最終話 きらめきとともに
我はゴーレムなり。
赤き獅子は、己の頭に髪が生えてきたことで落ち着きを取り戻し、我の前に負けを認めた。そう、ハクではなく、我に負けを認めたのだ。ハクにお前の勝ちでいいとか言ってたのに。
我は別に戦ってないのだけどと思ったが、赤き獅子は晴れ晴れとした笑顔で声をかけてきた。
「これが本当に負けるって事なんだな」と、何かを一人で納得しているのである。
我がハクの方を見ると、笑顔で頷いてくるので、これでいいのだろう。獣の大陸を支配していた、赤き獅子の勢力がここに瓦解したのである。
◆
その後、赤き獅子は支配をやめると告げ、各獣人族ごとの群れを認め、それぞれの獣人が元の縄張りへと帰るように伝えた。
赤き獅子との戦いでなくなった者とかがいるのではないのかと思っていたけど、いずれも今回のような1対1の戦いだったらしく、特に恨みはないらしい。何より、あんまり死んだ者がいなかったそうだ。
なんだ、それって我が思ったのは内緒だ。
そして、天にも届かんとする塔はどうするのだと視線で語るとあれはもう必要ないと、赤き獅子は晴れ晴れとした顔をして言った。
我は、赤き獅子の頭を見て頷く。もう髪の毛も生えたし、そりゃ必要ないね、と。
◆
なぜか、赤き獅子が我についてくると言い始めた。なんでだと首をひねると赤き獅子が静かに語り出した。
「オレは返しても返しきれぬ恩を受けた。これから先はあなたの側で、この恩を返していきたい。あなたの役に立ちたいのだ。そして、いつかあなたのような大きな男にオレもなりたい」
ええぇ、と思ったが、そこまで言われると断るのもどうなのかと思ってしまう。赤き獅子はハクとなにやら因縁があるようなのだけど、ハクはどう考えているのだろうか。
我がハクを探して辺りを見回すと、どうやら狼の獣人たちと話をしている。ひょっとして、あれが月の狼の部族なのだろうか。
聞き耳を立てるのは無粋なので、我はどうしたものかと思いつつハクの話が終わるのを待つのだった。
◆
しばらく待っているとハクはすっきりとした顔で、我のもとへと帰ってきた。
『もういいのか? 家族の者達がいたのではないか?』
我の問いかけにハクは笑顔で答えてくる。
「はい。きちんと話ができました。私の中での気持ちの整理も出来ましたから、みんなが待ってくれている私たちの国に帰りましょう!」
我はうむと厳かに頷く。我は赤き獅子の方をちらりと見てから、ハクに声をかける。
『ハクよ、赤き獅子が我についてきたいというのだが、どうしたものだろう? おぬしとは何か因縁がありそうだったが、こやつを一緒に連れて行っても良いだろうか?』
ハクは我の言葉を聞いて、赤き獅子の方を見る。赤き獅子はその場で片膝をつき頭を下げる。
「すなかった。狼の娘よ。謝って済むものではないとわかっているが、どうか、オレもこの方について行くことを許して欲しい」
ハクは我の方を見てから、赤き獅子に声をかけた。
「頭を上げてください。あなたが私にしたことは、許せるかわかりません。だけど、あなたが私に魔法をかけて飛ばさなかったら、私がゴーレムに出会う事もありませんでした」
ハクはそこで一旦口を閉じる。赤き獅子はゆっくりと頭を上げて、ハクの方を見上げた。
「私はちょっと死にかけたけど、その事だけはあなたに感謝しています。だから、ゴーレムと一緒に来たいというのなら私が止める理由はありません」
「本当にすまない。そして、ありがとう」
赤き獅子は再び頭を下げる。ハクがそんな赤き獅子に向かって手を差し出す。
「私の名はハク。あなたの名は?」
「オレの名か。オレはもう今までの名前は名乗れない。よかったら、銀の方がオレに名前をつけてくれないか?」
そう言って赤き獅子が我を見てきた。なんと!? 我に名前をつけて欲しいとな。なかなか見所のあるヤツではないか。我は任せろと頷く。
我は赤き獅子の周りをぐるぐると周り、赤き獅子の上から下までを眺める。
ボウズ。カツラ。ヅラ。キンニク。シッポ。獅子。ライオン。タテガミ。アカ。
うーむ、なんという名前がいいのだろう。こういう時は、シンプルに名付けるのが良いのだ。
おっし、決めた。赤き獅子の新たなる名を決めたぞ!
