第90話 魔国イクロマへ
我はゴーレムなり。
3人の勇者候補の子供たちを連れて、魔国イクロマへ入ろうとしている。ジスポはセーラー服にかなりなついた。なついたというよりは餌付けをされた。「きゃー、かわいい」と言って、どんどんと食べ物を与え続けるセーラー服。
「ちゅちゅちゅ」
(しかたありませんね)
と言いつつ、どんどんと食べ続けるジスポ。ジスポはどんどん丸くなっている気がするんだよね。運動不足なのかもしれない。いや、確実にそうだ。今度、回転車を探さないとな。
勇者候補達に、なんで学生服のままなのか聞いたら、召喚された影響で学生服がすごい強化されているそうだ。下手な鎧などを装備するよりも防御力が高いらしいので、学生服で行動をしていると教えてくれた。
◆
もうじき関所だなと思っていたら、なぜか魔族の兵士達に我らは囲まれている。何もしていないのに、どういうことだろう。
「やっぱりただでは入れないのかも」
「勇者候補ってばれたのかもしれないね」
「こっそり行くべきだったんだよ」
我は勇者候補たちに向かって大事なことを教える。
『悪いことをしていないのだから、堂々と行けば良い』
「悪い、こと、ない。堂々、行く」
『力が全てじゃない。言葉で話し合うのが大事なんだよ』
「力、全て、ない。言葉、大事」
勇者候補たちは、ほんとかなぁと訝しむ表情で我を見てくる。しかたない、我が実際に見せてやろう。
我はリヤカーから手を離し、魔族の兵士達の方へと一人で進んでいく。我に敵意はないことを示すために両手をあげて進む。魔族の兵士達の隊長らしき男が前に進み出てくる。
「止まれ! お前達の中に召喚者がいることはわかっている! ここで引き返すのならば、手出しはしない! 立ち去るがいい!!」
我はないわーポーチからノートを取り出してメッセージを書き、ノートを掲げる。
<帰還石使いたい!>
「帰還石だと!? やはり、お前達、召喚者は魔族を生け贄にして、元の世界に戻ろうというのだな!! 悲劇は繰り返させない! お前達、攻撃開始だ!」
帰還石を使いたいというメッセージで、なぜ攻撃につながるのだ? 我はノートを掲げたまま首をひねる。
そんな我をめがけて、大量の攻撃魔法が飛んでくる。ドーン、ドドーン、ドーンとすさまじい轟音が鳴り響く。次から次に攻撃魔法が飛んでくる。さすが魔族。魔法を使い慣れている。
まぁ、目標が我だけのようだから、かまわないから好きにさせておこう。ジスポはセーラー服のところにいるから、危なくないし。あっ、我のノートが燃え始めた。使い始めたばかりなのに、もったいない!
ようやく攻撃が止んだが、土煙で前が見えない。風の精霊たちに手で扇ぐジェスチャーをして、土煙を飛ばしてもらった。
「なっ、無傷だと!? バカな」
我は、ないわーポーチから、あと数ページしかない使い古したノートを取り出し、新たなメッセージを書いて掲げる。
<魔王に会いたい!>
「魔王様にお前のようなよくわからない者を会わせられるわけがないだろう!!」
隊長らしき男は理不尽に怒ってくる。隊長ならば、もっと冷静な判断をしてもらいたい。我は落ち着けというジェスチャーをするが、そんな我には目もくれずに、隊長らしき男は新たな命令を下す。
「お前達、後ろの者達を狙え!」
後ろを狙われると困るので、攻撃される前に我は巨大なラインライトを隊長達の前に撃ち込む。
チュドーン!!
大きな音があたりに響き、地面には大きな穴が空いた。「なっ、なっ」と隊長らしき男は驚いて尻餅をついた。我の話を聞いてくれる気になっただろうか。
「な、なんだよ、あの光魔法は!? ありえないだろ!!」
「だから、言ったでしょ。あのゴーレムはバグキャラなのよ」
「しっ、聞こえるよ。ステータスが不可思議だから、多分、あれでも手加減してるよ」
「「ありえない」」
離れたリヤカーで勇者候補たちがなにやらわめいているが、遠いのでよく聞こえない。
我は一歩ずつ隊長らしき男に近づく。男は尻餅をついたまま後ずさる。兵士達の中には、何人か逃げている者がいる。我は話し合いをしたいだけなのに、なぜこうなってしまったのだろう。
悲しいね。力でしか語り合えないとは。
◆
その後、ハクに通訳を頼み、なんとか隊長らしき男とコミュニーションを取ることができた。
「あれって脅迫よね?」
「しっ、本人は交渉のつもりだから」
「俺、もう日本に帰りたい……。全然強くないじゃん、俺」
勇者候補たちがおかしな事を言っているので、我が振り返り首をかしげると、「なんでもないです!」と声をそろえて答えてくれる。相変わらず、息が合っている3人だ。
隊長らしき男の話を聞くと、帰還石を使うには膨大な魔力が必要になるらしい。そのため、過去に召喚された勇者は、魔族を生け贄にして元の世界に帰ったそうだ。しかも、生け贄で殺された人数は数人ではなく、数万人にも上ったらしい。その前例があったために、帰還石を使いたいと言われて、追い返さねばと判断したようだ。
その話を聞いて勇者候補たちは、顔を曇らせる。
「どうしよう、数万人も殺すなんてできないわ。私は、狼とかなら魔法で殺したことがあるけど、人の形をした魔物ですら殺したことがないもの」
「僕もだよ。どうしよう、このままじゃ帰れない」
「俺は、ゴブリンやオーガは殺したことがあるけど、言葉の通じる相手を万人単位で殺すなんて無理だぞ」
まぁ、それが普通の反応だよな。
勇者候補達は高校生や中学生くらいみたいだし、簡単には殺せないよな。我は結構、殺しているけど。元の世界に帰るこの子供達には殺しになれてほしくない。
どうしようと考え込んでいる勇者候補達。
ふっふっふ、誰かを忘れているようだ。
我は考え込んでいる勇者候補達の周りをうろうろする。ちらちらと視線を送り、我に気づいてくれないかなと思いながら、うろうろする。
「あっ」と声をあげ、セーラー服がようやく気づいたみたいだ!
