第88話 道路
我はゴーレムなり。
ただいまリヤカーを引きながら、山道を進んでおります。ここまでの道はけっこうまっすぐだったのだけど、この先には岩山があるから、大きく迂回しないといけないらしい。
おかげで、山向こうの医者を連れてくるのも一苦労だと、山の麓の村で気の良いおばさんが教えてくれた。ハクがいるおかげで、かなりスムーズな旅が続いている。ゴーレムとハムスターだけではこうはいかない。
そして、なにげに3つ星のダンジョンカードがすごい役に立っている。最初は、小さい女の子が一人でと心配していた人も、3つ星のダンジョンカードを見せると、「おや、まぁ」と態度を変えるのだ。
そんな若くてたいしたもんだとか、3つ星なら心配いらないねと、180度態度を変えるのである。3つ星でそれなら我のブラックカードはどうよと思い、ないわーポーチからおもむろにブラックカードを取り出し、見せつけるようにいじってみても誰も反応してくれない。
試しに、ブラックカードを落としてみても、一般人はだれも気にもしてくれない。ブラックカードとは、一体……。せいぜい冒険者ギルドのギルドマスターが、驚いてくれるくらいだ。ハクの3つ星ダンジョンカードで大抵のことは間に合うので、我がブラックカードを見せることはないんだけどね。
岩山の近くまで来たので、このまま道に沿って岩山を迂回して進んでいくかと思っていたら、岩山の方に続く細い道があった。なんだこれと思い、そちらの道を進むことにする。ハクにリヤカーを魔法のカバンにしまってもらい、そのまま魔法のカバンもハクに持ってもらった。我は魔法のカバンを装備できないから、仕方ないのだ。
岩山に近づくと、カーン、カーンという音が聞こえてくる。んー、誰かいるのかと思い、さらに進むと、一人の男がノミと金槌を持って、岩山を削っている。何か採れるのだろうか。
我とハクは男の後ろに近寄り、問いかける。
『何をしているのだ?』
「何、してる?」
カーン、カーンと男は一心不乱に岩山を削っている。聞こえなかったのかな。我は再度問いかける。
『何をしているのだ?』
「何、してる?」
男は尚も、カーン、カーンと一心不乱に岩山を削っている。また、聞こえなかったのか? しかたないと思い、我は再度問いかける。
『何をしているのだ?』
「何、してる?」
それでもなお、男はカーン、カーンと一心不乱に岩山を削っている。我はほんとに聞こえていないのか確認するため、男が削っている岩の近くまで行き、男の顔をのぞき込む。
男は必死の形相で岩山を削っている。何がこの男をここまで駆り立てるのだろう。我は岩山に片手をついて、男の顔を眺めていた。
すると、なんということでしょう、岩山がむくむくむくとふくれあがり始めた。男がこつこつこつと削っていた箇所に、どんどんと岩が盛り上がってくる!
な、何が起こっているのだ!? まるで削られたところが元に戻ってしまっているようだ!?
我は驚いて足を滑らせてしまった。バランスを崩して両手を岩山に付いてしまう。すると、岩が勢いを増してむくむくむくと盛り上がっていく。
なんてこった!
この男の努力が一瞬で無に帰ろうとしているではないか!? まるで我の復元の能!!?
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
もしかして、我の復元の能力が働いているのかな?
我はおそるおそる両手を岩山から離す。すると我が両手を離すと同時に、むくむくと盛り上がっていた岩が止まった。試しに我が再び岩山に片手をつけると岩が成長を始める。両手をつけると岩の再生がスピードアップした!
