第113話 帰還
我はゴーレムなり。
イパアードを拾ったのはいいが、これからどうしよう。どうやって帰ればいいのかな。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅ!」
(親分、これから、どうしましょう!)
『うむ、我もそれを今考えているのだ』
「ちゅっちゅちゅちゅー」
(イパアードは寝ているみたいなのです)
『そうか、まぁ、疲れているみたいだし寝かしておけばいいのではないか』
「ちゅちゅっちゅ」
(ここの空というか、天井は茶色いんですね)
我は上を見上げる。たしかに地下世界と言うだけあって、茶色い天井に覆われているな。
『そうだな、地下世界だから、地上が見えているんだろう』
「ちゅちゅ!」
(なるほど、そうですね!)
どうやら我と話せるのがうれしいらしく、ジスポが何かと話しかけてくる。今までなら、確実に寝ている時間だと思うが、テンションが上がりまくっているようだ。
ジスポがないわーポーチの中から、枯れたコエダを包んだ布を取り出す。
「ちゅっ、ちゅちゅちゅちゅ?」
(親分、コエダにどうやって帰ったらいいか聞いてみたらどうですか?)
我はうーむと考えて、あごに手をやる。たしかにコエダに聞けたら一番いいのだが、今ジスポが持っているのはコエダの抜け殻みたいなものだしな。どうやって聞けばいいんだろう。
ダメもとでハクにお告げで終わったから、助けてって言ってみようかな。
『ハク、ハクよ! 地下世界の問題は解決したから我を地上に上げて欲しいのだ!』
しばらく待ってみても、何も変化がない。うーん、やっぱりダメなのかな。
そう思っていると、ジスポの持っている枯れたコエダを包んだ布から光の粒子があふれ始めた。ジスポは突然の事に驚き、コエダを包んだ布を落としてしまう。
布から枯れたコエダが転がり出た。どうやら枯れたコエダが光の粒子になっているようだ。これは我が帰れる前触れではないのだろうか?
枯れたコエダから巨大な木が生えて地上まで届いたり、このコエダを目標に地上から木のツルか根っこが降りてきて、我はそれを利用して地上に帰るんだろ?
わかってる。これは定番だ、お約束ってヤツだな。
我がドキドキして待っていると、枯れたコエダの口がぱくぱくし始めた。どっちだ、巨大な木か、ツルか、根っこか、どれが来ても大丈夫だぜ!
我は拳を握りしめ、枯れたコエダを見つめる。ジスポもゴクリとつばを飲み込んで、どうなるのか緊張した面持ちで様子を見ている。
「お……」
お?
「ち……」
ち? なんだろう。おちついてよく聞いてくださいとでもいうのかな。
「ろ……」
ろ? お、ち、ろ? おちろ? どういうことだろう?
枯れたコエダがすべて光となって消え去った。
んん? 我の足下にまたしても黒い穴が開いたよ!
えっ、落ちろってことか? 地下世界で落ちてどうするのだ!? 我はその穴に飲み込まれていった。
「ちゅちゅー!!?」
(また落ちてますよ!!?)
『ああ、どうやらまた落とされたみたいだ』
◆
黒い穴を落ちていくと、今回は落ちるスピードが遅い。なんというか、ゆっくりなのだ。泥の中をゆっくりと呑み込まれていっているような感じかな。
しばらく待つと、足下が泥を抜けたような感じがする。足下だけスースーするのだ。あれ、でも、ここから進まなくなったよ? 我がもがいていると足に何か当たってしまった。何かを蹴ったみたいだ。
{ログ:ゴーレムはエルフに20のダメージを与えた}
ああ、エルフを蹴ってしまったのか。息絶えたって聞こえてこないのが、せめてもの救いだな。ちょっとじっとしていよう。
我の足を何かが掴んだ。どうやら我を引きずり出そうとしてくれているようだ。
ズズーっと、暗闇の中から我は引き抜かれていく。
お、おお!?
