第51話 精霊界を通って
我はゴーレムなり。
エルフっぽいメイドのエルザのおかげで、我はあいつの事を思い出した。そう、マブダチのヒカルだ! 困った時には助けてくれるはずだ。だって、マブダチだもん。
我はヒカルに呼びかけようとしたが、ふと、思った。普通に呼びかけてしまっていいのだろうか、と。
ヒカルって本当に光の精霊王だよ。そんなヒカルを軽い形で呼んでしまっていいのだろうか、いや、よくない。それっぽく呼ぶべきだろう。お嬢様やメイド達の目もあることだしね。形式美は大事なのだ。
我はそう思い、樹の前で大きく両手を広げた。ラジオ体操のように足を肩幅に広げ、腕は肩より少し上になるようにして両手を広げた。運動会でみんなの前でラジオ体操をする人も、我の今の姿をみれば感嘆の声をあげるはずだ。
『我、汝を召喚する! 出でよ、光の精霊王! 我が呼びかけに応えたまえ!』
あっ、我は声が出ないから、ちょっとかっこよく言ったつもりだけど、誰にも聞こえてない。でも、ここが本当に精霊の住処ならきっとヒカルには聞こえているはずだ。
我はしばしその状態のまま待つもいっこうにヒカルが現れない。
な、何故だ!? 既読スルーというヤツか!? 異世界なのに、我は既読スルーをされてしまうのか!? なんてこった! ネット社会の闇が今、我の心を蝕んでいこうとしているぜ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
きっと、まじめに呼んだのがダメだったのだ。他人行儀な呼び方だったから、間違い電話のようなものだと思われたに違いない。マブダチにはマブダチの呼び方があるはずだ。
『あー、あー、我はゴーレム。もしもし、ヒカル聞こえますか? ヒカル、聞こえたら至急出てきてください! 我は今非常に気まずい思いをしております』
お嬢様やメイド達が我をじっと見つめてきているような視線を背中に感じるのだ。何とも気まずい。
『あー、あー、我はゴーレム! もしもし、ヒカル聞こえますか!? 我は窮地に陥りそうであります!』
するとようやく光が我の目の前に集まりだした。そして、光の精霊王ことヒカルがその姿を現した。ちょっと眠たそうな声で我に話しかけてくる。
「やほー、ひさしぶりやな。ゴーレム。せかしすぎやで。ワイはちょうど昼寝してたところなんや」
昼寝だと!? そのせいか、何度呼んでも出てこなかったのは! 我はちょっと文句を言う。
『まったく我は何度もヒカルを呼んだのに、ひどいではないか!』
しかし、ヒカルは悪びれることなく返答してくる。
「しゃあないわ、それは。最初は、なんか、『我、汝を召喚する! 出でよ、光の精霊王!』みたいな呼びかけやったから、誰やコイツ思って無視してたんや。まさか、お前さんが、ワイのことを光の精霊王と呼ぶとは思わへんかったからな」
くっ、我がちょっと形式美を重んじるとこれだ。それにしても、やっぱり最初は無視しておったのか、コイツは。ちょっとひどい。
「それで何の用や、ゴーレム。精霊界に遊びにくるっちゅうなら歓迎したるで」
我は首を左右に振り、後ろを指さす。お嬢様達が驚きつつも互いに会話をしている。
「お嬢様、私の目がおかしくないなら、あれは光の精霊王様でしょうか?」
「あぁ、私にも光の精霊王様に見える。文献等以外で実際に見ることになろうとは驚くほかないな」
「なんて神々しい姿なんでしょう。私なんかが精霊王様のお姿を見ることができるとは思っていませんでした」
「あぁ、私もこの目で精霊王様を見る機会が訪れるなど夢にも思わなかった。それも光の精霊王様だ」
ちょ、お嬢様とメイド達はヒカルの姿にすごいびっくりしてるよ。そんな姿に我もびっくりだよ。
『おい、ヒカル。お嬢様達がめちゃめちゃ驚いてるんだけど。ひょっとしてヒカルって有名?』
「まぁ有名やろな。ワイら精霊王クラスになると神話に出てるくらいやし、人間達の前には滅多に姿をあらわさんから、希少価値もあるんやろ。ワイの姿を実際に見た人間なんてかなり久しぶりやからな。ていうか、あれがワイに対する普通の反応やで。お前さんもみならいーな」
