第112話 どんどんどんどん
私はこの世界が嫌いだ。
見上げれば茶色に覆われた上の大地の底が見える。この世界は朝が来れば明るくなり、夜が来れば暗くなる。ただそれだけだ。
上の大地では、朝が来れば太陽というものが昇り、空というものが青くなるそうだ。夜が来れば月や星というものが暗くなった空に顔を出すという。
地下世界にて闇と光のバランスを神話の時代から保ち続けてきたのが、私たちハイエルフだ。
世界の安定と調和を守るという使命に、誇りを持って生きていく気高いハイエルフたち。私はそんな風に考え、生きていける彼らをうらやましく思う。
ここはまるで牢獄じゃないか。
どれほど方法を探そうと上の大地に行くことも叶わず、ただただ長い時を生きてきた。
闇の深淵を覗き込んだ時、全てがむなしくなった。
もういい。もう疲れた。
どうせ死ぬなら、この世界を道連れに死んでやる。その日、私は世界の終わりを願って光の調律を破壊した。
◆
我はゴーレムなり。
我は神器、光の調律を見事に直すことに成功した。ふっふっふ、やはり我がスキル【復元】は物に対しては絶大な力を発揮するようだ。世界を一通り見て回ったら、直し屋ゴーレムでも開業しようかな。
ハイエルフたちも光の調律が直ったことで、みんなほっとしている。今後は、今回のように光の調律を壊されないように、結界を周囲に張り巡らし、警備も厳重にしていくそうだ。
んん? なんかもう全てが終わっているような感じだな。光の調律を壊した犯人を見つけてなんとかしないといけないのではないかな。
我はフォンイアに身振り手振りで、犯人を捜さないでいいのかと質問する。フォンイアは、むむむと悩みながらなんとか少しずつ理解してくれた。
ジェスチャーだけで伝えるのは、なかなか難しい。やはり、日々の鍛錬を怠っていたせいだな。継続は力なりなのだ。もっと練習しておこう。
「銀色の御方、光の調律を破壊したのは、私の双子の妹イパアードなのです」
えっ、どういうこと?
我はフォンイアの方を向きながら首を傾げる。
フォンイアは少し寂しげな表情を見せて、語り出した。
「私の妹イパアードは、非常に優れた力を持ったハイエルフでした。自然を愛し、植物や動物の声を聞くことができ、とてつもない魔力を持っていました」
ふむふむと我は頷く。
「イパアードは上の世界に憧れ、地下世界をくまなく旅をし、上の世界へと上がる方法を探っていました。しかし、どれほど探せど、その方法は見つからなかったようです。我らの祖が、もう帰らぬつもりで作り出した地下世界なのでそれもしかたありません。だからこそ、地下世界で使命に縛られて生きていくのに耐えられず、闇に魅入られてしまったのでしょう」
なるほど、そうだったのか。よくわからないが、闇に魅入られることなんてあるんだな。
「ちゅちゅちゅちゅー」
(妹さんの気持ちはボクにはよくわかりますー)
ジスポがないわーポーチから顔を出し、神妙な顔で呟いた。珍しいな、ジスポが食事以外で神妙な顔をするなんて。結局、その妹さんとやらはどうなったのだろう。
「イパアードは現在、幽閉しています。光の調律を破壊した後は、抵抗することも逃げることもなく捕まえることができました。明日、我らに伝わる残酷な方法にて処刑をする手はずになっています」
フォンイアは、まなじりにたまった涙を小指でぬぐい、私はこれで失礼しますと言い残し、足早に去って行った。
双子の妹を処刑せねばならぬというのは、辛いのだろうな。
わざわざ残酷な方法で処刑っていうくらいだ。そうとうひどい方法で殺してしまうつもりなんだろう。あれだ、指を一本一本切っていったり、それぞれの手足をヒモでくくって、そのヒモを牛に引かせて八つ裂きにしたりするんだろ。それともみんなで石を投げつけてじわじわと殺していったりするんだろうか。
はー、怖い。ハイエルフ、マジ怖いな。
でも、フォンイアの妹もけっこうぶっ飛んでるな。上の世界、地上に出ることを夢見て、その夢が叶わなかったから、世界を滅ぼそうなんて恐ろしい考え方をするものだ。まったく我には、その絶望がどれほどのものか想像もつかないぜ。
はっ!!?
