第68話 黄泉への扉
我はゴーレムなり。
和尚の話を聞いて、黄泉への扉に向かっている最中だ。深い樹海に包まれた山の麓に黄泉への扉があるらしい。
我はそこに行くまでの道がわからないので、道案内に寺の小坊主が一人ついてきた。銀の地蔵様、銀の地蔵様と言って、一緒に来たがる者が意外に多かった。我の側にいる方が安全だと思ったのかもしれない。ただ人数が多いと足手まといになるので、小坊主一人についてきてもらうことにした。
1週間ほどかかるというため、その間の小坊主の食事をどうするのかなと見ていたら、和尚が小坊主に巻物を1本と木でできた手形を1つ渡している。なんでも、この巻物があれば、遠くから物を呼び出せることができるらしい。便利グッズである。おにぎりと数日分の干飯をあわせて風呂敷に包み、小坊主の準備が終わった。
和尚たちに見送られ、我と小坊主は黄泉への扉を目指す。普通に歩いて向かうと時間がかかるので、我が小坊主を担いで行くことにした。小坊主に負担がかからないように軽めに走る。
小坊主は「あばばばば」と実に楽しそうだ。ふっふっふ、これほどのスピードはなかなか体験できないだろうからな。思う存分楽しむと良い。
少しすると飽きたのか、静かになった。まぁ、慣れたらそれほどのこともないしね。仕方ない。
◆
黄泉への扉を目指す最中に見つけた彷徨う死体や幽霊はその都度すべてあの世に送り返している。最初は立ち止まって祈っていたのだけど、あまりにも数が多いので、常に祈りながら進むことにした。
何とか2日ほどで樹海の入り口まで辿り着くことができた。
我は小坊主にどうする、待っているかとジェスチャーで質問する。小坊主は、ぶんぶんと首を振り、「いえ、ついて行きます!! こんな所においていかないでください!」と涙目になりつつ言ってくる。それもそうだなと我は小坊主を伴い、樹海の奥へと進む。
樹海の中には、今まで以上に彷徨う死体や幽霊が多かった。我は常に両手を合わせ、後光のラインライトも忘れずに、祈りながら黄泉への入り口を目指す。我の後ろにぴったりとくっつき、小坊主が話しかけてくる。
「さ、さすがは銀の地蔵様です。こんなの地蔵様じゃなかったら、とても先に進めないです」
「ちゅちゅー!」
(親分はすごいんです!)
ジスポが得意げに答えているが、小坊主には当然伝わっていない。
◆
ようやく樹海を抜け、山の麓に辿り着いた。
岩肌に大きな切れ目があり、奥が見えない。彷徨う死体や幽霊が途切れることなく出てきているので、黄泉への扉はこの先にあるのだろう。ただし、瘴気のような紫色の煙が漂って来ている。
ここから先には、小坊主とジスポは連れていってはまずいのではと思い、残るように伝える。しかし、小坊主とジスポは首を縦に振らない。
「こ、こ、こんなところにおいていかないでください!! 死んでしまいます!」
「ちゅちゅちゅ!」
(そうですそうですその通りです!)
ブンブンと首を振りながら、置いていかないでと泣きついてくる。うーむ、どうしたものかな。何かあの瘴気を防げる物があればいいのだけど。あっ、そうだ。バリアを使ってみるか。
我を中心に3mくらいの光の壁を発生させる。試しに紫色の煙の側に行ってみたが、光の壁の内側には入ってこなかった。うむ、これで何とかなるのではなかろうか。
ジスポと小坊主を連れ、岩の裂け目を奥へと進んでいく。小坊主もついてきているから、バリアのほんのりとした光だけでは暗いので、ラインライトを発生させる。我は両手を合わせて、祈りながら奥へ奥へと突き進む。
◆
「かなり深くまで来たのではないでしょうか?」
小坊主の問いかけに我はうむと頷く。周りは紫色の煙が立ちこめているため、視界が悪い。それでも、なお前へとすすむと怒鳴る声が聞こえてきた。
「おらぁ!! 進め! 進め! 黄泉の扉が開かれたのだ! 生者を黄泉の住人に変えてやれ! この世をあの世に変えてやれ! おらぁ!! 進めや、進め!」
「そうだぞぅ! これは千載一遇の好機なんだ! 愚かなこの世の住人が黄泉への扉を開けたのだ! この機会に蹂躙し尽くすんだべ!」
「そうでありんす! 苦しみをすべての者に与えるでありんす! この痛みも憎しみも苦しみも、すべて味わわせてやるんです!!」
他の死体や幽霊とはまったく違う、10メートルくらいの大きなヤツらが3体いた。1体は大きなガイコツで頭蓋骨には角がある。両手にはそれぞれ大きな刀を持っている。
