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第37話 ゴーストの正体

我はゴーレムなり。


自分が相手に期待する反応と、その相手の実際の反応が違うことはよくあることだ。我が親指をグッと立てたら、セバスチャンも笑顔で親指をグッと立て返してくれるのではないかと淡い期待をしていたのだ。


親指を立ててくれなくとも、笑顔で頷くくらいはしてくれるだろうと思っていたのに、まさかいないだなんて。最初の頃は視線を感じていた。これは間違いない。1時間くらい待っててくれても良かろうに。はぁっとため息をつくかのように我は首を横に振りながら、再び屋敷の方へと歩いて行くのだった。


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、がっかり状態が解消しました}



でも、なんで直ったんだろう。ドアノブにしても、門にしても。我ってば実はハンドパワーを持っていた?


もしかして、スキル【復元】の効果だろうか。だとしたら、我ってば、かなりすごいのでは。多少時間はかかってもドアノブや扉の修理が可能。ちょっと傷んだお屋敷の修繕はぜひ我にご一報をって感じで、一儲けできるのではないだろうか。でも、お金の使い道がないから、やめておこう。今の我には客とやりとりするだけのコミュ力がない。


さて、気を取り直して屋敷の中に入ろうではないか。扉の前に立ち、ガチャッとドアノブをまわす。鍵をかけられていたらどうしようって思っていたが、かかっていない。お邪魔しますと心のなかで言ってから、屋敷の中へと入っていく。


{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


あっ、またゴーストから攻撃が始まった。さっきまでは無かったのに。するとセバスチャンが目の前にいるではないか。両手を腰に当てて仁王立ち。


カイゼル髭の効果もあって、セバスチャンの威圧感が半端ない。まるでセバスチャンの身体から見えない闘気があふれ出しているようだ。


{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


人間にとってゴーレムは魔物の一種だから、警戒するのも無理はない。このまま強引に立ち入っても仕方がないだろう。我の力であれば押し通ることは可能だろう。だが、それはしない。そんな事は我が気高き魂が許さぬのだ!


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}



一旦諦めよう。そう思い、我は屋敷から出て扉をそっと閉めた。そのまま庭まで進み、ちらっと屋敷の方を見てみると、1階の窓から、セバスチャンがこちらを見ているではないか。我が振り返ったことに気付いたのか、しっしっと手を振ってくる。なかなか目がいいなセバスチャン。


我が、扉と門を直したんだからお茶の一杯でも出しましょうかという気遣いを見せて欲しい。飲めないから断るけどさ。


我はすごすごと屋敷を後にした。



ーーその夜


正面がダメでも裏口がある。押してダメなら、引いてみろだ。我はそう簡単に諦めたりせぬよ!


我は最初に屋敷をぐるっと一周した時に勝手口があるのを確認している。ぬかりなし。我が行動にぬかりなし。今日は月が出ているので、隠密行動には向かない。昼間の事もあるので、今日忍び込んだら、セバスチャンめは我を疑うかもしれない。いや、きっと我だと確信するだろう。


事をなすには、しかるべき時を待つ必要がある。焦ってはダメだ。我は屋敷に明かりがまったくつかないことを確認してから、森へと姿を隠すのだった。


ブラシを手に入れるためにも、今は待つべき時なのだ。



ーー3日後の夜


我は我慢強いと定評があった人間であった。それはゴーレムになった今も変わることは無い。とうとう月の見えない新月の夜がやってきた。


3日間この屋敷を観察していたが、夜は明かりがつかないし、人の出入りも無い。セバスチャンはどうやって暮らしているのだろうか。ゴーストがいる屋敷に1人で暮らしているっていうのも結構な勇気があるぜ、あの髭執事は。


我はこそこそと勝手口がある方へ向かう。屋敷の塀をしずかに跳び越える。勝手口のすぐそばにある窓から中を盗み見る。うむ、いない。勝手口に手をかけてそっと引くと、音もなく扉は開いた。


