第124話 願いをカナエール
我はゴーレムなり。
大剣が消え去ったが、まだ観客席はざわめいている。どうしよう。どうすればかっこよく退場できる?
我はしばし考えた末、退場方法を決定した。我は巨大な明るいだけのラインライトを我を包み込むように発生させ、我が身を隠す。観客席からは、「きゃ」「眩しい!」「なんだ!?」とザワメキが聞こえてくる。我はその間にすばやく【姿隠し】を発動させ、ラインライトを上空へと飛ばした。
我はハクによくやったのだという意思を込めて右手の親指を立てる。ハクも我に親指を立て返してきた。我はうむ、うむと頷いた後、歩いてリングを降りていった。
◆
我がVIPルームに戻ると、がたいのいい男が安堵のため息を吐いた。うむ、あの大剣が暴れていたら、観客席からも犠牲者が出ていたかもしれぬからな。礼はいらないぜ!
さて、いよいよ表彰式なのだ。優勝賞品である願いを叶える奇跡の魔道具<カナエール>がハクに手渡される。
やっほい! やったぜ! 我はカンカンと甲高く両手を叩く!
ハクもちょっとだけ誇らしげだ。
今夜は宴会なのだ!
我は食べられないけどね。
◆
我らはハクと合流するために、会場の外へ向かう。がたいのいい男も何故かついてくるみたいだ。
あっ、ハクが出てきたのだ!
やったねと我はハクとハイタッチする! するとハクが魔法のウェストポーチから<カナエール>を取り出して、我に手渡そうとしてくる。
これで我はないわーポーチとお別れか。柄がないわーって感じなポーチだけど、それに目をつむれば丈夫ないいポーチだったのだ。
さらば、ないわーポーチ!
我はハクからカナエールを受け取るために手を伸ばそうとする時にはっと気づく。
あれ、我って特に何もしていないのに、これを使っていいのだろうか?
これを受け取って使ってしまったら、子供を働かせて、上前だけをはねているゲスな大人になってしまうのでは?
我が受け取ろうとした手を止めたことで、ハクは首を傾げた。
「どう、した、の?」
ううーむ。これは、我が使うべきではないのだ。我はゲスな大人ではないからね!
『ハクよ、カナエールはお前が自分の願いを叶えるために使って欲しいのだ』
どういうこと? とでも言うかのようにハクは首を傾げる。
『カナエールはおぬしが勝ち取った賞品なのだ。自分のために使えばよいのである!』
我は胸をはって堂々と言う。ハクはこくりと頷いて、カナエールを我に手渡してくる。あれ、我の言葉を聞いてた?
『どうした、我には不要だ。ハクが好きなように使えばよいのだぞ」
ハクはこくりと頷く。
「私、は、ゴーレム、に。使って、ほしい」
な、なんと!? なんと良い子に育ったのだ!! じゃ、じゃあ、受け取っていいのかな。ハクの思いやりを無駄にはできんのだ。
我はおずおずとハクの手からカナエールを受け取る。右手には、火傷痕を隠すための手袋がはめられている。
ハクは我の方を見て、こくりと頷く。
ハクの顔には、顔の右側半分を覆い隠すように大きな眼帯が装着されている。
我もハクの方を見て、うむと頷く。
ハクが我に使って欲しいというのならば、我の好きに使わせてもらおう。
『カナエールよ、どうかハクの傷と傷痕、火傷痕をすべて癒やしてほしいのだ!』
我は手に持ったカナエールに願いを伝える。ドキドキして待っていると、カナエールが光り出した。おお、これは我から魔力を吸い取っているのか?
そして、カナエールは激しく輝き砕け散った。
えっ、ま、まさか、魔力が多すぎて壊れちゃった? うっそ!? マジで!? どうすんのさ、これ!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
すると砕け散ったカナエールがきらきらとした光になり、ハクを包み込むように移動していく。
お、おおお! なんかちゃんと動いてるっぽいぞ! 我は壊したわけではないようだ!
