SS第19話 それいけ、ハムライダー!
ボクの名前はジスポ。
ソフティスマウスにして、親分の1の子分です!
(注:アクティブソフティスマウスに進化していることを本人は気づいていません)
親分から、ダークハイエルフのイパアードの面倒を見るように言われました。親分も言っていましたが、先輩として後輩の面倒を見るのは当たり前なのです。
イパアードは元気がないようですし、ボクが元気づけてあげます。親分の指令にボクは敬礼をもって応えます。
「イパアード、しっかりと掴まっているのです! 行きますよ!」
「ああ、わかった」
ボクはイパアードに声をかけ、森の中へ駆け出します。恐るべき弟分、いえハクは女なので妹分でしょうか、恐るべき妹分のハクにしごかれてボクはかなり力がつきました。しかし、最近は今までにないほどの力がボクの中からあふれてきます。
これは努力の成果と言える範囲の力の上昇ではありません。いつのまにかボクはソフティスマウスの限界を超えた、超マウス、スーパーソフティスマウスになっているのかもしれません!
これはきっと、親分に憧れ、いつも親分のように強くなりたいと願っていたボクに起こった奇跡なのです! 新しい魔法も使えるようになりましたしね。
シュッシュッとボクは大きな木々の間を駆け抜けていきます。
「す、すごい! ジスポはただのマウスじゃなかったんだね!」
ボクの力強さにイパアードも驚いているみたいです! ボクは得意になって、もっとすごいところを見せてあげることにしました。
「当たり前なのです! ボクは親分の1の子分、ソフティスマウスのジスポです! そのあたりにいる普通のマウスと同じと思ってもらっては困りますよ!」
森の中でも特に大きな樹の前でボクは立ち止まります。
「イパアード、しっかりと掴まっているのです!」
「えっ、どういうこと?」
ボクは最近使えるようになった新たな魔法を唱えます!
「つめつーめ!」
ボクの前足と後ろ足の爪がジャキンと大きく固くなります。ボクは大きな樹に爪を引っかけながら、颯爽と登り始めます!
「ちょ、ちょっと待って!」
おや、これは親分がリロカばあさんに絡まれている時に、ボクに教えてくれた言葉を実行するときですね。
宴の時にリロカばあさんに絡まれていた親分は、少し遠い目をしてボクに念話で伝えてきました。
『待てと言われて待ってはいけないのだ。大切なのは、その言葉を言った相手の意図を汲み取ることなのである』
その時、ボクは枝豆をむしゃむしゃと食べながら親分の話をしっかりと聞いて、頷きました。
『ちょっと待ってと言った相手は、本当に待って欲しいのか? ほとんどの場合、答えは否である。いやよ、いやよも好きのうちなのだ。だから、決して待ってはいけない。むしろ突き進む方がよい。我は大抵のことを、それで乗り越えてきたからな』
ボクは今まで親分は人の言うことを聞かずに暴走していることが多いとばかり思っていましたが、どうやら浅はかな考えだったようです。親分は決して圧倒的な常識外れの力でゴリ押しばかりで物事を解決しているわけではなかったのです! さすがは親分なのです。
親分と念話ができるようになって、ボクにはようやく親分の深い考えがわかり始めました。ボクは親分に近づくためにも心の中に、『待ってと言われたら突き進め』としっかり刻みつけました。
ボクはイパアードの言葉の裏に隠された思いを汲み取り、大きな樹のてっぺんを目指してさらに速度をあげて登ります。
「!!!」
イパアードが何も言わなくなりました。ぎゅっとボクに掴まってきます。やっぱり親分の言ったことは正しかったみたいですね! ボクはうれしくなってさらにスピードを上げました。
大きな樹のてっぺんに辿り着いたボクはイパアードに胸を張って声をかけます。
「どうです、普通のマウスではこんなところまで登れないでしょう!」
イパアードは感動してちょっと震えています。
「え、ええ、そうね。普通のマウスには無理よ」
そして、ボクはただ自慢をしたくてこの樹に登ったのではありません。
