SS第10話 安息の場所へ
ワシは執事のグラスという。
すでに何十年も前に死んでしまっている。今、この屋敷にはワシ以外には誰もいない。
ご主人様である白の魔女様が封印されてしまってから、ワシ以外の者は動けなくなり、その姿を隠してしまったのだ。ワシは封印を解くために、今日も宝玉へと魔力を捧げる。
しかし、黒の魔女めが封印をほどこしただけあって、宝玉の封印が解かれる気配がない。ワシはいつまでかかろうとも必ずこの封印を解いてみせる。
最近、屋敷の魔力が減ってきている。屋敷を次元の狭間に隠しておくだけの力がすでになくなってしまった。人が来ないような森の奥地に屋敷を狭間から外へとだした。この屋敷を避けて通るように呪法を施しているので、人が来ることは無いだろう。
そんなある日、ガシャンと屋敷の門から大きな音がした。
!! なんと屋敷の門が壊されておる!
あの小さい銀色のゴーレムが破壊しおったようだ!
おのれ! 許さぬぞ!!
そして銀色のゴーレムが、屋敷の玄関へと近づいてくる。ドアノブに手をかけ開けようとガチャガチャとしているが開かないようだ。鍵がかかっているからな。この中まで入って来れぬようだ。さっさと立ち去るがいい。
そんなことを考えていると、バキッという音と共にドアノブが壊れてしまった。ワシはもう我慢できぬと銀色のゴーレムに攻撃を加える! まったく動かないゴーレムに攻撃の効果があるのかは不明だが、ワシは続けてゴーレムへと攻撃する。
さらにそのゴーレムはドアに手をかけ、バキッとドアにかかっていた鍵を壊して無理矢理開けてきおった!
どこまでも憎い奴め! ワシは怒りで何度もゴーレムに攻撃を加える! このゴーレムにはまったく堪えていないようなのが、さらに腹立たしい! ワシはドアを指さしながらゴーレムに怒鳴る。
「この無礼者が! 何のためにこの屋敷に攻撃を加えるのか! さっさと立ち去れ!」
ようやくワシに気付いたようだ。そして、ドアを壊したことを謝るかのようにお辞儀をしてくる。
「さっさと立ち去れと言っておるだろうが!」
なおもそこに居続けるゴーレムに苛立ちが募っていく。ワシの攻撃が全くきいていないようなところも腹立たしい。ワシは壊れた扉の横に跪き、「あぁ、申し訳ありませぬ」と封印されているご主人様に謝り続けるのだった。
すると、ゴーレムがドアノブを手に取り、元の位置に戻した。な、なんと、このゴーレムは直すことができるのだろうか! ゴーレムがドアノブから手をどかすと、カランと落ちた・・・・・・。
「このゴーレムめ、人をおちょくるのも大概にしろ!!」
とどなりながら、攻撃をするもまったく効いていない。ワシの苛立ちがさらにふくれあがっていく。
そして、またドアノブを手に取り、ドアに押し当てた。見ておきなという風な態度が実に忌々しい。このゴーレムはワシをどこまでおちょくるつもりなのか!
そしてゴーレムが手を離すと、ドアノブが元通りになった。それだけではない。押して壊された鍵の箇所もきれいになっている。このゴーレム、本当にドアを直しおったのだ! よかった。本当によかった。
ゴーレムに門を指さし、「あの門も同じように直せ」と指示をする。ゴーレムは頷いて門へと行く。えらそうに直してやるよという感じを出しているが、元はといえばこいつが壊しているのだ、ワシのいらいらはドンドン募っていく。
ワシが手入れをすることのできない庭の中をゴーレムは進んでいった。この身体になったから、物に干渉することができないのだ。口惜しい。
ゴーレムは門を立てて、すぐさまこちらへと戻ってこようとする。だが、門は再び倒れゴーレムの頭にぶつかった。
「ふざけたことをしおって! ちゃんと直せ!!」と怒鳴りながら、攻撃をするもゴーレムには何も効いていない。ゴーレムが門をしっかりと持って直すところをしっかりとにらみ続ける。門も扉同様きれいになったのを遠目で確認し、屋敷の扉を閉め、中に入った。銀色のゴーレムはさっさと出て行くがいい。
しばらくしてゴーレムが屋敷にまた近づいてくる。ドアを開けて入ってこようとするではないか。ワシは仁王立ちになり立ちはだかった。ゴーレムに出て行けとにらみつけながら、攻撃を加える。ゴーレムはワシの剣幕に押されたのかすごすごと出て行った。もう2度と来るなとしっしと手を振った。
おかしなゴーレムが入ってこれるまでに屋敷の魔力が落ちていることを嘆きながら、ワシは今日もご主人様が封印されてしまった宝玉へと魔力を捧げるのだった。
ーー3日後の夜
今日は新月だ。屋敷の勝手口が開いたので行ってみると、そこにはまた銀色のゴーレムがいた。ワシにむかって手を振ってくるが、ワシは半眼になってにらみつける。攻撃を加えても全く効いていない。どういう精神をしているのだ!