次は、象のような頭をした腕が4本、足が4本ある化け物。コイツは、2本の巨大な棍棒を持っている。たまに足を踏みしめているが、そのたびにズシンと振動が来る。
最後は、着物を着た腐った肌を持つ女。片目はつぶれているようだ。そいつは鎌を片手にキーキーと甲高い声でヒステリックに叫んでいる。
あの3体が彷徨う死体や幽霊たちを積極的に、この世へ送り込んでいるらしい。なるほどそれでは、あの3体に向けてお帰りくださいと祈ることにしよう。ついでにラインライトで、物理的にも消し去っておこう。中途半端に手を出して、あとから反撃がくるなんてイヤだしね。
「あ、あれは!! まずいですよ! 地蔵様、あれは黄泉の国を統べ…」
ラインライトの光と祈りの光が大きな3体を包み込む。
{ログ:ゴーレムは黄泉の国の将軍達に平均860のダメージを与えた}
{ログ:ガシャ髑髏将軍は塵となり天に昇っていった}
{ログ:魔象怒象将軍は塵となり天に昇っていった}
{ログ:欲弄死苦将軍は塵となり天に昇っていった}
えっ、と我は小坊主の方を振り返る。小坊主が何か言いかけていたけど、まずかったかな。
小坊主は目を見開き、驚愕の表情で固まっている。我は、小坊主に何かまずかったかとジェスチャーで問いかける。ゴクリとつばを飲み込み、小坊主が返事をしてくれた。
「い、いえ、何でもありません」
まったく、たいした用ではないのなら後にしてもらいたいものだ。先制攻撃をしようとしている時に、大声を出さないで欲しいね。相手に気づかれたら困るではないか。
さて、周りにいた彷徨う死体、幽霊や火の玉も先ほどの祈りですべていなくなった。これで後は目の前にある巨大な扉を閉めればいいのだ。
「銀の地蔵様、この巨大な扉をどうやって閉めれば良いのでしょうか?」
我は、小坊主に顔を向け、首を傾ける。どうやって閉めればいいか、か。
そんなもの押して閉める以外に方法があるのだろうか。呪文でも唱えるのかな。とりあえず、押してみよう。
我は開いている片側の扉へ近づき、両手で押して閉める。ぎぎーっと大きな音がなり、片側の扉が閉まった。おお、やっぱり扉は押して閉めればいいだけじゃないか。
我はキンキンと手を叩きながら、もう片方の扉にも移動し、そちらも両手で押して閉める。ぎぎーっと大きなきしむ音がして、バタンと黄泉への扉が閉じられた。これで、黄泉への扉を閉じるというミッションは終了だ。あたりの紫色の煙もなくなった。ん、なにか落ちてるから拾っておくか。我は地面から拾うとないわーポーチへと放り込んだ。
我は巨大な黄泉への扉を見上げつつ、また黄泉への扉が開くとやっかいだなと思う。
そうだ、この目の前の扉は黒っぽい金属でできているようだから、ラインライトで溶かして開かないようにしておけば良いのではなかろうか。
おし、威力に気を付けて、やってみよう。
ジジッ。おっ、溶けてる溶けてる。「わっ、眩しい」と小坊主が言っている。目を閉じておけとジェスチャーで伝え、慎重に作業を続ける。間違って壊したら、怒られそうだもんな。
ジジッジー。ジー、ジージー。
おお、できた。なかなかうまくできたのではなかろうか。見た目はちょっと汚らしいけど。初めてにしてはうまくいったよ。我は一人うんうんと納得して頷く。
ようやく目が元通りになった小坊主が、「黄泉への扉が……」と呆然として呟いている。
ひょっとして、開かないようにしたのはまずかったかな。我はちょっとしたサービスのつもりだったのだけど。余計なお世話だったかな。
……。
しかたない。
我はジスポと小坊主に、黄泉への扉からすごい下がるように伝える。
「このあたりでいいでしょうかぁ?」と小坊主が大声で叫んでくるが、もっともっと下げれと指示をする。大分離れたな。おし、これで大丈夫だ。
我は黄泉への扉へと続く岩でできた道の壁を思いっきり殴る。ドン! ガラガラガラと、岩が崩れてくる。我は巻き込まれないように素早く、ジスポ達のもとまで走る。
振り返ると黄泉への扉は完全に壊れた壁によっておおわれて見えなくなっていた。
OK、OKと我は満足げに頷く。これで誰も黄泉への扉にはたどり着けまい。ふっふっふ、これで我が黄泉への扉を熱で溶かしたことに気づく者はいまい。
これで黄泉への扉を閉じるのは終わった。さぁ、帰ろうと、ジスポをないわーポーチに入れ、小坊主を伴って、黄泉への扉へと続く道を引き返すのであった。