第123話 決着
我はゴーレムなり。
1日目の試合が終わったので、我らは出場選手が会場から出てくるところでハクを待っておくことにした。スマカットが出てきたら、水の上にどうやって立っていたのか訊いてみたい。
おっ、ハクが出てきたのだ。
やったね、と我はハクとハイタッチする。ハクも笑顔だ。この調子であと2戦勝ってもらいたいものである。
あ、大剣持ちのイスカなのだ。うーん、やっぱり傷が治っているのだ。どういうことだろう。我はイスカに近づいて、じろじろとなめるように見る。
【姿隠し】を発動していないけどイスカは我に気づいてないみたいなのだ。ぶつぶつと誰かとしゃべっているし、なんなのだろう。
周りには誰もいないのに、イスカと別の誰かの声がするぞ。
ま、まさか!?
腹話術!?
いや、違う。ここは異世界、ファンタジー。腹話術ということはあるまい。ここには腹話術を扱う芸人はいないのだ。
いや、でも、自分の常識で異世界のことを考えてはいかん。我だってゴーレムだし、ないと思うところにこそ真実が隠されているのかもしれん。
我のゴーレムイヤーでは、イスカと大剣が会話をしているように聞こえた。
{ログ:ゴーレムイヤーというスキルはありません}
くっ、ゴーレムイヤーがなければどうやって我は音をひろっているというのだ!?
{ログ:ゴーレムイヤーというスキルはありません}
世界の声はなんとも頑固なのだ。ちょっとくらい教えてくれても良いのにね。いかん。思考がそれた。我が考えている間にイスカがどこかに行っちゃったよ。
普通に考えると腹話術でないならば、あの大剣に意思があってイスカとしゃべっていたのだと思う。躊躇なく殺していたことといい、あのまがまがしい大剣が、イスカに力や悪影響を与えていると考えれば、全てのつじつまが合うのではなかろうか。名探偵ゴーレムの推理に間違いはないはずだ。
だが、我は今まで異世界で色々な経験を積んできた。その経験は伊達ではない。
誰かをいじめているのかと思ったら自演だったイチャコ、鬼の国ではお盆でもなかった。
異世界は、我の考えの裏を常についてくる。だから今度もきっと我の考えの裏を読めば真実にたどり着けるのだ!
つまりは、やっぱり腹話術!
なるほどな。
そう考えれば、見えてくる真実がある。観戦していた我には聞こえなかったが、1回戦のドワーフはいきなり腹話術で話しかけられて、びっくりしたのだろう。この世界に腹話術という概念があるのかどうかすらわからんからな。その隙にイスカはあっさりと対戦相手を殺したのだ。
2回戦は腹話術が通じなかったのだろう。賢者というのは人の話を聞きそうにないから仕方ない。そのため、ちょっと長期戦になったのだ。イスカは魔法を斬ったりしていたから実力もあるはずなのだ。1回戦も相手をまっぷたつにしていたし、並の力量ではないだろう。
うむ、ハクには後で腹話術について注意しておくように伝えておこう。対戦相手の一人芝居に惑わされるなってね。対策さえ立てていれば、問題なかろう。
そういえば、スマカットが出てこないけど、どうしたのかな。もしかして、もう会場を後にしたのだろうか。
とりあえず、宿に戻って休むことにしよう。
◆
昨日に引き続き、我らはがたいのいい男と一緒に観戦だ。今日もVIPルームを使えるらしい。
準決勝第一試合は、ハクがすでにリングに上がって待っているが、スマカットが現れない。どうしたのだろうか?
審判を務めている大会委員のところに、伝令のような者が近づいているのだ。何かあったのか?
「えー、スマカット選手が棄権したと連絡がありました。理由は不明ですが、対戦相手の棄権により、ハク選手の勝利となります!」
観客達は一斉にブーイングを始めた。そりゃ、観客席に入るのもただじゃないみたいだから、無理もない。
ハクがリングから降りると、準決勝第2試合が始まった。
イスカに注目なのだ。きっと腹話術で相手の動きを止めて斬りかかるはずなのだ。
イスカがイキュウに向かって正面から斬りかかる。やはり、腹話術で先手をとっているのだろう。イキュウが両手をクロスさせて防御しようとしている。イキュウは籠手を装備しているが防げるのか?
あっ、だめだったのだ。左腕が宙を舞い、イスカの大剣がイキュウの肩にめり込んでいる。右腕はつながっているけど、あれでは動かないのではないだろうか。
イキュウがリーチェの時と同じように筋肉に力を入れ、大剣を引き抜けないようにした。イキュウはケガをしている右手でイスカを殴る。
イスカの顔にパンチが直撃したけど、イスカはそのまま剣を押し込もうとしている。イキュウの右腕がケガをしているとはいえ、あれで吹き飛ばないとは。イスカは本当に人間なのか?
ズズとイスカの大剣が押し込まれる。そこで、イキュウが降参して試合が終わった。
うむ、イキュウの判断は正しいのだ。あのままでは、ドワーフと同じように断ち切られていたと思う。
休憩を挟んで、昼から決勝戦が行われることになった。
◆
ハクとイスカがリングで向かい合う。ハク、無理だけはするなよ!
