第84話 伝わる思い
我はゴーレムなり。
村の警備を任されたからには、完璧に役目を果たさねばならぬ。それが冒険者のプロとしての心構えというものだ。
では、どうする?
村の周りに柵を作るか? 否だ。
村の周りに堀を掘るか? それも否だ。
昔から守って勝った者はいない。攻めるからこそ勝てるのだ!
という訳で、深夜、我はオーガの拠点を探すために行動を開始する。こっそり抜け出したつもりだったが、ハクに見つかってしまい、ハクも付いてくることになった。
昼間、オーガの見張りがいた場所には新たなオーガの見張りはいなかった。でも、新しい足跡があったから、一度はここにオーガが来ていると思う。
建設中の砦に向かうと、1体の大きいオーガを中心に、オーガ達が円陣を組んでいる。
「急ギ、王ニ報告ヲスルゾ」
「オガ」(了解)
「オガガ?」(誰が?)
「オゴサク、オ前ニ任セル」
「オオガ」(わかった)
王のところに見張りがやられたことを連絡に行くのか。
ふむふむ、連絡されて対策を取られるのは面倒だな。おし、まずはヤツらを叩いてしまおう。我が出ようとすると、ハクが「私、行く」とつぶやき、一人で飛び出した。ちょっと待ってと我は急ぎハクの後を追う。
「何ヤツ!!」
「倒す!」
ハクが風の精霊魔法を使って周囲のオーガを飛び越え、円陣の中央にいる大きいオーガに迫る。えええ、袋だたきにされるよ!? と思いつつ、我は円陣を組んでいる周囲のオーガの腕や足にラインライトを撃ち込み、戦闘不能に追い込んでいく。
うお、ハクよりも我の方にオーガ達が襲いかかってくる。願ったりの状況だが、ちょっとうっとうしい。パシ、パシとオーガ達を軽く叩き、気を失わせていった。
円陣を組んでいたオーガ達をすべて戦闘不能にし、ふいーっと一息つく。呼吸は出来ないけどね。息絶えたというログが聞こえてこなかったから、オーガたちの中に死んだ者はいないようだ。
ハクと大きいオーガの戦いはまだ続いている。大きいオーガは周りのオーガたちがみんなやられてしまい、浮足立った。その隙を見逃さず、ハクはオーガの右腕にナイフを突き立てる。そして素早くもう一本のナイフを手に取り、左腕にも突き立てた。
大きいオーガは持っていた斧を持ちつづけることができず、地面に落とす。大きいオーガは我とハクに顔を向ける。顔からは滝のような汗が流れている。
「グガガ、オ前達ハ何ガ目的ダ?」
「目的? 倒す」
このオーガだけはやっぱり話ができるのか。ハクに我の言葉をオーガに伝えるように言う。
『お前達はなぜ砦をここに作っている?』
「なぜ、砦、作る?」
「王ノ命令ダ」
『王とは誰だ? どこにいる?』
「王、誰? どこ?」
「サラニ山ノ奥深クニ、国ヲ、作ッテイル」
『何の為に?』
「何の、為?」
「王、強イ! オーガ、強イ者ニ従ウ! ソレダケ!」
なるほど、王とやらに会わないとダメみたいだな。このオーガとでは、あまり会話にならない。
『王のところまで案内しろ』
「王、まで、案内」
「グガガ、ソンナ事ハデキ」
我は地面と垂直に発生させたラインライトで建設中の砦を全て消し去った。それを見た大きいオーガは、大きく口を開け、目を見開き驚いている。しばらくして、ようやく正気に戻った。
「ワカッタ。案内スル」
と言い、大きいオーガは我とハクを王のもとまで案内をしてくれることになった。痛めつけたオーガが起きるのを待ち、オーガ達全員で王のもとまで向かう。
我がラインライトで足を撃ち抜いたオーガ達は足を引きずっているため、列から遅れ始めた。しかたないので、我はハクからいい傷薬を受け取り、オーガ達の傷を治してやった。
「オガ!?」(なんと!?)
「オオガ!」(治った!)
「オオガガ!」(治ったべ!)
足の傷を治したことで、列から遅れるオーガもいなくなり、一団となってオーガの王がいるという場所まで向かう。
オーガの王が、か。我ってばうまいこと言っちゃったな!
