第102話 望まぬ結末
ウシボタイ王は眼下の闘技場で繰り広げられる一方的な蹂躙を見て、口をいやらしく歪める。
このまま無様に転げ回るあの銀色の人形が破壊されれば、あの生意気な小娘の命も、鑑定の魔道具も余のものになる。
そうだ、あの小娘は息子にやることにしよう。あやつはいつも新しい奴隷を買ってはすぐに壊してしまうからな。
あの小娘は勝負など受けねばよかったと後悔するだろう。
負けて初めてこのような賭け事などするのではなかったとわかるのだ。愚か者には似合いの末路よ。すでに魔法の契約はなった。この勝負はたとえ神ですら、なきものにはできぬ。
余は向かい側で闘技場の中を見つめている小娘を見て、舌打ちをする。闘技場内では、一方的に蹂躙されている銀色の人形がいるのに、あの小娘は少しも表情を動かさない。もっと不安と恐怖に震えておればよいものを。
だが、それももうすぐ終わりだ。小娘よ、お前はもうすぐ醜く泣きわめき、余の前にひれ伏すのだ。どれほど余にすがろうとお前を待ち受けている運命は変わらぬがな。
余が考え事をしていると側近の護衛隊長であるドーラが話しかけてきた。いいところなのに、何の用だ。
「国王様、レガリアを賭けての勝負など本当によろしかったのですか?」
「良いも悪いもない。結果の見えている勝負に何を賭けようと同じ事だ」
「しかし、万が一ということも」
「くどい!! お前の目は節穴か!? 闘技場内を見てみよ。あの無様に転げ回る人形を。余の連れてきた数十の魔物に囲まれて、なぶられている様が貴様には見えぬのか!?」
「申し訳ありません。しかし、あれほどなぶられているのに、あの人形はまったく傷を負ったように見えません。私にはどうもいやな予感がしてならないのです」
「フン。お前程度のいやな予感など当てになるものか。まだ何か言うのであれば、お前の首が身体から離れることになるぞ」
「……申し訳ございません」
苦々しい表情を浮かべそうになりながらも、ぐっとその感情を押し殺してドーラは下がっていく。
まったく、この男は腕は立つが、堅苦しくていかん。代々、王家に仕える家の者だが真面目すぎて融通がきかんのだ。レガリアの誓約がなければ、こんな男など側にはおかぬものを。全く忌々しい限りだ。
◆
「盛り上がってるー?」
「オオオオオオ!!」
明かりの落とされた暗い観客席の中では、色とりどりのサイリウムの光だけが揺れている。
スポットライトの光がステージの中央に立つ少女達を明るく照らし出す。ステージの中央にいる少女がマイクを両手で掴み、大きな声で観客達に声をかけたのだ。
「後ろの人達も盛り上がってるー?」
「ウォオオオオオオ!!」
「次の曲も全開で行くからねー!!」
「ウオオオオオオオオオオオオ!!」
我は今、日本でライブに行った時のことを思い出していた。後ろの観客も見えているよと声をかけてくれたアイドルに我は周りの客と一緒に、おおおおおと大きな歓声をあげたものだ。
今となっては少し恥ずかしい、若かりし時の思い出だ。あの時のアイドルの気持ちが今の我にはよくわかる。
エンターテイナーとは大変な仕事なのだ!
我は目の前に迫る獅子のような顔と身体にコウモリのような翼を持った巨大な魔物の攻撃によって壁際まではじき飛ばされる。
できるだけ、土煙を上げるように、地面を跳ねながら、転がっていくのは実に難しい。
しかし、しかしだ。その甲斐があり、闘技場を取り巻く観客からは大きな歓声が上がっているのだ! わふー!! 盛り上がっている! なんとしても、このまま盛り上げていかなければ!!
我はふらふらとよろめくように立ち上がる。ダメージがないのに、ダメージがあるように見せて立ち上がるのは実に難しい。
「ちゅ、ちゅちゅーちゅー!」
(親分、がんばってくださーい!)
上を見上げるとハクと一緒にいるジスポが必死に声をかけてくる。我はそんなジスポとハクに向かって、こっそりと親指を立てて、任せておけとアピールする。
最後には華麗に勝利を収めるのだ。だから、そこで安心して見ておくがよい!
するとジスポとハクの横にいた男がジスポを哀れんだ様子で声をかけているではないか。
「おい、ネズミ。あれだけの魔物相手にあの人形が勝てるわけないだろ。お前だけだぜ、あの人形の勝利に賭けたのは。1000枚のコインは無駄になったな」
ジスポはムキーっと、歯をむき出しにして男に啖呵を切り始めた。
「ちゅ! ちゅちゅちゅーちゅちゅ!!」
(ふん!! 親分の強さを知らないから言えるのです!! そんな余裕の表情ができるのも今のうちなのです!!)
