第29話 人魚の国に別れを告げて
地図を見せてもらった後は、女王に礼をいい、そのままピンキーと共に王宮の外へと出る。
今日もピンキーと一緒にいろいろ見て回ろうかと思ったが、そろそろ空気が恋しい。空気が恋しいので陸地を目指そう。それに、我は念願だった地図の情報を手に入れることができた。そしてこの世界のことも少しだけ把握することが出来た。もう人魚の国ですべきこともないだろう。
善は急げ。思い立ったら吉日だ。すぐに行動に移そう。我は立ち止まった。突然、立ち止まった我にピンキーは「どうされまちた?」と聞いてきた。短い台詞はやはり噛んでしまうようだ。
『ピンキーよ、我がここですべきことはなくなった。我はここを出て行き、陸地を目指す』
我はピンキーに出て行くことを告げる。
「えっ! しょ、そんな出て行かれてしまうのですか!?」
我はおごそかに頷きながら答える。
『うむ、我がここでなすべき事はもう無い。我はピンキーと共に、この国を色々と見て回ったが、後はそなたらの手だけで見事に復興させることができよう。だから我は当初の目的通り陸地を目指すことにする』
ピンキーはちょっと涙目になりながら、我に問いかける。そりゃマブダチだから涙も流すだろう。我はゴーレムだから涙を流せないけどね。
「いつ出て行かれるのですか? ゴーレム様にはみんな感謝しています。できれば最後にお礼をいう機会もかねて、みんなで宴を開いてから送り出させていただきたいです!」
お礼は十分言われたし、これ以上お礼をいわれても我は困ってしまう。何より一人一人に対して返事を返すのに精神的につかれてしまう。なにより宴を開かれても、我は食べることもできず飲むことも出来ない。みんなは楽しく飲んだり食べたりしているのに、我は見ているだけ。ちょっとそれは寂しい。
ということでもっともらしい理由をつけて断ろう。
『ピンキーよ。我は十分にお礼を言ってもらったので、もうこれ以上、感謝の気持ちはいらない。もしもこれ以上我に感謝を伝えたいというのであれば、一日も早くこの国を元通り、いや前以上に素晴らしい国へと復興させて欲しい。それが我への何よりの贈り物となる』
我のかっこいい台詞に、ピンキーは感激しているようだ。そんなに感激してもらえると我も格好をつけたかいがある。
ピンキーの慌てた様子とピンキーがしゃべる内容から、周囲にいた人魚達も我が出て行ってしまうことに気付いたようだった。我の声は念話だからピンキーにしか聞こえていないんだけどね。
徐々に我とピンキーを取り囲むように人魚達が集まりだした。あっ、王宮の方に走っていってる人魚の兵士がいる。これは早く切り上げるべきだ。
『そして、我は陸地を旅する際に、売り払われてしまった人魚たちのことも気にかけておくつもりだ。もしも、見つけた時はできるだけのことをすることを約束しよう』
ふっふっふ、我は空気の読めるゴーレム。そして流れにも乗ることが出来るゴーレムである。さらなるかっこいい台詞の追撃に、ピンキーは感激で胸がいっぱいのようだ。ピンキーは思わず涙があふれてしまっている。
「!! ご、ゴーレム様。しょ、しょんなにも私たちのことを」
『うむ、ではさらばだ。達者で暮らせ! おぬしが困ったことがあれば、マブダチのよしみだ。また助けに来ようぞ!』
そうピンキーに伝えたあと颯爽と我はジャンプし、そのまま泳ぎ始めた。人魚の国の外へと向かっていく。前のように沈むことは無い。なぜならば、称号【人魚のトモダチ】を得た我は泳げるようになったからね! スキル【水泳】は伊達では無いぜ!
「ありがとうございました! ゴーレム様! きっときっと素晴らしい国に復興して見せますので、いつかまた帰って来てください!」
ピンキーが大声で叫びながら手を振っている。それに呼応するかのように周りの人魚達も手を振りながら感謝と別れの言葉を叫んでいる。その数はどんどん増え続ける。王宮からも女王を先頭に多くの人魚が出てきて、手を振ってくれている。我は一度だけ振り返り、その光景を心に刻むようにしっかりと見つめ、最後に大きく手を振った。
{ログ:ゴーレムは心のシャッターを押した。人魚の国からの旅立ちを記録した}
我は後ろを振り返ること無く颯爽と泳ぎ、人魚の国を後にしたのだった。ふー、素敵な旅立ちだった。マジでイケてるって感じの旅立ちだった! 我も感動した!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
その後、人魚の国は素晴らしい速さで復興していった。
そして二度と同じ事が起こらぬように、人魚の国の結界は強化され、同じように兵隊も強化された。たいした見返りも求めず、人魚の姫の助けに応じて、絶望に包まれていた人魚の国を救ってくれた銀色の人形様こと、ゴーレム様を忘れぬように人魚の国の中央にある広場に大きな像が建てられることになる。
それはゴーレム様と小さな人魚の姫を形取った像だった。像のタイトルは<マブダチ>、その下には絶望に包まれし人魚の国を救いし者たちと刻まれた。マブダチとはなにかわかる者はいなかったが、人魚の姫がゴーレム様と話した際に、「我らはすでにマブダチだ」といわれたことに由来している。以来、人魚の国では信頼できる仲間や友人のことをマブダチと呼ぶようになり、マブダチをとても大切にする国になった。
またゴーレムが国の中心にドーンと置かれている自分とピンキーの像があることを知るのは大分先の話である。像の前に案内されたゴーレム様は感激のあまり、しばし像を前にしたまま固まり、頭を抱えてごろごろと転がって喜んだといわれている。
ーー3日後
我はゴーレムなり。
ゴーレムだけど泳げるゴーレムとは我のことなり。陸地を目指して、人魚の国を後にした我は水の中をすいすい泳いで進んでいく。
疲れることのないこのメタルボディは休憩する必要なんてない。陸地に近づいているからか、人魚の国を出て以降シーサーペントに襲われることもない。ピンキーに会う前にあれだけシーサーペントに襲われたのは、やはり暗き海に近づいていたからだろうか。
肉体的に疲れることはないのだが、今となっては見慣れてしまった海の中の風景に心も躍らない。いくら感動的な光景といえど、ずっと身近にせっしていてはありがたみが薄れてしまう。慣れとは実に恐ろしく贅沢なものだ。
はー、空気が恋しいわ。
カモン! エアー! カモン! 空気!
