第66話 お寺
「ちゅちゅー!! ちゅ! ちゅ! ちゅー!」
(ぎゃー!! 親分! 鼻がもげそうです!! 彷徨う死体が多すぎますー!)
うむ、我もジスポほどではないが、この臭いに鼻がもげそうだ。鼻はないけど。
この広い草原、見渡す限りに彷徨う死体と幽霊がいる。あと、彷徨わない死体もあるけど、武器を持っていたり、鎧を着ているから、戦場の跡なのかもしれない。
彷徨わない死体にはウジがわいている。そして、彷徨う死体の中にはそんな死体を食っているヤツもいる。ゆっくりとしか動かないからこそ、見ていて怖いな。
うーん、なんというカオスだ。
ちぎれた腕に蜘蛛のような足がはえているものがいたり、蛇の胴体に鬼族の首がくっついているようなものもいる。なんだ、これ。
あっ、こけたぞ、あの死体! こけた衝撃で足がもげてる。ぎゅわー。グロい。
んんー? もげた足の傷口からうじゃうじゃとタコのような足が生えてきた。もげた足が生えてきたタコの足で動き始めたぞ。
そうか、わかった。彷徨う死体はその身体がちぎれたりすると、ちぎれた部分が魔物化というか、異形の姿に変わっているのだな。そして、食われた彷徨わない死体は動き出すみたいだ。なんと恐ろしい。まるで地獄のようではないか。
我に襲いかかってくるような死体や幽霊はいないけど、精神衛生上よろしくない。
我は両手を合わせる。後光のラインライトも発生だ。そして威力のないラインライトを垂直に草原中に発生させる。最後に、冥福を祈る。
{ログ:ゴーレムはゾンビ達とゴースト達に平均400のダメージを与えた}
{ログ:ゾンビ達は塵となり天に昇っていった}
{ログ:ゴースト達は天に昇っていった}
ふー、これで目の前の地獄絵図が緩和された。でも、食われていない死体はそのままだ。ウジがわいたままこの草原で朽ちていくのは、ちょっとかわいそうかもしれない。骨を拾いたいという遺族もいるかもしれないが、彷徨う死体や幽霊達のついでだ。
我は再び両手を合わせ、死体を消しされるだけの威力を持ったラインライトを放つ。広い草原から、彷徨わない死体も消えた。
南無阿弥陀仏。成仏してください。
◆
それからも歩けば歩くほど、彷徨う死体や幽霊が多くいる。それらを丁寧にあの世に送り返す。
お盆を忘れた末路がこれか。
先祖への感謝を忘れたせいでえらいことになっているな。ちゃんとお供えものをしたほうがよかったのではなかろうか。
少し歩くと小高い山の上にお寺のような建物が見えた。その周りには彷徨う死体や幽霊で一杯だ。夜だから、火の玉もゆらゆらとたくさん揺らめいている。彷徨う死体はお寺の中に入りたそうに、ドン、ドンと門を叩いている。他の死体もお寺の塀をドン、ドンと叩いている。幽霊は塀を乗り越えてお寺へと入ろうとしているが、何かに阻まれているかのように、塀の中には入れないみたいだ。
お寺の中からはお経を唱えているような声が聞こえてくる。
はっ、そうか!?
我は、彷徨う死体や幽霊達はお寺の中に入りたい、つまり墓の中で眠りたいのかと思ったけど違うのだ! お経が足らないと怒っているのだ!
そう考えて、この状況を見てみれば納得できる。
もっと! もっと! もっと! もっと俺たちにお経を聞かせてくれ! こんなんじゃ俺たちの魂に響いて来ないんだ! もっと魂のこもったお経を聞かせてくれ! 俺たちを成仏させるくらいの熱いお経を唱えてくれよ! って事なんだ!
だから、みんなで催促の門ドン、壁ドンなのだ。熱い、熱いぜ、お前達!
