第58話 赤く輝く宝玉の価値
我はゴーレムなり。
初ダンジョン探索では5つ首の赤い竜がドロップした赤く輝く宝玉だけが戦利品だ。けっこう長い間潜っていた気がする。我ってば、一度がんばりだすと止まらなくなるからな!
それにしても、赤く輝く宝玉は結構邪魔だ。重くはないけど、ないわーポーチがパンパンに膨らんでいる。ふたが閉じられないからゆらゆらと輝く赤い光が、飲み屋のネオンっぽい。ただでさえないわーポーチのせいで我は変な目で見られているのに、さらにマイナスのアイテムを手に入れてしまった感じがする。
数学の上では、マイナス×マイナスはプラスになるけど、現実では、マイナス×マイナスはマイナスの相乗効果でより一層悪くなっている。
我を見る周りの目が以前より、冷たいというか白い目で見られている気がする。さっきも道行く親子が、「ママ、なにあのヘンなの」「し、見ちゃダメよ」って言って、子供を抱えて走り去っていくんだぜ。くそ、はやく、この赤く輝く宝玉だけでも売らないとダメだ!
我は駆け足で冒険者ギルドを目指す。赤い光を中和しようとラインライトを我の周りに発生させながら進む。周りにいる冒険者や街の人が眩しそうだ。正直、スマン。
◆
冒険者ギルドについた。
ここなら、この宝玉を買ってくれるはずだ。我は勢いよく扉を開ける。ガンという音と何かに当たった気がするが、扉を壁際まで開いてもなにも倒れていないし、当たったのは気のせいだったかな。
我がそっと扉を離すと、壁際にチャラオが立っていた。もしかしてチャラオに当たったのかな。でも、壁際に立っているままだから、大丈夫だろう。倒れる様子はないし、うん、問題ないよ、チャラオだもん。ホントにやばかったら立ってられないからな。でも、我は謝れるゴーレム。チャラオに向かって手を合わせ謝罪する。
「な、なに?」
「眩しいぞ! なんだよあれ!」
「ちょっと誰か止めてきて!」
おっと、ここまで来たら大丈夫だろう。我はラインライトをふっと消す。でも赤く輝く宝玉の光が我の後ろから我をゆらゆらと照らす。まるでオーラみたいだ。ないわーポーチのせいでカッコ悪いけど。
「あっ、ゴーレムだ」
「この間のゴーレムだな、生きてたんだ」
「貼り紙が貼られて以降、全然見なかったのにな」
「もうダンジョンのこやしになったと思ってた」
いつのまにかギルド内では我は帰らぬ者になっていたらしい。
でも、ちょっとだけしか冒険者ギルドに滞在していなかったのに、これほどの冒険者達に覚えられていたとは、さすが我。自分のカリスマが恐ろしい。そんなにも我は強い印象を残していたのか。やっぱり、我のこのきらめくメタルボディは一度見たら忘れられないんだな!
あっ、キャモメとか言われてた受付嬢がいるじゃないか、我はキャモメという受付嬢の前に行く。背伸びをしてカウンター越しに手を振る。ハッとしてキャモメが声をかけてきた。
「ご、ゴーレムさん! 一ヶ月近くどこに行ってたんですか? ダンジョンの前にいる見張りのギルド職員から初心者用のダンジョンに行くように伝えたと聞いてから、音沙汰なしで心配してたんですから!」
我はうむと頷き、初心者用ダンジョンでがんばっていたことをアピールする。でも、キャモメにはあまり伝わっていない。
「んー? ひょっとして初心者用ダンジョンでがんばってたんですか? この一ヶ月?」
おぉ、その通りだよ。我はブンブンと強く頷く。
「1ヶ月も初心者用ダンジョンに潜るなんて物好きですね? そんなにたいしたことはないでしょう、あのダンジョンは」
な、なんと、あのダンジョンはたいしたことないと言われるレベルなのか!? 我は内心、「へへへ、我に敵う者などいないんじゃね」とか「ひょっとして我って最強なんじゃないの」って調子に乗ってたけど、上には上がいると言うことか!!?
冒険者達を甘く見ては行かぬな! これは。
きっとパーティーの力なんだ! 友情パワー、仲間パワー、協力パワーという不思議なパワーであのダンジョンをどんどん潜っていくんだ、冒険者達は! ぼっちの我にはできぬ戦い方だと、我は思わずぐぬぬとなる。そんな我の気持ちを知らずにキャモメが質問をしてくる。
「それでどの階層まで潜って1ヶ月を過ごしたんですか?」
我は700階を示すために両手で7本の指立ててキャモメに見せる。キャモメはちょっとガッカリしたような感じで我に追い打ちをかける。
「その程度の階層じゃ、たいしたアイテムもモンスターからのドロップアイテムもなかったでしょう」
や、やはりか!? おかしいとは思ってたんだ!! あれだけ潜って宝箱がようやく1つだったもん。やっぱりモンスターを倒してもっとドロップアイテムを集めた方がよかったのか!? 周りの冒険者からの冷やかしの声が聞こえてくる。
「おいおい、あのゴーレム初心者用のダンジョンで1ヶ月こもってたんだとよ」
「マジかよ、あんなところ、モンスターもたいしたことないし1ヶ月も退屈でいられないだろ」
「ファイーナの魔剣を折ったから、もっと強いのかと思ってたけど、たいしたことないな」
「あぁ、ちょっと警戒して損したよ」
「ゴーレムちゃーん、とっとと故郷に帰った方がいいんじゃないのー?」
「アハハハ、違いない」
「その変なポーチと一緒にどっかいけよ」
「よくあんな変なポーチを身につけられるよ」
「ぷぷ、言ってやるなよ。必死なんだよ」
我は冒険者たちの方を向き、ぐぬぬ、なんと言うことだと歯ぎしりをする。歯がないから無理だけど。くそぅ、こんな思いをするくらいならば、ダンジョンを攻略するくらいの勢いで、ガンガン進むべきだったのだ!
