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第96話 世界の危機

我はゴーレムなり。


今日はおかしな女と男達に絡まれかけたが、それ以外は何事もなかった。どの国にでもおかしな者はいるものだ。


我とハクは、何日か滞在する宿を決め、夕食をとる。部屋で食べることもできるそうだが、食堂で食べることにする。ここは高めの宿だから、絡んでくるやつもいないだろうし、周りの話に聞き耳をたてているだけでもいろいろな情報が手に入るからね。


ハクとジスポが黙々とご飯を食べている横で、我はノートに周りから聞こえてくる話をそれとなくメモしていく。大半が黒竜様が突然、魔王城に現れたという話だ。あの黒いドラゴンは、魔族の者達にかなり神聖視されているのだな。


そんなことを考えていると、扉の横の壁をすり抜けて一人の女が食堂内に入ってきた。


あれは昼間の女だ。まぁ、10代半ばから後半くらいの見た目だから、女というよりは女の子といった方が正しいのかもしれない。


ハクも壁をすり抜けて入ってきた女に気づいたようだ。しかし、他の者達は気づいていない。まったく見えていないようだ。ジスポは食事に夢中でまったく気にしていないけど。


人に気づかれず、壁をすり抜けられるとは、もしかしてあの女は幽霊なのか? 女は我とハクの視線に気づき固まっている。


我はそっと女に向かって手を合わせ、祈ってみる。しかし、女は消え去らない。うーん、幽霊じゃないのか。まぁ、放っておくか。


ハクとジスポの食事が終わったようなので、部屋へと戻ることにした。





部屋に戻って、今日買った魔道具を確認する。我が触ると消えるかもしれないので、ハクにひとつひとつ取り出して見せてもらう。


わふー。いいね。


良い買い物をしちゃったよ。


鑑定の魔道具を買いに来ただけなのに、良い買い物をしちゃったよ。ジスポは穴あき包丁の穴に手を入れて遊んでいる。手が折れるぞと思いながら、魔道具を確認していると、壁をすり抜けて食堂にいた女が入ってきた。


ハクがすかさず、女の顔の横にナイフを投げつける。


カッという音と共に、壁に突き刺さったナイフ。あぁ、壁を傷つけちゃったよ。あれって修理代金取られるかな。あっ、そうか、我には復元があるから大丈夫だ。セーフだよ。


ジスポは「えっ、何」って顔でナイフを投げたハクとナイフが刺さった壁を交互に見比べている。


「ぎゃっ」という声をあげて驚いている女。いきなり入ってこられたのだから、ぎゃっと叫びたいのはこちらである。


女はこちらを向き、手を振ってくる。


何がしたいのだろうと思いつつも、我は手を振り返す。ハクがもう一本のナイフを取り出し、「当てる?」と我に聞いてくる。うむ、まぁ、怪しいヤツだし、当てても良いのかもしれない。


「わー!! ちょっと待ってごめんなさい!!」


いきなり、頭を下げて謝りだした。なにがしたいんだこの女は。


「ちゅちゅー!!? ちゅ!」

(い、いきなり人が現れましたよ!!? 親分!!)


ジスポは今までこの女が見えていなかったのか。まぁ、ジスポの事はいいや。問題はこの女である。昼間といい、今といい、何が目的なのだろう。盗人か?


女は焦ってしゃべり始める。


「私は、魔王の娘のメヒマーサというの! ゴーレムさんのすごい力を見て、そ、そうよ、サインが欲しくてさ。お近づきになりたいと思ったの。本当よ! うそじゃないわ!!」


この娘、魔王の娘なのか。しかし、我のサインだと? 我って今までサインの練習をしたことなんてないから、かっこよくかけるだろうか?


「大丈夫! 練習なんてしてなくても、ゴーレムさんが書いたものなら何でも良いわ!」


そうか。我の書いたものならなんでもいいか。ん? でも、なんでこの女は我の考えに的確に返事が出来たのだろう。我は訝しんで女を見る。


「え、えっと、それはね」


もしかして、ヒカルと同じように念話が使えるのだろうか、この女も。念話が使えるなら、我と会話が出来てもおかしくない。


「そう! そうよ! 私も念話が使えるの!! さすがはゴーレムさん! なんでもお見通しね!」


ふっふっふ、伊達に何年も生きていないからね。そういえば、サインか、しかたないな。そんなに欲しいなら、書くしかないな。ファンサービスは大事だからな。サインは何に書けばいいのだろう?


