SS第6話 憎しみと苛立ちの先に
私は人魚の国の大臣をしている。バッサという。
我が国は女王を中心にまとまっている。その理由は王族がこの国を守護する結界を管理する役目を担っているからだ。結界を維持、管理するために王となった者は、この国から出ることは出来なくなる。
そして王となった者は男女を問わず、一般の者よりも早く召されてしまう。王とはこの人魚の国を守るための生け贄なのだ。そして、その役目を責任を持って担っているのを知っているから、国民は王家を敬い奉るのだ。
私はそんなこの国が大嫌いだ。偽善者面をした王族の者に、その犠牲の上に成り立っている平和を当たり前と思いのんきに過ごす国民達にも腹が立つ。
この考えがゆがんだ利己的なものと言うのは理解している。私は鯖の人魚だ。鯖の生き腐れというほどに我ら鯖一族の者は寿命が短い。そして文字通り、我らは生きたまま腐っていき、死んでしまうのだ。
死ぬのが恐ろしい。そして、のんきに生きている他の人魚達が憎い。
海の交差路に人間との取引に向かった。海の交差路で取引するのは、我が国では私ともう一人の大臣だけに許されている。海の交差路でイヤなヤツらに会った。魚人だ。ヤツらも海の交差路を利用しているので、運が悪いとこうして鉢合わせてしまう。しかし、我らには古き契約があるので言葉を交わすことはなかった。
今日の取引相手の人間は、ぶくぶくと太った人間だ。顔は油でテカテカと光り、フーフーと動いていないのに息切れをしている。海の真珠や珊瑚と交換で、人間達の金属製の道具を手に入れることが出来た。なかなかの量を仕入れることができた。皆が荷物を持って引き上げた後、最後に私も潜っていこうとすると、人間が声をかけてきた。
「あなた様はもう長くないのではありませんか?」と。私はどきりとした。なぜ、私がもうすぐ死ぬことを知っているのだろう。
私は無言のまま人間をにらみつける。
「おやおや、怖い。そんなあなた様にいい話があるのです。あなた様を死の不安から解放してあげる方法が私にはあるのです。どうでしょう」
それは悪魔のようなささやきだ。私が死なない方法があるだと・・・・・・。私は知らず知らずの間に問い返してしまった。
「それは、どんな方法だ」
にやりと笑う人間。
「とても簡単な方法ですよ。あなた様を人間にするのです。人間になれば、鯖の呪いに悩まされることはありません。私は人魚を人間にする薬をとある方から、ある条件でもらい受けることができます。そのある条件を満たすためにあなた様に協力していただきたいのですよ」
私の鼓動が早まっていく。そんな薬があるのか。欲しい。なんとしても欲しい。とても低い声で問い返した。
「何を協力すればいいのだ?」
もともと細かった目を、さらに細め、口元を上にゆがめながら人間はささやいた。
「人魚の若い女性を我らに売っていただきたいのです。あなた様は人魚の同胞がお嫌いなのでしょう? いかがでしょうか?」
私は男をにらみつけたまま、ゆっくりと頷いた。
その後の話は早かった。あまり時間をかけると、一緒に来ていた人魚のみんなが怪しむため、違う日に別の場所で落ち合うことになった。
指定の場所に行くと、人間とあの時にいた魚人たちがいる。どうやら魚人に我が国を攻め込ませ、人魚を隷属させて、若い人魚達を人間に売り払おうということらしい。魚人と人魚の能力はあまり変わらない。魚人の方が力が強く、人魚の方は魔力が強い。結界もあるため、魚人が我が国を攻め滅ぼせるとは思えない。
そんな私の表情を読み取ったのか、人間が笑みを浮かべながら「見せてあげてください」と魚人に話しかけた。
すると魚人は不気味な宝玉をはめ込んだ小さい杖を手に何かをつぶやいた。海の底から何かが浮かび上がってくる。ザッバーンと大きく波を立てながら、姿を現したのは海のギャングと言われるシーサーペントだ。それも3匹もだ。
私は目を見開く。いったいどうやって。私の驚いた様子に満足したのか、人間は私に話しかけてきた。
「どうです。魚人のボーマン将軍が今手に持っていらっしゃるのは支配の錫杖というとても貴重なアイテムです。これもとある方から、今回の為に貸していただいたものなのです」
「シーサーペントを使役できるのであれば、私の力など必要ないだろう。そのままシーサーペントと魚人だけで人魚の国を攻め落とせるのではないか」
こんなものを見せたあとで私に何をしろというのだ。シーサーペントを3匹も相手にして勝てるわけがない。魚人のボーマン将軍とやらが口を開く。
「たしかにシーサーペントと我ら魚人の兵士達だけでも、人魚の国は攻め落とせるだろう。ただし、多くの犠牲を出した上でな。結界がやっかいなのだ。結界がなければお前に頼みなどしないのだがな」
つまり、私に魚人とシーサーペントが結界をぬける手助けをさせたいということらしい。
「いかがでしょう? 私たちに協力していただけないでしょうか?」




