SS第16話 ネズミの決意
ボクの名前はジスポ。
ソフティスマウスにして、親分の1の子分です!
(注:アクティブソフティスマウスに進化していることを本人は気づいていません)
ボクは親分に会うまでは迷宮でのサバイバルを生き残るのに必死でした。
なぜならば、ソフティスマウスは迷宮内で最弱の魔物だからです。ワルイドキャット達には餌として狩られ、冒険者達には毛玉目当てに狩られていくだけの存在でした。
ねずみ算式に増えるので、ソフティスマウスが迷宮内から姿を消さないのを良いことに、毎日毎日多くの仲間が狩られていったのです。誰も僕らを保護してやろうという奇特な存在はいませんでした。
ボクは長老や仲間たちに、この現状を何とかできないかと相談します。
「このままじゃボクたちは狩られる一方だ。なんとかできないだろうか」
「なんとかってどうするんだよ」
「えっと、そ、それは、戦ってみるんだ!」
「戦うって俺たちが相手の前に姿を現せば、相手を喜ばせるだけだ。ずっと逃げ続けるしかないんだよ」
「で、でも、それじゃ、ボクたちは狩られないためだけに生きているようなものじゃないか!?」
「ジスポや、それがワシらソフティスマウスの定めなんじゃ」
「そうさ、弱者は弱者なりの生き方をすればいいんだよ」
「そんな、それじゃ何の為に生きているんだよ! もっと美味しいものを食べたり、びくびくせずに安心して眠ったりしたいじゃないか!?」
「求めすぎてはいかん。ワシらにはワシらの生き方がある。今日を生き残れるだけで十分じゃ」
「俺たちは1個の生命としてじゃなく、種族として存続していければいい」
「そ、そんなのはボクには受け入れられない! 一人一人が幸せを追求したっていいだろ!」
「ジ、ジスポ! 待て、待つのじゃ!」
「長老、行かせてやれ。あいつも腹が減ったら帰ってくるさ」
「ああ、そうじゃな」
「あいつは無駄に才能があるから、高望みをしちまうんだ」
「もふももーふをあれだけ自在に扱えるのは、ジスポ以外におらんからの」
ボクは涙をこらえ、その場を離れました。
ボクにも力があれば狩られないのに。ワルイドキャットに見つからないように、壁際をちょろちょろと進んでいきます。
すると銀色の人形のようなものが目の前を横切っていきました。ワルイドキャットや他の冒険者達とは違い、ボクに見向きもしません。この距離であればボクに気づいていたはずなのに。
ボクは遠ざかっていく銀色の人形の後を知らず知らずのうちに追いかけていました。
銀色の人形は迷宮内をどんどんと進んでいきます。襲いかかるワルイドキャット達や他の魔物をものともせず、どんどんと進んでいきます。そして、ソフティスマウスのような弱い魔物には目もくれないのです。
銀色の方はさらに深い階層に潜って行かれたので、ボクは後を追うのを諦めました。銀色の方なら、頼めばボクを救ってくれるかもしれない。弱き者に手出しをされないあの方なら頼めばボクを子分にしてくれるかもしれない。あの方の近くで強さの秘訣を学んでいくのです! そして、美味しいものをいっぱい食べ、安心して眠るのです!
ボクは銀色の方が戻ってくるのを今か今かと待ちわびます。
ワルイドキャットや冒険者達に見つからないように気をつけますが、どうしても見つかってしまう時があります。その時は必死で逃げました。捕まれば殺されてしまうのでボクは必死で逃げました。
必死の思いで銀色の方を待っていると、とうとうあの方が戻ってこられました。
ボクは「もふももーふ」の魔法を使い毛玉になって銀色の方の前に行きます。もしも、あの方がソフティスマウスを狩られる目的があるならば、この姿のまま出て行けばきっとボクは殺されるはずです。ダメだったら死ぬ覚悟でボクは銀色の方の前に躍り出ます。その一方で銀色の方はきっとボクを殺さないという思いもありました。
銀色の方はボクに優しく触れられてきます。何か用があるのかと尋ねられているのかもしれません。今まで、仲間以外にボクにこんなにも優しく触れてきた方はいませんでした。
ボクは「もふももーふ」の魔法を解き、銀色の方の前にいつもの姿をあらわします。銀色の方は動じることなく、ボクをじっと見守ってくれます。
この方なら大丈夫だと思い、子分にしてくれと頼み込みました。
銀色の方は、最初は首をひねられていました。ボクはこのチャンスを逃したら次はないと思い、必死に頼み込みます。しかし、銀色の方は、なかなか首を縦に振ってはくれません。
もしかすると食事の心配をされているのかもしれないと思い、夜食はいらないからというソフティスマウスにしては、あり得ないほどの譲歩をした上でさらに頼み込みます。なんとか、どうか、ボクも一緒に連れて行ってくださいと頼み込み続けます。
それでもなお、銀色の方は首を縦には振ってくれません。むしろ、首を横に何度も振られました。な、何がいけなかったのでしょうか。夜食はいらないといっているのに。もしや、おやつが気にくわなかったのでしょうか。
ボクはそれでも食い下がります。ボクのこれからの人生がかかっているのです。当然です。
すごい役に立てますからと必死で頼み込むと、少しだけ銀色の方が考え込まれました。
はっ、そうか!!?
ボクは今まで自分の為だけに頼み込んでいました。しかし、それではいけないのです! 銀色の方にボクを連れて行くことで、どれだけのメリットがあるかを伝えなければならなかったのです!
