第42話 王都を目指す
我はゴーレムなり。
邪竜を屠った穴でロッククライミングを一通り楽しんだ。ロッククライミングはかなり肉体を酷使する。人間の身体だったら筋肉痛で苦しんだことだろう。しかし、我はゴーレム、筋肉痛とは無縁だった。
ふと、気付いたわけである。
我は何で穴の中でこんなことをしているのだ、と。もっと景色のいい山とか、前人未踏の断崖絶壁でするべきなのではないのか、と。まったくもってこのゴーレムボディを生かせていないことに愕然とし、穴の中でのロッククライミングは中止したのだった。
穴から出た我はどこに行くべきか。それは売られた人魚の動向を調べることだろう。意に沿わぬ隷属を見過ごすのも寝覚めが悪い。我は寝ないから、ずっと起きてるんだけどね。その為には人間が多く集まるところに行くべきだろう。
ふっふっふ。我もバカではない。以前は魔物と間違われて撤退を余儀なくされた。だが今は【姿隠し】というスキルを手に入れたのだ。このスキルを使えば人の街に入れるはずだ。きれいな心の大人なんて絶滅危惧種のはずだからな! 問題になるとしたら、子供たちだろう。だが、我の愛くるしいメタルボディは濁った目で見なければ、邪悪なモノには見えないはず。以前、ゴブリンから助けた子供達がそれを証明しておる。
そう我のこのメタルボディは相手の心を移す鏡のようなものなのだ。
うむ、いいこと言った。誰も聞いている者はいないけど、実にいいことを言った。いつかかっこよく使いたい。
そうして我は王都を目指し始めた。ただ単に歩いて目指しただけではない。我は常に向上心を持って歩んでいる。新しいラインライトの使い方を開発してしまった。自分が怖い。
まず我が移動する際に我の背中からずっとラインライトを発動させておく。すると我が動けば動くほど、そのラインライトは伸びていく。時間経過で自然と消えるようにしておくのも忘れない。そうすれば、それは我の動いた軌跡を描くのだ! そう、軌跡。ミラクルの奇蹟ではない。軌跡。
これはすごい使い方を開発してしまった。
光の軌跡とか、スピード感を出す上ではなくてはならない代物だ。速すぎて残像しか見えなかったとかいう話があるけど、一般人は残像すら見えないだろうからね! 光の軌跡があれば誰にでも我のスピード感が伝わろうというものだ。我は初心者にもわかりやすく我のすごさを伝えたいのだよ。ふっふっふ。
さらに今回の王都を目指す我はぼっちじゃない。いや、正確にはぼっちのままなんだけど、定期的にちっちゃい精霊たちが我の周りにやってきて、「邪竜を倒してくれてありがとうございました」とお礼を言ってくるのだ。ヒカルはどうやら無事に精霊界に戻れたらしいな。精霊達の中では我の株はうなぎ登りみたいだ。我は気にするなと軽く手を振っておく。
で、そんな精霊達の中には、我がやっていたラインライトの練習に興味を持つ者もいた。そして、偶然にも夢のコラボが実現してしまった! 精霊達がラインライトにピタってくっつくと、ラインライトに色がついたんだぜ!
火の精霊なら赤、水の精霊なら青、風の精霊なら緑という風に!
ふっふっふ。これは熱いよ! すごく熱い! 熱エネルギーという意味での熱いではない。ハートが熱いのだ!ラインライトを光の剣のように手に持って振り回す時にね、色が変えられるというのは実にかっこいい!
やはり、我がラインライトの魔法を選んだことに間違いはなかった。これほど心の躍る魔法があろうか、いや、ない!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
ただ精霊がいないと色づけできないところが課題だ。我は召喚魔法や精霊魔法を使えないから、近くに精霊がいる時しか使えないのだが、それは今後の検討課題としておこう。
王都を目指すといっても我は王都の場所を知らない。
人魚の国で見せてもらった地図には国や街は載っていなかった。何より、我は自分の現在地がわからぬ。我は適当に街道を探し、その街道に沿って歩いて行くことにした。
【姿隠し】は便利であった。実に出来るスキルであった。
人間の大人とすれ違っても我の姿が見えていないから、騒がれることもない。やはり子供には見えるらしく我を指さしてくる者もいた。ただ大人は、そんな子供の話をまじめに聞かないので、我が大人に見つかることはなく順調に進んだのだった。
そのまま進んでいくとようやく街が見えてきた。でも、城のようなものは見えないので王都ではないのだろう。ちなみに、我が王都を目指すのも、人が多い所ならば人魚を買い取ったという者が自慢げに話すのではないかなと思ってのことだ。
我は、奴隷に対して、さらって売り払うとは何事だって感じなのだけど、この世界の者にとっては奴隷は当たり前のものだ。空気と同じように当然のもの。だから、珍しい奴隷を手に入れたら自慢しちゃうと思うのだ。ゲスはゲスを知るだろう。一網打尽に出来たらうれしいな。
そう考えながら、我は街の中に潜入することに成功。ふっふっふ。以前の我とはひと味もふた味も違うな。ゴーレムだから表情はないけど、にやにやが止まらないぜ。やふー。
