第62話 対冒険者
我はゴーレムなり。
今日も上級者用ダンジョンに行こうかなと思っていたら、キャモメを含めた5人のギルド職員が宿の外で我の出待ちをしていた。そういえば、昨日ギルドに呼ばれてたな。忘れていた。「来てください」というギルド職員達と一緒におとなしく我はギルドへ向かう。
ギルドではいきなりおっさんの部屋に通された。
このおっさんも大分やつれたように見える。こんなに白髪が多かったろうか。やはり、組織の長というものは気苦労が絶えないらしい。我は大丈夫かとおっさんの肩を軽く叩く。我が席に着くとはぁっと大きくため息をついておっさんが「ゴーレム、お前さんに会いたいという人がいる」と切り出してきた。
「俺としてはお前さんを冒険者登録したいと思っている」
な、なんと!? どういう風の吹き回しだ?
「お前さんは色々と規格外なので、どの程度の力を持っているかを把握しときたいんだよ。ダンジョンカードを持ってたら、迷宮のどの階層まで潜ったのかも記録されるしな」
ふむ、我にも異存は無い。我もできれば冒険者登録をして欲しい。冒険者のダンジョンカードには星が刻まれているのだ。はじめは星が無い状態の初心者、それから実績を積むごとに星が増えていくみたいなのだ。実に面白そうなんだよね。3つ星冒険者は凄腕で、最高の7つ星冒険者なんて世界に数えるほどいないと聞いた。
ふっふっふ、我も冒険者になったら最速で7つ星まで上り詰めてやるのだ。
「今回、冒険者ギルドの本部から、お前さんを特例で冒険者として認めて良いかどうかの判断をするために5人の冒険者が来た」
我はふむふむと頷く。
「1人は7つ星の冒険者、あとは6つ星の冒険者だ。まぁ、7つ星が本部のギルドマスターであとのヤツらは、その弟子だな。こんな所まで本部のギルドマスターが来るんじゃねえよって思うんだけどな」
ほう、我のために冒険者の最高峰が来たのか。なかなかうれしいではないか。ちょっとした特別待遇ってやつだ。
「まぁ、ちょっとお前さんの様子を見て終わりだと思う。お前さんはすでにダンジョンに潜っていて実績も十分だから。変な審査や試験なんてものはしないように頼んでおいた」
なるほど、このおっさんは我の日頃のがんばりを認めてくれているのだな。おっさんの期待に応えるためにも、我はもっとダンジョン攻略をがんばろう! ぐっと拳を握りしめ、がんばるからなとおっさんに伝える。
「いや、やる気をださないでいいよ。本当に。じゃあ、本部から来たヤツらを呼んでくるわ」
我は座ったまましばし待つ。7つ星や6つ星の冒険者ってどんなやつなのだろう。ちょっとワクワクする。
◆
部屋に5人の冒険者をつれておっさんが戻ってきた。挨拶をする暇も無く、我の姿を確認するや若そうな冒険者達が口々に思ったことを言い始めた。
「うわー、ホントにゴーレムだ。ちっちゃいな」
「こんなゴーレムが本当に強いんですか? たいしたことがないように見えるんですが」
「わざわざここまで来る必要なかったんじゃねぇの?」
「ガモンガスさんの見る目も大分衰えたようですね」
んー、なんかひどい言われようだ。俺Tueeeeeって思ってそうなヤツらだから仕方ないのか。もっとクールな冒険者達を期待していたので、ちょっとガッカリだ。我はちょっと肩を落とす。焦ったのはおっさんだ。