先を言ってみろと言わんばかりに、銀色の方が指を振ってきました。ボクはこのチャンスを逃してはいけないと思い、ボクの得意な磨きをアピールします。
もふももーふの魔法で、毛玉になり、銀色の方の腕に飛びつき、きゅっきゅっきゅと掃除をしていきます。これでボクの運命が決まるのです。ボクの最高の磨きを見せなければなりません!
ボクは磨き終わると魔法を解いて、磨いたあとを確認します。ボクが磨いた後は、きらきらのぴかぴかに輝いています! すごい輝きです。きらめいています。
銀色の方がその腕の磨かれ具合を確認されたあと、ボクの方を向いて深く頷いてくれました。銀色の方が差し出してくれた左手に飛び乗り、銀色の方と握手を交わします。
するとボクの身体に力がみなぎってきます! 今までこんなことはありませんでした。すごい、すごい、すごーい力がみなぎってきます!
まるでボクが生まれ変わっていくかのように光に包み込まれました。そして、ボクの毛並みが、今までとはひと味もふた味も違うツヤのある毛並みに変わっています!
今なら今までできなかったことも出来そうです! もふシリーズの最上級魔法である「もふもふもーふ」も今なら使えそうな気がします! ボクは大きな声で「もふもふもーふ」と叫びました。
するとボクの身体が毛に包まれます! す、すごい。いままでの「もふももーふ」とは全然違う! 一本一本の毛先にまでボクの思いが届いていく!
ボクは毛を高速で振動させます! するとヴィーンと毛が高速で振動を始めました。
で、できてしまった。
ソフティスマウスの誰もが夢見た技が。しかし、誰も到達できなかった奇蹟の技が。
古から、ソフティスマウスの間で、こういうのも出来るのではと、思い描かれ、完成形だけが伝えられていた伝説の技、高速毛ブラシができてしまったのです。
これもすべて銀色の方の力のおかげでしょう。ボクは生涯をかけてこの方について行くのです! この方と一緒ならボクはきっと何だって出来るはずなのです!
ボクは銀色の方を「親分」と呼ぶことにし、忠誠を誓いました。ただ最初に勤務条件についてだけは確認をとっておかねばなりません。
「3食プラス15時におやつ! そしてお昼寝自由! これでお願いします!」
と、ボクが思い切って譲歩した条件を言いました。親分はそんな破格の条件でいいのかと、疑問を持たれたみたいです。ボクのそれでもかまわないからという熱い思いが伝わったのでしょう、快く、その条件を認めてくれました。
こうしてボクは親分の子分になり、初めて迷宮の外へと旅立つことが出来たのです!
明日に不安ではなく、希望を持って生きていけるというのは何と素晴らしいのでしょう!
◆
親分と旅をしていると、親分に新たな子分が出来ました。
白い毛を持った犬耳の少女です。最初は死にかけていたのですが、親分の不思議な力によって一命をとりとめたみたいです。
親分は少しずれているところもありますが、その圧倒的な力で問題を解決していきます。
親分はよくもわるくもいろいろな種族に対する偏見を持っていないのです。細かいことも大きなことも気にしないのです。だから、鬼たちが住む島国では、大きな建物を囲んでいる死体たちと一緒に、お寺への威嚇行動を始めたりもしました。
あきらかにお寺の中からは悲鳴が上がって助けを求めているのに、何故か親分はドンと足踏みをするばかりでいっこうに助けようとはしません。いつもの親分ならすぐに死体達を消し去りそうなものなのに。
ボクが不思議に思って聞いてみると、ようやくなるほどなとでもいうかのように、お寺を囲んでいた死体達を消し去りました。親分の考えていることはわからないことが多いので、子分としては非常に苦労します。
そう、親分との意思疎通は、親分の身振り手振りから判断するしかないから、非常に困難を極めるのです。ボクは最近、親分の身振り手振りから、親分が何を考えているのか、少しずつわかるようになってきていたので、少しばかり得意になっていました。
しかし、新たな子分が来てからしばらくすると状況が一変しました。
なんと、新たな子分は親分の声を聞くことができるようなのです! どういう方法なのかはわかりませんが、新参者のくせになんということなのでしょう。なんとも、なんとも、口惜しい!!
このままでは第一の子分の座を奪われてしまいかねません!
その日からボクは親分磨きを1日15分から20分に延ばしました!
◆
やっぱり親分はたいしたものです。子分の序列というものをしっかりと考えています。ちなみに、新参者の子分はハクという名前らしいです。
ハクが泳げないらしいので、海で特訓をする時に、ボクにハクの面倒を任せてくれました。やっぱり、親分はよくわかっています。誰が本当に頼りになるのか理解されているのです。親分にはどうあがいても勝てませんね。
ボクはハクの泳ぎの練習につきあいます。ハクが手に持った木の板の上にいるのですが、なかなか安定しません。ボクはこんな時なら親分はどうするだろうかと考えました。
親分はいつも一人で変なポーズの練習をしていることが多いです。あれはきっと何か特別な効果がある特訓なのでしょう。
ボクも親分を見習ってバランスの悪い木の板の上で、片足立ちをして両手を広げます。バランスが悪いのですぐにもう一方の足を木の板につけてしまいますが、何事も練習あるのみです!
親分の期待に応えるべく、そして、第一の子分の座を守り続けるべく、ボクは常に努力をしていくのです!
あっ、おやつの時間です。




