第57話 初めてのダンジョン挑戦
我はゴーレムなり。
のろいのアイテムを装備させられてしまった哀れなゴーレムなり。とりあえず、そのあたりに落ちていた石ころをポーチに入れてみた。取り出せなかったらどうしようとか思ったけど、普通に取り出せた。その後も色々と検証した結果、一つの結論に達した。
このポーチは我から離すことができないだけの柄がないわーって思うだけのポーチなのだ。青狸のポケットのように無尽蔵にアイテムを詰めることができるわけでもなく、ポーチの中の時間が止まるということもない。石をいっぱい詰めたらぱんぱんにふくれあがったし、雑草を入れておいたら、いつのまにかしわしわになっていたからな。間違いない。
そして、このポーチを付けてから、みんなが我を見る目が変わった。今までは、何、あの銀色のゴーレムって感じの視線だったのに、何、あんな変なポーチを持ってるなんて悪趣味ねって感じの視線に変わったのだ。なんということだろう。我のメタルボディなゴーレムキャラが、変なポーチに持っていかれている。
おそるべし、のろいのアイテム。
おそるべし、ポーチ。我は必ずこの呪いを解かねばならん。
◆
そう思っていると迷宮の入り口についた。けっこうな数の冒険者が迷宮に入っていく。わふー。楽しそう。これから我も冒険しちゃうんだ!
迷宮の入り口には2人の男がいた。一人は人間。一人は獣人だ。ギルドでああいう服を着ていた男が書類仕事をしていたのを思い出す。もしかするとギルド職員なのかもね。とりあえずギルド職員ということにしておこう。
ギルド職員はこれから迷宮に入っていこうという冒険者達からなにかカードのようなもの、あ、あれがダンジョンカードなんだろう。ダンジョンカードを確認してから、冒険者を迷宮の中に入れていっている。我はダンジョンカードを持っていないので当然スルーで中に入っていこうとしたら、我のポーチがガッと掴まれた。
んん? なんだろう。
我が振り返ると獣人のギルド職員が、ダンジョンカードを見せるようにいう。我は持っていないので、ふるふると首を横に振る。これでどうっていう風にリストバンドを見せた。すると、ギルド職員は「この字はキャモメの字か」「あぁ、この特徴的なのはキャモメだろうな」とリストバンドを見てなにやらぶつぶつ呟いている。そして、ちょっと困ったように話しかけてくる。
「困ったなぁ。ここはちょっと難易度の高めのダンジョンだから、いきなり入って死なれても困るから、僕らが冒険者たちのランクを確認してから、入ってもらってるんだ」
へぇ、そうなんだ。我はふむふむと頷いた。でも、我はダンジョンカードなんて持ってないし、別に迷宮に入るのに許可がいらないなら入らせて欲しいとジェスチャーで伝える。ギルド職員はなおも悩む。
「うーん、入りたいのはわかるけど、君は一人なんだろ。何かあったら寝覚めが悪いし、もうちょっと難易度が易しいダンジョンから始めてみてくれないかな。そこなら僕たちみたいにダンジョンに入る者たちをチェックする人間はいないからさ。それで大丈夫だったらまた来てくれよ」
えええ、我は高難度のダンジョンからでも大丈夫だと思うんだけどな。
ちょっと通してくれないかなと、我は腕を組みながら、ちらちらとギルド職員をチラ見して、渋ってますよ、我は渋ってますよと意思表示をする。しかし、ギルド職員も折れることがない。
「一週間、一週間だけ初心者が行くダンジョンでならしてきてよ。それで、大丈夫だってまた来るなら、今度は止めないからさ。お願いだよ。この通りだ」
ギルド職員はなおも我の説得を試みるべく両手を合わせ頭を下げる。うーん、我の為を思って頭まで下げるとは、こやつ、なかなか良い奴ではないか。しかたない、おぬしのその心に答えるために、我は初心者用のダンジョンに行くよ。
しかたない、わかったよと獣人のギルド職員に手を振り、我はそのダンジョンに入ることなく去って行った。
「なぁ、あの変なポーチをつけてたゴーレム」
「ん、良いゴーレムのことか?」
「うん、あいつちゃんと初心者用のダンジョンに行けるかな?」
「大丈夫だろ、入り口にギルド職員が立っていないのは、初心者用ダンジョンくらいだから」
「でも、絶望の迷宮と未到達の迷宮には結界がはってあるから、そこにもギルド職員がいないぜ。間違ってそっちに行ったりしないよな?」
「うーん、間違って行ったとしても、結界に阻まれて入れないから問題ないだろ」
「それもそうだな」
「はい、次の方、ダンジョンカードを見せてくださいね」
◆
我は迷宮都市から離れた森の中にある道を進む。初心者用ダンジョンということだ。あまり来る冒険者がいないのかもしれない。みんなパーティーを組んで冒険してるみたいだからな。
我もパーティーを組んだ方がよかったかも。いつも一人だから、パーティーを組むことに思いが至らなかった。
そしてようやくダンジョンに辿り着いた。まるで地獄への門のような意匠の入り口がある。
これが、初心者用ダンジョンか。さっきのダンジョンの入り口は洞窟みたいな感じだったのに。初心者用ダンジョンは見た目でびびらすって事なのかもしれない。上級者用は、いかにも普通なのでなめてかかったら、実はすごいダンジョンでしたってオチなんだろう。だから、ギルド職員が入り口に立って注意していたんだな。さすが、ダンジョン。奥が深い。
