第85話 信じるべきは
我はゴーレムなり。
村人たちがオーガを恐れてあまり家から出ようとしない。
ああ、オーガたちがいなくなったのを知らないからだな。我が村長に、オーガは我の説得に応じて立ち去ったからとジェスチャーで伝えようとしても伝わらない。
ふっふっふ、我はいつまでもジェスチャーしかできないゴーレムじゃないんだぜ。ジェスチャーで伝えることが無理なら、文字で伝えればいいのだ。
<大きい角、ある魔物はない。大きい魔物、我は説得した。おそれる必要ない。家でるいい>
オーガってなんて書けば良いのか知らないんだよね。大きい角のある魔物ってことでわかってもらえるといいのだけどね。しかし、村長はどういうことなんじゃと首をひねるばかりで、我の言いたいことは伝わらなかった。
一応、絵も描いて説明してみたが、「こ、これは、呪いの……」と意味のわからないことをつぶやき、顔を青くしていた。なんてこった。まだまだ我だけでは長い意思疎通はできないようだ。
昼過ぎにハクが起きて来たので、ハク経由で村長に再度伝えてみたが、伝わらなかった。なぜだろう。オーガ達にはちゃんと我の思いが伝わったのに。
何が悪いのだろう。
猟師に砦がなくなったところを見せれば理解してくれるのではと考え、猟師を連れて山の中へ行こうと試みたが、「今は山に入らない方がいい」の一点張りで何も進展しなかった。
ぐぬぬ。せっかく全ての問題は解決しているというのに。
しかたがないので、我は伝えるのをあきらめ、ハクとの戦闘訓練に励む。大きいオーガと一騎打ちしたおかげか、スピードとキレが前よりも良くなっている。魔物を倒しきらなくても、経験はつめるということなのかな。
◆
領主の兵士よりも先に、冒険者たちが先に村に辿り着いた。なぜかアスーアまでいる。ここまで来るとは。大変だったろうに。
「ハクちゃん! ゴーレムちゃん! 何日も戻ってこないから心配したわよ!」
『手紙を送ったではないか? 見ていないのか?』
「手紙、送った。見て、ない?」
「手紙は見たわよ、ちゃんと。でも、ゴーレムちゃんに、われを信じよって伝えられても、あんまり信じられないわよ」
な、なんだと!?
我の日頃の行いを見ていれば、何も問題ないことはすぐわかるだろうに。我がショックを受けていると、アスーアが、この子理解してないわね、という表情で説明をしてくれた。
「あのね、ゴーレムちゃんの常識は世界の非常識よ。これは大切なことだからね」
そ、そうなのか。我はハクの方を見ると、首をかしげている。ジスポの方を見ると、うんうんと頷いている。我のパーティーメンバーですら、意見が分かれているのか。誰の言葉を信じればいいのだ!?
「うーん、ゴーレムちゃんのお手本には、ちゃんと書いてたはずなんだけどね」
たしかに、ゴーレムの常識は世界の非常識と我は何度も文字の練習で書いている。だが、あれはこの世界の格言みたいなものではなかったのか。我はないわーポーチからお手本を取り出して、内容を見返す。
<ゴーレムの常識は世界の非常識>
<勝手な判断はダメ。迷ったときは信頼できる大人に確認をしましょう>
<調子にのらない。調子にのると痛い目をみます>
あれ、じゃあ、我がお手本にしていたこの文章って。ひょっとして、我へのメッセージだったりするのだろうか。いやいやいや、ないない。そんなバカな。
これが我へのメッセージだったら、まず最初の一文は、我に常識がないみたいだ。我みたいな常識人に常識がないといってくるわけはないだろう。釈迦に説法だ。うむ、違う。我へのメッセージではない。アスーアはそんなに愚かではないからな。
そして、次の勝手な判断はダメって子供みたいじゃないか。これが、もしも我へのメッセージだとしたら、まるで信用されていないってことになる。大人に確認しましょうって、我は十分大人なのだ。自分の判断で物事を進めていけるのだ。うむ、これも我へのメッセージではない。
調子にのらないという一文だけが、ちょっと当てはまってしまうかもしれない。たしかに我は調子にのって相手を煽ったら、【バカになる】なんていうスキルを獲得しちゃったからな。これだけは、我もちょーっとだけ当てはまるかもしれないとは思う。
アスーアの意見、ハクの意見、ジスポの意見。いったい誰を信じればいい。信じるに価する変わらぬ信念を持っている者は誰だ。
ハッ!!?
