第100話 罪悪感
我はゴーレムなり。
カジノの街ブルギャンで、目的としていた鑑定の魔道具を3つ手に入れることが出来た。うむ、上出来だ。後はカジノで楽しむだけなのである。
今日もハク達が朝食を宿で食べた後に、教会へと向かうことにする。宿を出るとなぜか多くの者達が宿の周りを取り囲んでいる。
何だ? 何かのイベントか?
「あっ、銀色の人形達が出てきたぞ」
「幸運の人形さんはやっぱりこの宿に泊まってたのね」
「ワシも御利益にあやかりたいのぅ」
これは、どうやら、我らが宿を出てくるのを待っていたようだな。宿のガードマンがほっとした様子で我に話しかけてくる。
「銀色の人形が泊まっているのかと、みんなが聞いてきて大変だったぜ。泊まっているなんて俺が言うわけにはいかないからな」
と笑いながら、教えてくれた。なるほど、このガードマンにはちょっと面倒をかけてしまったようだな。我は迷惑料として銀貨1枚をガードマンに握らせた。
「お、すまねぇな」
と、素直に銀貨を受け取ってくれたガードマンに我はちょっと気分が良くなる。こういう時は素直に受け取ってくれた方が気分がいいのだ。
我らは教会へと向かおうとするが、我の周りをみんなが取り囲んでくる。
「銀色の人形さん、また私と握手して!」
「わしとも握手してくだせぇ」
と、なんともやかましい。仕方ないな、握手くらいしてあげるさ。だから、押さないでほしいのだ。我は一人一人と握手をしていくことにした。みんな両手で我の手を包み込むようにしっかりと握ってくる。まるで選挙運動中の政治家のような握手をしてくる。
お金が絡むと人は必死になるのだな。
そして、途中の男がありがとうと言って、我に銀貨を1枚渡してきた。握手代ということだろうか。我はくれるものはもらう主義なので、うむと頷き、銀貨を受け取る。
その後からは、握手をしたら、銀貨1枚という流れになった。握手するだけで銀貨一枚とは、ぼろ儲けだ。ハクが握手を求める者達を1列に並ばせ、我が握手をし、ジスポがお金を受け取りないわーポーチにいれるという流れができた。
40人ほどと握手をしたので大分時間をとられてしまった。でも、銀貨を23枚もらえたので、なかなか良い商売なのである。
◆
我らが教会に向かって歩いていると、後ろの方から、「あ、いましたぜ、兄貴! あいつらがカジノの目玉の鑑定の魔道具を手に入れたっていうヤツらですよ!」という声が聞こえてきた。
なんだろうと思って振り返ると、大きな身体の三ツ目の魔族を中心に20名ほどの者達が我らの方に走ってきているではないか。そのまま我らを取り囲んだ魔族達はにやにやと笑っている。
我らが黙って見ていると、三ツ目が大きな態度で話しかけてきた。
「おい、お前らが、カジノで鑑定の魔道具を手にいれたのは知っているんだ。それを素直に渡せば、痛い目を見ないですむぜ」
我は首をひねる。これはひょっとしてかつあげをしようというのだろうか?
いやいや、我ってばブラックカードを持っている超強い冒険者だよ。そんな我に喧嘩を売ってくるかな。あっ、でも、この街に来てブラックカードを見せていないから知らないのかもね。
我らが何も言わないのを、びびっていると思ったのか、調子に乗った三ツ目の取り巻きが意気揚々とはやし立ててくる。
「兄貴はな、なんと4ツ星の冒険者なんだぜ! 渋っていると殺されちまうぞ、お前ら!」
「ははは、結果は同じなんだから、面倒をかけるなよ」
「とっとと鑑定の魔道具を出しやがれ!」
うむ。なんという小物っぽいセリフなんだろう。たしかに、三ツ目の首からは4つ星のダンジョンカードがこれ見よがしにぶら下げられている。人数が多いというのもあって、自信満々のようだ。
街の者達は、我らを遠くから心配そうに見ているが助けようとはしない。またか、みたいな様子で我らの方を見ている。多分、こやつらは日頃から数や暴力にものをいわせて、弱者から、こうやって金目のものを巻き上げているんだろうな。
「おい、だまっていっぷ」
我は三ツ目がしゃべっている途中で、三ツ目の前まで移動し、頭をパシッと叩いた。「ぐえ」といううめき声と共に三ツ目が気を失い、そのままゆっくりと地面に倒れていく。
{ログ:ゴーレムはトライアイに20のダメージを与えた}
うむ、うまく手加減できたようだ。息絶えたというログは流れてこないからな。我らの周りではやし立てていた者達は静まりかえっている。
我は周りの者達は無視して、三ツ目のダンジョンカードに手を伸ばし、細切れに引きちぎった。ダンジョンカードは、再発行はしてくれるけど、そのために必要な金額はかなり高いのだ。多少は金銭的にも痛い目を見てもらわないとね。
我は周りを取り囲んでいた者達を無視して教会へと向かう。
◆
教会で神へのお祈りをし、金貨1枚と握手代として受け取った銀貨23枚を寄進した。シスターが「神のご加護がありますように」と言って、我らを教会の外まで見送ってくれる。