なんと熱いハートを持った死体と幽霊達なのだ! 死んですらもなお滾り続ける熱いパッションをその胸に持ち続けるなんて! かっこいい! なんてかっこいいのだ! 我もそんな風に生きてみたいぜ!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
まぁ、彼らは死んでるけど。おし、我も彼らを応援しよう。彼らを満足させるお経を唱えてもらう為に、我も死体達といっしょに催促だ。
我は彷徨う死体たちのドンと叩く音にあわせて、階段の下で足をドンと踏みしめる。死体達の響かせるドンと、我の足が響かせるドンがどんどん大きくなっていく。
ドン! ドン!! ドン! ドン!! ドン! ドン!! ドン! ドン!!
我らの催促に答えるかのように、お寺の中から聞こえてくるお経はどんどん大きくなってくる。いいぞ、その勢いだ! きっとあんたたちのお経は、死体や幽霊の心に届くはずだ!
でも、死体達は貪欲だ。
まだまだ満足できないみたいだ。そんなにも、そんなにも、求めるのか!? と我は驚きを隠せない。
お寺の中から聞こえてくる声はお経だけでなく、叫び声も混じり始めているぞ!? 「もうやめてー」とか「たすけてくれー」とか、まるで悲鳴じゃないか!? 我だったら、このあたりでしかたないな、そろそろ旅立つか、と思ってしまうんだが、やはり同じ鬼族ということもあり、厳しく臨んでいるのだ。
我にはわかる。
お前達の力はこんなものじゃない、もっと出せるはずだ、俺たちは信じているからこそ催促しているんだぜ、と死体達が力強く叩くドンという音には、そんな願いがこもっているのだ!
そうなんだ、我の行動は相手のことを考えてのことじゃない。本当に相手のことを考えれば、死体達のように厳しく求めるべきなのだ。それがお寺にいる者達の力を引き出すことにつながるのだから!
わかったよ、我もいっしょにドンするぜ!
ドン! ドン!! ドン! ドン!! ドン! ドン!! ドン! ドン!!
それにあわせてお経も悲鳴もヒートアップしてくる。うん、それこそが、きっと死体や幽霊達が求めるものなんだ!
「ちゅちゅー。ちゅちゅ?」
(あの、親分。助けなくて良いんですか?)
ジスポがないわーポーチから顔を出し、我に質問してくる。我は首をかしげる。助けるって、死体や幽霊達にあわせてドンと足踏みをすることで、彼らを助けているではないか? 何を言っているのだ? このハムスターは。
「ちゅちゅ、ちゅ、ちゅちゅちゅ」
(ボクが思うに、いえ、誰が見ても、あの建物が死体や幽霊に襲われていると思うんです)
んんー? そうだろうか?
んー、でも、まぁ、そういう見方もできると言えばできるな。我は死体達の立場に立って今の状況を見ていた。だけど、お寺の中の者達からしたら、死体や幽霊が襲いかかってきているように見えるわけだ。なるほど、物事は双方の立場から見てみないと、わからないものだ。
我はじっくりとお寺の様子とその周りの様子を観察する。
うむ、今回はジスポの意見が正しいみたいだ。塀の側にある大きな樹に登っている男が何人かいるが、泣きわめきながら、塩みたいなものをまいているもん。
ちょっと勘違いしてたな、我は。うっかりさんだな。
おし、間違いに気づいたからには、すぐさま行動を修正しなければならない。我はすぐさま反対のポジションを取れるゴーレムである!
我は両手を合わせ、後光のラインライトを発生させる。そして威力のないラインライトを垂直にお寺の周りに発生させ、彷徨う死体や幽霊達の冥福を祈る。
{ログ:ゴーレムはゾンビ達とゴースト達と火の玉達に平均400のダメージを与えた}
{ログ:ゾンビ達は塵となり天に昇っていった}
{ログ:ゴースト達は天に昇っていった}
{ログ:火の玉達は天に昇っていった}
南無阿弥陀仏。我はあなたたちと刻んだビートを忘れないから。どうか成仏してください。
あっ、樹に登っていた男の一人が驚いて落ちた。大丈夫か?