我は初心者用ダンジョンの入り口へと歩を進める。
入り口をくぐる際に、我の身体を中心に淡い光の球体が発生した。まるで、人魚の国で結界をくぐり抜けたときのようだ。モンスターが外に出ないためにダンジョンには結界が張られているのかもしれない。
我はダンジョンの奥に進む。
時折出てくるモンスターはパシッと叩いて追い払う。倒しきった方が良いのかもしれないが、初挑戦だし、周りに冒険者は見えないし、追い払っていけばそれで十分だろう。
我はどんどんと先に進む。
階段があったので降りていく。地下1階も地上1階と同じようなごつごつした岩肌のダンジョンだ。もっとこじんまりした洞窟を想像してたんだけどかなり広い通路と時折大きな部屋がある。このダンジョンは入り口も凝っていたしね。初心者用だから、動きやすいように広いのだ。実に親切設計だ。襲ってくるモンスターはパシっと叩いて追い払う。
さくさくとダンジョンの下へ下へと進んでいく。残念ながら、宝箱などはまだ見つからない。ダンジョンと言えば、宝箱だろうに。あと、まったく他の冒険者達の姿を見ない。初心者用だから、あまりいないのかなとは思っていたけど、まったくいないとは思わなかった。
初心者は我一人かと思いながら、10階まで辿り着く。
そして階段を探していると、大部屋に出た。大部屋の奥には下へと続く階段があるようだ。大部屋の中にいたちょっと大きい昆虫が我に襲いかかってくる。カマキリのように大きな鎌を持っている。鎌をひゅんと振ったが、我とはかなり距離が離れている。何がしたいのだと見ていると我の後ろの壁に、ぴしっと亀裂が入った。
!!? おお、まさか真空波か! 我にはまったくダメージがなかったけどね。カマキリをパシッと叩き、怯んだところを、階段まで進む。このまま降りちゃえと下に降りた。ボスっぽかったけど倒さないでも先に進めるんだな。
それからも我は順調に進む。特に危ないこともない。
所詮は初心者用ダンジョンなのだ。こんな初心者用でつまずくわけにはいかない。
◆
このダンジョンでは10階ずつにボスっぽいモンスターがでてくるようだ。相変わらず倒しきらなくても、先に進めるから倒していないけどね。
そんなこんなで階段を下り続けるが、宝箱はないし、終わりもない。どういうことなのだろう。我は食事も睡眠もいらないから何の問題もないけどさ。食料とかを持ってくる必要がある他の冒険者は大変だね。
おお、次でようやく100階だ。そろそろ、この初心者用ダンジョンも終わりだろう。100階くらいがちょうど切りが良いよ。
100階のボスはドラゴンだった。羽もない赤いドラゴン。邪竜に比べたら、ミニドラゴンみたいなものだ。まぁ、我から比べるとめっちゃ大きいけど。炎のブレスを放ってくるが、我には効かない。
ふっふっふ、我がメタルボディの前にこの程度の炎など意味が無いわ!
灼熱の炎の中でドラゴンに見栄をきっている時に気づいた。この炎ならポーチはきっと消し炭だ! ありがとうドラゴン! 君のブレスは決して無駄ではない! 今の我にはブレスを吐くおぬしが救世主のように輝いて見える!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我はぼろぼろに焼け消えたであろうポーチを見る。まがまがしいオーラを醸し出しながら、ないわーって思う柄には焦げ目一つついてない。なんということだ、この炎でもダメなのか。このポーチってどうやって外せるのさ。もう、ないわーポーチと呼ぶことにした。呪いのないわーポーチ。
我がポーチに目を奪われていると、ガンっと衝撃が走る。ごろごろごろと転がる、我。ドラゴンがしっぽでなぎ払ってきたようだ。我はパシッとドラゴンの頭を叩き、このダンジョンの終わりにつながっているであろう100階の階段を下りた。
◆
あれから、丸一日潜り続けているが、まだまだ下がある。100階でダンジョンが終わりだろうと言ってた自分がちょっと恥ずかしい。初心者用をなめていた。我はすでに200階を降りている。さらに今は250階を降りたところだ。
なんか、230階を降りたあたりから、モンスターが集団で襲ってくるようになった。もうすごい。常にモンスターハウスか、ここはって感じ。これだけ集団で来られると、誰かが我の行く手を阻むために、モンスター達を差し向けてきているように感じる。でも、そんな存在いるわけないしな。
もしかして、大魔王でもいるのかもね。まぁ、そんなわけないか。所詮は初心者用のダンジョンさ。宝箱がここまでひとつもないケチなダンジョンさ。そりゃ、冒険者が来るわけ無いね。
我は一人、ぶつぶつ思いながら下へ下へと降りていく。
◆
ようやく、次で300階だ。250階以降、そりゃあすごいモンスターが襲いかかってきた。100階にいたドラゴンが束でかかってくるのだ。これって我じゃなかったら死んでる気がする。
ここは本当に初心者用ダンジョンなのだろうか、と疑問がむくむくとわき上がってくる。もしかして、10階程度まで潜ったらOKみたいなダンジョンだったのかも。
でも、ここまで来たら、どんどん行くよ! 宝箱の一つでも見つけるまで降りつづけるのだ!