「イパアード、周りを見てみるのです! 空は青く、太陽が輝き、雲が流れる。遠くには山が見え、反対を向けば海も見えるでしょう! これがイパアードの来たがっていた地上なのです!」
結構、良いセリフを言ったつもりなのですが、イパアードの反応がありません。イパアードは背中に乗っているので表情も見えないです。
ちょっとがっかりしつつ、ボクも黙って周りの景色を眺めます。
「そうね、これが地上なのね。……ありがとう」
おぉ、ちゃんと聞いてくれていました。ボクがこの樹に登ったのは無駄ではなかったようです。
「さぁ、親分からの指令をこなしましょう!」
「うん、行きましょう、ジスポ。地下世界では元気のない木はうめき声を上げていることが多かったから、地上でも同じだと思うわ」
「わかったのです! それじゃ降りるのでしっかり掴まっているのです」
ボクはゆっくりと慎重に降りていきます。
登るのは得意なんですが、降りるのは苦手なのです。登ってきた時と同じように、上を向いたまま降りていくので、登る時の5倍以上の時間がかかってしまいました。木登りをする時はもっとよく考えてから登った方がいいですね。
◆
ようやく地上に降りたボクとイパアードは、元気のない木を探して森の中を駆けまわります。この森にも魔物はいるようですが、そんなに強い魔物はいません。
そんなことを言っていると、ワルイドスネーク(小)が出てきました。迷宮にいた頃のボクならしっぽを巻いて逃げていたでしょう。しかし、今のボクはスーパーソフティスマウスです! 1000年に一匹の伝説の超マウスの力を見せてやりますよ!
「ジスポ! 前にスネークがいるよ! 気をつけて!」
「任せてください! もふもふもーふ!」
ボクはもふもふもーふの魔法でボンと毛を膨らませます。そして、ワルイドスネーク(小)に向かって固くとがらせた毛を打ち出します。
これぞボクの遠距離攻撃、毛針アタックです!
親分のように相手を消し去ることはできません。しかし、確実にダメージを与えています。安全圏から一方的に遠距離攻撃でボコるのがよいだろうと親分から教えてもらいました。ボクはその言葉を忠実に守ります。
しばらく毛針アタックを続けると、ワルイドスネーク(小)は動かなくなりました。やりました! 親分やハクに見守られながら、魔物と1対1で戦ったことがあるので、あまり緊張せずにすみました。
「ジスポ、すごいね。私たちより何倍も大きい相手なのに勝っちゃったよ」
「フフフ、このくらいで驚いていたらダメです。親分の力を見たら価値観が変わりますよ」
「そ、そうなんだ」
「そうなのです! そのうち親分のすごさがイパアードにもわかりますよ」
その後は昼頃まで、イパアードと一緒に元気のない木を探してまわりました。昼食を食べに親分と合流し、昼からは見つけておいた元気のない木の場所に親分とハクを案内してまわりました。
親分も、ボクとイパアードの働きに感心しているようです。ボクが磨くだけのマウスじゃないってところを見せてあげるのです!
◆
それから3ヶ月ほどボクはイパアードと一緒に森の中を駆け巡りました。イパアードは魔法は使えないみたいですが、植物や動物の声が聞こえるので、森の中ではものすごく頼りになります。
森の中の魔物と戦いになったときもイパアードが後ろや周囲を警戒してくれるので、不意打ちや攻撃を食らうことがほぼありません。そして、イパアードは体の大きさにあった槍を手に持って危ない攻撃を防いでくれます。なんとも頼りになる相棒なのです!
しかし、イパアードはハク以上にスパルタでした。罪を償おうという意気込みが強くて、朝から晩までボクはイパアードを背負って森の中を駆けなければなりませんでした。なんともハードな毎日です。
日が暮れて宿に帰ったら、イパアードはボクをねぎらって、足裏マッサージなどをしてくれます。イパアードは実に気遣いのできるダークハイエルフです。
でも、たまには休みがほしいですね。