◆
山奥に行くとそこでは確かに国が作られていた。まぁ、国といっても粗末なものだ。丸太を地面に打ち込んで塀を作り、塀の中に簡単な建物を作っているだけだ。
いきなり現れた我らを発見した見張りのオーガが、カンカンカンと鐘を打ち鳴らした。わらわらわらと、門から出てくるオーガ達に我らは囲まれてしまった。ここまで我らの先頭を歩いていた大きいオーガが、「王ニ会イタイ!」と大声で叫ぶ。我らは武器を持ったオーガ達に囲まれつつ、国の中心にある広場まで連れて行かれる。
広場の周りには、600以上のオーガ達が我らを見守っている。砦にいて我らと一緒にここまで来たオーガたちは、大きいオーガを除いて、広場の周りへと散っていった。
我とハク、そして大きいオーガだけが広場の中央に立っている。そして、広場の正面にあった建物から、大きいオーガよりも、さらに一回りほど体格の大きいオーガが姿を現した。おそらく、あれがオーガの王なのだろう。オーガの王の後ろには、体格のいいオーガたちが10体ほど、そろいの黒い鎧を着て並んでいる。
「オーガ将軍よ、なぜ、お前は余の命令もなしに、すべての者を従えて砦から戻ってきた?」
「オ許シクダサイ、王ヨ」
大きいオーガは、地面に両手と頭をつけ、土下座の恰好でオーガの王に許しをこうている。
「我ハコノ者達ニ破レ、王ノモトニ案内スルヨウ命令サレタノデス」
「この軟弱者めが! お前のような者など、余の配下には必要ない!」
忌々しそうに吐き捨てたオーガの王は、後ろにいたオーガから槍を奪うと、大きいオーガに向かって槍を投げつける。
土下座をしている大きいオーガは顔だけ上げるが、回避まではできないようだ。我は颯爽と大きいオーガの前へと移動し、真剣白刃取りのように槍を止める!
ガキーン!!
大きな音をたて、我の身体に槍が当たって止まった。槍の穂先をつかむつもりだったのに、ちょっと失敗してしまった。我がメタルゴーレムじゃなかったら、死んでいたかもしれないな。危ないところだった。
「余の槍を止めるとはなかなかやるようだな。しかし、余の前に立ち塞がるというのであれば、たたきつぶしてくれるわ!」
オーガの王は、まがまがしい雰囲気を醸し出す大剣を背中から手に取る。そして、両手を広げ、周囲の鬼達に声をかける。
「お前達! この者達をどうすれば良いか!?」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
周りの鬼達は、足踏みをしつつ、声をそろえて一斉に殺せコールを始める。
「この世界で一番強いのはだれだ!!?」
「王!」
「王!」
「王!」
王なのか、応答の応なのか、わかりづらい。
「この世界を統べるのは誰だ!!?」
「王!」
「応!」
「王!」
はっ!!? ひとり、間違えた気がする!!
「オーガ以外の者は、どうなればいい!!?」
「ひれ伏せ!」
「ひれ伏せ!」
「ひれ伏せ!」
一通りのパフォーマンスに満足したのか、オーガの王は我の前に悠然と進んでくる。
「弱き者よ、今なら余の前にひれ伏すならば、命だけは助けてやっても良いぞ? どうする?」
我は、はぁって感じで掌を上に向け、ないないっていう意思を込めて首を振る。
「断るというならば、死ぬが良い!!」
オーガの王は、我に向かって突進してくる。すごい迫力だ。そして、勢いに乗ったまま大剣を上段から振り下ろしてくる。
我は、今度こそ! と思い真剣白刃取りに挑む!!
キィーン!!
金属と金属がぶつかり、澄んだ音があたりに広がった。我はしっかりと頭の上で両手を合わせている。そして、剣は我の頭に当たっている。
でも、さきほどよりは進歩していると思う! 大剣の端をなんとかつかめているのだ!! 大剣が我の頭に当たって止まった後につかんだんじゃない。多分。
オーガの王は剣を引き戻そうとしているが、我が両手で挟んでいるために、引き戻せない。ふっふっふ、おぬし程度の力では無理と知るが良い! オーガの王は大剣を手放し、我から距離を取る。焦りを顔に浮かべて、我へと質問をしてくる。
「お、お前はいったい何者なのだ!」
!!?
そうか、今なら、ハクがいるから、我も口上が言えるのではないだろうか!! ハクを手招きして呼び寄せ、口上を伝えるように頼む!
『我はゴーレムなり! 人々の助けを求める声に応え、立ち上がりし者なり!弱きを助け、強きを挫くゴーレムとは我の事である!!』
「我、ゴーレム! ゴーレム、である!」
あれ、ハクが間のセリフを言わなかったから、単にゴーレムをアピールしただけになってしまった。我の思い描いていた口上とはちょっと違う。まぁ、いいか。
「ゴーレムゴーレム、だと。変わった名前だな。しかし、余は王だ! 負けるわけにはいかぬ!」
オーガの王は背後の黒い鎧を着た者から、槍を奪うと我に向かって構える。しかたない、力の差を見せる必要があるみたいだな。
我は右手を突き上げ、小さく細いラインライト発生させ、その右手に集中するように移動させる。そして、右手自体にもラインライトをまとわせ、光輝く拳を演出する。
オーガの王はゴクリと息をのむ。周りの鬼達も、あれは何だと息をのんでいる。
ふっふっふ。我のかっこよく見える技の一つ、かがやくパンチだ! 我はそのまま、オーガの王の前に進み、その足下に向けてかがやくパンチを振り下ろした!