今日は我らの後を付いてきた者達が多かったため、昨日までとは違い教会にいた者の数が多かった。彼らにもカジノの前のお祈りの大切さがわかってくれるとうれしいね。
お祈りをしているのとしていないのでは、コイン稼ぎの効率がかなり違ったからね。ゲームの中では。
◆
カジノへと到着すると、受付の人が「少々お待ちください」と、額に汗を浮かべて、奥へと走っていった。青白い顔をしていたけど、大丈夫だろうか。トイレを我慢していたのかもしれない。トイレまでもつことを祈っておこう。
しばらく、その場で待っていると、昨日白目をむいて運ばれていたおっさんがやってきた。かなり、げっそりとしている。こんなになってまで働くとは仕事熱心なおっさんなのだ。
我らはおっさんに案内され、カジノの奥にあるゴージャスな部屋へと通された。
部屋の中には我らとおっさんしかいない。ふー、ふーという荒い息を吐き、おっさんは突然、我らの前で土下座をし始めた。
えっ、何? どうしたの? 我が突然のおっさんの行動にびっくりしていると、おっさんが大声で叫び始めた。
「ど、どうか、もうこれ以上は勘弁してください!! あなた方がコインを交換されたのは金貨3枚だけです。それでこれ以上カジノでコインを稼がれ続けられるとカジノ自体がつぶれてしまいます!! どうか、この通りですので勘弁じでぐだざい!!」
いい大人が泣きつつ、土下座をするとは。このおっさんはそこまで追い込まれていたのか。我は別に悪いことをしていないのに、非常に悪いことをしたような気分になってくる。
なおもおっさんは涙を流しつつ訴えてくる。
「目玉商品の鑑定の魔道具を全て持って行がれ、ごの先の客足が落ちることが予想ざれるのでず! うっ、その上、今日も昨日までと同じようにコインを稼がれてしまってはもうどうにもなりません!! ですから、どうが、どうが、お許しくだざい!」
なるほどな。
昨日、白目をむいて倒れてたのは我のせいだったのか。
ちょっと申し訳ないな。たしかに、我は金貨3枚しかこのカジノにお金を落としていない。それなのに、星金貨100枚相当の品を3つも持って行かれたのでは、このおっさんでなくとも倒れてしまうだろう。
ふるふると身体を震わせて、土下座をつづける目の前のおっさんを見ると少しかわいそうになる。我は遊びに来たのであって、このおっさんを苦しめに来たのではないからね。
我はハクに昨日手に入れた鑑定の魔道具のうちの1つを机の上に出すように伝える。目玉商品が1つ戻ればこのおっさんもかなり安心できるだろう。
我はおっさんの肩に手を置き、頭を上げさせ、イスに座るようにうながす。
涙を袖口でぬぐうおっさん。目の周りが真っ赤だ。
なんだか、非常に心苦しい。我って実はひどいヤツなのではないだろうか。いい大人をこんなにも泣かせてしまうなんて……。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、罪悪感が解消しました}
いやいや、あぶない!
情にながされるところであった。勝負の世界は非情なのである! 涙で解決するようなものではないのだ。命があるだけ幸せなことなのである。
我はハクにやっぱり鑑定の魔道具をしまうように伝える。おっさんに悪いから返そうかなと思っちゃった30秒前の我を叱ってやりたい。本当に危ないところだった。星金貨100枚分を簡単には返せないよ。
我は重々しく頷き、ないわーポーチからノートを取り出し、おっさんへのメッセージを書く。
<言いたいことはわかった>
<我らは、ただ遊びたいだけなのだ。おっさんを苦しめたいのではない>
おっさんは我のノートを食い入るようにみつめ、頷く。
<400,000枚のコインを換金はしないでおこう>
「あ、ありがとうございまず!!!」
もちろん、ただ換金をしないというほど、我は甘くないのである。
<我らはコインを換金はしないが、コインはそのまま使わせてもらう>
「そ、それはどういうことでしょうか?」
<遊ぶためにコインが必要なのだ>
<換金をしないし、景品への交換もしない>
<ただ、そのまま遊ばせてもらうだけなのだ>
<その程度はかまわないであろう>
おっさんはしばらく考え、わかりましたと我の提案を受け入れてくれた。我らが原因でカジノの損失はこれ以上膨らまないだろうから、これで一件落着だね。丸く収まったよ。
よかったよかった。
我がそう思い、部屋を出ようとしたところ、黒服の男が慌てた様子で部屋の中へと駆け込んできた。
「し、支配人! ウシボタイ王様がカジノにお越しになられて、目玉の鑑定の魔道具はもうないのかと騒いでおられます!」
黒服の男の報告を聞き、おっさんは顔を青くして「な、なんだと」と呟いたのだった。
カジノというところは次から次に問題がやってくるのだな。支配人は本当に大変だ。我らは対応を迫られるおっさん達の邪魔にならないように、そっと部屋を後にした。