なんと、ヒカルは精霊王だけあって一般人から敬われていたか。ヒカルがそういうならしょうがない、我もちょっとだけ敬ってやろう。
『ははー、光の精霊王様の仰せのままに』
ヒカルは苦虫をかみつぶしたような顔になる。何か気に入らぬ事でもあったろうか。
「ごめん、やっぱり今までのままでええわ。突然、かしこまられるとちょっと気色悪いわ」
『うむ、我もそう思った。たいして敬ってないのに敬ったように振る舞うのは疲れるからな』
「うーん、まぁ、ええわ。お前さんは最初からそんな感じやったからな。で、ワイに用があるんやないんか?」
おぉ、そうだ。我はヒカルに用があるから来てもらったのだ。危ない危ない。すぐに脱線してしまいそうになる。本題に戻ろう。
『おお、そうだ。我達は今、迷っていてね、元いた場所に戻りたいんだけど、どうにかならない?』
「んん? ごめん、さっぱりわからん」
『えっ、そう? えーと、我達はザイカルタ大陸にあるラックスラクイン学園から、この世界の果ての大陸に突然転送されちゃったのさ。で、元いたザイカルタ大陸の学園に戻りたいのだ。道に迷ってたら、精霊の住処に着いちゃったから、マブダチのヒカルに相談してみようって思ったわけさ』
「あぁ、そういうことか。学園に直接戻るのは無理やけど、ザイカルタ大陸に戻るのは大丈夫やで」
『おお、じゃあ戻りたい。どうやったら帰れるのさ』
「簡単や。ここの精霊の住処から精霊界に入って、ザイカルタ大陸にある精霊の住処から出たらええのや」
なんと、ヒカルはあっさりと解決策を提示してくれる。精霊王は伊達じゃないみたいだ。
『そんな事ができるの? めっちゃ便利じゃん。やるじゃん、ヒカル! ちょっと見直した!』
「こんな事で? そんなにワイって下に見られてた? ワイは落ち込んだわ」
『えっ、我はヒカルのたいした姿を見たことがないからな。仕方ないね』
「くっそ、お前さん、相変わらず言いたい放題やな」
我とヒカルは軽く話し合っているが、当然、お嬢様達には我の声は聞こえていない。でも、お嬢様達は「精霊王様とあんなに親しげに話し合うなんて、ちょっとゴーレムさんってすごくない」みたいなことをぼそぼそとしゃべっているのが聞こえてくる。
ま、まさか、ヒカルとしゃべるだけで、我の株が上がることになろうとは!?
なんか、ちょっと悔しい・・・・・・。おっと、いけないいけない。また、脱線しそうになった。我はヒカルに質問する。
『我とお嬢様達みんなで行きたいんだけど、大丈夫かな? 精霊界って時間の流れが違ったりするの?』
「精霊界の時間の流れはこっちと同じやから大丈夫やろ。精霊界に入ってまた出てきたら、すごい時間が経っていたなんて事は起こらん。それよりも、そこの嬢ちゃん達も精霊界に、か」
『えっ、無理なの? お嬢様達を戻すために今、我は活動中なんや! なんとか入れてぇな、ヒカル! あんさんしか頼める人がおらへんのや!』
「なんでちょっとワイの口調のマネをしてんねん。なんか腹立つわ。まぁ、お前さんの頼みや。今回は特別にお嬢さん達も精霊界に入れたろう。それに縦ロールの嬢ちゃんはなかなかの資質を持ってるみたいやからな」
『さすが、ヒカル! 話がわかるね。さすがは精霊の王だよ。あと、やっぱお嬢様のスペックが高いのわかるか! あのお嬢様はガチでハイスペックだよ! じゃあ、案内をお願いしますぜ』
我はお嬢様達に向かって、OK、OK、話はついたよとジェスチャーで伝える。お嬢様達は、「えっ? えっ? 私たちが精霊界に? 精霊界に行った人間なんておとぎ話でしか聞いたことが」とちょっと戸惑っている。そんなお嬢様達を見て、ヒカルが声をかける。
「人間達よ、我が友であり恩人でもあるゴーレムからの頼みだ。お前達も今回だけ精霊界に入ることを認めよう。そして、ザイカルタ大陸の精霊の住処へお前達を送り届けることを約束する。精霊界を通ればすぐに行くことができよう」
!? なんだと、ヒカルが関西弁じゃない。
なに、ヒカルも今までちょっとキャラ作ってたの?