それは、アスーアでも、ハクでも、ジスポでもない!
信じるに価する変わらぬ信念を持っているのは我しかいない! なぜならば、我は【変わらぬモノ】だし、さらにさらに、【悟りしモノ】まで持っているのだ!
我が我を信じないで他の誰を信じるべきだというのだ。他の誰が信じずとも、我だけは我を信じ続ける! それが一番大事なのだ!
{ログ:【悟りしモノ】の効果により、興奮状態が沈静化しました}
さて、村長には通じなかったが、アスーアならわかってくれると思う。我はハク経由で、オーガの王を倒したこと。我の説得に応じて、オーガたちが還らずの森に向かったことを説明する。
アスーアは「説得ねぇ。ホントかしら」と少し半信半疑だ。なんと、どこを疑う箇所があるのだろう。我は首をかしげてしまう。
「でもオーガ達がいなくなったというなら、その場所まで冒険者達を案内してあげて」とアスーアは我とハクに案内を頼んできた。
我とハクは、冒険者達をまずは砦に案内する。
今回は、冒険者達が一緒ということもあり、猟師も一緒について来てくれるみたいだ。そして、砦があった場所に着くと、「えっ、ここに砦があったのに?」と猟師が驚いているが、冒険者達は半信半疑である。なぜなら、そこには更地が広がっているだけだったからだ。
次に我らはオーガたちが国を作ろうとしていたところに、冒険者達と猟師を連れて行く。そこには、オーガたちが放棄した建物が建ち並んでいる。冒険者たちは数人のグループに分かれて、建物をひとつひとつ確認していくが、オーガの姿はない。
ただ広場を訪れると、半分土に埋まっているオーガの王の死体があった。少しにおいがしつつあるが、表面的には腐敗しているようには見えない。ああ、そうか、死体を持って帰れば、村人たちが信じてくれたのかもしれないな。我ってばうっかりしてた。
冒険者たちは、「オーガキングだ」「なんと巨大な」「見るだけで肌が粟立つ」「いったい誰が」と口々に思ったことを話している。そんな冒険者達に、ハクが「ゴーレム、倒した」と伝える。「このゴーレムが」「そんなバカな」「でも、ギルドマスターが」「あるかもしれない」と冒険者達はそれぞれに顔を見合わせつつ話し始める。
このままオーガの王の死体を放置しているのは良くないかもしれないな。あと、建物も壊しておいた方がいいだろう。盗賊が拠点に使うかもしれないからね。
『このオーガの王の死体と、建物を消し去ろうと思うがいいか?』
「消し去る、いい?」
「消し去るって何をだい?」と猟師がハクに聞き返す。
「オーガ、建物」
「そりゃ、消せるものなら消したいけどね、これだけの建……」
消して良いのか。じゃあ、消そう。
我はラインライトで、オーガの王の死体と、あたりの建物を消し去った。
その光景を目の当たりにし、呆然とする冒険者達と猟師。これで、オーガ達の確認も終わったし、帰ることにしよう。
我は村に向かって歩き始める。ハクもそれに続くが、冒険者達と猟師は立ち尽くしたまま動こうとしない。まだ何か用があるのだろうか。
『まだ、何か用があるのか?』
「まだ?」
「いや、すまねぇ。突然の事に驚いちまった」
と、猟師が最初に正気に戻り、我とハクの後を追ってくる。冒険者達もそれに続き、我らは村へと帰る。
村に帰る間、冒険者達は「信じられねぇ」「あれは現実か」「おそろしいな」と話し合っている。先ほど見たオーガの王の死体と建物の数を思い出しているのだろう。我らが対処をせねば、村に訪れたであろう危機を想像しているに違いない。
◆
我らは村に辿り着き、冒険者達と猟師が確認してきたことを村長やアスーア、他の村人達に報告する。アスーアのことを考え、村にもう一泊した後、我らは港町へと帰って行く。
我はリヤカーをぐんぐんと勢いよく引き、その日の昼前には港町へと着いた。
アスーアから「もっとゆっくり走りなさい!」と叱られた。
あれほどのスピードで駆け抜けたのに、褒められずに、叱られるとは。
世の中は理不尽があふれているな。




