第34話 街道を進む
ルーフ達と別れた我は街を目指して街道を進む。
現代日本のようなアスファルトで舗装されているわけでもないので、少しほこりっぽい。馬車が何度も同じ所を通るのか、轍のような跡が結構ある。
時折、馬車が通り過ぎる。我はそっと道の脇に避けて道を譲る。譲り合いの精神が交通事故を減らすのだ。馬車の御者がいぶかしげに我を見ながらもそのまま通り過ぎる。この世界では我のように道の脇に避ける行為は珍しいのかもしれない。
そのまま街道を進む。ようやく遠目に街が見えてきた。人通りも徐々に増えてきている。いいねいいね。未知なるものとの出会いはいつも心が躍るものだ。人間の街というのはどういうモノなのだろう。風呂はあるのかな。
街の入り口では人が並んでいる。門にいる兵士に何かを見せたり、お金を渡してから街の中に入っているようだ。もしかして、お金がいるのだろうか。我は今無一文なんだけど、入れるかな。
我は列の一番後ろに止まっていた馬車の次にそっと並んだ。
街の中に入るというのも大変なのだな。かなり待たされる。もっとてきぱきと進めて欲しい。我の後ろにも結構な人が並んでいる。我が後ろを見たら、後ろに並んでいた人たちもちょっとそわそわしている。我もわかるよ、その気持ち。こういう行列に並ばされるのはイヤなものだよね。我はうむうむと頷いた。
我の前の馬車が街の中に入っていった。ようやく我の番だ。長かった。
門番たちの前に進み出る。我はジェスチャーで、すまぬがお金を持っていないのだけどどうすればいいかを質問する。
門番たちは我の姿を見て固まっている。
むー、伝わらぬか。なんとももどかしい。伝わらぬ我のこの思い。我は必死にアピールをする。我ってばお金を持っていないのだけど、中に入れて欲しいのだと必死にジェスチャーで伝える。
門番の1人が突然、ピーッと笛を吹いた。ちょっとビクっとしてしまった。何? 何かあったのか?
「魔物だ! 魔物が出たぞ!」
「応援を呼べ!」
「近くにいる冒険者にも来てもらえ!」
その笛の音を合図にして、騒ぎ始める門番たち。我の後ろに並んでいた者達もあわあわと慌てだした。しかたない、これから少しの間、世話になろうという街だ。我がその魔物を追い払ってやろう。
どこだ。どこにいる。周囲をぐるりと見回しても魔物の姿は見えない。むしろ門番達をはじめ、門の中から出てきた兵士達も、我を取り囲むようにしているではないか。
もしかして、魔物って我のことなのだろうか?
なに? 初めてみるゴーレムが現れた? この間、注意するように連絡のあった血塗れゴーレムの可能性があるとな。
なんじゃそりゃ?
嘘でしょ? こんな愛くるしい姿をしたゴーレムだよ。キラキラと一点の曇りも無いこのメタルボディを前にして魔物だと!? 信じられない。
くそ、どうするべきだ。
どんどんと中から兵士が出てきて、我の周りに集まってくる。そして我に武器を向けてくる。何事も引き際を間違えると大変な事になる。
あぁ、弓矢が飛んでくる。あ、あの魔法使いっぽい爺さんが炎の玉を撃ってきた。
矢も火の玉も我に直撃する。その程度の攻撃では我の体は傷つかないぜ! しかし、体は傷つかなくても心はすこーし傷ついた。
しかたがない。ここは撤退するほかあるまい。我は引き際を誤らぬ。株で信用取引してる時に引き際を誤ったら、下手したら命まで取られるからな。我も何度か痛い目にあったことがある。あれは実にキツイ…。我はその場を後にした。
ショッキングな事実である。現実は常に残酷だ。
我は、いやゴーレムは人間達にとっては魔物というくくりになるらしい。なんてことだ。我は今まで魔物として扱われた事なんてないのに。なかった、と思う。もしもあったとしても大した問題ではない。
ビビられたことはあるけど、あれは我の力にビビったのであって、我の見た目で拒絶されたことはなかった。むしろこのキラキラボディはドラゴンたちにはすごい人気だったのに。
それだけに、我はすこし落ち込んだ。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、憂鬱状態が解消しました}
我は街道を外れて草原の方へ進むことにした。遠くに見えるあの山にでも行ってみよう。人間だった頃は登山をしたことはないけど、少し遅れてるし異世界だけどそのブームに乗ってみようと思う。もしかすると温泉があるかもしれない。
山を目指して草原を進む。ウサギとかネズミとかが出てくるのかなと思っていたけど、なにも出てこない。我は実に順調にぼっち街道を歩んでいるようだ。
地面がちょっと揺れている。地震かな。でも、地震大国日本に住んでいた我にはこの程度の振動はそよ風と同じようなものだ。我を不安にさせたければ震度4以上なければ無理だぜ。
ん、地面が少し盛り上がって我の方に向かってくる。さっきのは地震じゃなくこいつが原因か。我を惑わすとは、なかなかやるではないか!