ふっふっふ、この屋敷も素直になったものだ。この屋敷は扉と門を直した我に恩義を感じているのかもしれない。さて、それでは行こうではないか! 我は勝手口から屋敷の中に入る。


{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


足を踏み入れた途端にこれか。やはり来おったか、ゴーストよ。お前の攻撃は我には通じない。だから、捜索が完了するまでお前の事は生かしておいてやる。そう思い、前を向くと腕を組んだセバスチャンがいた。



お、おぅ。


我は右手を挙げてゆっくりと振る。「久しぶりだね、こんにちは」という我の思いが伝わって欲しい。セバスチャンは立派な髭に手をやりながら、我を半眼でにらみつけてくる。


{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


まるで我が悪いみたいだ。やましいことは何一つ無い。使わない道具の処分を我が代わりにやってあげるというだけなのだ。善意。これは善意だよ! 我の思いは伝わらぬ。


セバスチャンは以前と同じようにしっしっと手を振ってくる。ここで引き下がっては前回と同じだ。どうする。どうすればいい!?


我は今までの事を振り返る。ピンキー、イチロウ、ジロウ。我に力を貸してくれ!


{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


!!!


思い出した。我とイチロウ、ジロウはどうしていた。手と手を触れあわせてハイタッチ。そうすることで我も楽しくなったし、イチロウもジロウもうれしそうだった。しっぽなんてビュンビュンだったんだから! それを見ていたルーフだって笑顔だった。


そうさ! 手と手を触れあわせることで、言葉が通じなくても、思いは伝わるのだ!

笑顔はみんなをつなぎ合わせる魔法なのさ! 我とセバスチャンにだってきっとできる!


我のこの思いは伝わるはず!


『ブラシをくれ!』という熱い思いを胸に、セバスチャンのしっしっとやっている手へとめがけて、我は手を伸ばす。


ハイ、ターッチ!!


スカッっと手が触れあうことなく、我は前につんのめる。手と手が触れあうはずなのになぜだ!?


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}



あれ、今、我はセバスチャンと重なっているよ。まるで3Dのゲームで当たり判定がないかのごとく、セバスチャンと重なり合っているよ。


!!? ま、まさか。セバスチャン。お前は、お前がゴーストだったのか!

セバスチャンには足だってあるし、我にはその姿がくっきりはっきり見えている。あっ、ただ影がないぞ! やはりゴーストには影が出来ぬか!


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}


落ち着け、今日は新月で周りは真っ暗だから、影が無いのは当たり前だ。



{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}

{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}

{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


愕然とする我を無視して、ゴースト、もといセバスチャンが我の推測を肯定するかのように攻撃をしてくる。これほどまで見事に我を欺くとは、さすがはセバスチャン。正体を現したからには、我も攻撃をするしかあるまい。セバスチャンに向かって軽く手を振る。


ブン!

{ログ:ゴーレムはゴーストに0のダメージを与えた}

{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


あら? 念のためもう一回。セバスチャンは我の攻撃を避けるそぶりもみせない。我の攻撃に合わせるように反撃してくる。


ブン!

{ログ:ゴーレムはゴーストに0のダメージを与えた}

{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


最後、もう一回だけ、最後に試す。


ブン!

{ログ:ゴーレムはゴーストに0のダメージを与えた}

{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}


やっぱり、セバスチャンは我の攻撃を避けるそぶりもみせない。先ほどと同じように我の攻撃に合わせるように反撃してくる。だめだ。我の攻撃が通じない。我は魔法も使えないし、どうすればいいのだ。



追い詰められた時にこそ、その者の真価がわかる。我はハッと閃いた。


我はセバスチャンから少し離れて、両手を合わせる。

くらえ、これが日本に伝わりし、念仏だ!