宝箱を1つ開けて満足満足と言ってた自分に、「目を覚ませ! バカヤロー!!」と怒鳴ってやりたい!!! ゴーレムならもっと最下層へと歩んでいくべきだったんだ! 自分の限界へと挑戦してこその冒険だったのだ! くそおおおおお!! 超悔しい! ポーチの所だけは我も同意だけど、超悔しい!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、憤慨状態が沈静化しました}
冒険者からの冷やかしとあざけりの声を受ける我に、キャモメが、「もしも売りたいアイテムがあったらだしてくださいね。ギルドで買い取りもしてますから」と同情するように声をかけてきた。
我は少し恥ずかしげに、少し背伸びをしながら赤く輝く宝玉をカウンターに置く。周りがちょっと静かになった。初心者用のダンジョンのドロップアイテム程度では冷やかしの声すらかける必要がないってことか。キャモメがちょっと驚いたように聞いてくる。
「ご、ゴーレムさん、これを初心者用のダンジョンで手に入れたんですか?」
我はうむと頷く。
「ほんとに、初心者用のダンジョンだったんですか?」
我はうむと頷く。キャモメは納得していない表情で、「少しお待ちくださいね、奥で買い取り金額の査定をしてきますので」と言って、赤く輝く宝玉をおそるおそる手に取り、ギルドの奥へと消えていった。
冒険者達が我に聞こえないようにひそひそ話をしている。きっとこそこそと我をあざ笑っているのだ。くそ、今は我慢。我慢するのだ。ギルド職員が立ってたダンジョンに潜って見返してやるのだ!
「おい、今のを見たか」
「あぁ、あんなの見たことがないぞ」
「初心者用ダンジョンで手に入るか?」
「いや、考えられん」
「そうだよな、あんなのが手に入るなら、喜んで初心者用ダンジョンに行くよな」
「お前さっきあのゴーレムを笑ってたけどまずいんじゃないか」
「お前だって」
「下手したら殺されるぞ」
「うーん、どうするよ」
ギルドの奥の方からキャモメの「えええええええええ、ホントですか!!!」という絶叫が聞こえてきた。いったいなにがあったのだろう。
◆
ずいぶんと待たされた。我はカウンターの前でぽつんと待っていたが、ようやく査定が終わったらしい。
「ゴーレム様、いえ、ゴーレムさん、こちらです!」
キャモメがすごいニコニコと笑顔で、我をギルドの奥へと案内する。今、ゴーレム様って呼ばれた気がするけど、何か良いことでもあったのだろうか。こんな笑顔見たことがない。
我は机の上に置かれた赤く輝く宝玉を前に椅子に座る。向かい側には、えらく渋い顔をしたおっさんが座っている。我を案内してきたキャモメはおっさんの後ろに立つ。
我が座ったことを確認しておっさんが話しかけてくる。
「ゴーレム、お前さん、この一ヶ月初心者用のダンジョンに潜ってたというのは本当か?」
我はうむとしっかりとうなずく。納得していないような顔のおっさんが、我の前に何枚もの紙を並べ始めた。? なにがしたいのだろう。
「この中でお前さんが潜ったダンジョンの入り口を指さしてみろ」
うーんと我は一枚一枚確認していく。我が潜った初心者用ダンジョンの入り口はない。我はふるふると首を横に振る。おっさんの眉間に深いしわが刻まれていく。どんどん渋い顔になっている。
「まさかとは思うが、この2枚のうちのどっちかとかいうなよ」
あ、我の潜った意匠の凝った初心者用ダンジョンだ。コレ、コレという風に指をさす。おっさんとキャモメがぴしりと固まった。
「このダンジョンにお前さん潜ったのか?」
「えっ、絶望の迷宮ですよ、それ」
我はうむと頷く。絶望の迷宮って何のことだ? おっさんは苦しげに質問してくる。身体の調子でも悪いんだろうか。
「何階まで潜った?」
「なんと7階まで潜ったそうですよ」
「なんでキャモメが答える?」
「さっき指を7本立てて教えてくれました!」
ん? 7階じゃないよと思っていたら、さらにおっさんが確認してくる。
「お前さん、7階まで潜ったのか?」
我は違うと首を振る。ゴクリとつばを飲み込みおっさんは確認を続ける。
「? まさかとは思うが70階までか?」
「70階まであるんですか?あの迷宮?」とキャモメが口を挟んでくるが、我は違うと首を振る。
「じゃあ何階なんだ?」
我は700階を示すために、先ほどと同じように7本の指を立てる。