カモン! 青い空!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
ーー3日後
大分泳いだと思うがまだ陸地にたどり着かない。
ここ数日気付いたことがある。我の泳ぎはあまり速くない。歩いたのと同じくらいのスピードだ。魚の群れに簡単に抜かれてしまったときにはびっくりした。そして追いつけない自分にがっかりした。
はー、空気が恋しいわ。この水の上には空気が広がっているのだろうに。我はずっと水の中を泳いだままさ。
・・・・・・あれ。
水の上には空気が広がっている?
そりゃそうだよ。当たり前のことさ。
海の上には何がある? 空がある!
空といったら? 空気!
我が求めているのは? 空気!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我は陸地にたどりつかねばと思うあまり、基本的な事を忘れていた。このまま水面まであがればいいんだ。呼吸の必要がないから気付かなかったよ。ちょっとしたうっかりさんだ。
気付いたからには、思い立ったからには、即実行。すぐやるということが大事なのだ。
我はそのまま水面を目指してまっすぐに上がっていった。ザバっという音と共に、我はついに水面に浮上した。そう水面に浮上したのだ! 大切なことだから3度いおう! 我は水面に浮上したのだ!
ありがとう! 本当にありがとう! 【水泳】スキル! 君がいなかったら、空気に接するのは大分先になっていたかもしれない! そうさ! これだ。これが空気だよ! 水面に手をあげ、手を振ってみるが抵抗が少ない! くぅうううう。いいね!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
さて、我は立ち泳ぎをしながら、ぐるっとあたりを見渡す。陸地が見えたりしないだろうか。ドキドキするね。
現実とは無情だ。
地図を見たからわかってはいたが、もしかすると、もしかするんじゃねと抱いていた甘い期待はあっさりと砕け散った。見渡す限り海でございます。やっぱりまだまだ陸地は遠いらしい。気を取り直して我は再び陸地を目指して泳いでいく。
ーー2日後
今日も我は陸地を目指し泳いでいる。海中では平泳ぎでずっとしていた。だが、水面に出てから、クロールとかもいけるんじゃね、と気づきクロールで進む。平泳ぎよりちょっとだけ速い。やはり、遊び心は大事だな。気分も少し晴れやかになった。
ーー1日後
昨日のクロールに味をしめ、今日はバタフライにチャレンジしてみる。両足をそろえてドルフィンキック。腕をまわして、体全体をうねるように・・・・・・あっ、あかん! ゴーレムの体だから、体をうねることができない。我の体は硬いんだ。
我のクロールはバタ足と手を水車の如く回転させているだけだった。さらに息継ぎの必要がないから顔はずっと水の中だった。うねりの必要が無い泳ぎ方をしていたから気付かなかった。盲点だ。
バタフライは諦め、おとなしくクロールで進むことにしよう。
ーー1日後
ふっふっふ。我は気付いてしまった。
背泳ぎ!
我の場合は、ただ単にクロールを仰向けでやっているだけになるんだけど。背泳ぎはいい。実にいい! 水面に顔を出して、上を向いて泳いでいけるので景色が楽しめる。
空を見上げているだけでちょっとうれしい。雲の形や動きを見ているだけで楽しい。時間によって朝焼けや夕焼けもきれいだ。今日の夜は星空を眺めることもできるぜ。
ーー2日後
鳥を見かけるようになった。同じ方向へと向かっている。渡り鳥じゃないだろうか。渡り鳥だとしたら、この世界にも四季があるのかもしれない。紅葉や雪景色、もしかすると桜みたいな木もあるかもしれない。ちょっと陸地を目指す楽しみが増えた。
ちょっとうれしくなって、30%増くらいの勢いで腕を回し、バタ足も強める。水しぶきがいつもよりも激しくなる。
「左舷より、正体不明のものが接近中! 面舵いっぱーい!!」
遠くから人の声のようなものが聞こえた気がした。 人の声? 海の上だよ。まさかね。そのまま我は泳ぎ続ける。
「なおも接近中!!」
「ぶつかるぞ!」
「護衛の者達は、アレを船に近づけるな!」
「風の魔法使いは帆にあてる風を強めろ!」
うむ、これほど聞こえるとなると幻聴じゃない。我はバタ足を止め、手を逆回転させた。ぴたっと止まる我。むしろちょっと逆方向に進み始めた。攻撃が来るかもしれないので、我は垂直に海に潜る。
海に潜って、先ほどの進んでいた方向を見てみると船らしきものが見えた。ぶつからなくてよかった。あのまま進んでぶつかってたら、船にどでかい穴を開けていたはずだ。あぶないあぶない。
あっ、あの船についていけば陸地があるはずだと気付いたものの、船はすでに遠くに行ってしまっている。我よりも船の方がスピードが速いので、追いつくことはできない。
しかたない。今まで通りまっすぐ泳いでいこう。
でも、船が通るくらいには陸地に近づいていることもわかったので、俄然やる気がでてきた!