第61話 冒険の拠点
我はゴーレムなり。
初めての上級者用の迷宮探索で、そこそこの金貨と銀貨を稼ぐことができた。初心者用でも700階まで潜ると、上級者用の迷宮よりも高額なアイテムが落ちるんだな。おっさんには悪いけど、また初心者用の迷宮に潜るかと思って行ってみたら、跡形もなく消えていた。
さすが迷宮。迷宮自体が姿を隠すとは。しかたないと思い、我は上級者用の迷宮に潜る。
◆
金貨と銀貨を手に入れたことで、宿にも泊まれるのではと思い、宿屋に行ってみた。
断られた。
我の必死のアピールにもかかわらず、魔物だけではだめだの一点張り。なんという融通のきかない男なのだろう。
これ! これを見てと左手のリストバンドを見せると、「安全安心! ゴーレム様」と意味のわからない言葉を男がつぶやく。んん、前も肝っ玉母さんがリストバンドを見て似たようなことを呟いていた気がするな。それでも男がだめだめと頑なに断ってくる。
我のがんばりを見ていたジスポがボクもやらねばとないわーポーチから顔を出す。泊まらせるように我と一緒に猛アピールだ!
「ちゅちゅちゅちゅちゅ!」
(親分とボクを宿屋に泊めろ! 金ならあるんだ!)
ジスポは星金貨をその手に持ってアピールする! 店員は星金貨をおもちゃとでも思ったのだろう。星金貨よりも、ソフティスマウスというさらなる魔物の登場に、絶対ダメと追い出された。
◆
「ちゅちゅちゅ!」
(なんて宿なんでしょうね、親分!)
ジスポは星金貨をかじりつつ、我に愚痴を言ってきた。我はうむと頷こうとしたが、ちょっと待って。ジスポくん、君は何で星金貨をかじってるの?
我はジスポの首をつまみ上げる。ジスポはどうしましたか、というように首をかしげる。
かりかりかりかりかりかり!! ケプ。
一気にジスポは星金貨を食べきった! 急いで食べましたぜと言わんばかりの表情で我に問いかけてくる。
「ちゅちゅ?ちゅー?」
(どうかしましたか? 親分)
我はないわーポーチの中をおそるおそる確認する。星金貨が7枚しかなかった!! 金貨と銀貨も少し減っている気がする。こ、このハムスター、星金貨を14枚も食べたのか!?
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、衝撃状態が解消しました}
我はジスポを地面に下ろし、これはどういうことだと、ジェスチャーでジスポに問い詰める! くっそぉ、親睦度が上がらないと念話ができないのか!? 我の思いをジスポに伝えるのに苦労する。
ジスポは並べた星金貨を手でさして、すごいんですぜ、親分というように説明してくれる。
「ちゅ、ちゅちゅちゅ! ちゅちゅちゅー」
(これ、このお金だけすごい美味しいんですよ! 金貨と銀貨はたいしたことがないんですけどね)
我はジスポのほっぺたを両手の人差し指でむぎゅっと挟み込む。うぷっとなるジスポに、もうこれからはお金は絶対に食べるなよ、と約束をさせる。
「ちゅちゅー。ちゅちゅ。ちゅ!」
(こえー。親分、マジこえー。お金は食べない! これ絶対)
我に向かって敬礼してくるジスポをつまみあげ、ないわーポーチに入れる。ペットを飼うっていうのは大変だ。
◆
我を泊めてくれる宿屋はないのかなと街の中をてくてくと歩く。1軒の寂れた酒場のような建物があった。ジョッキのような看板とベッドのような看板が入り口横に掛かっている。ちょっと古い建物だけど、ここって宿屋なのではと思い、中に入る。
中のカウンターにはちょびひげのマスターがいた。カウンターの奥には色々な酒が並んでいる。客は一人もいないようだ。ちょびひげが我に、食事か、泊まりかを聞いてくる。おお、魔物であるかどうかなどまったく気にしてない。
我は両方で頼むとジェスチャーで伝える。金貨を1枚カウンターに載せた。ちょびひげは、少し眉をしかめたが、半月朝夕2食付きで泊まれるがそれでいいかと尋ねてくる。我がうむと頷くと、ちょびひげが部屋に案内してくれる。思ったより豪華な部屋だ。ちょっと寂れた感はあるけどね。
「ちゅちゅちゅ」
(なかなか良いちょびひげでしたね、親分!)
ジスポも宿屋に泊まれたことにうれしそうだ。我はうむと頷く。
その後はカウンターでジスポ用の夕食をもらい、食べさせた。あと、保存のきく焼きしめたパンなどをもらい、ないわーポーチに詰めておく。これでジスポはおなかがすいたら、勝手に食べるだろう。
その後は部屋に入り、ジスポと戦術の確認をする。これによって我とジスポは円滑な作戦遂行が可能になるのだ。何事も事前の準備が大切である。
◆
我とジスポの戦術を確認するために、宿内をぴかぴかにしていく。
どうやらジスポの「もふもふもーふ」で発生する毛は魔力でできているようだ。ジスポが魔法を解除すると、毛が散らばることなく消えていくから、多分そうだろう。別に違っても問題ないから、そういうことにしておこう。
我が、ないわーポーチから迷宮で拾った矢をとりだす。矢の先がとがっていると危ないので、はぁ! っと手刀で切るマネをしたら、すっぱり水平に切れた。ま、マジか。おそるべし、我が手刀。
「ちゅちゅちゅ!」
(やっぱり親分はすごいですね!)
