第87話 さらば
我はゴーレムなり。
この港町を拠点にしての活動も半年近く経った。依頼を頻繁にこなしていたこともあり、ハクもようやく3つ星の冒険者に上がることが出来た。半年で3つ星になるのはかなりすごいらしい。3つ星になれば、凄腕冒険者として認識してくれるらしいからね。
アスーアから教えてもらっている勉強のおかげで読み書きもそこそこできるようになった。もうそろそろこの港町を出発してもいい頃かもしれない。あと、最初は食事をかき込むようにして食べていたハクだが、アスーアからテーブルマナーを教えてもらったことで、食事もきれいに食べられるようになった。
こうして振り返ると、アスーアと老人のおかげで、快適な港町生活が出来ていたのは間違いない。何か恩返しできることがあるだろうか。何ができるだろう。
◆
ハクをアスーアに預け、我は一人で冒険者ギルドにやってきた。冒険者ギルドの扉を開けると、ちらりと視線を向けられたが、さすがに半年もいると慣れたものだ。すぐに視線は我から外された。
何かずっと滞っている依頼みたいなのはないのかね。老人はギルドマスターをしているので、困っている問題を我が解決するのが恩返しにつながるのではと思ったんだけど。
我は一枚一枚掲示板に貼り出されている依頼を見る。やっぱり、ここに貼り出されている依頼にはそんなに難しい内容のものはない。難易度の高い依頼は別のところに貼られていたりするのだろうか。
我はギルドの壁をくまなく探したが、どこにも難易度の高い依頼が貼り出されているところはなかった。
はー、どうしたものかと思い、ギルド内に併設されている酒場のカウンターのイスに腰掛ける。カウンターのイスはちょっと高いんだよね。よじ登る感じになってしまう。
我の背が低いだけか。
カウンターの上には、読み捨てられたタブロイド紙が一部あった。我は何気なく、そのタブロイド紙を手に取り、読みはじめる。
<ルップア王国の召喚者、1人失踪! 勇者候補のうち1人が行方不明に。残りの勇者候補は6人に>
<魔王軍、ドビア帝国プトフォッショ領に進軍する。ドビア帝国は劣勢>
<ルップア王国イケメン勇者候補、パーティーメンバーは美女ばかり!? すでにハーレムか?>
<ドビア帝国の聖女、パーティーメンバーはイケメンばかり!? 逆ハー狙いか?>
<ルップア王国の教会、権威失墜の危機! 勇者候補の一人が無償で治療開始!! 民衆は教会を見捨てるか>
<海洋国家、クラーケンを討伐出来ず。軍艦を率いて討伐に向かうも失敗! 国家的危機に>
<裏の社会での権力争い激化!? 魔物の売買を手がけていた商会が倒産の危機>
へぇ。この世界には勇者と魔王がいるのか。
勇者候補だから、まだ勇者じゃないんだろうけど。どれぐらい強いのだろう。ハーレムに逆ハーってどこの物語だ。やっぱり、急に力を得て、周りよりも強くなったら、そういうことをしたくなるんだろうか。我はゴーレムだから、そのあたりはよくわからないね。
ちょっと気になるのは、クラーケンの記事だ。海洋国家ってひょっとして、この港町がある国のことかもな。他にもあるかもしれないけど、元奴隷達と船に乗っているときに「クラーケンが」って話があったしね。
我はタブロイド紙を持ったまま、椅子から降り、受付嬢のところに向かう。我は背伸びをして、カウンターの向こうにいる受付嬢にタブロイド紙のクラーケンの記事を見せる。受付嬢は、「えっ」と小さい声を上げ、どうしようと考えているようだ。
我はないわーポーチから、ノートを取り出し、<この近く?>と木炭で書いて、受付嬢に見せる。
「えっ、えっとですね。この件はギルドマスターが預かっている件で、私には少しわかりかねます」
我はふむふむと頷き、ありがとうと会釈をしてギルドを後にした。ギルドマスターが預かっている件ということは、きっとこの冒険者ギルドが担当している範囲内なのだろう。
ふっふっふ。我はタブロイド紙のクラーケンの記事を見つつ、こみ上げてくる笑みを抑えられない。顔の表情はないけどね。
クラーケンを人知れず倒して、老人を驚かせてやろう!
きっと驚くに違いないのだ!
我はクラーケンについての情報を集めるべく、こっそりと冒険者達が集まる酒場や、漁師や船乗りが集まる酒場に行き、聞き耳を立てる。飲んでいる最中はみんな口が軽くなるので、情報収集は楽々なのだ。
質問ができたら、もっと楽なのだけど、そこまで求めるのは贅沢だし、老人に気づかれたら困るからな。
◆
ハクが泳げないことがわかったので、今日は砂浜でハクの泳ぎの練習をしている。この世界に水着というものはないらしいので、黒い長袖のワンピースと短パンを水着代わりに買った。
ハクは最初は犬かきで泳ごうとしていたので、バタ足を教える。ないわーポーチがあるので、我はあんまり海の中までは入らない。まずは浅瀬でバタ足の練習をさせ、次にそのあたりの木からビート板になるように木を切り出して、足がつかない程度のところで練習をさせることにした。ハクの二の腕のあたりに浮きをくくりつけたので沈むことはあるまい。
念のため、ジスポをハクのビート板もどきの上にのせて、監視係を任せる。ジスポは「もふもふもーふ」の魔法を使うことで、水に浮かぶマットのようにもなれるのだ。もしもの時は、ジスポに任せよう。
「ちゅちゅちゅ!」
(了解しました!)