「ば、ばか! なんてこと言ってやがるんだ! いきなりお前らは喧嘩を売る気なのか!?」
「そうだぞ、お前らは自分たちが強いと思って、周りを見下しすぎる。そのうち痛い目を見るぞ」
おっさんに続いてしゃべった渋いおっさんが本部のギルドマスターなんだろうな。
「でも、師匠。テイマーもいない魔物を冒険者登録するなんて認められませんよ」
「ええ、冒険者の品位が落ちますわ」
「こんな魔物、俺たちが倒しちまえば、それでいいんじゃねぇか?」
「メタルゴーレムなので、旅費くらいはまかなえるかもしれませんね」
おー、すごいけなされている。最近は我もこの街に溶け込んでるからな。こういう反応をされたことは久しぶりだ。ちょっと新鮮だ。やっぱり、こういう人たちもいるよね。いろんな性格の人間がいるから、仕方ないことだ。
「おい、お前らいい加減にしろよ!」
「お前ら、黙って見ているというから連れてきたんだぞ!」
おっさん達が怒って若い冒険者達をたしなめる。
「最初は黙っていようと思ったんですが、実物を目にするとやっぱり無理ですよ。魔物を冒険者として認めるなんて」
「ええ、私も認められませんわ。師匠が何と言おうとイヤです」
他の二人も同意するように頷いている。つまり判断する5人の内の4人がノーと言っている訳か。じゃあ、無理ってことだな。残念だけど、仕方が無い。じゃあなとおっさんに手を上げて我は部屋を出て行こうとする。おっさんがあわてて「ちょっと待ってくれよ」と我を止めてくる。
「おい、あのゴーレム、すげーセンスしてんな。あんな変なポーチを恥ずかしげもなくよく使えるもんだぜ」
「魔物の美的感覚ではかっこいいと思っているのかもしれませんよ」
「でも、あのポーチはないでしょ、ふふ」
くっ、気にしていることをずけずけと言いおって、ちょっと腹が立つな。我は冒険者達をきっとにらみつける。
「おいおい、やるのか? 俺たちは別にかまわないぜ」
「むしろ、願ったり叶ったりですね」
「そうね、このゴーレムがいなくなれば問題がなくなりますわ」
「それが一番、この場を丸く収める方法か」
黙っていられなくなったのか、ジスポがポーチから顔を出し、ムキーっと歯をむき出しにして、4人の冒険者に文句を言う。
「ちゅちゅちゅちゅっちゅ!」
(親分が黙っていれば、いい気になりおって!)
「あっ、ソフティスマウス! ここの迷宮特産なのよ。ちょうど狩って帰ろうと思ってたのよ」
そういうと同時に、女がナイフをジスポに投げつけてきた。ジスポは反応できないみたいだ。我はパシッとナイフを弾く。ようやく反応できたジスポは、あわててないわーポーチに潜り込んだ。
我がナイフを弾いたことにちょっと悔しげな顔をして、「ゴーレムだからさすがに固いですわね」と女が呟いた。我はおっさんの方を向き、こいつらどうするのってジェスチャーで問いかける。
「!! す、すまん! ゴーレム、俺はこんなつもりでこいつらを呼んだんじゃないんだ!」
「アニス! なんてことをしてるんだ!」
おっさん達は慌てているが、こいつらはやる気満々のようだ。子分に手を出されて我もちょっと頭に来ているんだよ。さっきのは確実にジスポを殺しに来ていたからな。そんなに戦いたいのであれば、戦ってやろう。
我は4人の冒険者にクイクイと手をやり、ついてこいと示す。我の意図が伝わったのか、4人は我の後をついてくる。