ジスポとイパアードもないわーポーチの中から顔を出し、光に包まれるハクを見て驚いている。
「ちゅちゅちゅ!」
(きらきらしてます!)
「なんて暖かい光なの。まるで全てを癒やしているみたい」
うむ、ハクの傷を癒やしてほしいと願ったからね。
しばらくすると光が収まった。我はハクに手袋を外してみるように伝える。ハクはこくりとうなずき、ゆっくりと右手の手袋を外す。
するとそこには左手と同じようにきれいな火傷痕のない手があった。
おお! ちゃんと治ってるのだ!
ハクに眼帯も外してみるように伝えと、顔の火傷痕もきれいに消え去っていた。
わふー! 我の願いがちゃんと叶ったぜ! 魔道具は装備出来ないけど、ちゃんと使えるのだ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
我とジスポ、イパアードが火傷痕のなくなったハクを見て喜んでいると、ハクはにこっと微笑んでお礼を言ってきた。
「ありがとう、ゴーレム。私の傷はすべて癒やされました」
我はよかったねとうんうんと頷く。あれ、でも右目を開けないのだ。治ってないのかな?
『ハクよ、右目は開かぬのか? 右目は治らなかったのか?』
ハクは首を横に振る。
「いいえ、右目も治りました。だけど、私は右目を開きません。私の右目は、見た相手の強さを勝手に鑑定してしまう呪われた目だから」
ハクは、そう言うと少し寂しそうに笑って、手に持っている眼帯をつけ直した。うぬぅ、きれいな顔なのにまた隠すことになろうとは、もったいない。
でも、ハクがそうしたいのならばそうすればいいや。
我らは泊まっている宿へと戻ることにした。がたいのいい男は、ハクのやけど跡がなおった事に安堵したようで、よかったなと言ってギルドの方へ向かって歩いて行った。
◆
宿で、ハクが優勝したことを伝え、我らだけで宴会をした。我は食べられないけど、食べ物や飲み物がなくならないように気を配って、適切な注文をしていた。
ふー。我ってば気配り上手なのだ。
◆
その晩も、我は一人で窓際に机を移動させて、かりかりとノートに文章を書く。
夜は長いから、いろいろと考えながら文章を書けるのだ。
我は少しだけ手を休め、窓の外を見上げる。丸い月が明々と輝いているのだ。
これからどうしようかな。砂漠の国に一度帰ろうかな。ハクの火傷痕がなくなったのを見たら、きっとみんな喜ぶはずなのだ。
うん、一度帰るのがいいかもね。
◆
翌朝、宿で朝食を取った後、部屋に戻って、これからどうするかを伝えようとする。
我が説明をする前にハクが、小さく手を上げた。我がどうかしたとハクの方を向いて首を傾げる。
「私のわがままになるんですが、一度私の生まれた獣の大陸に行ってみたいです」
おお、ハクが自分から何かをしたいというのは珍しい。子供が成長したようで我はうれしいよ!
「それで、行ってみたい理由は」『いいよ! 行こうではないか、獣の大陸に!!』
ハクが何か言いかけてたけど、感動のあまりかぶせちゃったのだ。さぁ、そうと決まれば出発は急いだ方がいいのだ!
我はいそいそと荷物を片付ける。
ハクは少し苦笑しつつ、「ありがとう、ゴーレム」と静かに呟いた。
◆
我らは宿を出て、コンコンの外に向かう。ハクにリヤカーを出してもらい、我はリヤカーのとってに手をかける。ハクやジスポ、イパアードが荷台に乗っているのを確認して、我は走り出す!
いざ、獣の大陸へ!
我はダダダダとすごい勢いで走り出す! 獣の大陸はどんなところなんだろう。そして、どこにあるんだろう。
『ハクよ、獣の大陸までの道案内は任せたぞ!』
「えっ!!? 私もどこにあるか知りませんよ!!」
我もえっ!!? っと思いながら、キキーっと両足でブレーキをかける。我らはもう一度コンコンに戻り、獣の大陸がどこにあるか調べることにした。