と、きりっとした表情で敬礼してくる。やけに張り切っているので、逆に心配になるんだけど。ここはジスポに任せることにした。
我は右足が沈む前に、左足を前に出し、さらにその左足が沈む前に、右足を前に出せば、海の上でも走れるのではと思い、実行してみたが、徐々に沈んでいってしまった。難しい。
あと、少しだったと思うんだけどな。我は水に濡れてしまったので、もういいやと思い、水の中を泳ぎ始める。クラーケン探しだ。
結構な範囲を潜って探したのだけど、いなかった。なかなか思うようにはいかないね。日が暮れてきたので、その日は切り上げた。
ハクは大分泳げるようになっていた。ジスポはハクのビート板の上で、なぜか片足でバランスを取る練習をしていた。何がしたいのだろう。
◆
「ゴーレムちゃんたち、最近よく海に行くわよね。何か目的があるの?」
アスーアからの問いかけに、我はすこしぎくりとするが、冷静に回答をする。
『なに、ハクに泳ぎを教えているだけなのだ』
「私、泳ぎ、教わる」
アスーアがそうなのと言いつつ、我とハクの泳ぎの練習に付いてくるようだ。まぁ、クラーケンを探しているとばれなければいいや。
昨日と同じく、ジスポにハクの泳ぎの練習につきあってもらい、我は一人海の中に潜る。アスーアは砂浜の近くにあった木陰で腰を下ろして休んでいる。
沖合には船が行きかっているが、クラーケンが出る気配はない。
もうクラーケンはいなくなったのだろうか。我はいったん、海中での捜索をやめ、ハクに平泳ぎの足の泳ぎ方を教えることにした。クロールを教えるべきかと思ったのだが、犬のような耳を水につけて良いのかがわからなかったので、顔を水につけないでも泳げる平泳ぎにしたのだ。
ハクに平泳ぎの指導をしていると、ハクの耳がぴくっと動く。どうしたと思ったら、ハクが泳ぎの練習をやめ、沖合を指さした。
「あっち、大きな、音」
我は耳をすませるも波の音にかき消されて聞こえてこない。こういうときは目だ。我は目の前で、手を双眼鏡のような恰好にし、ハクが指さした方向を見る。
ゴーレムアイ発動!!
{ログ:ゴーレムアイというスキルはありません}
くっ、まだ我のゴーレムアイは開眼しないのか!!?
でも、確かに沖合を進んでいる船団から、魔法が海に向かって放たれたような光が見えた。炎の魔法だろうか。アスーアも波打ち際まで進んできて、「クエリが船に乗るって言っていたから、あそこにいるのかもしれないわ」と呟いている。我がアスーアの方を見ると少し心配そうな顔をしているではないか。
なるほど、ギルドマスター自身が船に乗り込んでの、再びクラーケン討伐に挑んでいるのだな! これは世話になった恩を返すためにも、我が行かねばなるまい!
我はハクからビート板を受け取り、ないわーポーチをビート板の上に乗せる。ジスポをハクに手渡し、待っているようにと目配せする。ないわーポーチは水の抵抗が大きいから、水の中につけているとスピードが出ないんだよね。さっそうと我は沖合を目指してバタ足を開始する!
「あっ!! ゴーレムちゃん!! どこに行くつもりなの!?」
『心配するな、我がクラーケンを退治してやるのだ!』
「クラーケン、退治」
アスーアの近くの砂浜に上がったハクが我の言葉を伝えてくれる。我はバタ足の速度を加速させ、沖合へと進む。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! ゴーレムちゃん!!」
アスーアが心配して声をかけてくる。もしかするとメタルゴーレムだから海上では我が戦えないと思っているのかもしれない。しかし、我は空をとぶこと以外は出来るのだ。陸上でも海上でも、海中でだって戦えるオールマイティゴーレムってところを見せてやる!
『心配不要だ!』
「心配、不要」
その後、アスーアが何か叫んでいたようだが、何を言っているのかはわからなかった。我はただ全力で沖合の船団をめざして進んで行くのみなのだ!