「ま、待ってくれ! ゴーレム! すまなかった!」とおっさんが叫んでいるが、双方合意の上なのだ。何の問題もない。我はおっさんの声を無視して、迷宮都市から少し離れた草原へと場所を移した。
◆
草原で向かい合う、我と冒険者4人。街中を歩んでいたら、騒ぎを聞きつけた人たちが後についてきた。そのためけっこうなギャラリーがいる。ギャラリーの中にキャモメがいるのを見つけたので、ジスポをキャモメに預けた。仲が良さそうだから大丈夫だろう。
「ゴーレムさん! がんばって!」
「ゴーレムさん! そんなヤツらぶっ飛ばせ!」
「ごーれむちゃん! ふぁいとー」
ギャラリーのほとんどが我を応援してくれているではないか! 我はこの街に受け入れられていたのだなちょっと感動だ。ちょっとだけイラだっている心が落ち着いてくる。だが、向かい合う冒険者の声で落ち着こうとしていた心が再びざわつく。
「結構な人気者ですね。でも、ここで倒しますから。ああ、でも、逃げるんであれば止めませんので、ご自由に逃げてください」
何を言っているのだろう、コイツは。我がなぜ弱者から逃げる必要がある。
◆
ガモンガスと本部のギルドマスターであるカエイスは、向かい合うゴーレムと冒険者4人を見ながら会話をする。ガモンガスは苦渋に満ちた顔で。カエイスは増長している弟子に困ったものだと案じる顔で。
「ガモンガス、あのゴーレムはすでに鑑定したのか?」
「いや、まだだ。冒険者登録をする時に、鑑定石で鑑定したいと思っている。できるだけ、あのゴーレムと敵対したくない。あんたの連れてきたバカどものせいで、この街は最悪今日滅ぶことになるかもしれんが」
「まさか、そんなことはないだろう。あのバカどもも腕だけは良い。だから増長して困っているのだ。あのゴーレムを倒してしまったらすまないな」
「いや、あんたはあのゴーレムを甘く見すぎだ。俺の報告を見ただろう」
「ああ、見た。だが、絶望の迷宮に関してはあいつの自己申告だけなのだろう?」
「ちっ、独断で進めておけばよかった。あのゴーレムは都市のヤツらとは仲が良いから、あの4人が死ぬだけですめばいいがな」
「そこまで言うほど恐ろしい相手か? あのゴーレムからは強者のオーラは感じられない」
「見た目にだまされてんだよ。小魚が海の広さをはかれないのと同じだよ」
「そうか? そこまでいうなら鑑定させてもらおうかな」
◆
「逃げませんか。いいでしょう、それでは、僕から行きますね」
ものすごい速さで迫ってきた男が我に向かって剣を振り下ろす。我はキンと剣をはじきとばす。男がなにっと驚いているがその程度で我を倒すつもりなのだろうか。
我ははぁっとため息をつくジェスチャーをし、冒険者たちに向かって4人同時にかかってこいと示す。馬鹿にするなとばかりにいきり立つ4人の冒険者。
杖を持ちメガネをかけた男は詠唱を始める。女は我の周りを走り始め、我に鋼糸を巻き付けてくる。この程度で我の動きを封じれると思っているのだろうか。残りの男二人は我へと連携して斬りかかってくる。
我はそのすべての攻撃を防御もせずにただ受ける。なすすべもないと思っているのだろう、冒険者たちは「なかなか固いですね」「だが手も足もでないようだから、このまま攻めんぞ」とまだ余裕を持って我へと攻めかかってくる。
{ログ:ゴーレムは鑑定された}
ん、誰かから鑑定された。誰だ?
