かうべき時だ。
「きたぞ、タタマル! ヤサカ!」
「おう!」「はい」
それぞれの武器を構え、迫り来る黄泉の国の住人を待ち受ける。黄泉の国の住人のさらに後方からは地獄の将軍も姿を現した。ここからでもわかるその巨体。ここまでさんざんに遊ばれた相手だ。倒せぬまでもなんとか一矢報いたい。
進軍の合図のホラ貝が鳴り響くのを、息を殺して待つ。周りの鬼達も、冒険者たちも、その手に持つ武器を固く握りしめる。迫り来る黄泉の国の住人達。ここを抜かれれば聖地を落とされるという事実が、いやがおうにも緊張が高まってくる。
そんな緊迫した草原に、突如、陽気な笛の音と太鼓の音が聞こえてくる。
俺の耳が緊張しすぎておかしくなったのかと思ったが、周りの者も困惑しているのをみると、俺の耳がおかしくなったわけではなさそうだ。
この戦場にいったい何が起ころうというのだ。