ボコッという音と共に、でかいミミズが現れた。
何これ、メッサきもい。
ぐわっと襲いかかってくるので、慎重にそっと叩く。柔らかそうなので、強く叩いてグチャッと中身が出たら、大変なことになる。
ギギといううめき声と共に、でかいミミズは地面に潜り逃げて行った。
ふー、さすが我。手加減マイスターの称号がそのうち手に入るかも。
猫じゃらしのような雑草を片手にとって草原を進む。これは猫じゃらしの力なのだろうか、たまにゴブリンが3匹くらいで襲ってくるようになった。じゃれついてくるたびにぱしっと叩き追い払う。
猫じゃらしを揺らしながらまっすぐ進む。おや、これは人間の道のようなところに出たぞ。
人間に見つかると面倒なことになるかもしれない。この道は避けて進むことにしよう。
そう思い、道を横切り、草むらの中へと進もうとしたら、我の耳に少女と思われる悲鳴と女性の逃げなさいという叫び声が聞こえてきたのだった。
我がゴーレムイヤーは弱き者の助けを求める声を聞き逃せない!
{ログ:ゴーレムイヤーというスキルはありません}
驚かれるかもなぁと思いつつ、悲鳴が聞こえた方へと我は駆け出すのだった。
悲鳴が聞こえた方向に行くと6匹のゴブリンたちが、女性と少年と少女を取り囲んでいた。人間達は親子なのだろうか。
女性は手に持っていた手提げ鞄を必死に振り回しゴブリンたちを近づけないようにと必死だ。
周りを取り囲むゴブリンはギギィ、ギギィと実に楽しそうに親子の周りを回ってちょっかいを出している。弱者をいたぶるその姿に我はイライラが募っていく。
この状況なら、人間の親子を助けてもいいだろう。
何より許せんのは錆びた剣や錆びた槍を持っているゴブリンもいることだ。他のゴブリンも全員木の棒を持っているし。あんな奴らが生意気にも立派な武器を使うとは!
我は手に持っていた猫じゃらしに目をやる。ぐぬぬと思い、そっと手を離す。ゴブリンに得物で負けたと思ったわけではない。断じて否である。我は素手で十分なのだ! 助けるのに邪魔だったから手放しただけなのだ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我はゴブリンの一匹に近づき、ぱしっと叩く。そのゴブリンはフラフラになる。びっくりしたゴブリン達は一箇所に集まった。そしてギギィ、ギギィと言いながら我に向かって武器を構えた。
何奴だとか、なんだ小さいぞとか、ゴブリン達は色々言っているが無視する。
呆然とした親子を後ろに庇いながら、ゴブリン達を叩いていく。さらに3匹叩いたところで、ゴブリン達は、もうだめだァと叫びながら逃げて行った。ふっ、他愛もない。
後ろを見ると親子が呆然としている。彼女達からしたら我もゴブリンと変わらぬ魔物なのだ。はぁ、と思いながらその場を後にしようとした。
するとキラキラと瞳を輝かせながら、少年と少女が我の前に回り込んできた。
何か用だろうか?
少年と少女は恐れることなく我の手を取り、ありがとーと大きな声でお礼を言ってきた。
!?
お、おお‼︎
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}