あたりを見回すと、驚いている本部のギルドマスターがいた。
あぁ、お前も我と戦いたいのか? 我はギルドマスターに向ける視線に力を込める。すると本部のギルドマスターが尻餅をつき、後ずさりをしている。戦いたいなら、後で相手をしてやるから、そこで待っていろ。
女と男二人が延々と攻撃をしてくる。こいつら、本当に6つ星と7つ星冒険者なのだろうか。我に傷一つついていないことに疑問を抱かぬのだろうか。
「離れろ!」とメガネの男が叫び、3人の冒険者が我と距離をとる。メガネの男が「メテオストライク」と叫ぶと、空から我をめがけて巨大な火の球が落ちてくる。ラインライトで消しとばすことはたやすいが、消すまでもない。この距離ならギャラリーにも危険はないので、我は防御をすることもなく魔法の直撃を受ける。
どおーーん!! という轟音と共に我を中心に大きな火柱が上がった。
◆
ガモンガスは、突然、尻餅をついたカエイスに声をかけようかと思ったが、目の前の光景から視線を外せない。さすがは6つ星の冒険者達だ。才能があり、それに見合う努力もしてきたのだろう。だから、今までこいつらは負け知らずでここまで来たのだと簡単に予想がつく。周りにいる者達もゴクリと息をのんで見守っている。
「すげぇ、これが冒険者のトップクラスのやつらの戦い方か」
「怒濤の攻撃だな」
「ゴーレムさんは一歩も動かないが大丈夫なのか?」
「ゴーレムさんなら問題ないさ」
「ああ、動けないんじゃない、動かないんだからな」
「今回のゴーレムさんは少し怒っているみたいだから、心配するなら相手の方だ」
「違いねぇ」
周りの冒険者の話に耳を傾けながらガモンガスはようやく起き上がったカエイスに視線をやる。少し震えているようだ。この男が珍しいなと思いつつ、カエイスに声をかける。
「鑑定した結果はどうだ?」
「すまない。今回はお前が正しかった。あのゴーレムには手出しすべきではなかった。確実に俺たちが悪い」
「珍しいな、あんたがそんなにあっさりと非を認めるなんて」
「お前はあのゴーレムを鑑定していないから、そんな軽口が言えるのだ。あのゴーレムの力を知ったら、とてもお前のように、あのゴーレムには関われない」
「それほどか?」
「ああ、下手をしたら世界が滅ぶ」
「そんなにか?」
「力の一端はこれから目の前で起こることを見ていればわかる。俺もあのゴーレムを冒険者として登録するのに協力しよう」
「そりゃ、あんたが協力してくれるなら助かる。いきなり5つ星くらいのカードをやってもいいだろうか?」
「いや、それは辞めた方がいい」
「そっか、いきなり5つ星はやり過ぎだな。3つ星くらいにしておくか」
「違う。逆だ。ブラックカードをやれ」
「はぁ? ブラックカードなんていままで発行されたことねぇだろ? あれは」
「ごちゃごちゃ言うな、ブラックカードだ。カードは俺が手配する。他からの意見も全部俺が対応する」
「まぁ、俺は助かるけどよ」
どおーんという轟音と共に草原に巨大な火柱があがった。ゴーレムは直撃を食らったようだが、カエイスの表情を見る限り、やばいのは冒険者たちだろうな。
◆
炎が収まっていき、我の視界が徐々に開けてくる。「やりすぎましたかね」と得意げに言っていたメガネの男が、その手に持っていた杖を落とした。「う、うそだ」と呟いて、呆然としている。他の3人も平然としている我にようやく危機感を覚えたらしい。
これなら、慎重に迷宮を探索していたスキンヘッドの方が冒険者としてはましなのではないだろうか。
次は我の番だなと、我の周囲にボールペン程度のラインライトを無数に発生させる。冒険者達はその様子に驚きながら、我と距離をとろうとする。距離を詰めようが離れようが我からすればどちらでも同じ事だ。
我は一斉に冒険者達に向けてラインライトを発射する。チュイン、チュインと光がきらめき、冒険者達が手にしていた武器と地面に落ちている杖をすべて破壊する。冒険者達には傷一つつけない。こんなヤツら痛めつける必要もない。目の前にいる唖然とする冒険者たちには、さらに圧倒的な力の差というものを教えてやる。こんな事が何度もあっては面倒だ。
我は片手を上に上げ、4本の巨大なラインライトを発生させる。愕然とする冒険者に向かって我は腕を振り下ろす。
チュドン!という音と共に、冒険者達それぞれの目の前に巨大な底の見えない穴が開いた。我は固まっている冒険者達に視線をやる。震えているみたいだ。我が一歩、冒険者達の方へ足を踏み出すと、悲鳴をあげ、その場にしゃがみ込む。我はその様子を見て、興味は失せたとばかりに街へと帰る。
ちょっと大人げなかったかなと反省したが、子分に手を出されたら、親分は黙っていられないのだ。しかたないことだ。
あっ、ジスポをキャモメに預けたままだ。