ワシがしっしと手を振りながらさっさと出て行けと思っていると、いきなりゴーレムが飛びかかってきおった! ワシは幽霊なので物理的な干渉をうけることがない。そのため、ワシとゴーレムが重なってしまった。さっさと離れろと思い、攻撃をするがやはり効果はないようだ。忌々しい。
ゴーレムはワシに向かってブンと手を振ってくる。攻撃しているつもりか? ふん、とワシもそれにあわせて反撃する。それを何度か繰り返し、ワシもゴーレムも手詰まりになってしまった。
ゴーレムがワシから離れて手を合わせて来た? なんだ? 謝罪のつもりだろうか。謝罪をするよりもとっとと出て行くがいい。
にらみ合うことしばし、ゴーレムが不思議な踊りを見せてくる。何がしたいのだ、こいつは。
周りを見まわしたゴーレムが、何かに気付いたように、近くの机に近寄った。そして、指先でそっと机を撫でた。その指先についた埃とワシを交互に見やってくる。掃除が行き届いていないのを責めてきているように。執事であるワシにとって、それは何よりの嫌がらせだった。
その翌朝からゴーレムはなぜか庭の草むしりを始めた。なぜ草むしりを始めたのかはわからないが、草むしりをしてくれるのならば、喜んでしてもらおう。今のワシにはできないことだからな。
ゴーレムはそれから毎日休むことなく、丁寧に草むしりを続けている。何の目的があってこの屋敷に近づいたのかはわからないが、そう悪い奴ではないのかもしれない。ただ何か下心があって手伝いをしているように思えてならん。
ーー6日後
ワシが宝玉へと魔力を捧げ終え、庭を見てみると、庭の草がきれいにむしり取られていた。隅から隅まで一本も残すことなく抜いている。ワシはあのゴーレムを少し見直した。
屋敷の中には埃が積もっていたために、あちらこちらに足跡が残っている。これはあのゴーレムだろう。勝手に中に入ったのかと憤然としながら足跡をたどってゴーレムを探す。
なんとゴーレムは湯船に浸かっていた。イラッとして攻撃をするも効果がない。腹立たしい。さらにもう一撃食らわせる。魔力が枯れかけているこの屋敷で、これだけの湯を張るとは、屋敷の魔力の無駄遣いをしおって。やれやれという感じで首を振り、ゴーレムが湯船から上がる。先ほどこのゴーレムを見直したのは間違いだったようだ。
湯船のお湯を抜いておけと、黒の石を押すように示す。それにはゴーレムも素直に従った。
ーー1週間後
ゴーレムが屋敷に居座りおった。ただこのゴーレムは屋敷の掃除を丁寧にするので、すこしだけありがたい。隅から隅まで掃除をしおる。手の届かない場所も屋敷の中からハシゴを探して来て積極的に掃除をしている。
ワシはそんなゴーレムを放っておいて、日課である宝玉へ魔力を注ぎに行った。
魔力を注いでいると突然ドアが開いた。何事かと思えば、ゴーレムが勝手にこの部屋に入ってきおったのだ。ついにこの部屋まで侵入してきたか。魔力を注いでいるため、ゴーレムに攻撃ができん。後で説教をするしかあるまい。
そんなこと考えていると、ゴーレムが近づいてきて、宝玉へと魔力を注ぎ始めたではないか!?
信じられん。ワシがこれまで何十年もかかって注いだ以上の魔力を一瞬で捧げおった。ワシが驚いていると、ゴーレムはさらにどんどんと魔力を捧げていく! なんということだ。これほどの魔力、ご主人様でも無理だろう。
ゴーレムは休むことなく、ドンドンと魔力を捧げていく。これは封印を破れるかもしれない。ワシは知らず知らずの間に期待が膨らんでいく。もうワシの魔力など関係あるまい。そっと手を下げて、3歩下がって驚愕と共にその光景を見つめるだけだ。
ワシが離れたから、手加減の必要もなくなったのか、ゴーレムは先ほどまでとは比べものにならぬ魔力を宝玉へと捧げていく。信じられぬ! これほどの力を秘めていたというのか!? このゴーレムは!?