ジスポが顔を出し、拍手をしてくる。ふっふっふ、このくらいのこと我にとっては朝飯前だ。
矢、いや、もう棒だな。棒を右手にし、ジスポにフィンガーサインで作戦を伝える。ハッとしたように、ジスポは我の手を駆け上がり、棒の先っぽでボンと毛玉に変身し、ヴィーンって震え出す。
見よ、これぞ、我とジスポの合体技、電動ブラシだ! これで我の背中もぴかぴかだ。我とジスポは他に誰もいない宿屋の一室で、連携を確認していくのだった。
◆
あれから我は、ちょびひげの宿屋を拠点に活動を続けている。
上級者用の迷宮も150階くらいまで潜ると他の冒険者がいないんだよね。ギルドのおっさんが、1日5階層ずつぐらいしか下に潜らないのが、一流の冒険者なんだぜと我に教えてくれた。
なるほどな。我は一流の冒険者になりたいのではない。超一流の冒険者になりたいのだ。今のままのペースだと一流止まりだとおっさんは注意してくれたのだろう。おっさんの期待に応えるためにも、我は迷宮に潜る度に、前よりも20階層深く潜ってボスを倒すようにした。
ないわーポーチに、ドロップアイテムの小さい石を入れておいたら、無くなる事がたまにあった。
「ちゅちゅちゅ!」
(これもなかなかおいしいですね!)
犯人は当然ジスポだった。すこしぐらいいいかと思い、食べ過ぎるなよとだけ釘を刺した。ジスポ用に回し車を買う必要があるかもしれない。
◆
なんか、最近ちょびひげの店が流行りだした。なんでだろう。やっぱり、我が掃除をしてぴかぴかにしたおかげだろうか!
グラスとかもちょびひげが磨いた後に、ジスポとの特訓の為に仕上げで磨いてあげているからな。
ジスポで金属のグラスを磨いて良いのかと思ったけど、アルコールをつけて消毒してなら良いらしい。グラスの中までは磨かないようにしているし、ジスポのは魔力でできた毛だから、布巾よりもきれいなんだそうだ。
我は、すこし疑問に思ったが、ちょびひげの言葉を信じることにした。ちなみに、宿代として15日毎に金貨を1枚払うようにしている。
◆
今日は迷宮に潜らずに、ちょびひげと酒場で出す新メニューを考えている。
客の流れが来ている今、この流れに乗らない手はないと、ちょびひげに提案したのだ。ジェスチャーでしか意思疎通ができないけど、ちょびひげはかなり的確に我の考えを理解できるようになってきた。これも慣れのおかげだろう。
試作した料理はすべてジスポが平らげていく。こやつの身体の容積以上に食べている。
「ちゅちゅ!」
(どんどん挑戦してくれていいですからね!)
ジスポもやる気に満ちている。ちょびひげに、はやく作れ、はやく作れとせっついている。なんと食い意地のはったヤツなのだろうか。我の食費はかからないのに、ジスポが来てからエンゲル係数だけがうなぎ登りだ。
そんなことをしていると、ギルドから我に呼び出しがきた。もう、我ってば忙しいのだ。ギルドに属しているわけではないから、帰ってもらった。きちんとアポを取って欲しい。
20分後、今度はキャモメが我を呼びに来た。「ゴーレムさん! ギルドに来てくれませんか! お願いします!」と頭を下げて頼んでくる。うーんと思ったが、もう少しで新メニューができあがりそうなのだ。今抜けるわけにはいかない。身体の前で腕をクロスさせ、無理と伝えた。
しかし、キャモメは必死に頼んでくる。何があったというのだろう。
まぁ、落ち着けと新メニューの皿を一枚キャモメの前に出す。「えっ」と驚いているが、フォークとスプーンも渡す。ちょびひげが、「試作品です。もしよかったら感想をきかせてください」と勧めると、「し、しかたありませんね」とキャモメは試作品を食べ始めた。
「ちゅちゅー」
(あー、ぼくの役目だったのにー)
嘆いているジスポの様子に気づいたキャモメはそっと小皿にとりわけ、ジスポの前に置く。
まじかよ、この女、みたいな顔でジスポが目を見開いて、キャモメと小皿を交互に見つめる。キャモメが頷くと、ジスポは一心不乱に食べ始めた。
なんだ、こやつら。何かが通じ合ったのか。キャモメも我らと一緒に新メニューの開発に関わることになり、いろいろな意見を出し合った。うむ、女性の意見も必要だからね。実に有意義な一日であった。
そろそろ夕方の客が来始める頃だ。ちょびひげと我は試作品でつかった皿をきれいに片付けていく。
「おいしかったですね」
「ちゅちゅちゅ」
(まったくまったく、ちょびひげはなかなかデキる男です)
キャモメとジスポが普通に会話をしている。我ですら、ジスポと会話できないのに。解せぬ。
「それじゃ、ごちそう様でした」と良い笑顔でキャモメは店を出て行った。我とジスポは片手をあげて、じゃあなと見送る。
こうして、この日は新メニューの開発をすることで1日が終わったのであった。