で、人間の街を歩く。
きょろきょろとあたりを見回しながら歩く。その姿はまるでお上りさんだ。【姿隠し】は見えなくなるだけなので、触れられると我の存在に気付かれてしまう。だから、人にぶつからないように注意して進む。
街並みは煉瓦造りだ。思ったよりきれいな街並み。街路樹とかもあるし、ちょっと感心する。地面は大通りにだけ石が敷き詰められていた。
雑貨屋があったので中を覗いてみると、そこには茶色の大きさも長さもちょうどいいブラシがあった。ブラシだよ! ブラシ! へっへっへ。我の姿は見えていない。パクろうと思えばパクることもたやすい。ただ店番をしている人間のおばあさんを見て、我は何も手に取ることなくその場を後にするのだった。
我のように心の清い者が、対価を払わずに盗むなんてできるはずがないのだよ。
これは決してチキンな行為ではない。他の誰がしらずとも、我自身が知っているのだからな。中国のことわざか何かにも、天知る、地知る、我知る、君知るみたいな言葉があった気がする。まさにそれだ。
我はすこしとぼとぼと歩いて行く。武器を持った冒険者達が入っていく建物があった。あれは冒険者ギルドとかいうやつではなかろうか。我も冒険者の後に続いて入っていく。酒場と併設されているらしい。やかましいな。
ギルドの受付にいるのは若くてきれいな女性が多い。どこの世界でも男の行動は変わらないのか。悲しい性だな。我はギルドと酒場の中をうろちょろする。結構な人数がいるが、我の姿をとらえる者はいない。汚れた心の大人達しかいないのだ。ここにはな。
そんな中、一人の少年がギルドの中に勢いよく駆け込んできた。なんか焦っているみたいだ。子供だから我の姿を見れる可能性がある。物陰からこっそり話を聞いてみよう。
なんでも少年の村にでかいクマの魔物が出たらしい。領主にも討伐を頼んでいるけど、あんまりちゃんと動いてくれないそうだ。でも、村の住人がすでに1人食べられてしまったから、人の味を覚えたクマがいつ襲ってくるかわからないので、村の住人ががんばってお金を集めてギルドに討伐を依頼をしに来たということらしい。
ギルドの受付の女性が困っている。村人からしたら大金でも、ギルドで討伐を依頼するには安いくらいのお金らしい。そのため、騎士団に頼んではどうかと言っている。少年は粘るが、ギルドの受付嬢が依頼を受けることはなかった。少年の村はちょうど王都とは反対の方向になるらしく、人があまり通る場所でもないので、適当な対応をされている気もするな。
こんな時には、「坊主、俺たちが行ってやるよ」っていう冒険者が出てくるのが定番なんだけど、誰一人としていなかった。まぁ、心がきれいな者はいなかったし、安い金で命をかける理由もないからな。仕方ないね。
少年は受付嬢から教えられた騎士団の宿舎と思われる建物に入っていった。そしてとぼとぼと出てくる。断られただろう。騎士たちが出てくる様子はない。少年は馬に乗って街を出て行った。農耕用の馬なのか、結構ごつい馬に乗って帰っていく。
ちなみに我は絶賛ストーキング中。物陰から物陰へ、さっ、さっと移動しながら少年をストーキングしている。丸一日かけて村に着いた。途中少し休んだけど、なかなか根性のある少年だ。馬もよく持つな。
村はがらんとしていて、人がいない。家の中に閉じこもっているのだろう。何件か家が倒れている。あれがクマに襲われた跡か? そんな中、一番大きい家に少年が入っていく。我はその家の窓に近づき、こっそりと中を盗み見る。少年は泣きながら、断られたと報告している。周りを囲んでいた村人達はそれを聞き肩を落とした。
世の中、金と言うことか。これは地球と変わらないね。大人達の共通言語、お金がものをいうんだよ。
夜が来て、寝静まる村に一匹の獣が訪れた。そう、クマである。でかい。立ったら7メートルくらいありそう。4足歩行している時でさえ3メートルくらいありそうだよ。なんだ、こいつ。本当にクマか? クマだな。
そんなクマに気付いたのか、馬がいななきをあげる。あれは少年を乗せていた農耕馬だ。クマは馬に気付き、近づいていく。一番大きい家の中でも、人が起きた気配がある。あっ、少年が窓から馬の方を見ているよ。ちょっと悔しそうだ。
クマが馬に近づいて、手を振り下ろそうとした瞬間、我はラインライトをクマの頭めがけて射出した。チュインという音と共に、クマの頭が消え去り、ドォンという音と共にクマの巨体が地面にたたきつけられたのだった。クマの奥にあった家に穴が開いているが、気にせずにおこう。ドンマイ。
ふっふっふ。それにしても遠距離攻撃のできる我には死角はないな! 自分が怖いぜ。
我がこの村に来たのにも理由がある。少年がかわいそうとか思ったから来ただけじゃないんだぜ。この村はちょうど王都から反対らしかったので、この村から町にまっすぐ戻り、そのまま先を目指せば王都に到着するというしたたかな計算があったのだ。
そうして我は誰にも姿を見られることなく、街へ戻り、さらには王都へと進んでいくのだった。
その3日後、村には街から騎士を中心としたクマの討伐隊が訪れたらしいのだが、それは我の知らぬ話であった。




