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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
1 新たな魔術師
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-3

「お会計を」


 カウンターにやってきたその男性は、やけにつまらなそうな声で礼御と姫菜に伝票を渡してきた。一人である。


 礼御はその伝票を受け取りながら、定型文を口に出して接客をするのだが、礼御はなぜかその者に不信感を抱いてしまうのであった。


 一人カラオケなど珍しくもない。伝票を渡してきた感じから、一人でカラオケをするような人間には見えず、そこから生まれたその人に対する矛盾によりそのように思うのかとも思ったが、どうにも違う。だからと言って料金を踏み倒そうとする明らかな不審者には見えないのだ。ではこの人にあてがってしまったイメージはどこ由来なのだろうと礼御が営業スマイルで接客をする中、姫菜もまた彼に対して礼御と同様な感覚を抱いているのだった。


 それでも何が不審なのか突き止めることができず、金銭の受け渡しも終わり、客を見送る言葉を口に出したときである。礼御は、そして姫菜も何がおかしいのか思い至った。


 先ほど会計を済ませた一人カラオケの男性。男性といってしまうと勘違いが生まれたかもしれないので、改めると彼のことは少年というべきだろう。少なくとも成人しているようには見えない。おそらく高校生だろう。


 店の出入り口は一つである。会計を済ませた少年はそこに向かうのだが、また同時にその扉から如何にもヤンチャそうな男子学生が入店してきた。その成熟の違いで礼御も姫菜も合点がいったのである。


 夜も更けたというのにその男子学生は大声で、時に奇声を上げながら入口に群がっていた。入口付近に設置したスロットマシンのせいだろう。入ってきた学生の一人はためらいもなしマシンの前に座り硬貨を入れて遊び始めている。


「礼御さん、あの子おかしい……ですよね?」


 姫菜が礼御の耳元でそう呟いた。礼御もそれには同意であったので、その意味を込めて二度小さく頷いた。


 礼御達が働いているような深夜遅くも営業している店には、時間によって年齢制限が設けられることが多い。具体的には夜の十時以降は高校生以下の入店、また滞在をお断りしている。


 そして礼御や姫菜が勤務している時刻は十時をとっくに越して、日も移った時刻である。そんな今の時点で高校生と思われる人が店にいることがおかしいのだ。


「大学生には見えないような気がするんですけど…」

「俺もそう思う」


 高校生から大学生になるわけだから、見た目でハッキリとその両者を見分けられるわけではない。十八歳では高校生であるし、十八歳でも大学生でありえる。しかし十八歳の高校生と十八歳の大学生を見てきた礼御や姫菜にはその立ち振舞いやしがらみの有無加減とでも言おうか、そんな曖昧なものからその人物がどちら側の人かなんとなく察しが付くのである。


 姫菜はレジの後ろにある事務所の扉の方を向くと、滑り込むようにしてその中に入った。それに礼御も続く。


「あの……高校生らしき方がまだ店内に居たようなんですけど。このお客様です」


 姫菜が少年の持っていた伝票を渡しながら嫌そうに尋ねた相手は、先ほどまで働いており、姫菜を好いているあの男性スタッフである。仕事が終わったのだから早く帰ればいいものの、何をしているのか礼御らにはまったくわからないが、一人で事務所の椅子に座っていたのである。


 彼はけだるそうに礼御を見ると――少なくともそんな表情を姫菜に向けるような男ではない――「それはないと思うが?」と呟いて伝票を受け取った。


 姫菜はそんな彼の言動にむっとしたのだろう、自分の後ろから覗いている礼御の胸辺りを肘でつつき、礼御によるさらなる尋問を要求してくる。礼御は結局俺か、と内心嫌気を湧かしながらも姫菜の要求を受け取った。


「本当ですか? 今お会計に来た子、たぶん高校生だと思うんですけど?」

「……たぶんってなんだよ。絶対だと思ってから質問しろ。俺はお前よりずっと長く働いてるんだ。そんなミスするかよ」

「……そうですか」


 この言い方にはさすがの礼御も怒りを覚えた。また彼の言うこともあながち間違っていないのが余計に腹立たしいのだ。実際彼はほとんどそのようなミスをしたことがない。礼御や姫菜が働く時間帯で今回のように未成年の姿があったことはあるにはあるが、おそらくあの無愛想な男性スタッフが招いたミスではないと思われる。『ほとんどない』理由はこれである。


 礼御と姫菜はその短いやりとりのみで扉を閉めて事務所を出た。礼御が怒りを隠し困ったような顔をする中、姫菜は眉をひそめ不満を礼御にアピールする。


 ちなみに店のシステムを使えば姫菜に惚れている彼に証拠を突きつけることは可能である。カラオケに入るにはどの店だって会員証が必要だろう。礼御達が働くカラオケ店ももちろん同じであり、会員証にはその人の個人情報が詰まっている。そこから少年とおぼしき彼の情報を検索すればよい。しかしそれはスタッフ内でも限られた者しか教えられていない技術であり、礼御も姫菜もその外に出ている。ちなみにかの男性スタッフはその内から引き入れられた数少ない人材であるため、さきほどの彼の言動がより一層腹立たしく思えるのも理解できるだろう。


 礼御はぽんっと姫菜の肩を叩き、姫菜はさっと前髪を一上げすると、二人は接客に戻った。


 その視線は騒音へ向かう。入店のやりとりもないまま、さきほど店に押し入ってきた男子学生の群れはなおも盛り上がりをみせていた。それを加速させるように、もしくはそれに加速させられたようにマシンから下品な光と音が溢れている。どうやら当たったらしい。店の入り口はなおも混乱の中である。


 その前で立ち止まったのが件の少年だ。入口は出口でもあり、彼にとっては外と内を繋ぐ唯一の道だ。礼御と姫菜からは少年の後ろ姿しか見えなかったが、それでも彼が自分より年上の群れた阿呆に苛立っていることが、身体のいくつかの部分から見てとれた。


 チラと姫菜が礼御を見る。彼女は疲れきり、またか、と言わんばかりの表情だったかと思うと、途端笑顔を振りまくのである。そしてわずかに首をかしげて礼御にお願いするのだ。何を願ったのかは言わずもがなで、迷惑をかけている客に注意し、迷惑を被っている客を助けるというスタッフの義務、それである。


 礼御は今日も厄介だな、とその義務を果たすべく足を動かした、その時である。礼御の足はびくりとその動きを急停止させられた。

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