SS第3話 その一歩が踏み出せない
私は小さな人魚のピンキーといいます。
私たちの国が魚人に攻め込まれたのに、逃げ出した臆病な人魚です。逃げ出した直後は不安がいっぱいで希望もありませんでしたが、今は違います。私の目の前に希望があるからです!
その方はキラキラした金属の人形様です。私の倍くらいの大きさなのでとても大きいとはいえません。でも、人形様からあふれ出す威厳や優しさはその姿を何倍にも大きく見せています。
初めて人形様を見てからこっそりと後をつけることにしました。この方ならもしかして私たちを助けてくれるんじゃないだろうかという淡い希望を胸に抱いて。
何度も人形様はシーサーペントに襲われていますが、その都度1発だけ反撃のパンチを繰り出してシーサーペントを追い払っています。
あの堅い鱗でちょっとしたダメージを与えることすらままならないシーサーペントをいとも簡単に追い払っているのです! 私は胸の高鳴りを抑えられません!
ただあの方に声をかけていいのかわかりません。国のことを思うと一刻も早く助けを求めるべきなのではわかっています。ただ暗き海へと突き進むあの方の邪魔になるかもしれない、声をかけても断られるかもしれないと思うとどうしても声がかけられないのです。
本当に私は臆病で卑怯者です・・・・・・。
そんなある日、人形様が17体ものシーサーペントに囲まれてしまいました。シーサーペントがこんなに集まるなんて聞いたことも見たこともありません!
しかし、人形様はまったく危なげなくシーサーペントを退けました。特に大きなシーサーペントを一瞬でやっつけてしまったのには驚きました。やはりこの方には私たちの国を救える力があるのです!
その後も人形様の後を追いかけます。
時折、人形様はその歩みを止められます。何をしているのかと思えば、その足下には小さなヤドカリがいました。そのヤドカリは片方のはさみがなくなっています。そんなヤドカリに人形様は指で何度かやさしく触れられます。驚いたヤドカリはすぐに貝殻の中に逃げ込みました。
人形様はそんなヤドカリの姿を確かめられた後、また確かな足取りで暗き海を目指すのです。
何をしていたのだろうとヤドカリに近づいてみると、なんとヤドカリには両方のはさみがありました! もしかして人形様がヤドカリのはさみを元に戻したのでしょうか。
人形様は強くて優しい。私はなけなしの勇気を振り絞って人形様の前に回り込みました。人形様はその歩みを止められ、私を見つめてきます。緊張します。なんて声をおかけすればいいのでしょうか。考えがまとまりません。声も出ません。
人形様は私を大きく避けてそのまま暗き海へと歩まれていきました。どうして私はこうなのでしょうか・・・・・・。
その後も何度も人形様の目の前まで行きました。目の前には行くことができるのです! でも、その先に進めません。声をかけるだけなのに。どうしてもその一歩が踏み出せないのです。