そういえば我ってどうやって地上に帰ればいいのだろう!? 帰り方をコエダに聞いてなかったよ!
まずい、これはマジでまずいのではないだろうか!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
◆
落ち着きを取り戻した我は、フォンイアの妹のところに向かった。妹が地上に上がる方法を探していたそうだから、何か参考にできるかもしれないからね。
ハイエルフたちが住むこの場所には、牢屋などないらしい。そのため、一番強固に作られた建物に妹を閉じ込めているそうだ。
我は建物の周囲を見張っているハイエルフにことわって中に入れてもらう。ここでも<ハイエルフ・ラブ>の木の板が役立った。この木の板を首にさげていると、みんなが優しく対応してくれる。
……なんとも恐ろしい木の板なのだ。
部屋の中に入ると、部屋の隅で膝を抱えて体育座りをしている褐色の肌に銀髪の女性がいた。
あれ? ハイエルフはみんな色白だったけど、なんで褐色なんだろう。闇に魅入られたとか言ってたから、ダークハイエルフにでもなったのだろうか。
机の上には食事が置かれているが、手をつけた様子がない。ハイエルフって何も食べないで生きていられるものなのかな。
我が妹に質問をしようとしても、妹は顔を下に向けたままだ。手をブンブンと振ってみても、何の反応もない。両手で妹の頭を持ってくいっと上げてみても、目をつむったままだ。
まぶたを親指でめくってみても、光のない目が力なく正面を向いている。
うーん、どうしよう。こうまで反応がないとは、どうすればいいのだろう。我はそっと妹の頭から手を離す。
あっ、ゴツという音と共に妹の頭が膝に当たっちゃった。ご、ごめん。まさか、そこまで力がないとは思わなかったのだ。
我は妹の頭をもう一度あげ、額をなでる。イタイのイタイの飛んでいけ! イタイのイタイの飛んでいけ!
おっし、これで大丈夫のはず。今度はそっと妹の頭を膝の上にのせる。
ふー。それにしても困ったな、どうすればいいんだろう。
ジスポがないわーポーチから顔を出して、妹を心配そうに見つめる。
「ちゅちゅー、ちゅっちゅ」
(親分、この人はボクと同じなのです。なんとか助けられないでしょうか)
我はジスポの方を見て、静かに首を左右に振る。ハイエルフにはハイエルフなりの考えがあるのだ。我らが彼らの掟や習慣に下手に首をつっこまぬほうがよい。
何より、無実の罪で捕まっているのであれば、我も助けようと思うが、この妹は世界を滅ぼしかけたのだ。その報いは受けねばならんだろう。
「ちゅー」
(ううー)
うーむ、本当に珍しい。ジスポは自分と妹の姿を重ねているのかもしれないな。
◆
翌日、フォンイアの妹、イパアードの処刑の日がやってきた。
神殿前の広場の地面に大きな六芒星の魔法陣が描かれている。イパアードがその中心に連れてこられた。そして、フォンイアを含めた6人のハイエルフが、六芒星のそれぞれの頂点に1人ずつ立っていく。
魔法陣の周りを、大勢のハイエルフ達が囲んでいる。処刑を見物に来るのはどこの世界でも一緒だな。我とジスポも魔法陣から少し離れたところから処刑の様子を見守っているので、人の事は言えないが。
「これから闇に魅入られ、大罪を犯したイパアードの処刑を開始します」
フォンイアが厳しい表情のまま処刑の開始を宣言した。
我は固唾をのんでその様子を見守る。ゴーレムだからのめないけどね。あえて残酷とまでいうほどの処刑だ。我は最後まで見ていることができるだろうか。
フォンイアが静かに口を開く。
「どんどん、どんどん」
するとフォンイアの両隣の頂点にいた2人のハイエルフも同調するように口を開く。
「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」
そして、さらに残りの頂点にいた3人のハイエルフも同調するように口を開く。
