第32話 新たな芸
我はゴーレムなり。
休むことなくテクテクと森の中を歩いて行く。たまに我にじゃれついてくる魔物がいるが、我はやさしく追い払う。進めば進むほど魔物たちはどんどん弱くなっていくので力加減が難しい。もしかして、この森に入ってから、我は1匹も殺していないんじゃないだろうか。
あっ、植物を殺してしまったんだった。
惜しい。パーフェクトを逃した。
おや、遠くから、ガキーンとか、ガウガウとか、何かが争っているような音が聞こえてくるぞ。これは出会いの予感! 我は音が聞こえてくる方向へと走って向かうのだった。
争いの現場にやってきた。我は茂みに隠れながら様子をうかがう。
武器を持った豚人間? RPGで言えばオークってやつだろうか、ここではオークと呼んでおこう。オークと人間たちが戦っている。ただし、オークが優勢である。オークが8体で、人間たちは5人だ。人間たちと一緒に2匹の犬も一緒に戦っている。猟犬かね。
見た感じでは1対1でもオークの方が強そうだ。それなのに、数もオークが多い。鎧を着たちょっとでかいオークが指揮をとって部隊として動いているよ。人間の方も善戦はしているけど徐々に追い詰められているね。
我は人間を助けるべきかと考えたが、片方に肩入れするのもいかがなものかと思い、じーっと観察を続ける。オークと人間がなんで戦っているのかもわからないし、人間たちに肩入れすべき理由もなければ、オークたちを追い払う理由もない。
それぞれ武装している者同士である。それぞれが自分の意思で戦いの場に臨んでいるのだから、我が横からしゃしゃり出るわけにはいかぬだろう。
そんな中、戦いに変化が訪れた。
どうやら2匹の犬と1人の男を囮にして、他の4人が逃げることにしたらしい。観戦者の我としては、えぇええ、仲間じゃないのか?、と思ったのだが、どうやら残された男は奴隷のようだ。奴隷は道具に過ぎないのだろう。命令を拒否することもできず、8体のオークと向かい合っている。
あぁ、本当に4人は行っちゃったよ。なんて冷たい奴らなのだ。生き残るためには賢い選択なのかもしれないが、そのやり方は我はあまり好きではないよ。
ほら、あっさりと奴隷の男がやられちゃった。でも、まだ息はある。そんな男に2匹の犬が心配そうに近寄っていき吠えている。
「ガウガウ!」
(ご主人! 大丈夫か!)
「ガガガガーウ!!」
(しっかりしてくだせぇ! ご主人!)
しかし、奴隷の男はそれに答えることなく倒れたままだ。どうやら気を失っているようだ。
「ガウ! ガガーガウ!」
(ダメだ! 気を失っているぞ! イチロウ!)
「ガウ! ガウガウガ!」
(俺たちでオークたちを追い払うしかありゃしねぇ! やってやろうじゃねぇか! ジロウ!)
そう言って、2匹の犬は奴隷の男を背にかばい、オークたちに向かい合った!
イチロウ! ジロウ! おまえらは男の中の男だぜ! 我は両手の拳をグッと握りしめる。勝機はなさそうなのに、主のために命をかけるとは、なかなかできるものじゃないぞ! 我は思わず両手の拳を天に突き上げ、ばっと立ち上がってしまった。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
ガサっという音とともに突然現れた我の姿に驚く犬2匹とオーク一同。その場にいたすべての瞳が我を見つめてくる。鎧を着たオークが渋い声で我に問いかける。
「何やつだ!?」
何やつだと問われたからには応えてやらねばなるまい。
『我はゴーレムなり! その犬たちの熱き思いに思わず立ち上がってしまった者なり! その者たちを見逃してやるが良い! もしもそれ以上、戦うというのであれば、我がそなたらの相手をすることになるぞ!』
ばーん、と右の拳を前に突き出し、左手は腰に当てて、ポーズも決めながら、口上を述べた! 手を前にした時にオークたちはすこし身構えたが、それ以外の反応がない。あれ?
「言葉を話さぬか。もしくは話せぬのか。いずれにしても、我らの縄張りに立ち入ったからには死んでもらうぞ!」
おぅ、伝わってなかったよ。
はぁ。いつになったら我の台詞は他の人に届くのだろう。もしかしてマブダチにしか届くことがないのだろうか。そんな事を考えていると哀しくなる。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、悲痛状態が解消しました}
オークの弓兵達が我にむかって矢を放ってくる。矢がカッカッカッと当たるも、その程度では我は傷つかない。今度は前衛の斧や槍、剣を持った兵士達が我に襲いかかってくる。ふふん、思い切り攻撃してくるがいい。我は防御もせずに突っ立っておく。ガキン、バキ、ベキと我のメタルボディの前に、オーク達の武器の方が痛んだようだ。
この時点でちょっとオーク達が怯み始めた。
「なんだと!? 傷一つつかぬとは・・・・・・。おぬしはいったい何者なのだ! 何の目的があって我らの前に立ち塞がる!?」
言葉が通じないのであれば、行動で示すほかあるまい。我は2匹の犬の前に移動する。
「ガゥ!?」
(な、なんでい!?)