そうさ、我に頼めば、膨大な魔力なんて楽勝だぜ!
「魔石よ! 魔石で代用すれば良いじゃない!!」
えっ? そっち? 魔石なんかで代用できるの?
「魔石?」
「そうそう、召喚された時に、すごい金額で赤く輝く宝玉を買った甲斐があったってルップア王国のバカ王が言ってなかった? それを使えば、魔力の補充ができるんじゃないの!?」
「あ、たしかに、あの王様が言ってたね」
「でも、王国に取りに戻るのか? 他の4人の勇者候補がいるぞ?」
我は魔石の話で盛り上がる3人の勇者候補を呆然とみる。魔石で代用だと、そんなことが本当に可能なの だろうか。我の出番が……。「ゴーレムさん、ありがとう!」「ゴーレムさん、すごい!」「ゴーレムさん、さすがだぜ!」と賞賛されると思ってたのに。
「でも、その赤く輝く宝玉の魔力を使って、僕らを召喚したって言ってたし、もう単なる宝玉だって言ってなかった?」
「あっ」
「そういえば、そんなことを言ってたな」
おや。おやおや。もうその赤く輝く宝玉ってのは力を使い果たしたのか。へっへっへ。いいことを聞いたぜ。でも、赤く輝く宝玉か、我が迷宮都市で売ったのと似たような魔石があるものなんだな。やっぱり世界は広いな。
また勇者候補達の顔が曇っていく。
「どうしよう、私たちはこのまま帰れないの?」
「きっと、方法が何かあるはずだよ」
「方法ってどんな」
我は、そわそわしつつ勇者候補たちの周りをぐるぐると回る。
魔族の隊長が、ハクに「何をしているんだ? あの銀色のは?」と質問をしている。ハクは一言「アピール」と答えていた。
あまりにも気づいてくれないので、我はノートに文章を書き、そのページを破る。そして、さりげなく勇者候補たちが顔を見合わせているところにそっと落とす。
我はさっと、勇者候補達に背を向け、腕を組み、右足をぱたぱたとさせる。本当なら口笛も吹きたいところだ。
「なんだ、これ?」
「ゴーレムさんに頼んでみたらって何?」
「あ、ゴーレムさんの桁違いな魔力なら」
我は、そう! そうだよ! その通りだよ! 学ラン!! と思いながら、必死に声をかけられるまで自分を抑える。ぱたぱたと右足の動きは止まらないけど。
勇者候補たちが我を見つめてくる視線を背中に感じる。そう、頼んじゃいな! 我に頼んじゃえばいいんだよ!
「あ、あのゴーレムさん」
我は何って感じでさりげなく振り向く。何か用って感じのジェスチャーをする。学ランが代表して話しかけてくる。
「ゴーレムさんなら、僕らを送り返すだけの魔力を持っているのではと思うんです」
我はうむうむと頷く。それで? その先の言葉がいるでしょと、我は学ランが続きを言うのを待つ。
「ゴーレムさん、僕らに力を貸してくれませんか? お願いします!」
「「お願いします」」
頭を下げてお願いしてくる勇者候補達。そこまで頼まれたら仕方ない。我は勇者候補達の頭をあげさせ、むろんだと力強く頷いた。
「でも、わかっているなら、最初から言えムガ」
何かを言いかけたブレザーの口を学ランがふさぐ。「おほほほ」とセーラー服がブレザーと学ランの姿を我から隠すように移動し、お嬢様笑いをし始めた。我は何がしたいのだと首をかしげるばかりだ。
その後、我が魔力を補充して、召喚者達を送り返すからと魔族の隊長を説得した。最初は渋っていたが、闇の精霊や風の精霊達が我の周りに来て、「ゴーレム嘘吐かない」「ゴーレムいいやつ」と一緒に説得をしてくれて、精霊がそういうならばと信じてくれた。ありがとう、精霊達。
魔族の隊長は、魔王様に確認してみるから返事が来るまで、我らには関所で待つようにと言ってくる。我も無理矢理突き進む気はないので、了解したと頷く。
関所に案内される前に、我は地面にあけた大穴を復元で元通りに直す。危ないからね。我は思いやりのあるゴーレムなのだ。後始末はきちんとするのである。
その様子を見て、隊長は唖然とし、勇者候補たちは「ありえない」と言ってくる。我は勇者候補達にノートにメッセージを書いて見せてやる。
<ありえないということはない。現実にありえている>
続けて、ぺらっとノートをめくる。
<自分の常識を疑え>
そのメッセージを見て、勇者候補たちは苦い顔をする。
「バグキャラに言われるとちょっと腹立つわね」
「ああ、一番の非常識だからな」
「ちょ、ちょっと二人とも!!」
やれやれ、まったく子供達はいつだって大人の助言を聞かないものだ、と我はあきれて首を左右に振る。
こうして、我らは魔国イクロマへの関所で待機することになった。