審判の合図と同時にイスカが斬りかかる。だけど、我のアドバイスを聞いていたハクに隙はない。ハクは大きくかわし、イスカの腹を剣でないだ。
大きくかわしたので、イスカの傷は浅いようだ。そして、イスカの傷はすぐに回復してしまう。
ハクは距離をとりつつ、弱い風の精霊魔法を放つ。イスカは昨日、上級魔法を斬っていたけど、精霊魔法はどうするのだろう。あっ、斬った。精霊魔法もダメなのね。イスカが剣を振っても精霊魔法は剣から飛び出してこない。精霊の力を借りられないからかな。
その後は剣だけの勝負になった。
イスカの攻撃はハクに当たらない。ハクの攻撃はあたってもすぐに回復されるので相手を戦闘不能に追い込めない。
このまま持久戦かと思ったが、ハクが大剣を今までよりも小さくかわし、イスカが剣を持っている右手の指を切り飛ばした。
おお! 狙って斬ったのか!? マジで!? すごいのだ!!!
イスカは左手一本で剣を切り返して、なぎ払ってくる。ハクはその場で身を低くしてかわし、左手の指も同じように切り飛ばした。
イスカが持っていた大剣は勢いをそのままに観客席間際まで飛んでいった。そして、ハクが剣の腹でイスカの首筋を強打し、イスカの意識を刈り取った。
審判がハクの勝利を宣言する! やったのだ! これでハクが優勝したのだ! わふー!! カナエールをゲットだぜ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
観客席から、盛大な歓声と拍手がわき起こる。
そんな中、観客席の間際まで飛んでいたイスカの大剣がまがまがしいオーラを放ちながら、ゆっくりと浮かび上がった。
みんなハクに夢中で、大剣には誰も注意していない。
『危ないのだ! ハク、大剣に気を付けろ!』
我のお告げを聞いたハクが、大剣に注意を向ける。我はVIPルームから身を乗り出すようにして、大剣を見つめる。
「おのれ、獣人の小娘風情が!! お前のせいでカナエールが手に入らなくなってしまった。俺が人化するという願いを叶えるためにイスカを出場させたのに!!」
なっ、イスカが気絶しているのに大剣だけがしゃべっている!!
ま、まさか、腹話術ではなく、大剣自身に意思があるというのか!? それじゃ、我の予想が当たってたの!? うっそ!!? マジで? あっ、我は最初に腹話術かって思ったから、裏の裏を読んで、表になったということ!?
なんてこった!? 深読みしすぎたのだ!!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
いかん。我が動揺している間に、大剣がハクに斬りかかっている。どうやら、あの大剣はカナエールを強奪するつもりらしい。
我はVIPルームの窓に足をかけ、トゥ! っと大きくリングに向かってジャンプする。がたいのいい男が「ご、ゴーレム殿!? なにを!?」と驚いているが、心配するな!
ギルドの切り札の我があの大剣を止めてみせるのだ! 今回はサービスだから、お金の心配はしなくていいよ。
ハクはなんとか大剣の攻撃をしのいでいる。レガリアのシールドが発動しているから、イスカが使っていた時よりも危ないみたいなのだ。あの大剣はどこからでも斬りかかってくるから、押されているのだろう。
観客も審判も突然の事に驚き慌てている。
我はハクの前に躍り出て、真剣白刃取りをする。
ガキィーーンと大きな音を立てて、我の身体に大剣が当たってしまった。我の両手はきちんと大剣を挟んでいるのだけどね。我のリーチが短いからな、仕方ない。
「は、離せ! なんだお前は!?」
なんだお前は、と言われたら、答えてやるのが情けだろう。ふっふっふ。我は大剣を逃がさないように、大剣の柄を手に持つ。我が口上を述べるから、ハクに言葉を伝えてくれと頼む。
久しぶりの口上なのだ。なんて言えばかっこいいかな。
我がちょっと考えていると、大剣が騒ぎ出した。
「ぐ、ぐわああああああああああ!? な、なんだ!? この力は!?」
ちょ、どうしたのだ!? 大剣!?
「だ、だめだ!? も、もう無理!? 力が流れ込んで、きすぎている!? 身体が保たない」
あっ、ひょっとして、この大剣は魔道具扱いなの? まがまがしいオーラだから、呪いのアイテムの可能性もあったのだな。危なかった。これからは気を付けないとだめだね。
大剣が切っ先から光の粒になって消えていく。
「は、離せ!? 俺はこ、こんなところで消えたくない! 人間になって、人間になって」
離せと言われても、ここで離して逃がすわけにはいかぬのだ。お前のような危ないヤツを野放しにはできぬのだよ。我はぎゅっと大剣を持っている手に力を込める。
「ぐ、ぐはぁあああああ!!? お、俺の野望が、かわいい奴隷の女の子を買って、ハーレムを作るという俺の夢が」
えっ、大剣なのに、そんなことを考えていたの? ちょっとなんなのさ、この大剣。人間になりたがったり、ハーレムを作りたがったり、やけに人間っぽい。
「お、俺の夢が、こ、んな、と、こ、ろ、……で」
大剣はそう言い残し、光の粒になって消えていった。もしかして、我と同じように大剣に人の意思が宿ったのだろうか。しかし、すでに大剣は消えてしまった。
もう確認のしようがない。
消えてしまったから、もう声は届かないだろうけど、我の名前を教えてやろう。
『我はゴーレムなり』
「我、ゴーレム」
客席のざわめきがうるさい中で、ハクの言葉だけがやけにはっきりと我の耳に届いた。