今、我は逆さまにぶら下げられているけど、御神木コエダの前に戻って来られたようだ! なぜ、地下世界で落ちろと言われてここに戻って来られたのかはわからないが、結果よければすべてよしなのである。
エルフ達が持っている我の足を離してもらい、我は自分の足で地上に立つ。
「管理者さん! おかえりなさい。管理者さんを地下世界に送って2日目なのに、問題を解決してくれるなんてさすがです!」
「おかえり」
「おお、すべて解決されたようですな」
我はこくりと頷く。
御神木コエダとハク、リロカばあさん、エルフ達が出迎えてくれた。ノッテの姿が見えないが、どうしたのだろう。あっ、ノッテは離れたところで倒れて、介抱されている。もしかして、我が蹴ったエルフはノッテだったのだろうか。
後で謝っておこう。
リロカばあさんに、貸してもらっていた<ハイエルフ・ラブ>の木の板を渡す。この木の板を持っていて助かったよ、リロカばあさん。ありがとう。
「どうやらお役に立ったみたいですな。よかったですじゃ」
リロカばあさんは、我から受け取った木の板を裏返して見て、固まった。
「こ、これは、まさか、ハイエルフ様のサインですか?」
我はうむと頷く。我はちゃんと頼まれたことは守る男なのだ! リロカばあさんの目と口元がにやけている。本人は必死に隠そうとしているけど、かなりうれしいみたいだ。
その後は地下世界で何があったのかを文字に書いて伝えた。
<地下世界でハイエルフ達が管理していた神器「光の調律」が壊れた>
<闇が呑み込もうとしていたので、光の調律を直して魔力を捧げたら問題が解決した>
コエダやハク、エルフ達が真剣な表情で我のノートを見つめている。そして、ジスポにイパアードを背負って出てくるように念話で伝える。ジスポに背負われてイパアードがないわーポーチから外に出てきた。
<ダークハイエルフのイパアードを一緒に連れてきた>
<以上>
イパアードのところで、みんな首を傾げていたが、追放されたとか余計なことは言わないのだ。知らなくていいことはあるからね。
リロカばあさんだけが、ハイエルフという単語に目をきらきらさせている。どれだけハイエルフが好きなんだろう。ダークがついていようと、ハイエルフならなんでもいいみたいだ。
ごほんと咳払いをし、リロカばあさんが皆に声をかける。
「さぁ、問題は解決し、ゴーレム殿も帰ってこられた。みなで宴の用意をするのじゃ。ゴーレム殿、ハク殿、どうか楽しんでいってくだされ」
我とハクはこくりと頷く。エルフ達は宴の準備をするためにその場を離れていった。
「ちゅっちゅちゅ! ちゅちゅちゅ!」
(イパアード、ここが来たがっていた地上ですよ! ほら、空が青いですよ!)
ジスポが背負ったイパアードに声をかける。イパアードはゆっくりと目を開けて、空を見上げた。
すると今までは腐った魚のような目をしていたが、徐々に目に力が戻ってきているようだ。やがてぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
しばらく涙を流し続けていたが、イパアードはようやく落ち着いたみたいだ。そして、再び眠った。かなりつかれていたのか、死んだように眠っている。ジスポがイパアードをないわーポーチに戻す。もふもふもーふの呪文でないわーポーチの中はふかふかなので、ゆっくりと眠るといいのだ。
◆
エルフたちが準備してくれた宴は、夜通し行われた。我は寝なくても平気なので最後までつきあったが、ハクは途中で泊まっている場所に帰って寝るように伝えた。子供が徹夜をしてはだめなのである!
エルフ達がありがとうございましたと何人も挨拶にきた。その都度、我はたいしたことはないさとアピールした。ふっふっふ、もっと褒めてくれていいんだよ!
途中で酔っ払ったリロカばあさんがやってきて、ハイエルフ達についてあれやこれやと聞いてきた。リロカばあさんは、子供のころから聞かされていたおとぎ話に出てくるハイエルフ達にずっと憧れていたそうだ。我がリロカばあさんの質問に答えようと、ノートに文字を書いていても、リロカばあさんはずっと話しかけてくる。
どうやら、我の回答を求めていないらしい。いかにハイエルフが好きかというのを明け方近くまで延々と聞かされた。その間、他のエルフ達は誰も近寄ってこない。
た、助けて欲しいのだ。
ようやく明け方になって、満足したのかリロカばあさんが寝てくれた。我は近くにあった毛布をリロカばあさんにかけて、コエダのところまで行く。
<コエダはこれからどうするのだ?>
我がノートに書いたメッセージを見て、コエダが答えてくれた。
「ボクはこのまま御神木として、このエルフの国で生きていきます。管理者さんには本当にお世話になりました。ありがとうございました」
我はこくりと頷く。コエダは声を落として質問してきた。
「管理者さんが一緒に連れてきた、小さいダークハイエルフが今回の騒動の原因なのでしょうか?」
どうやらコエダにはばれていたようだ。ここにはコエダ以外には、ないわーポーチに入っているジスポとイパアードしかいない。我はコエダの質問にこくりと頷いた。
「そうですか。ボクは管理者さんなら悪いようにはしないと信じてます」
我は心配するなと胸を張って頷く。間違ってもやり直せる! それが人の強さなんだぜ! まぁ、我はゴーレムで、イパアードはダークハイエルフだけどね。
「管理者さん、たまには会いに来てくださいね。待ってますから!」
我はその言葉にしっかりと頷き、ハクが泊まっている部屋に戻ることにした。
ちょうど東の空から朝日が昇ってきたようだ。
 