『なんだよ、ヒカル。標準語しゃべれるのかよ!?』
「標準語ってなんやねん。今のは人間に話しかける時のしゃべり方や。人間達に対しては、親しみよりも威厳を持って接しなあかんからな」
『そっか、まぁ、いいや。それじゃ精霊界にとっとと連れて行ってくれ』
「あいよ、行くで」
我とお嬢様達は気がつくと精霊界へと移動していた。目の前には先ほどまであったでっかい樹と同じ樹があった。しかし、先ほどまでとは決定的にちがう点があった。あたりには多くの精霊が飛び交い、辺り一面には花が咲き誇り、木々が青々と葉を茂らせていたのだ。我達は確かに精霊界へ訪れたのだ。
ヒカルが、「こっちや付いてきてや」と言って手を振る。我達が歩くための道が作られるように花がすーっと移動する。そして、少し歩いた先にあった大きな樹の前に辿り着くと、「ここからザイカルタ大陸に戻れるで。学園からはかなり距離があるけど、王都の南東に出ることになるわ」と説明してくれた。我がそこでいいかとお嬢様に視線をやると、お嬢様がこくりと頷く。
『それじゃ、そこに出してくれ、ヒカル』
「あいよ」と、軽い感じでヒカルが答え、我とお嬢様達はようやくザイカルタ大陸へと戻ってくることができた。
『ありがとう、ヒカル! ホントに助かった。持つべきものはマブダチだね!』
と感謝を述べると、ヒカルは気にするなと手を振った。マブダチの間にはお礼はいらないとでもいうことか、ちょっといかしてるよ、今のヒカルは。
そして、お嬢様とメイド達もヒカルにお礼を言う。
「光の精霊王様、この度は私たちをザイカルタ大陸へ送っていただき本当にありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
深く頭を下げるお嬢様達、ヒカルはお嬢様に突然声をかけた。
「清き心を持った少女よ、お前には我が加護を与えよう。お前には大いなる使命が待っている。そして、我が友もお前の事を気にかけている。今後、お前が清き心を持ち続ける限り、我が光がお前を守り続けることを約束しよう」
お嬢様はもちろん、メイドの2人もその声を聞き固まった。メイド達は「光の精霊王様の加護をお嬢様が」「現実にこんな事があるのでしょうか」などと呟いている。
お嬢様は厳かに、「ありがたく頂戴致します」とヒカルの前に跪いた。するとお嬢様の首には、ダイアモンドのように光輝く1つの小さな宝玉がはめ込まれたネックレスがすーっと現れた。
えっ、何それ。ヒカルは加護を与えられるのか。でも我ってヒカルから加護もらってないよ。
ヒカルはそんな我の心を読んだのか、「あほう、お前さんはワイより強いのやから、ワイの加護なんていらへんやろ」と声をかけてくる。
『なるほど、その通りだな』と我も答える。
「その通りやけど、そんなに簡単に言われるとへこむわ」とヒカルは首を左右に振った。
「じゃあな、ゴーレム。今度はゆっくりと一人で精霊界に来いや。その時にはしっかりと歓待したるからな」と言い残し、ヒカルは精霊界へと帰って行った。やっぱり困ったときにはマブダチだ。ありがとう、ヒカル。
我はお嬢様にこの後どうするとジェスチャーで聞く。
お嬢様は何かを決意したかのように力強く目を輝かせ、はっきりと口にした。
「王都へ行こう」と。