ドゴーンという大きな音と共に、オーガの王の足下に大きな穴が空いた。オーガの王はその衝撃の余波で吹き飛ばされる。これは威嚇だ。殺しはしない。
{ログ:ゴーレムはオーガキングに300のダメージを与えた}
{ログ:オーガキングは息絶えた}
なんてこった。オーガの王が息絶えてしまった。オーガの王が、としゃれている場合じゃない!
周りを見渡すと、ハクはいつも通りだ。
オーガの王の周りには、黒い鎧を着たオーガがかけより、「王ヨ!」「シッカリ!!」「王ガ亡クナラレタ!」「王ガ死ンダ!」と口々に叫ぶ。そして、広場を取り囲んでいたオーガ達は、ざわざわとざわめきつつ、どん引きしている。
まさか、我も死ぬとは思わなかった。許せとは言わない。ただ安らかに眠ってくれ。我はオーガの王に手を合わせる。
◆
しばらくするとようやく混乱が収まった。そして、砦にいた大きいオーガと、ローブに身を包んだメスのオーガが我とハクの前に出てきて、平伏する。
「強キ方ヨ、我ラハアナタニ従イマス」
「オーガは、強き者に従いマス」
なんと、我に従ってくれるのか、オーガの中では力がすべてなのかもしれない。ただ、我は力で相手を屈服させるだけのゴーレムではないのだ。
そうさ、大切なのは心なのだから。
我がオーガ達に人間とつきあう上での心構えを伝えておこうと思う。ハクに言葉を伝えるように頼み、我は思いを伝えることにした。
『オーガ達よ、人を襲えば、お前達も殺されることになるぞ』
「オーガ、人、襲う。お前達、殺す」
2体のオーガはその身をブルリと震わせる。
『なぜならば、人間達はお前達を討伐するために、大軍を向けてくるからだ。そうなれば、お前達は、簡単に退却もできなくなるだろう』
「お前達、討伐、簡単」
2体のオーガはもちろん、周りのオーガもぶるぶると震えだした。それはそうだろう。我の言葉で人間達に殺される未来を想像してしまったに違いない。おそるおそるといった感じで、大きいオーガが質問をしてくる。
「オーガ達、ドウスレバイイ?」
『出来るだけ人と接点を持たないところに移り住め。人を避けて、人が訪れない山奥にでも行くことを勧める』
「移り住め。人、訪れない」
大きいオーガとローブを着たオーガは互いに顔を見合わせる。そうさ、人と出会ってしまうから問題が起こってしまうのだ。国などを再び作らないように念を押しておこう。
『再び国など作ろうとするなよ。人間達は自分たちの近くに脅威があることを許さないだろうからな』
「国、作る、許さない」
オーガたちはこくこくと頷く。我の思いが、我の心が、オーガ達に徐々に通じていっているようだ。
『人間達と共存をしろとまでは言わない。ただ関わらないで欲しい』
「共存、ない。関わる、な」
『長生きをしたければ、他者のテリトリーに近づかぬ事だ。決してな』
「長生き、したい、近づく、な」
オーガ達は顔を青ざめさせて頷く。
「強キ方ヨ。オーガ達、還ラズノ森ニ行ク。アソコ、人来ナイ」
「決して、お言葉に、背きまセン! どうか、オーガ達に哀れみヲ!」
おお、我の言葉を理解してくれたようだ。我は、うむうむと頷き、オーガ達に別れの言葉をかける。
『次に会う機会があるか、わからないが、達者で暮らせ。我の言葉を決して忘れるなよ』
「次、ない。忘れる、な」
オーガ達は、青ざめていた顔をさらに青ざめさせ、「ハハ、必ズヤ」と言って平伏をする。我の言葉で人間達と戦う恐ろしさがイメージ出来たようだ。よかったよかった。
『早く、新しい場所での生活に慣れるといいな。元気を出して歩んでいくがいい』
「早く、いく」
「ハハ!!」と大声をあげ、オーガ達は急いで旅立つ支度をし、還らずの森というところを目指して、去って行った。何もそんなに急がなくても良いのにね。
◆
我とハクは夜が明ける前に村へと戻る。オーガ達も旅立ったし、これでこの村の警備は大丈夫だろう。我とハクが村を抜け出していたことは誰にも気づかれていないようだ。
人知れず、問題を解決してしまった。
ふっふっふっふっふ。オーガ達も我の思いをちゃんと理解してくれたようだし、思わず笑みがこぼれてしまうね! 表情はないけど。
やっぱり、この世界でも大切なのは力だけではないことが証明されたのだ!
我は朝日が昇ってくるのを、一人で屋根の上から眺めていた。
朝日が我の身体に反射してきらめいていく。