「えっとね、何でもいいわよ!」


うーん、何でもいいか。女は色紙みたいなのも持っていないし、何に書けば良いんだろう。あっ、そうか、なるほどね。女に我の前でかがんでもらう。


我はハクにインク瓶を出してもらい、右手の人差し指をインクにつける。そして、女の服の背中に縦書きで大きく<ゴーレム>と日本語で書いた。こちらの世界の文字でも良かったかもしれないが、あえて日本語だ。


ふっふっふ、いかしているんじゃないだろうか。


女は「えっ? えっ?」と驚いている。あれ? やっぱり読めない字はいやだったのかな。我はしかたないと思い、<ゴーレム>と書いた下に、この世界の文字で横書きで<ゴーレム>と書いた。


これでばっちりだ。


女は「うっそ、ありえない!!」と、部屋に備え付けられていた鏡を見てすごい喜んでくれている! こんなに喜んでくれるとは。我もうれしくなるよ!


もっとサインの練習をしておけばよかったな。


「この服すごい高いのに!!」と女はなおも喜びの声を上げている。我のサインでさらに値段が上がってしまったから、この喜びは仕方ないね。良いことをしちゃった。でも、転売はしないでもらいたいものだ。


我は、じゃあねと女にお帰り願おうとしたら、「待って! ゴーレムさんとお話がしたかったの。少しだけお話をしない?」と必死で言い寄ってくる。


ううーむ。


夜だからな、女は早く帰った方がいいと思うんだけど。でも、サインまで求めてくる熱狂的なファンだ。深夜にこっそり部屋に入ってこられても困るし、少しこの女につきあうことにしよう。


我はわかったと頷き、女にイスに座るように勧める。ハクには机の上に広げていた魔道具を片付けてもらった。


「ちゅ、ちゅちゅ!?」

(待って、手を入れたままです!)


あーあ、だから危ないと思っていたのだ。我はジスポをつかみ穴あき包丁から遠ざける。





女、いや、魔王の娘の話を聞くと実に興味深い話だった。最初は我の力についての質問だったが、途中からはこの世界の昔話も話してくれた。


「どうやってそんな力を手に入れたんですか?」

「ゴーレムさんほどの力を持っていたら、世界征服もできそうですよね」

「その力を今後どう使っていくのですか?」

「昔に、魔界と地上を征服した大魔王がいたそうですよ」

「ゴーレムさんなら、魔界も地上も天界も征服できそうですよね」

「私にも世界征服できるような力があったらいいんですけど」


魔王の娘は夢であるという世界征服について熱く語ってくれた。さすがは魔王の娘。世界征服とは大きな夢だ。若いから大きなことを夢見ているんだな。いいな、若いって。


我にはこの娘のような大望はない。しかし、この娘の話を聞いていて我はこのままでいいのかと思ってしまった。我は一人で考え込む。


すると、我の中の内なる悪魔がささやきかけてくる。


『ゴーレム、お前の力なら、この娘のいうように世界征服できるんじゃないのか?』


いや、でも、世界征服をしてどうするのだ?


『世界征服をすればなんだって思いのままだぞ。みんながゴーレムに従うんだ! すばらしいじゃないか!!』


そうか? 支配される側からしたらたまったものじゃないと思うんだけど。そして、悪魔の対となる天使も現れ、我の迷いを解消しようと話しかけてくる。


『迷わないでゴーレム! あなたが世界を征服すれば、戦争という殺し合いがなくなり、世界は平和になるわ! その過程で多少の殺戮が必要になるかもしれないけど、それは必要な痛みなの! 世界を平和にするために必要な犠牲よ!』


なるほど。世界が平和になるのか。それは良いことじゃないのだろうか。うむ、世界征服をしちゃってもいいのかもしれない。その後の管理が大変そうだけど。


悪魔がはっとして、何かに気づいたように我にささやいてくる。


『ゴーレム、俺はやっかいなことを思い出した。会社員だった頃の上司を思い出せ』


えっ? 上司を?


『そうさ、上司は下からはつつかれ、上からは叱責されていただろ。それを見た時、管理職なんてやるもんじゃないと思ったはずだ。世界征服したら、管理するのが大変なんじゃないのか?』


なるほど。たしかにそうだ。管理するのは非常に大変だ。世界征服をしようなんて、早まらなくてよかった。でも天使が引き下がらない。


『待って、ゴーレム。世界を平和にするためなのよ! 管理なんて人に任せちゃえば良いじゃない! 世界平和を成し遂げることこそ、あなたのなすべき事なのよ!!』


たしかにそれもあるな。人に任せれば我は動かなくてすむぞ。じゃぁ、やっぱり世界征服をしたほうがいいのか。


『待てよ、天使。人に任せても、結局はどこからか不満が上がってきて、面倒なことになる。そんなのいちいち対処したくないぞ』


『悪魔のくせにバカね。不満を言うようなヤツは殺しちゃえばいいじゃない! 世界平和の邪魔よ!! 天罰よ!』


『天使のくせに過激だな。正義を掲げれば何でも許されると思いやがって』


『何よ、この悪魔! 弱虫悪魔! 正義の前には何をしても許されるのよ! そうよ、思い出した。ノアの方舟計画を発動しましょ!』


ううーん? なんだ。結局、我はどうしたらいいのだ? 我の迷いがどんどんと深くなっていくぞ。ノアの箱船計画って世界征服からずれていっているのではないのか?