「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」
な、何が起ころうとしているのだろう。辺りにはハモった「どんどん」という声以外に何の音も聞こえない。そして、6人が一斉に声をそろえる。
「「「「「「ちっちゃくなーれ!」」」」」」
魔法陣の中心にいたイパアードの身体が輝き、少し小さくなったように見える。またフォンイアだけが口を開いた。
「どんどん、どんどん」
先ほどと同じようにフォンイアの両隣の頂点にいた2人のハイエルフも同調するように口を開く。
「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」
残りの頂点にいた3人のハイエルフも先ほどと同じように口を開く。
「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」「どんどん、どんどん」
6人が一斉に声をそろえる。
「「「「「「ちっちゃくなーれ!」」」」」」
また魔法陣の中心にいたイパアードの身体が輝き、小さくなったように見える。やっぱり、さっきのも気のせいじゃなく、イパアードが本当に小さくなっているようだ。
これが残酷な処刑方法なのだろうか。
我は周りを見回すと、ハイエルフ達はみんな真剣な表情だ。青ざめている者もいるし、これは残酷な処刑方法の始まりにすぎないのだろう。
しかし、この世界の魔法はおかしな呪文が多いな。わかりやすいけど、ちょっとバカっぽい。
我は周りのハイエルフ達と同じように静かに処刑を見守る。10度目のちっちゃくなーれを聞いたときに、魔法陣の中心には、ジスポと同じくらいまで小さくなったイパアードがいた。
魔法陣の六芒星の頂点にいたフォンイアたちハイエルフがその場を離れる。呪文を唱えていた内の3人ほどが倒れこんで、運ばれていった。
フォンイアは少し青白い顔をしながらも、気丈に魔法陣を囲んでいるハイエルフ達に向かって語りかける。
「イパアードはこれより1000年の時を魔法も使えぬ小さき姿のままです。そして、私たちハイエルフと関わることを禁じ、追放します。己の無力と世界の脅威に怯えながら生きるか、絶望のまま死ぬか好きな方を選ぶがいいでしょう。連れて行きなさい」
フォンイアの指示に従い、ハイエルフの一人がイパアードを拾い上げ、街の外へと向かって歩いていった。
ジスポがないわーポーチから飛び出し、我の前の地面に降り立った。
「ちゅ! ちゅちゅ! ちゅちゅちゅ!」
(親分! お願いします! イパアードを助けてあげてください!)
我は静かにジスポを見つめる。
「ちゅちゅちゅちゅ! ちゅちゅっちゅ!」
(追放されたら、どこに行こうとイパアードの自由のはずです! どうか、どうかお願いします!)
ジスポが丸まった。
どうやら頭を地面につけているようだ。ハムスターだから、頭を地面につけるとそうなってしまうのか。
我は片膝をつき、ジスポをつまみ上げ、静かに頷いた。捨てられた者を拾うのは自由だろう。手間の掛かる者が二人になろうとたいした違いはない。我が頷いたのを見て、ジスポは目に涙を浮かべた。
「ちゅちゅ! ちゅっちゅちゅちゅ!!」
(お、親分! ありがどうございまず!!)
{ログ:アクティブソフティスマウスジスポの忠誠心がようやく限界値を超えました}
{ログ:アクティブソフティスマウスジスポが忠臣にランクアップしました}
{ログ:主従関係の絆が強固になったことによりアクティブソフティスマウスジスポと念話が可能になりました}
お、おお!!?
ジスポの忠誠心が限界値を超えたみたいだ。こやつとは長いつきあいだから、世界の声がいうように、ようやくだな。
『ジスポよ、我の声が聞こえるか?』
ジスポはびくっとして、大きく目を見開く。
「ちゅちゅちゅちゅ!? ちゅちゅちゅ!?」
(この頭に響いてくる声は!? ま、まさか親分ですか!?)