そして突如、ゴーレムは魔力を注ぐのをやめた。待ってくれ、もっと、もっと魔力を捧げてくれ! ご主人様を復活させてくれと叫ぼうとしたら、宝玉が目もくらむほどに光り輝いた。
ワシは目を開けると、そこには在りし日の姿のままにご主人様が立っておられた。
ま、まさか!!! 封印が解けたのか!? このゴーレムは封印が解けることを理解して魔力を捧げるのをやめたのか!!? このゴーレムはワシごときの理解が及ばぬほどの者なのかもしれないと恐れを抱いた。
しかし、そんな恐れよりも喜びの方が大きい。ワシはどれほどこの日を待ちわびていたのだろう。涙があふれて止まらない。ワシはご主人様の前に移動し挨拶をした。ご主人様がねぎらってくださる。その声は依然と何も変わらず、美しく響いてくる。
ご主人様に封印の解除を手伝ってくれた銀色のゴーレムについて説明する。そして、ゴーレム殿には今までの非礼を詫びた。これほどの力を持ったゴーレム殿だ。何か深い理由があって屋敷に滞在していたに違いない。
ご主人様がワシに<言霊の首飾り>を持ってくるように伝える。あれは古から伝わる貴重なアーティファクトだ。それをゴーレム殿にお礼として渡すらしい。確かにご主人様の封印を解き、これほどの魔力で屋敷を満たしてくれたのだ。ゴーレム殿へのお礼としては適当であろう。
ワシが<言霊の首飾り>をとって部屋へ戻ろうとすると、メイドのカップが姿を現していた。まだ骨の状態のようだが、この魔力に包まれておればすぐに肉がつくことであろう。ああ、ゴーレム殿は本当にすごい方だったようだ。
ワシはご主人様に<言霊の首飾り>を渡す。そして、ご主人様がゴーレム殿に<言霊の首飾り>を付けると、なんと首飾りがシューッという音と共に消えてしまった。ご主人様もワシもその光景が信じられず目を見開いて固まってしまった。アーティファクトが消えるなどありえぬ。もしやするとワシは、このゴーレム殿をまだまだ見誤っていたのかもしれない。
ご主人様がゴーレム殿の許可を取り、ゴーレム殿を鑑定した。驚きの声を上げておられる。このような主の姿を見たのは初めてだ。どれほどの力が見えたのだろうか。ご主人様はその後からゴーレム殿の事を様付けで呼び始めた。それほどまでの方だったということか。ご主人様が様付けをするような者などいままでには一人たりともいなかった。
ご主人様は代わりに魔法のスクロールをワシたちに持ってくるように言った。初級の魔法を覚えられる貴重なものだ。火球のスクロール、水槍のスクロール、風鎌のスクロール、土盾のスクロール、屋敷にあるだけのスクロールを運び込んだ。ゴーレム殿はそんな中から、光棒のスクロールを選んだ。明るくするだけの光の棒を出現させる魔法だ。やはりゴーレム殿の考えはワシごときには理解できない。
そしてゴーレム殿をご主人様も含めた屋敷の者一同で見送り、屋敷を再び、次元の狭間へと移動させる。
「ゴーレム様が行ってしまわれましたね」とご主人様が呟いた。
「それほどまでの力を持っておられたのでしょうか? あのゴーレム殿は?」
「ええ。あれほどの力を私は見たことがありません。私の鑑定では、その力の天井が把握できませんでした」
「ま、まさか? ご主人様でもわからなかったと!?」
ご主人様が静かに頷いた。信じられん、白の魔女と呼ばれるご主人様ですら、鑑定しきれぬとは。あのゴーレム殿には感謝せねばならないな。
すると屋敷の者達を包むように、あたたかな光が発生していく。なんとも暖かく心地よい。ご主人様が「こ、これは!?」と驚愕しているが、ワシには害のあるようなものとは思えなかった。
「まずい、これは祈りの光! 何者かが私たちに攻撃をしてきているわ!!」と、ご主人様はすぐに私たちに屋敷の奥に進むように指示を出す。それと同時に、屋敷の者達全員を包み込もうとしていた光は突如、ワシだけに集中して集まってきた。
あぁ、暖かい。今までの苦労がすべて報われていくようだ。
「祈りが集約された!? そんなことが可能なの!!?」ご主人様が驚愕している。そして、その声は次にはワシへ向けられた。
「グ、グラス!? あ、あなた消えかかっているわよ!!」
ワシは暖かな光に包まれ、心が安らぎで満ちていく。
「しっかりしなさい、グラス! 消えちゃダメよ!」
「グラス様! 消えないでください!」
「未練、未練を思い出してください!」
「心を強く持ってグラス様!」
ご主人様やカップ、他のメイド達がワシに声をかけてくる。巻き添えをくわないように十分に離れて、ワシに声をかけてきてくれる。でも、ワシにはもう未練などないのだ。満足した。ワシはもう満足したのだ。光がワシを誘うように、天へと駆け上がっていく。
ワシも行かねば。おいていかないでくれ。
「グ、グラァアアアスー!!!?」
「グラス様ぁああああ!!」
「いやーーーーー!!」
ご主人様たちが叫んでいる声が聞こえてくるような気もするが、ワシにはもう何もわからない。
ああ、暖かく気持ちがよい。