「ガガウ!」
(俺たちとやろうってのか!)
犬たちは我が突然近づいていったために、耳をたれながら、しっぽを丸めて少し後ずさる。言葉は威勢がいいんだけど、本能が我を恐れているのかもしれないな。
そして、我は犬たちに背を向け、オーク達に向かい合った。ここからは我が相手だと示すように。
「その者達を庇おうと言うのか? この人数を相手にして勝てると思っているのか!?」
思っているから立ち塞がっているんだけどね。オーク達は先ほどの攻撃が我に効かなかったために攻めかかってこようとはしない。ジリジリと包囲をしてくるだけだ。それにしても、この鎧のオークは渋い声で流暢にしゃべりおる。普通の人間と知能は変わらないんじゃないのか。もしくは人間より頭が良さそうだ。他のオーク達は、なんとなくパカっぽい感じがするんだけどね。
我とオーク達の力の差を知らせてやるしかあるまい。
我はぐっと手に力を込めて握りしめる。そのままその拳を足下の地面にたたきつけた。地面なので手加減無しの全力全開だ。
ドガン!!!
パラパラと上空へと舞った土が降り注いでくる。我の足下には大きなクレーターのような穴が開いた。その光景にオーク達は目を見開き、犬たちはしっぽを丸めて、気を失っている奴隷の男の横で丸まりながら震えている。
我はオーク達に向かって、去れと示すためにシッシッと手を振った。
「うぬぅ・・・・・・、仕方ない。お前達! 撤退だ!」
鎧を着たオークは、力量の差がわかったのか撤退を指示する。まともな指揮官らしい。順序よく、我を警戒しながらオーク達は退却していく。そんなに警戒しなくとも我は去る者は追わぬよ。鎧を着たオークが我をにらみつけながら話しかけてくる。
「俺はオークジェネラルのプレス。小さな銀色の者よ、俺はお前の事を決して忘れぬぞ! 次に会った時は今回のようには行かぬからな。覚えておれよ」
そう言って最後に鎧を着たオークが去って行った。オーク達が完全に去ったことを確認した後、イチロウとジロウ、奴隷の男の方を向く。奴隷の男はまだ気を失ったままだ。腕からは血が流れている。骨は折れていないようだ。
「ガ、カウ」
(や、やるのか)
「ガガウ」
(俺たちは負けないぞ)
我は犬たちに、その男の手当をしないといけないことを身振り手振りで伝えようとする。しかし、まったく伝わらない。2匹は首をひねりながら我への警戒を解かない。
「ガウ?」
(なんだ、何をしているんだ、こいつは)
「ガガ」
(気を抜くなよ、イチロウ)
うむ、これはもう放っておくしかない。我は奴隷の男に近づき、止血をする。包帯のようなものがなかったので、男の上着を一部破いて包帯代わりに使わせてもらう。男の身体には擦り傷や切り傷が無数にあった。中には結構大きい傷もある。
奴隷だからか盾代わりに使われていたのかもね。はー、やだやだ。男がうなされているようなので、額に我の手を置く。我の手は冷たいからさ。手だけじゃなくて身体全体が冷たいんだけどね。伊達に我の身体はメタルじゃない。
ひんやりと気持ちいいのか、男の呼吸が穏やかになった。そんな我の様子を見て2匹の犬がすこし警戒を解いた。
「ガウガウ」
(なんかご主人を助けてくれているぞ)
「ガ、ガウ」
(ああ、この銀色のヘンテコなのはいいやつなのかもしれないぞ)
ふふん、ようやく気付いたか。我の優しさに。奴隷の男は頭にバンダナを巻いていたのだが、そのバンダナが少し盛り上がっていることに気付いた。なんだろうと思ってバンダナを取ってみると、そこには犬のような耳があった。
おお、こいつは、獣人ってやつじゃないか。初めての獣人との出会いがこんな形になろうとは。ネコ耳ガールじゃなかったのが少し残念だ。獣人の奴隷だったから、あっさり囮として切り捨てられたのかね。考えてもわからない。
獣人の奴隷は目覚める気配がしない。このまま放っておくわけにもいけないので、近くで様子を見ている。ただ単に待つのも暇なので、イチロウとジロウに芸を仕込んでみることにした。
最初は渋っていた2匹だったが、我の威圧感に負けたのか、おとなしく従うようになった。
イチロウの前に、我は右手を上に向けて差し出す。
イチロウはその手の上に右前足をすばやくおく。
基本中の基本であるお手は完璧だ。
次にジロウに向かって、右手を開いたまま地面に近づける。
ジロウはすばやくその場にベタっとへたり込む。
ジロウも伏せを簡単に覚えた。
さらにさらにそこから手をスライドさせると、ジロウは伏せをした状態のまま、前にジリジリと進む。
ふっふっふ、これが今回の芸を仕込む中で一番難しかった匍匐前進だ。この移動ができるようになれば、偵察の幅が広がること間違いなしだろう。
そのまま夜が更けていった。




