第36話 セバスチャン
ゴースト許すまじ!
マジで許すまじ!
なんでダメージも与えられないのに我に攻撃して来ちゃうかね!?
全く信じられないよ! ホントに!
0のダメージを受けたとかおかしなログが聞こえたから、ちょっとからかってみたら大変なことになってしまったではないか!
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
クソ! こんな時ですら、我をあざ笑うかのような連続攻撃!
ゴースト、お前は簡単に許されると思うなよ!!
お前は足を踏み入れてはいけない領域に、足を踏み入れたのだ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、激昂状態が沈静化しました}
我はゴーレムなり。
きらきらきらめく、メタルボディを持ったゴーレムなり。
そんな我は数少ない友を失ってしまった。そう、それはひとえに相手との距離感を間違えてしまったが故だろう。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
我は見誤ったのだ。
ちょっと調子に乗ってもいいかな、いいよねって感じで調子に乗ってしまったら、実はそんなに仲良くなかったって感じ。我と世界の声はまだ信頼関係が気づけてなかった友達だったのだ。まるで高校に入りたてで、お互いに距離感を探っている高校生のように。マブダチではない友だからこそ、距離感をしっかり見定めなければならなかったのだ。
後悔先に立たず。後で悔いるからこその後悔。言葉というものは実によく出来ている。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
まるで餅つきの合いの手のごとく、ゴーストが攻撃をしてきている。
どこから攻撃をしてきているんだ。周囲を見渡しても何も見えない。
!? ひょっとして我の目にはゴーストは見えないのか!? 姿が見えぬ敵と戦うことになろうとは。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
くそ、調子に乗ったのか、ゴーストからの攻撃間隔が短くなってきている。
おのれ。
我はドアノブの壊れた扉を押したが開かない。もうちょっと強く押してみた。バキッという何かが折れた音がして扉が開いた。よく見ると鍵の箇所が壊れている。すまぬな扉よ。我はこの先に行かねばならんのだ。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
さて入ろうかと思ったら、まさかの連続攻撃。まるで我に対して怒りを感じているかのようだ。姿を見せずに攻撃してくるとはなんと卑怯なヤツよ。
と思ったら、目の前にはダンディーな執事がいるではないか。立派な口ひげ。上を向いてとんがってるよ。こういう口ひげはカイゼル髭っていうんだったかな。
物語にでてくる執事のようだ。そう、セバスチャン。よくドラマや話で名前が出てくるセバスチャン。執事のセバスチャン。そんな執事が我の目の前にいたのだった。もしかして、この屋敷に住んでいたのだろうか。いや、ない。それはない。人の生活の跡は全くなかった。
セバスチャンは我に何かを話しかけてくる。
「××●×△□!」
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
なんか怒鳴っているみたいだ。ごめんな、我は今【通訳】を持っていないから、セバスチャンの言葉を理解できないのだ。セバスチャンの表情や身振り手振りから考えると、我に対して怒っているみたい。
入ってきた扉を指さす。あぁ、我がちょっと壊しちゃったから、それに対して怒りが大爆発ってことなのかね。実に納得できる話だ。
我は腰から直角に身体を折り曲げ、頭を下げる。心の中では「ごめんなさい」と大きな声で言っておいた。我は身体をくねらせたり、ひねったりはできないけど、直角に曲げることはできるのだ。さて、我の謝罪は通じただろうか。ちらりと見る。
「××●×△□!」
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
あ、あかん。まだまだセバスチャンは怒っている。どうしたものか。ゴーストからの攻撃もまだ続いているしな。我の目の前には問題が山積みだ。
セバスチャンへの対応とゴーストへの対応。そしてブラシを探すこと。どれほど問題が多かろうと一つ一つ片づけていくしかない。
セバスチャンが怒りながらドアに近づいてくる。セバスチャンの様子はちょっと怖いね。我はセバスチャンから距離を取るために、ドアからちょっと離れる。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
こんな時でもゴーストは攻撃を続けてくる。しかし、我にダメージはないので、ゴーストへの対応は少し保留でいいだろう。無視しとこ。
我がゴーストへの対応を考えていると、セバスチャンは壊れたドアの横で跪いている。なんとセバスチャンは壊れたドアノブや鍵の箇所を見つめ、泣きそうな顔をしているではないか。
気まずい。
非常に気まずい。なんか我の中の良心がちくちくと痛んでいるよ。その場の雰囲気に耐えられず、我は足下に転がっていたドアノブを拾い上げる。
そんな我にセバスチャンが気付く。
我はゆっくりと頷き、手に持った壊れたドアノブをそっと扉の元合った箇所に添える。セバスチャンが、えっ、直せるのかという期待を持った表情で我の行動を見つめてくる。ふっ、そんなに期待するなよと心の中で応えながら、ドアノブが落ちないようにそっと手を離す。
カラン。
ドアノブはすぐに地面に落ちた。やはり重力には勝てなかったか。接着剤があれば何とかなったかもしれないが、残念ながらここは異世界。接着剤などの便利アイテムはない。
我が現実を直視し冷静に考察を重ねていると、セバスチャンは大きく口を開き、えぇーって感じの表情をしている。その表情を見るに絶望まではしていない。セバスチャンには申し訳ないが、我にも出来ることと出来ない事がある。
「××●×△□×●×△□!」
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
セバスチャンはちょっと期待してしまった故の反動か、さっきよりも長く怒ってくる。我の善意が通じぬとは。
やれやれと我はもう一度右手で壊れたドアノブを拾い上げ、セバスチャンに見せる。これは壊れたドアノブだ。わかるか?