◆
我が行く前に決着がついていたらどうしようかと思っていたが、クラーケンと船団の戦いはまだ続いている。何隻か転覆しているから、クラーケンの方が優勢みたいだ。
老人が何かを叫びつつ、精霊魔法を使っている。ハーフエルフだから、精霊魔法も使えるのか、さすがギルドマスター。でも、クラーケンにダメージを与えることはなかなか出来ないようだ。
クラーケンの触手が老人が乗っている船に絡みつこうとした。老人は、再び精霊魔法を放とうとするが、連射はきついのか、もしくはMPがなくなったのか、精霊魔法がうまく発動しない。
我は危ないと思い、ラインライトでクラーケンの触手を消し去った。驚く老人や他の乗組員達。
チャンスだ!
我は、ビート板を踏み台にして、老人が乗っている船の甲板へと飛び上がる。もちろん、こういう時の登場には必須のラインライトも発生させる。我の背中から輝く光が、我の移動の軌跡を輝かせる。
ふっふっふ、ぬかりなし。我が登場にぬかりなし。
シュタッと船の甲板に着地する。ラインライトをゆっくりと消しつつ、我はそれにあわせてゆっくりと立ち上がる。
「ご、ゴーレムか? なぜ、お前さんがここに」
と、老人は驚きの声を上げている。そうだろう、そうだろう。老人の反応を見る限り、なかなかいい登場シーンだったのではなかろうか。我は文字で伝えるかと思い、ないわーポーチからノートを取り出すと、ノートがびしょびしょに濡れていた。
ああああ!! 我のノートが!!?
ぺらぺらとノートのページをめくると、インクで描いていたパラパラマンガがにじんで消えかかっている! 木炭で書いていたページは無事だけど、なんてこった。
あっ、無事だったページが破れた。
ぐぬぬぬぬぅ。
我の力作だったのに。片側だけじゃなく、裏側にも書いて、両方から楽しめるようにしていたのに。
な、なんてこった……。
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、悲痛状態が解消しました}
アスーアが付いてきたから、今日は海でも勉強してますよとアピールしようと思って、ノートを持ってきたことが裏目に出てしまった。砂浜に着いたら、泳がないとと思って完全に忘れていた。
くそ。なんてこった。
我がノートを手に感傷にひたっていると、ざぱんと大きな波が来て船が大きく揺れた。我がそちらに目をやるとクラーケン自体が海面へと浮かび上がってきたようだ。
老人は「好機だ! 一斉に攻撃しろ!」と指示を飛ばしている。しかし、クラーケンには大してダメージが通っていない。
我は使えなくなってしまったノートをぎゅっと握りしめ、クラーケンに投げつける。濡れているから思ったよりも、遠くに飛ばせた。クラーケンに、ノートがポンとあたる。
さらば、我が勉強の記録!
我はノートに別れを告げ、ラインライトでノートを消し去った。そして、そのラインライトはついでにクラーケンの胴体も貫いた。
{ログ:ゴーレムはキングクラーケンに680のダメージを与えた}
{ログ:キングクラーケンは息絶えた}
{ログ:ゴーレムはLv31に上がった}
ぴくり、ぴくりと触手を動かしていたクラーケンだが、しばらくすると完全に動かなくなる。
うむ、完全に息の根を止めることが出来たらしい。
我は老人に、親指を立ててやったねとアピールをし、海へと飛びこむ。颯爽と現れ、颯爽と消える。これがかっこいいのだ!
ビート板はどこかに行ってしまったので、その辺りに浮かんでいた木片をビート板代わりにして砂浜を目指す。
砂浜についた我はなぜかまたアスーアに叱られた。解せぬ。
◆
ーー1週間後
ハクも大分泳げるようになったこともあり、我とハクは港町を出ることにする。老人とアスーアにそう告げると二人とも名残を惜しんでくれた。
ハクとアスーアはぎゅっと抱き合う。「困ったことがあったら、いつでも帰ってきていいからね」とアスーアが言うと、ハクは無言でこくりと頷いた。
感動的なシーンだ。我も涙がでないけど、うるうるしちゃうよ。
アスーアは我の方にもやってくる。
なんだ、我とも抱擁か?
仕方ないな。
我は両手を広げて、アスーアからの抱擁を待つ。
なぜか、アスーアは魔法のカバンから大きな箱を取り出し渡してきた。えっ、何? ここは感動の抱擁で別れを盛り上げるところでは?
我は箱を地面に置き、中身を見てみる。
箱の中には大量のノートとお手本が入れられていた。「餞別よ。しっかり勉強を続けるのよ」と良い笑顔でアスーアが話しかけてくる。お、おうと我は頷き、リヤカーに箱を乗せる。ハクとジスポもリヤカーに乗せ、我らは出発することにした。
我は見送ってくれる老人とアスーアの姿を心に刻む。
{ログ:ゴーレムは心のシャッターを押した。見送る老人と老婆を記録した}
あっ、いかん。タイトルを変えることは出来るのだろうか。老bなんて !!?
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、動揺状態が解消しました}
老人とアスーアは我らが見えなくなるまで、町の外で見送ってくれた。ハクとジスポは姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。またいつかあの二人に会いに来よう。
我はリヤカーを引きながら次の目的地を目指す。