『何をいってるんだ、天使?』

『悪魔の心配もこれでなくなると思うわ。全ての生物を殺しちゃえば管理もしなくていいんじゃない? 従う少しの者達だけを助けて、それ以外を殺しちゃうの。人や亜人など知恵のある者をほとんど殺しちゃえば、世界は平和になるし、世界も征服できたことになるし、完璧じゃない? どうよ!!?」


えっ、それはちょっとやり過ぎな気がするのだけど。


『極端すぎるぞ、天使! バカじゃないの?』

『何よ、弱虫悪魔!! 名案じゃない!!!』


「あ、あの、ゴーレムさん? 世界征服をしたいんであって、皆殺しにするんじゃないんですよ?」


魔王の娘が、青い顔をして話しかけてくる。我はむろんだと思い、頷く。しかし、心の中では天使と悪魔がわめきあっている!


『悪魔、思い出しなさい!!』

『何をだ、天使!!』


天使は神妙な顔をして、大声で叫ぶ。


『やらずに後悔するより』


悪魔がはっとしたような顔で天使を見る。尚も天使は続けて叫ぶ。


『やって後悔したほうが』


天使は悪魔を見つめ、微笑む。悪魔は、そうだな、俺が間違っていたよとでもいうように、天使に微笑み返し、天使と悪魔は二人揃って大声で叫んだ!


『『かっこいいんじゃない』』


がっちりと手と手を取りある天使と悪魔。なるほどな!! 二人の決断に我も背中を押されたぜ!!


たとえ間違っていたとしても、やってみた方がいいのだ! やってみてダメだったら、同じ過ちを繰り返さなければ良い!! 間違ってもやり直せる。負けてもなお立ち上がれる。それが、我の強さだろ!!


「ご、ゴーレムさん!!?」魔王の娘が青ざめた顔で我の名を呼ぶが気にしない。


細かいことは気にしない! 我が目指すべき道が今わかったのだ!


おっし、やってやろうじゃないか!! 世界征服!! 逆らう者は皆殺しなのだ!!

ふっふっふ、ふははははははははは!!


{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}


危ない危ない。


天使と悪魔のささやきに踊らされそうになった。確かに我なら力ずくで世界征服ができるかもしれないが、我は別にそんなことをしたくない。正義の名の下に虐殺ってなんだよ、それ。


ないない。ほんとにないわ。ないわーポーチの柄ぐらいありえないわ。


我は、どこからともなく現れて、さっそうと消えていくヒーローの方が好きなのだ。支配なんて面白くない。みんなが我のいうことにYESというだけの世界など、一人でいるのと変わらない。


我は、一人でいる怖さを知っているからな。そんなバカなことはしないのだ。


魔王の娘は、ほっとしたような顔で我の方を見て話しかけてくる。


「そうですわね。世界征服などお子ちゃましか目指しませんわ。世界征服など間違ってもしようなんて思ってはダメですわ。ね、ゴーレムさん。ゴーレムさんは、そんなお馬鹿なことを夢見たりしないですわよね?」


我は当然だとばかり、しっかりと頷く。


心底疲れたような表情で魔王の娘は帰っていった。送ろうかと声をかけたが、「大丈夫です!!」と固辞して一人で帰って行った。


ふー、ファンサービスをするのも大変だね。





魔王の娘メヒマーサは、無事に魔王城に帰り着く。そして、自分のベッドに倒れ込んだ。


「あ、あぶなかった。世界が滅ぶところが見えてしまったわ。なんというぶっ飛んだ思考回路をしているのかしら、あのゴーレム。やらずに後悔するよりって、やってもらっちゃ困るわよ。ほんと。あれじゃ世界征服じゃなくて、世界崩壊よ」


メヒマーサは自身の能力、未来予知で見えた世界を思い出し、ブルリと身体を震わす。あらゆるモノを消し去る光、悪魔のような光が世界の全てを消し去ろうとしていた。そして、最後にはもういいやと言わんばかりで、この星そのものを消し去ろうとするゴーレムの姿が見えたのだ。


「あのゴーレムを操るなんて無理よ。暴走し始めたら、手がつけられない。あれは触れてはいけないモノなのよ」


メヒマーサは大きく息を吐き、上半身を起こす。窓の外を眺め、ぽつりと呟いた。


「黒竜様がガクブルになる理由が私もようやくわかったわ」


この後、メヒマーサはその力を正しく使い、王の座を継ぐと魔国イクロマを平和な国家へと導いていくことになる。

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