『赤き獅子よ、おぬしの名前はラーズだ! 今までの苦しみを忘れることなく、背負って生きていくのである!』
ハクに我の言葉を、赤き獅子、いやラーズに伝えてもらう。
人は健康な時には病の苦しさを思い出さない。だからこそ、我はヅラ→ズラ→ラズ→ラーズというひねった名前をつけたのだ。
苦しかった時の事を決して忘れぬように、今ある幸せを当たり前のものだと思わぬようにという願いを込めてラーズと名付けたのだ。苦しさを忘れなければ、人に対してやさしく思いやりを持って行動できるはずなのだ。
ラーズは我のそんな気持ちが届いたのか、鼻をすすりながら、「ラーズか、良い響きだな。この名に恥じぬ男になってみせる」と目に涙を浮かべている。
我はその様子を見守りながら、うむうむと厳かに頷くのだった。
◆
その後は、しばらく獣の大陸でそれぞれの獣人達の群れがきちんと元通りの縄張りで生活できているかを見て回った。ハクやラーズが見回りを続ける中、我もラーズが乗っていた巨大なライオンに芸をきちんと仕込んでいくのを怠らない。
おすわりにはじまり、お手におかわり。ふせはもちろんのこと、ラインライトくぐりなども覚えさせることが出来た。
ふっふっふ、最初はちょっと反抗的だったライオンだけど、我が焦ることなくじっくりとライオンと向かい合うことで、ライオンが我の言うことを聞くようになったのだ。
やはり思いは伝わるのである!
しかし、別れはやってくる。ライオンは赤き獅子が率いていた群れに返す事になった。ちょっとほっとしたようなライオンに見送られて、我らは獣の大陸を巡る。
◆
獣の大陸は、赤き獅子が大陸全土を支配する前の状態に戻った。それをきちんと確認して我らは獣の大陸を後にする。
最後にルーフにイチロウ、ジロウたちが我らを見送りに来てくれた。
「ガウガガウ!」
(銀のダンナ、またいつでもきてくだせぇ!)
「ガッガガガッガウ!」
(俺たちはダンナの事を決して忘れないぜ!)
イチロウとジロウが我の周りをぐるぐると回る。我がさっと手を出すと、イチロウがききっと我の前で止まり、さっとお手をしてきた。やるじゃないか、イチロウ。
ジロウもイチロウの横にお座りしたので、左手をジロウの前にかざす。ジロウは我の手にぴたっと手を添えてきた。
我はうむうむと満足しながら頷く。ルーフがそんな我らの様子に苦笑しつつ声をかけてきた。
「ゴーレムさん、この度はどうもありがとうございました。ゴーレムさんには出会ったときから助けられてばかりで感謝してもしきれません」
我はたいしたことはないさと首を左右に振る。
『達者で暮らせ!』
我の言葉をハクに伝えてもらい、我らは新たにラーズを仲間に加えて、獣の大陸を旅だった。ルーフたちは我らの姿が見えなくなるまでその場で見送ってくれた。
「「ガゥオオオオオオオオオン!!」」
((ありがとうございやしたぁあああああ!!))
イチロウとジロウの遠吠えを聞きながら、我らは砂漠の国を目指す。
◆
こ、ここは一体どこなのだろうか?
我らがしばらくいない間に何があったのだろう。我らが船で砂漠の国に戻ってくると、砂漠じゃなくなっていたのだ。
何を言っているのか、我もイマイチわからないが、事実なのだ。
砂漠が砂漠ではなくなっているのである!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
ラーズが、「緑豊かな国なんだな」と呟いているが、そんなわけはない。いや、目の前には緑豊かな国が広がっているのだが、前までは砂漠だったのだぜと我は大声で叫びたい。
船から下りた我らは、急いで王宮へと向かう。
◆
キイチたちもいたし、王宮の者たちも今まで通りにいたのだ。何も変わっていない。砂漠が緑豊かに変わっている以外は。
久しぶりの帰還にハクは、みんなに囲まれている。ラーズはハクが女王だったことに驚いている。レガリアの力で、おぬしの攻撃はすべて防がれていたのだよとノートに書いて教えてあげると、なるほどなとうなずいていた。
ハクの傷跡がなくなっていることに、王宮の者達はみんな大喜びなのだ。ハクがゴーレムのおかげということを忘れずにみんなに伝えてくれたので、我の周りにも人が集まってくる。
我は大したことじゃないさと振る舞った。その日の夜は、女王が帰ってきたことで、王宮では宴になった。
◆
砂漠じゃないのに、砂漠の国とはこれいかに? と思って、キイチに質問してみたところ、キイチは怪訝な顔をした。
「あの、管理者さん、今のこの国の名前はハク女王になってから名前が変わっているんですよ。なんという名前か知ってますか?」
な、なんと、いつの間に!? 砂漠の国という名前ではなかったのか!? 我は驚きつつも首を左右に振る。この国の名前はなんというのだろう。我はキイチに<なんていうの?>と質問した。
「ゴーレムキングダムですよ。ハク女王のたっての希望で、この名前に決まったそうですね」
えっ!!?
ゴーレムキングダム!? そんな名前になっていたのか! ちょっと恥ずかしいではないか。照れるな。我と一緒の名前だよ。我はそわそわして、キイチの周りをぐるぐる回る。
ゴーレムキングダム!