そして次に左手で壊れたドアを指さす。これは壊れたドアだ。わかるよな?
再び壊れたドアノブを壊れたドアにそっと押し当てる。我は左手の掌を上にして、セバスチャンの方にさしだす。それは「わかるか、セバスチャン。壊れたドアノブを壊れたドアに押し当てても直ったりはしないのだ」と伝えるために。
半眼になって我を睨んでくるセバスチャン。
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
うぬ。そんな目で見られても我も困る。我は手を添えたままどうしたモノかと考える。考えてもいい案など浮かぶはずも無い。我がずっとドアノブを支えておくわけにもいかないからな。我は仕方なく右手をドアノブから離すのだった。
カランと音を立ててドアノブが落ちるのかと思ったら、落ちない。ドアノブはドアにくっついたままだ。それに扉自体がなんかきれいになっている気がする。
セバスチャンが目を見開いて驚いている。
我も驚いている。
えっ、どういうこと? まさか直ったの?
我はおそるおそるドアノブに手をかけ、まわしてみる。ガチャッと音を立てて、ドアノブが回る。きちんとドアノブの役目を果たしている!
おお、マジか! 直っている! よくわからぬが、やればできた! できるゴーレムはひと味違うぜ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
セバスチャンもドアノブが直ったことにうれしそうだ。ふっふっふ。だから言ったであろう何も心配するなと。我に任せておけば大丈夫なのだ。我にできない事は無い。我は内心得意になってセバスチャンの様子を見ていた。
しかし、セバスチャンはそのまま屋敷の門の方に目を向けた。そこには無残にも倒された門があった。ひどいことをするヤツがいるものだ。しかし、倒した者も好きで倒したわけではない。開かなかったから、ちょーっと押したら倒れてしまっただけなのだ。
このように悲劇とは善意のすれ違いで起こってしまうのだね。
セバスチャンは我の方を向き、門を指さして何かを言ってくる。
「●×△□×●×」
あれも直してくれと言うことだろう。よいともさ、我にできない事は無い。我はゆっくりと頷き、門へと進んでいく。セバスチャンもついて来るのかと思ったら、玄関前からセバスチャンは動かない。草むらに入るのがイヤなのだろうか。
こんなにぼうぼうに草を生やすならば、手入れをすればいいだろうに。その執事の姿が泣いているぞ。セバスチャンよ。
我は屋敷の門へと辿り着くと、門を引き起こした。元の位置にセッティングする。そっと手を離す。OK。屋敷に戻るかと思い、そっと手を離す。ふっふっふ。倒れてこない。任務完了だ。
我が屋敷の方に向くと、ゴッと倒れてきた門が我の頭にぶつかった。遠くからセバスチャンが怒鳴っている。
「××●×△□×●×△□!」
{ログ:ゴーレムはゴーストから0のダメージを受けた}
まったく自分は動きもしないで、我にばっかり面倒事をさせているのに。まったくまったく、まったくもってひどいものだ。
気を取り直して、我は門をもう一度持ち上げる。そして、再び元の位置へと直す。さっきは我がずっと持っていることで、勝手に直った。ドアノブの時と同じように我は門を持ったまま立ち尽くす。
セバスチャンが見ているのだろう。背後から視線を感じる。少し居心地が悪いが、黙って持っておくしかない。もともとしゃべることもできないからな。
ーー1時間後
結構な時間が経った。疲れることは無いけれど、そろそろいいかなと思い、手を離す。門が倒れてきても当たらない距離まで素早く下がる。メタルボディの機動力を甘く見てくれるなよ。
身構えるが倒れてこない。ふっふっふ。いけてるんじゃね?
我は門に手をやり、開けたり閉めたりしてみる。ばっちりだ。我は満足げに頷く。セバスチャンにもこの感動を伝えてあげよう。
我は屋敷の方を振り返り、右手を前に出して親指をぐっと立てる!
どうだ! 見てたかい、セバスチャンよ!
屋敷の扉は閉められ、そこには誰もいないのであった。