うむ、間違いない。我の能力で岩山が復元されたようだ。ちょっと悪いことをしたかもしれない。
男の方を見ると、「あ、ああ」と言って呆然としている。男は膝をつき、ノミと金槌をその手から落としてしまった。男の手を見ると、豆が何度もつぶれたであろう傷ついた手の平が見える。
呆然とする男を前に、我はちょっと気まずい。
まるで我がすごいひどいことをしてしまった気分になってくる。我はハク経由で男に再度質問をする。
『何をしていたのだ?』
「何を、してた?」
我の問いかけは過去形だ。男は呆然として、今は何もしていないからな。状況を的確に判断して我は言葉を選ぶのだ。
男はぽつりぽつりと語ってくれた。
この岩山があるから、山向こうの町から医者を呼ぶのにも苦労している。子が急病にかかった時に、この岩山がなく、まっすぐ医者を呼びに行けたなら、助けられたかもしれないそうだ。だから、男は岩山を削って道を作ろうとしていたらしい。
岩山を削って道を作ろうとは、なんと大それたことを考えるのだろう。
万が一考えたとしても、実際にやるバカはいないだろう。しかし、子供の無念を思えばこそ、この男は必死に岩山を削っているのだ。これが、親の愛というものなのだろうか。我は目の前の男に深い感銘を受けた。
そして、やっぱり、悪いことしちゃったなとも思った。
男は山の神様が怒ったのだと言っている。もう岩山を削るのはやめることにすると諦めようとしている。うむ、非常に気まずい。我は、地面に膝をつきうなだれている男の肩にそっと手を置き、言葉をかける。
『諦めるな。山の神は怒ってなどいない。我の力故だ』
「諦める、な。我だ」
男は瞳に涙を浮かべつつ、どういう意味だと首をひねっている。
『我がお前に代わって、この岩山を削ってやろう!』
「代わり、削る」
男は何を言っているのだと言わんばかりの目で我を見上げてくる。
我は男の願いを叶えるべく、ラインライトで岩山を削っていく。トンネルを掘った方がいいかとも思ったが、落石があってはいかんと思い、岩山の上まで削っていき、谷のようにする。我は男に、手をさしのべ立ち上がらせる。
『付いてくるが良い』
「ついて、くる」
男は、「あ、ああ」と目の前の光景が信じられないといわんばかりに目を見開き、ゆっくりと我の後を付いてくる。
我は歩きながら、馬車がすれ違えるくらいの道幅を確保して、岩山を削っていく。ラインライトで撃ち抜いたら楽かもしれないけど、撃ち抜いた先に人がいたら危ないからな。我は地面と垂直に発生させたラインライトでこつこつとがんばって削るのだ。
{ログ:ゴーレムはキングゴーレムに500のダメージを与えた}
{ログ:キングゴーレムは息絶えた}
ん? 何でだろう。ログが聞こえてきた。キングゴーレムってなんのことだろう?
{称号【王殺し】を得ました}
{称号【王殺し】を得たことにより、スキル【下克上】を得ました}
{ログ:キングゴーレムを殺したことにより、種族がメタルキングゴーレムに昇格します}
{ログ:ERROR}
{ログ:再度実行します}
{ログ:ERROR}
{ログ:再度実行します}
{ログ:ERROR}
{ログ:メタルキングゴーレムへの昇格に失敗しました}
は? 王殺し? 下克上?
ひょっとして、この岩山の中にキングゴーレムっていうのがいたのかな。ま、まぁ、深く考えてもわからないからな。考えてもしかたないことは、考えないでおこう。
そして問題はERRORの方だ。なぜか、我はメタルキングゴーレムになり損ねた。なぜだろう。称号【変わらぬモノ】の効果だろうか。
うむ、こちらも深く考えてもしかたない。今は目の前のことに集中するのだ。
いきなり立ち止まった我に、首をかしげるハクと男。我は気にするなというジェスチャーをして、岩山を削り続け、見事に道を完成させた。
我らは、岩山を貫通している道を振り返る。男は涙を流して喜んでいる。我とハクの手を取ってありがとうありがとうと何度も感謝を述べてくる。我はよかったなとハク経由で男に声をかけ、次の町を目指す。
男は遠ざかっていく我とハクの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送っていた。
◆
男はこの喜びを伝えるために、自分の家に急いで帰る。
「おい! 聞いてくれ! 岩山を貫く道が完成したぞ!!」
「何をバカなことを言っているんだい。あの岩山を貫ける道なんて作れるはずないだろう」
「そうだよ、父さん。バカなことを言わないで、仕事をしてくれよ!」
「本当なんだ! 銀色の人形が岩山を削ってくれたんだよ!!」
「銀色の人形? もしかして、今朝旅立っていった冒険者の従魔のことかい?」
「あの従魔にそんな力があったのか?」
「ともかく、本当なんだ!! これで山の向こうから医者を呼んでくるのも素早くなるぞ!」
「その話が本当ならそうだね」
「とにかく、父さんが仕事に戻ってくれるなら、何でもいいよ」
「ああ、これで心置きなく仕事に打ち込める! 待ってろよ、ギュウベェ! ギュウコ! 前みたいに辛い思いはさせないからな!!」
男は慌てて家から出て行った。その様子を家の中にいた2人、妻と子はあきれた様子で見送る。
「まったく牛の子供が1頭死んじまったからって、岩山を削ろうなんてバカな男だよ」
「まぁ、そこがいいところでもあるけどね。うちには何十頭も牛がいるんだから、父さんが仕事をしてくれないと困るから助かったよ」
「ああ、あのお嬢ちゃん達に感謝しないとね」
その後、岩山を削って作られた道は「ゴーレムの道」と名付けられ、その道を通る者から非常に感謝されていることを、ゴーレム達は知るよしもなかった。




