第67話 ありがたや
我はゴーレムなり。
そう、我はゴーレムであって地蔵ではない。
我は今、お寺で一番大きい建物の中に案内され、仏像の前に用意された分厚い座布団の上に座っている。
向かい側に座るのは、紫の着物を着た1つ角の和尚だ。そして、その後ろには何百人もの鬼族の者達が座っている。みんな、我に手を合わせて拝んでくる。和尚も他の鬼達もみんなやつれている。
「ありがたや、ありがたや」
「銀の地蔵様がお越しになられた」
「仏様はワシらをお見捨てではなかったのじゃ」
「あの恐ろしいドンという大きな音が今も聞こえてきそうじゃ」
「しかし、わしゃあ木の上から見たでよ! 銀の地蔵様が背中に神々しい光を背負って、手を合わせて拝んでくださったら、周りにひしめいていた悪霊どもが一瞬で消えたんでよ!!」
「ああ、ワシも見た! この世の終わりじゃ思うとったが、救われたべ」
「よるなのにぴかーってあかるくなった!」
「和尚の言うとおり、仏様はワシらを救ってくれたのじゃ」
「ありがたいことじゃ」
「ほんにありがたいのぅ」
鬼族の者達が、ありがたいありがたいと我を拝む。我の前には、寺の小坊主みたいな者がお供え物をどんどん持ってきている。
「ちゅー!!?」
(食べて良いんですかね?)
我はジスポをむぎゅっとないわーポーチに押し込め黙らせる。
「見てみい、あのこの世の物とも思われん柄の袋を」
「あれこそ地蔵様達の世界の高貴な袋なんじゃろ」
「うむ。ワシらには理解できぬが、きっとすばらしいものなんじゃ」
「ああ、あのような物をこの目で見る機会があろうとは、長生きするもんだべ」
「ありがたいのぅ」
「ほんにありがたいことじゃ」
!? ないわーポーチは、この世の物とは思われない柄なのか? なんというか斜め上の理解をされて初めて褒められているぞ! いや、褒められているようで、褒められていない。
銀の地蔵様と呼ばれたこと以上に、我は衝撃を受ける。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、衝撃状態が解消しました}
そんなざわついている鬼族の者達を、和尚がたしなめる。
「こりゃ、静かにせい、銀の地蔵様が困惑されるじゃろうが!」
その一声で、ざわつきが収まっていく。そして、和尚は両手を前につき頭を深く下げて、我にお礼を言ってきた。
「ありがとうございました。銀の地蔵様。あなた様がお救いくださらなければ、わしたちは悪霊どもに殺されておったところです。本当にありがとうございました」
和尚にあわせるように、後ろの鬼族の者達も深く頭をさげて、口々にお礼を言ってくる。
しゃれのつもりでラインライトで後光を演出していたが、ここまで拝まれることになろうとは。うむ、自分が怖いな! でも、やはり我の努力の方向は間違っていなかったのだ。後光の演出は、我に神々しさを与えてくれていた!
和尚や鬼達が頭を上げたのを見て、我はなんでこういう状況に陥っているのだと身振り手振りを駆使して質問する。和尚がなんとか理解して答えてくれた。
「この度の騒動の始まりは、黄泉への扉が開かれたのが原因と言われておりまする」
どういうことだ? と、我は首をかしげる。和尚は眉間にしわを寄せ、苦虫をかみつぶしたような表情で続きを話す。
「黄泉への扉が開かれたため、黄泉の国に住まう者達がこの世にあふれ出したのでしょう。黄泉の国に住まう者たちはワシら生きる者を黄泉の国に引きずり込もうと動き回っております。黄泉の国の者達は動きも鈍いですし、少しの数であれば、戸締まりをして家の中にこもっていれば入り込んでくるようなこともありません」
なるほどな。だから、途中の村では戸締まりをして誰も出てこなかったのだな。
「しかし、大量に集まるとその動きが変わります。家々の戸を壊し、中に入ってきて、生きている者を襲うのです。そのため、周辺の村々の者は皆、この寺に集まり難を逃れていたのです。お経を唱えておれば、ヤツらも寺の中までには入って来れませぬので」
彷徨う死体たちは、もっとお経を唱えて欲しくて門ドンや壁ドンをしていたわけではなかったのか。やはり、我の思ったとおり、寺の者達を助けて正解だったな。うむ。
「はじめは領主様達が兵士を出して、討伐を試みていたのですが、すぐに兵を退かれました。黄泉の国の住人は切っても倒れることがなく、その切り口が異形の姿に変わっていくのです。空を飛ぶ死霊たちには刀も槍も効きません。魔法で少しの手傷を負わせることができたと聞きましたが、相手の数が多すぎました」
我はふむふむと和尚の話に相づちをうつ。
「黄泉の国の住人に迫られ、もうお終いかと諦めかけつつあったところに、銀の地蔵様が現れ、お救いくださったのです」
なるほどな。和尚の話を聞いて、我は1つ思った。
お盆は関係なかったのか、と。
我の今までの思いはどうすればいいのだろう。いろいろ考えてたのに。結果として、今までの行動は正しかった。でも、ぜんぜんご先祖様は関係なかったわけだ。その前提がわかっていれば、我も死体達と一緒にドンってしなかったのだがな。
その時、初めて我の頭の中ですべてのピースがきれいにはまった。我はようやく事件の真相に辿り着いた気がする!
そうか!! つまりは、これがギルドのおっさんが我に頼みたかったことなんだ! 異世界のお盆が過激なわけじゃなかったんだよ。
名探偵ゴーレムは今日も冴えているぜ。
考えにふける我に和尚が両手と頭を床につけ、おそるおそる頼み込んできた。それを見た他のすべての鬼達も一斉に両手と頭を床につける。
「銀の地蔵様! どうか黄泉への扉を閉めていただくことはできないでしょうか? 黄泉への扉が開かれている限り、この騒ぎは収まりません。我らには、あなた様に差し出せ」
我は立ち上がり、和尚の肩にそっと手を置き、顔を上げさせる。和尚の言葉を途中で遮り、我は了解したと力強く頷く。
すると和尚は先ほどよりも長々と両手と頭を床につけ、「ありがとうございまする、ありがとうございまする」と涙声で呟くのだった。
とりあえず、この寺にいる者達はみんな疲れているみたいだから、今日はゆっくりと休むように、ジェスチャーで伝える。よほど疲れていたのだろうし、銀の地蔵がいると安心したのだろう。すぐに鬼達は眠りに落ちていった。
それにしても、銀の地蔵ってやめてほしいのだけど。