『うむ、そうだ。ようやくおぬしとも念話が可能になった。おぬしの願いを叶えよう。ただしちゃんとおぬしも面倒を見るんだぞ!』
「ちゅっちゅ! ちゅちゅ、ちゅ!」
(わかりました! ありがとうございます、がんばります!)
我に首根っこをつままれたままのジスポが元気よく敬礼をした。
◆
我はフォンイアに急いで挨拶をし、旅立つ旨を伝える。一応イパアードを一緒に連れて行くとジェスチャーで伝えたのだが、伝わっただろうか。
あっ、リロカばあさんの為にサインをもらわないと。我は<ハイエルフ・ラブ>の木の板にフォンイアのサインをもらう。一応、証拠写真を撮っておこうかな。
{ログ:ゴーレムは心のシャッターを押した。サイン中のハイエルフを記録した}
おし、撮れた。我のメモリーはリロカばあさんに見せることはできないけど、念の為ね。
おっと、我はのんびりしている暇はないのである。イパアードの後を追わねばならんのだ。我はフォンイアたちに手を振り、颯爽と駆けだした。
我はこんな時でも、ラインライトを背中から発生させることを忘れない。ふっふっふ、我の姿を目に焼き付けてもらいたいね!
◆
我は【姿隠し】を発動し、イパアードを連れたハイエルフの後を追う。どこまで行ったのかな、あっ、いた。
どうやら3人組のハイエルフがイパアードを遠くに連れて行って、放り出すみたいだ。我は3メートルほどの距離をとってハイエルフの後をこっそりとつけていく。
途中で木の枝を踏んで、パキっという音を立ててしまった。ハイエルフたちが振り向いてきた。ば、ばれるだろうか。【姿隠し】を使っているから、心がきれいじゃない者は見えないはずなのだ。
我がドキドキしながら固まっていると、ハイエルフ達と目が合った気がする。でも、何も話しかけてこずに、そのままハイエルフ達は進んでいった。
ふー、どうやら我の姿が見えなかったようだな。危なかった。ハイエルフといえど、心はきれいじゃないみたいだ。
それからは我は安心してハイエルフ達の後を付けた。ハイエルフ達はかなり離れた場所で、小さくなったイパアードを地面に降ろし、帰って行った。
我は小さくなったイパアードを拾い上げて、ないわーポーチに入れる。ないわーポーチの中ではもふもふもーふの呪文を使ったジスポがイパアードをやさしく包み込んだ。
「ちゅちゅ! ちゅちゅちゅ! ちゅっちゅっちゅ!」
(イパアード! 一緒に地上を目指すのです! 親分ならきっとなんとかしてくれるのです!)
ジスポの言葉に、少しイパアードが反応した気がするが、我の気のせいかな。ジスポの鳴き声から言葉の意味なんてわからないだろうし。
ハイエルフ達は追放したイパアードが心配なのか、何度も振り返ってくる。我の姿は見えぬだろうが、イパアードのことは心配するなと、ハイエルフ達に向かって我は大きく頷いた。
さて、どうやって地上に戻ればいいのだろう。
◆
神殿にいるフォンイアのもとに、イパアード追放の任を受けた3人のハイエルフが報告にやってきた。
「フォンイア様、ご指示の通り、イパアードを追放してまいりました」
「ありがとうございます。面倒をかけました」
「いえ、滅相もありません。ただ報告したいことが」
「なんでしょう?」
「銀色の方が小さくなったイパアードを拾い上げ、保護していました。追放後は関わらぬのが我らの掟。何もいいませんでしたが、よろしかったでしょうか?」
フォンイアはその報告に驚き、少し目を見開く。内心は動揺していたが、平静を装ってフォンイアは口を開く。
「ええ、追放した後にどのような運命を辿ろうとも私たちは知らぬ事。かまいません」
「かしこまりました。報告は以上です」
ハイエルフ達は、フォンイアに一礼して部屋から出て行った。フォンイアは窓際に歩み寄り両手を胸の前で握りしめる。
「銀色の御方、妹をどうかよろしくお願い致します」
フォンイアは目に涙を浮かべながら、静かに呟いた。