「7階でも70階でもないなら、何階なんだ? 俺には指を7本立ててるようにしか見えないぞ?」
うーん、もっと深く潜ったんだよ。我は地面を指さし、もっともっと深くだとアピールする。700階くらいなら他の冒険者もみんな行っているんだろ? 我にだってその程度潜れるんだから甘く見ないでくれという気持ちを込めて、もっと下だとアピールを続ける。そんな我の様子におっさんは理解を示さないが、キャモメがようやく正解をいい当ててくれた。
「あ、もしかして、700階ですか? なんちゃって」
「くだらない冗談言うなよ、700階なんて潜れるか!」
我は正解とキャモメの方に向かって頷き、右手を前にして親指を突き立てた。おっさんとキャモメが先ほどと同じようにまたしてもぴしりと固まった。我はじっとおっさんとキャモメが回復するのを待つ。
おっさんがぶつぶつと独り言を言い始めた。
「700階、700階まであの迷宮はあるのか、このゴーレムが嘘をつく必要は無いし、いや、でも、ありえないだろ。勇者達でさえ、50階でパーティーメンバーを失って逃げ帰ってきた迷宮だぞ。それを700階ってバカじゃねぇの。いや、バカじゃなかったら、途中で引き返してくるだろ。モンスターがいなくても700階なんて潜れねぇぞ。それを絶望の迷宮で700ってありえないだろ、ホント」
おっさんは現実逃避をしているようだ。はやく現実に戻ってきて欲しい。キャモメの方を見ると、ハッとして正気にもどり、今回の査定額を伝えてきてくれた。
「ギルドマスターが精神的にちょっと遠くにいかれているようなので、代わりに私が今回の査定額をお伝えしますね。なんと今回のゴーレム様、いや、ゴーレムさんが持ってきてくれた赤く輝く宝玉は、伝説級とも言える一品でして、星金貨がなんと21枚になります! 1つのアイテムでこれだけの査定結果になったのはこのギルド始まって以来です!!! ゴーレム様、いえ、ゴーレムさんは本当にすごい方ですね!」
満面の笑みでキャモメが査定額を教えてくれた。我以上にうれしそうだ。さっきカウンターでガッカリした表情が嘘のような笑顔だ。そ、そんなにも我の成果を喜んでくれるとは! まるで自分のことのように喜んでくれている。我はそんな親身なキャモメの態度に感動する。
我とキャモメはがっしりと手を握り合った。
我はキャモメから星金貨とよばれる硬貨を21枚もらった。でもお金の価値を知らないので、どの程度の価値があるんだろうか。まぁ、使ってみればわかるなからいいか。
部屋から出て行こうとすると、ギルドマスターが、「お前さんがここに来た日に訪れたっていうダンジョンに入れるようにしておくから、次からそっちに潜ってくれ」と頭を下げてきた。
「ギルドマスター!! どこのダンジョンに潜ろうとゴーレム様の自由ですよ! 邪魔をしちゃダメですよ!!!」
とキャモメがギルドマスターに怒っている。やっぱり我の事をゴーレム様って呼んでるな。なぜ、急にゴーレム様と様付けになったのだろう。
「うるさい! こんなアイテムをガンガン持ってこられたら、このギルドが黒字倒産するわ! 星金貨21枚ってなんだよ!? ほんと勘弁してくれよ! ゴーレム、この通りだ! 絶望の迷宮にだけはもう潜らないでくれ!」
ギルドマスターが両手を机につき、机に額をごちっとぶつけるほど頭を下げて、我に頼み込んでくる。我も次は上級者用のダンジョンに潜りたかったので、わかったよと頷き、ギルドを後にした。
キャモメが今回はギルドの外まで見送ってくれる。「またのお越しを」と満面の笑みだった。
◆
ガチャリ。ギルドマスターのガモンガスと赤く輝く宝玉が残っている部屋の扉を開け、キャモメは1枚の用紙を手に中へと入っていく。
「ギルドマスター、この契約書通り、私の口座に報酬の振り込みをお願いしますね」
「なぁ、キャモメ、そのことだが」
「あぁ、私の人生で星金貨を手にする機会が来ることになろうとは! あのゴーレムさまは私に取っての福の神です! 恐れ多くて足を向けて寝られませんわ!!」
「な、なぁ、キャモメ、そのことだが」
「契約書にあるように振り込みをお願いしますね! それでは私はこれで」
キャモメはギルドマスターを部屋の中に残し、パタンと扉を閉めて部屋から出て行った。
「だめだ、気持ち悪くて吐きそうだ」
とガモンガスが呟き、2日ほど体調不良で寝込むこととなった。