◆
はぁ、我の宝箱を見つけるまで降り続けるという言葉が恨めしい。
次で700階なのに、宝箱が全くない。すでに雑魚モンスターみたいなのが出てくることはなくなった。出てくるのはすべてボスっぽい外見のモンスターばかりだ。
このダンジョンは何の為にあるのだろう。そして、我は何の為に、ここに潜り続けているのだろう。宝箱を見つける喜びもなければ、今まで我は敵を1体も倒していないので、レベルアップの喜びもない。
レベルアップしてもステータス変わらないから、もともとレベルアップの喜びなんて無いんだけどね!
少しの諦念を胸に700階のボス部屋へと入る。すると入ってきた通路が消え去った。奥に見えていた下に下りる階段への通路も壁に変わった。
おお! 今までとちょっと違う。
そして現れる5つ首の赤い竜。8つ首の邪竜のちっちゃい版だ。翼もないし、劣化版だね。でも、いままでのボスっぽいヤツらよりも二回りはでかい。ひょっとして、コイツが迷宮のボスだろうか? 進む道も戻る道も閉ざされた。これはコイツを倒せって事だろう。
おし、やってやる!
我は5つ首の竜と戦い始める。6つのラインライトを発動させ発射する。チュイン、チュインと竜の5の首を同時に吹き飛ばし、胴体もチュインと吹き飛ばした。残ったのは4本の足だけだ。瞬殺だった。
ふ、他愛ない。
残った足は光の粒子になって消えていく。その後に1つ大きな赤く輝く宝玉のようなものがぽとりと落ちた。おぉ、さすがダンジョンだとその様子にすこし感動した。そして、戻る道と先へ進む道が再び開かれた。
我はドロップアイテムの赤く輝く宝玉を、ないわーポーチに入れる。初めてこの呪われたアイテムが役に立った。ありがとう肝っ玉母さんと素直には喜べぬのが悲しい。
そしてさらに降りる階段に進んでいこうとしたら、にょきにょきにょきと地面から宝箱が生えてきた!!
マジか!? なに、このファンタジー? さすがダンジョン! もしかして、今までもボスは倒した方がよかったのだろうか!? ちょっともったいないことしちゃったかな! あー、これからはボスは倒すことにしよう!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我はドキドキとワクワクに包まれながら、そっと宝箱を開ける。
宝箱の中には、一枚の紙とウエストポーチみたいなものが1つ入っていた。紙には何かが書かれている。でも、我には読めない。うーむ、と首をひねり、ないわーポーチにその紙を押し込んだ。くしゃっとなったが気にしない。多分、このウエストポーチの説明書のはずだ。説明書なんて我には不要さ。
700階到達記念のウエストポーチを我はちょっとうれしく思いながら宝箱から取り出す。宝箱も開けれたし、戦利品も手にいれることができた。一旦帰ることにしよう。
我はそう思いウエストポーチを腰に付ける。するとウエストポーチが光り輝き、シューッという音と共に消えていった。
な、なんてことだ!?
我の初めての宝箱からのアイテムが消えてしまった!?
このウエストポーチはマジックアイテムだったのか! さすがは700階の宝箱! でも、消えてしまったぞ!!!
我はその場に両手をついて崩れ落ちる。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、がっかり状態が解消しました}
◆
帰りは順調だった。行きも順調だったが、帰りはもっと順調だ。
まるで我にとっとと出て行けとでもいうかのように、モンスターが全く出てこない。そして行きは複雑な迷路のようだったダンジョンが、今は一本道になっている。
なんていう親切設計。やっぱり、ここは初心者のダンジョンだったのだな。10階でボスを倒して、そのまままっすぐ帰るというのが正しかったのだろう。我はついつい行き過ぎちゃったのが、いけなかったんだろうな。うん。良い経験になった。
あのギルド職員が言うとおりだ。はじめてはやはりチュートリアル的な初心者ダンジョンが最適なのだ。
我は初めてのダンジョン挑戦を終えた。たしかな経験を手に入れた我はスキップをしながら地上を目指していくのだった。
 