『ノゥマクサンマンダーラ・・・・・・』まずい、続きがわからぬ。


暗記なんてしていないから、無理だ。こんなところで日本の核家族化の問題が出てこようとは。葬式なんてあんまり行かないからさ。最終手段だ。『神様、仏様、ご先祖様。どうかお助けを!』と我は必死に念じる。


セバスチャンは突然手を合わせ動かなくなった我を警戒している。我の念仏も祈りもセバスチャンには何の効果もないようだ。



ーー5分後


我は腕を組み、セバスチャンは腰に手を当てて、お互いに向き合っている。


セバスチャンもやっと諦めたのか、我への攻撃をやめたようだ。我の攻撃はセバスチャンにダメージを与えられない。セバスチャンの攻撃も我にはダメージを与えられない。お互いにどうしようもなくなったわけだ。


我は身振り手振りで『ブラシが欲しい』と伝える。残念ながらセバスチャンには全く伝わっている様子がない。はぁ、どうしたものか。



我は室内を見渡す。なんかほこりっぽいな。執事のセバスチャンがいるのに。掃除が出来ていないのか。いや、ゴーストだから掃除ができないのかもな。我は近くにあった木の机に近寄る。


セバスチャンは我が何をするつもりなのかと、いぶかしげに見つめてくる。


心配せずともよい。我は無粋なマネはしないぞ。我は右手の人差し指で机の上をそっとなぞる。我が指がなぞった後は埃が取れてきれいになる。ふっふっふ。やはりそうか。


我は右手の人差し指の埃とセバスチャンを交互に見つめる。セバスチャンは実にきまりが悪そうにするのだった。



ーー翌朝


我が望みを叶えるために、先に相手の願いを叶えるのだ。セバスチャン、我はおぬしにできぬことをしてみせてやろう。その目に焼き付けるがよい、我と汝との格の違いをな!


我は草まみれになっている屋敷の庭を前に立っている。セバスチャンも屋敷の扉の内側から我の方を見ている。セバスチャンは地縛霊のようなものなのか、屋敷の扉の外に出ることができないようなのだ。


なんというか、強制引きこもりだな。こんなネットもテレビもゲームもない世界で引きこもらなければならぬとは、生前にどれだけ悪いことをしたのだろう。できる執事のような外見をしているけど、ひょっとしてメイドでもいじめていたのかもしれないな。


我はそんな事を考えながら、セバスチャンを見る。セバスチャンも我の方を見る。目があったような気がする。これからセバスチャンを見るたびに、哀れみを込めた視線を向けてしまいそうだ。メイドの事は忘れようと我は一人頷いた。誰にでも触れて欲しくない過去はあるものだ。


我は草まみれの庭に降り立ち、セバスチャンはそんな我を監視している。



さぁ、とくと見よ、これが草むしりだ。


ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチと延々と草をむしる。我は休むことなく、せっせと草をむしる。どれだけ手入れがされていなかったのだろうか。ものすごい草の量だ。


やはり、この間、門やドアノブが壊れたのは、メンテナンスがされていなかったからなのだろう。メンテナンスを怠るとすぐだめになるからな。我が訪れたおかげで修理ができたから、難しい顔をしていても、セバスチャンの内心は喜びであふれていたのだろうな。


我はそんな事を考えながらも、ブチ、ブチ、ブチと草をむしる。頭では別のことを考えていても身体はしっかりと動かす。これは働くことの基本なり。


我は延々と草をむしる。ブチ、ブチ、ブチと草をむしる。ブチ、ブチ言わせているからといって、力任せに乱暴な草むしりをやっているわけではない。我は軽快なリズムを刻みながらも、実に丁寧な草むしりをしているのだ。


一本一本の草の根元をつまみ、垂直に引き上げる。単純がゆえに根気のいるこの作業を、我は延々と一人で黙々と続けているのだ。我はブチ、ブチ、ブチと草をむしる。


この屋敷の庭は広い。実に広い。人間だった頃に住んでいたワンルームマンションが何個建てられるんだよというくらいに広い。我は軽快にブチ、ブチ、ブチと草をむしる。


我の草むしりロードの先は長い。しかし、この作業の先には必ず終わりがあるのである。止まない雨がないように、終わらない草むしりもないのだ。我はしっかりとした手つきでブチ、ブチ、ブチと草をむしる。


我は【諦めぬモノ】なり!

我はブチ、ブチ、ブチ、ブチ、ブチと草をむしり続ける。



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