ゴーレム王国!
我はゴーレムなり!
わふー!!
我はいてもたってもいられず、王宮の中へと駆け込んでいった。
◆
月日は流れた。
ハクの治世は上手くいっているのである。ジスポとイパアードは、ハムライダーとして、森の中を駆けまわっている。二人のコンビネーションはなかなかのものだ。
ラーズはサボテンを原料とする育毛剤の開発にいそしんでいる。我が、髪の毛も愛を込めてケアをしていく必要があるのだと伝えたところ、ラーズはさすがはゴーレムさんだと言って、キイチに相談しながら育毛剤の開発を始めた。
「俺と同じような苦しみを味わう者を減らしたい」とラーズは我に笑顔で語ってくれた。我はがんばれよとラーズの肩をたたき、応援する。
たまに一人でぶらりと旅をすることもあるけど、平和な時間が流れていった。
そんなある日、とある古書店でうさんくさい本を見つけた。
【異世界への扉】というタイトルで、よく読めない文字で書かれていた。本をペラペラとめくってみると魔法陣も描かれている。いかにも怪しい本なのだ。
我はこういう怪しい本は結構好きなのだ。古書店の店員と交渉して銅貨3枚まで値切って購入した。我は怪しい本をないわーポーチに押し込み、スキップをしながら王宮の自分の部屋へと戻っていった。
我はせっせと怪しい本に描かれていた魔法陣を部屋の中心に描いていく。ところどころにオリジナルの要素を盛り込みながら、我は魔法陣を描ききった。
我はハクとラーズを呼んで、魔法陣の出来映えを見てもらった。ジスポとイパアードは我のないわーポーチの中で、魔法陣の作成からずっと見ているのだ。
我がみんなに『どうよ、なかなかの出来だろう』と、怪しい本の魔法陣の描かれたページを見せながら自慢をする。
「ゴーレムがこれを描いたんですか? でも、ところどころで本とは違うようですね」
ハクは良いところに気がついたのだ! 我はそうなんだとうなずく。そこに我の工夫が込められているのだ。部屋の中心に描いた魔法陣を指さしながら、こっちの方がバランスがいいでしょとアピールする。
ハクは苦笑しつつ、そうですねと言ってくれた。ラーズが魔法陣を見つめながら質問してくる。
「それでゴーレムさん、この魔法陣はどうするんだい?」
我はラーズの言葉にえっ!!? と驚く。どうするかと聞かれても、特に考えてなかったのだ。ただ単に描いてみたかっただけなのである。
我はしばし考える。
単に描きたかったではバカみたいなのだ。ここはそれらしく振る舞わねばならん。
『よくぞ、聞いてくれたな。ラーズ。これは異世界への扉なのだ! よく見ておくがよい』
我は適当な台詞を言い、魔法陣の中心へと進み、両手を魔法陣にぺたっとつけた。そして、魔力を流し込む。まぁ、それらしく見えるかなと思っていると、なぜか魔法陣が輝きだした。
我は、突然の事に驚く。ハク達もみんな驚いている。
魔法陣の光がどんどんと強くなる。これはまずい気がするのだ。我は魔力を注ぐのをやめているが、光がいっこうに収まらない!
我はないわーポーチから、ジスポとイパアードをつまみ出し、ハクの方へと投げる。ジスポとイパアードは悲鳴を上げながら飛んでいったが、ハクがきちんと受け止めた。
「神様!」
「ちゅちゅ!」
(親分!)
「ゴーレム!」
「ゴーレムさん!」
ハク達が我に呼びかける。こういう時は慌てることなく、落ち着くのが大事なのだ。
『心配するな。これは適当に描いた魔法陣だから大したことにはならないはずなのだ』
我の言葉にハク達は、顔をしかめる。なんだ? 何かいいたいような表情だぞ? そんな我の思いとは裏腹に、魔法陣はどんどんとその輝きを増していく。
や、やばいのだ! これはまずいのである! な、何か言わないと。
『アイルビーバーック!!』
我の言葉に、皆が首をかしげた。なぜだ?
はっ!? 英語は伝わらぬのか!
『我は必ず戻ってくるよぉ!!』
その言葉がハク達に届いたのかはわからぬが、我は光がきらめく中へと飲み込まれていった。
◆
ゴーレムはきらめきとともに消えてしまい、残った者達は呆然としている。
「ちゅ、ちゅちゅちゅ」
(お、親分が消えてしまったのです)
「か、神様ならきっと大丈夫のはずです」
「ゴーレムさんを信じて待とう」
「え、ええ。私たちにはどうにもできないよ」
「でも、なんで神様は魔法陣から動かなかったんでしょうか」
「「「……」」」
残された4人は、ただただゴーレムが無事に帰還することを待ち望む。
この話でいったん<きらめきのゴーレム>は完結です!
お読みいただきありがとうございました!