我は呆然としてジスポを見つめる。なんと、あやつは賭をしておったのか。我の勝利にジスポの持ち分のコイン1000枚を全て賭けているようだ。
なかなか抜け目のないヤツなのだ。
支配人と思われるおっさんが、ウシボタイ王とハクに闘技場だけは貸すが、賭の対象にはしないエキシビジョンマッチとすると言っていたから、我は賭などないものと思っていた。でも、カジノが関わらないところで賭が行われていたのかもな。
我は迫り来る蛇の魔物の攻撃を転がるようにかわし、闘技場の中央へと向かう。やはり、端っこでは戦いが見えにくい観客も出てくるから、できるかぎり中央で戦わねばなるまい。
我を取り囲む魔物達。
この魔物達に恨みはないが、勝負の決着は相手の魔物を全て殺すまでとなってしまっている。我は、それは止めといた方がいいのじゃないかと思い、ウシボタイ王にやめておけとハク経由で伝えたのだ。しかし、我の言葉は届かず、この決着方法になってしまった。
恨むなら、己の主を恨んでほしい。我はせめてもの情けで、痛みも恐怖も感じないように一瞬で殺してやると決めて、この勝負に臨んでいる。
ただ、この魔物達、我を痛めつけるのが面白いのか、実にうれしそうに攻撃してくるのだよね。わざと攻撃をくらっているのだが、ちょっとムカっとしているのも事実なのだ。
ウシボタイ王の方を見ると何かを話していた護衛の男を下がらせ、忌々しそうに我の方を見ている。
ひょっとして、我が演技をしているのがばれたのだろうか。いやいや、我の演技は完璧のはずだ。見破られるわけがないのである。
しかし、そんな我の希望は次のウシボタイ王の行動で無残にも砕かれてしまった。
ウシボタイ王はもう見ていられないと思ったのか、立ち上がり、腕を大きく広げた。その様子に気がついた闘技場を囲んでいた他の観客たちは、歓声を上げるのをやめ、静まりかえる。
「もう遊びは十分だろう。殺すがよい!」
ウシボタイ王がそう告げたあと、ウシボタイ王の護衛の者達が「殺せ!」「殺せ!」と声を上げ始めた。
我はその言葉に衝撃を受ける!
な、なんだと!? や、やはり、あのウシボタイ王は我が演技をしていると見抜いていたのか!? うまく演技できていたと思っていたのに、なんということだ!! 王の目はごまかせないということか!!? そして、さっさと殺せとはなんと潔い男なのだ!?
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、衝撃状態が解消しました}
うぬぅ……。我は闘技場の真ん中で力なくうなだれる。
それを見た周りの観客達も、互いに顔を見合わせ、頷きあい、殺せコールを始める。
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
そうか、周りの観客達にも我の演技はわかっていたのか。つまらない演技は止めてさっさと決着をつけろといわんばかりの殺せコールだ。我はみんなを楽しませようと思っていただけなのだ。それが、ここまでさっさと殺せと言われることになろうとは。
我はさらにうなだれる。
その様子を見て満足したのか、ウシボタイ王はにんまりと笑顔を浮かべ、ゆっくりと腰を下ろした。わかったよ、ウシボタイ王。我はおぬしたちの希望通りに早く殺すことにするよ。
望まぬ形でクライマックスシーンがきたものだ。我はもう少し盛り上げた方がいいかと思っていたが、みんなが決着をつけることを望んでいる。仕方がないのである。
我は片手を上げて、全ての魔物の上に巨大なラインライトを発生させる。
その様子に、我を取り囲んでいた魔物達はもちろん、闘技場を囲んでいた観客達もウシボタイ王たちも、全員がぽかんとした表情を浮かべている。今まで鳴り響いていた殺せコールも止んでしまった。
さびしい最後になってしまったのだ。
我が静かに手を下ろすと、ラインライトは闘技場の地面に深い穴を開け、すべての魔物は跡形もなく消え去った。
静まりかえる闘技場の真ん中で我は一人寂しく立ち尽くす。
「ちゅちゅー!! ちゅちゅちゅ!」
(やったー!! さすが親分!)
歓声を上げているのはジスポだけだ。はぁ。我はもっと演技の練習をしたほうがいいな。
「しょ、勝者ゴーレム!!」
という声を聞きながら、我は静かに闘技場を後にした。
◆
ウシボタイ王は、大きく目を見開き、闘技場内を見つめる。しかし、状況が理解できない。
さっさと殺せと魔物達に命令を下した。あの銀色の人形があきらめてうなだれた姿を見て満足し、あとは座って見ようと思い、腰を下ろしたところまではいい。
しかし、その後が理解できない。
巨大な光によって全ての魔物達が消え去ってしまった。闘技場内に残っているのは銀色の人形だけだ。これは、いったいどういうことなのだ。
「ド、ドーラ。こ、これはいったいどういうことだ?」
余は護衛隊長のドーラを呼ぶが、ドーラは近寄ってこない。
「どういうことだ、と聞いているのだ!! 応えぬかドーラ!!」
ドーラが冷ややかな目をして、余の方を見てくる。なんという忌々しい目をして余を見てくるのだろう!
「なんだ!? その目は、死にたいのか!?」
ドーラは冷ややかな目を余に向けたまま口を開く。
「ウシボタイ王、いや、あんたはすでに王ではなくなった。故に、俺が仕えるべき対象ではない」
「な、なんだと!?」
「ウシボタイ、あんたはレガリアを持った王だから、国や多くの奴隷、物を所有できていたのだ。正確に言えば、その全てはあんたの物ではない。レガリアの所有者である王の物だったのだ」
「お前は何がいいたい!?」
「レガリアをなくしたあんたはすでに王ではない。あの少女が新たな王になる」
「バ、バカな!? そんなバカな話があってたまるものか!?」
余の言葉を無視して、ドーラは全ての護衛と奴隷の女達を連れて、小娘の下へと向かって歩き始めた。
「ま、待て! 待たんか、この愚か者ども!!」
余の声を聞いても誰も立ち止まらない。いままで余におとなしく従っていた護衛も奴隷も誰も、余の方を見向きもしない。
「ま、待つのだ! バカどもが!!」
余の言葉だけが、辺りにむなしく響いた。




